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モノクロの君に捧げるモノローグ  作者: 花式カイロ
一章
31/61

13-2

今日はノワールの誕生日です、おめでとう!

 どれだけ歩いただろうか。太陽がもうすぐで真上に到達しようとしているのを見て、ああそろそろ昼時かと考える。思い出したように端末を起動させれば、あと数分で十一時になる頃だった。


 ニーファをこのまま村に送り届けて、スティルたちが首尾よく事を終えればメインミッションは完了となる。

 ニーファの保護は、言い方は悪いが怪我の功名だ。そして余力があれば行方不明者の捜索、というサブミッションだが、ヴァイスは今のところ体力はそれなりに余っていたのでそれも行うつもりだ。ノワールは最初から乗り気どころかミッションだとも思っていなさそうなので、一人で行ってくることにしよう。

 そこまで完璧に終わったらそのままお昼はファタリアで摂ってしまおうか。ファタリアは確か果物の栽培が盛んなのだ。お小遣いで買える範囲内でスイーツを買ってしまおう。


 だなんて、戦いではない方(・・・・・・・)を任されたヴァイスは、安心し切って呑気なことを考えていた。


「さっき僕はスティルに情報共有(・・・・)をしたんだ。追跡を彼に任せるためにね。……逃した一匹さえ殺せばそれで終わると思ってた」


 ふと歩きながらノワールが会話を始める。時間差での情報開示のようなことをされて、とっくに柔くなっていたヴァイスの脳は処理が遅れた。「えっ?」と思わず聞き返す。


「現れた異形は僕たちのところに十匹。スティルとディアンのところにも同じ数だけ集まっていたと仮定して、合計二十匹程度。……この森に入った時に感じた魔力の大きさも、その数の多さからくるものだと思ってた」


 珍しくヴァイスの呼びかけにも答えないまま、ノワールはそのまま話を続けていく。まるで全ての音が耳に入らないように、今この瞬間、ノワールの世界には彼自身しかいないように。


「けど、通常群れない異形があれだけいたことに、ちゃんと疑いを持って挑むべきだったね」


 ノワールはどこか諦めたようにそう言って、自責するように制帽の鍔を掴んだ。微弱な風しか吹かない森の中、漆黒で織られた彼のマントが靡く。

 不意に、ノワールが見据える森の奥から澱んだ空気が流れ込んできた。肺の隅々までを侵していくような空気は、ヴァイスの呼吸を浅くさせる。

 ニーファを左手で庇いながら、それでも濁った霞に気圧されるように一歩後退して。真白の靴裏と土が擦れるその音。それに引き摺り出されるように、澱みの正体が露わになった。


 異形だった。それも、ヴァイスたちの体を軽く二回りする程の巨大な異形。それが持つ鋭利な爪は隠されもせずに、木々の隙間から入り込む日光によって鈍く輝いていた。

 一度裂かれれば命はないであろう凶悪なそれに身震いする。ヴァイスは心許ない白剣を顕現させた。


 そうして目の前の異形は徐に一歩踏み出した。重厚な足音は敵ながら称賛ものであるが、そう多くは鳴らしてほしくない音だ。それに伴って揺れる尻尾。頭の上から尻尾の先まで綺麗なほどに均一な白銀のその毛並みは、しかしどこか刺々しい。毒を纏わせたように紫紺に輝く瞳は、先程の異形とは比にならない程に敵意と殺気で満ち満ちている。脊髄までもが痺れる思いだった。


「親玉、ってやつかな」


 ヴァイスとニーファを守り立つようにしていたノワールがそう言った。

 親玉。確かにそう形容するのが正しいだろう。

 先の異形が順当に進化していったようなその姿と、あまりにも都合が良すぎるタイミング。そして、その大型異形を護衛するようにサイドに位置取りをする、先程も相見えたあの異形。

 生き残りは一体だけだと思っていたが、実際にその個体数はもっと多くいたらしい。ピンピンと元気な体で異形らはヴァイスたちを睨みつけていた。


「……ノワール、お願いがあるんだけど」


 そう言って、ヴァイスは彼の隣に並び立った。キンッと音を立てて、また白剣を地面に突き立てる。そしてヴァイスは、異形から目を離さぬままに言葉を続けていった。


「こっから先は、ノワールだけでニーファさんをファタリアに送り届けて欲しい」


 氷柱のように真っ直ぐで曇りのない声色。言葉を紡げば、ノワールは驚いたように瞳を揺らす。


「ヴァイス、それは……」

「理解してくれ、って言うか……してるでしょ、君なら」


 そう言ってヴァイスはほんの一瞬後ろへと視線を向ける。酷く怯えて表情が強張っているニーファと目が合った。


「僕の力と体格じゃニーファさんを抱えて逃げることはできないし、できたとして、追っ手が来た場合にそれらを振り切る自信もない」


 ヴァイスはそう言い放ちながら、なんて情けないんだと思った。だがしかし事実だ。ニーファを送り届けると決めた以上それは遂行しなければならないし、それができるのは今この場ではノワールだけ。ヴァイスでは、筋力も体力も、そして器用さも、何もかもがノワールより足りない。

 だから託すしかない。


「……分かったよ」


 そう言ってノワールは数歩下がり、そのままニーファを片手で抱える。どこにそんな力があるんだと言ってやりたくなったが、今は落ち落ちそんなツッコミもしていられない。

 ヴァイスは誰にも聞こえないようにぽそりと言霊を吐く。ヴァイスの立つ部分から地面が徐々に凍っていき、ヴァイスと異形だけを取り囲むように氷は壁を作り始めた。


「ヴァ、ヴァイスさん! そんなっ、危険ですよ! あんな、巨大な……」


 氷を挟んで不鮮明になったニーファの声が聞こえてくる。ヴァイスは後手で自身とノワールたちとを隔てる壁に触れて、その厚みを増やしていった。振り返って、その場の雰囲気には合わない儚げな笑みを作る。


「僕の仕事は、異形を倒すことです。情けなく敵前逃亡なんてしたりしません」


 氷壁に魔力を滲ませるにつれて、その不透明度はどんどんと上がっていく。ノワールとニーファの姿が認識しづらくなっていった。それは向こうも同じこと。

 それでもニーファは叫び続ける。


「死んじゃいます! ヴァイスさん‼︎」


 小さい体で目一杯の声を張り上げるニーファ。もうほとんど見えないに等しい彼女にヴァイスはとびきりの笑顔を向けた。


「僕、生き残ることは得意だから」


 その言葉が終わると同時に、ヴァイスは氷の世界へと自分自身を閉じ込めた。

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