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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
一章
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16-1 いざ、検査へ

 翌日、ヴァイスはいつも通り朝食を済ませていつも通り労働に勤しもうとしていた。寝癖なし、武器の手入れも百点満点。よし、と意気込み部屋を出る。

 そんな時、ノワールに捕まった。扉を閉めようとした瞬間、ドアノブをがっと押さえつけられて追い詰められたのだ。ヴァイスは焦り、何か彼の不況を買うようなことをしてしまったのだろうかと考える。けれど普段から自分に甘い彼に対して、何かをやらかした覚えはない。

 いつにも増して深みを増したノワールの瞳を見ながら、ヴァイスは恐る恐る彼の名を呼んだ。ノワールの薄い口が開かれる。


「昨日は随分と無茶をしたみたいじゃないか」


 口調はいつもの柔和なそれだったが、どこか責め立てるような感情が声に滲み出ていた。


「……誰がそんなこと言ってたの?」


 誰が、と聞いても犯人は二人に絞れている。戦闘での出来事を話したのは、あの時のちに合流したディアンとスティルだけ。ならばどちらか、もしくは両方から聞き出したに違いない。

 考えればすぐに浮かぶような推測をまるで名探偵のように脳裏に浮かべ、ヴァイスはノワールの返答を待った。


「ディアンだけど」


 あいつ!!


 ヴァイスは思わずそう叫びそうになったが、そんなことをすれば無茶をしたことが事実だと認めることになる。こぼれそうな言葉をすんでのところでぐっと抑えた。

 さてどうするか、と視線を泳がせる。ディアンは後で詰めることが確定したが、今はとにかくこの場面を乗り切らなくてはならない。となればやはり誤魔化す以外の手段はないだろう。逃走でもしたらそれこそ図星を表すことになる。故に、残された道はただ一つ。

 にっこりと、ヴァイスが普段浮かべる笑みとは到底似つかない笑顔を作った。


「む、無茶だなんてそんなぁ〜! ディアンもおかしなこと言うんだね! そういうの、全然してないし……僕はあくまでいつも通り——」

「ヴァイス?」


 必ず吐かせてやる。そんな意気込みが透けて見えるほどノワールは食い気味にヴァイスの名前を呼び、そうして笑顔のヴァイスに対抗するみたく普段は見せないような満面の笑みを浮かべた。ただ純粋に「怖っ」という感想しか出なかった。

 これはもう諦めるしかない。ヴァイスは無理矢理貼っ付けていた笑みを剥がし、真逆のしょんぼりとした表情を作った。



「——と、いうことが、ありまして…………」


 結局、ヴァイスは昨日の戦闘でのことを全て吐かされた。事情聴取にも近しいそれの最中にも、ノワールは変わらずの笑みを浮かべていて。それがヴァイスの恐怖をさらに煽り、説明が終わる頃には聞き取れるかどうかというまでに、声が小さくなっていた。

 一方でノワールは、ヴァイスの話を聞き終わってから何かを思案するように、口元に手を当てたポーズのままヴァイスの体を注視している。視線の動きから、ヴァイスが攻撃を受けたところを辿っているのだと思う。くすぐられているようでそわそわした。

 しばらく同じ動きを繰り返し、そしてノワールはようやく口を開いた。


「午後の任務まで時間がある。ヴァイス、良い機会だし検査してもらいな」


 検査。それはヴァイスのみならず全ての人工亜人を対象に行われる、機械に例えるとメンテナンスのようなもの。魔力に特殊な乱れはないか、人工亜人だけが持つ対異形への特異性に変化はないか、等々。通常の医療機関では受けない検査を、生みの親——人工亜人を造る研究者自らの手によって行われる。

 検査は定期的に受ける義務はあるが、それとは別に有事の際に自由に検査を受けることもできる。例えばそう、昨日のヴァイスのように、命に関わる怪我を負った際などに、だ。


 そんな検査という特別性の高い言葉を聞いて、ヴァイスは眉間に皺を寄せた。ぶんぶんっと、首がもげそうなほどに横に振る。


「嫌だよ、絶対長引くじゃん! そんなの任務に間に合わない」

 一転して声を荒げれば、ノワールに柔らかな笑みで宥められる。


「間に合わなかったら僕たちでなんとかするから大丈夫だよ」

「でも……」


 仕事を肩代わりする、という通常ならば大歓喜ものの申し出にもヴァイスは頷かなかった。薄く形の良い唇を歪ませて、ついでに瞼もぎゅっと細める。それに伴って寄せられた眉と生じた眉間の皺。不服を表しているのは誰が見ても明らかだった。


 実際、ノワールの提案には何の問題もないのだ。任務に駆り出される人数が少なくて済むならば、それで良いとチーム制度を以てして奨励されている。危険度が高い任務ならそういうわけにもいかないのだろうが、悲しいかなヴァイスたちはまだ新米の正隊員。フルメンバーで出陣しなければいけないような難度の高い任務なんて、任されることの方が少ない。

 その証拠に、今日はとある場所に湧いた小型の異形達の討伐任務が課されている。それはあらかじめ青鈴に、お前達なら楽勝だなとお墨付きをもらうほどだった。


 そもそも何故ヴァイスがここまで検査の打診に対する頷きを渋るのかと言うと、勤労万歳な精神、つまり働きたい欲が無尽蔵に湧いているせいと言うわけではない。いや、確かにヴァイスは己の仕事には真面目に取り組む性質であったが、そこが主ではない。

 そう、検査そのものが問題なのだ。再生という稀有な体質から元々病院などには縁がなかったが、それ故に体をいじられることに抵抗を抱いていることもある。

 そして何より、検査をする人物が問題であった。


「……あの人でしょ〜……?」

「うん、あの人」


 弱々しく吐くヴァイスを切り捨てるみたく、ノワールは言ってみせた。普段見せる優しさはどこへやら。それほどまでにヴァイスの体を心配しているということなのだろうが、対応があまりにも強気すぎる。それは言ってしまえば、独りよがりな感情でもあった。


「じゃあこうしよう。検査を頑張れば君が望むものを一つ贈るよ。内容はなんでも良いよ? 食べ物、服、本、家具、何から何までエトセトラ——」

「そ、そこまでしなくて良い!」


 こいつ、とんでもないものを天秤の片側に置きやがった。ヴァイスは慌てて彼の言葉を遮りながらそう思う。

 望むものをどれか一つ、だなんてノワールが言えばそれは個の価値の上限などあってないようなもの。財源が謎なお小遣いで買った高級品でも贈られたらたまらない。と言っても、ヴァイスはそこまで高望みするたちではなかったが。

 と、焦る頭で考えてヴァイスは一つの結論に至った。検査に行かないデメリットは特にないのでは、と。

 ノワールが提示した天秤は、ヴァイスからすれば「検査に行く代わりに貢がれるか」と「検査にも行かず貢がれることもない」という錘をそれぞれに乗せられているようなもの。極力貢がれたくはないヴァイスからすれば、どっちを選べば良いのかなんて分かりきってしまっている。


「欲しいものとか特にないから! 僕はこの元気な体で今日も労働を」

「あれ、逆が良かった? こほん……君が今日の任務を頑張ったら、僕は君にプレゼントを贈るね」


 眩暈がしそうだ、とヴァイスは思った。柔軟な頭で何よりだと現実逃避にも似た感想を浮かべるが、そこではない。この口ぶりからして恐らく、ノワールはヴァイスがものを贈られることに対して抵抗やら何やらを覚えていることを理解している。そうでもなければこの切り替え仕方はできない。

 一回引っ叩いてやろうかとも思ったが、今のノワールの顔を見るにそれでも反省はしないのだろう。元々自分の欲求を我慢しない方であるということはヴァイスも知ってるし、自分が関わるなら尚更。こんな卑怯なやり口も、狙ってやっているのかそうでないのかは綺麗に作られた笑みからだと判断がつかない。

 どちらにせよ恐ろしいことではあるので、何も言えないのだが。


「はぁー……分かったよ。検査行ってくるから……」


 完敗だとでも言うように、両手を気怠げに持ち上げる。精一杯の不満を表すために口をへの字にしてみせたが、それに対してもノワールは柔和な笑みを浮かべていた。


「うん、行ってらっしゃい。明日はいっぱい労働しようね」


 緩く首を傾げてそう言う。その言い方は、まるでヴァイスが任務に来られないことを確信しているようだった。

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