11-2 マッチポンプ!
「——八、九……あれ、やっぱりだ」
ノワールにしては珍しく何回かの確認を終えた後、スタートの地点まで戻ったところでそうつぶやいた。困ったように腕を組むノワールにヴァイスは近寄る。
「どうしたの?」
「死骸が一体足りない。逃げたかもね」
他人事のような態度でノワールは推測を立てる。何拍か置いた後に、ヴァイスはサッと血の気が失せる感覚を覚えた。
「し、失態じゃん! どうしよう!」
直後、ヴァイスは目に見えて焦った。元々の任務が異形の討伐なのだから、当然である。
ノワールはそんなヴァイスを柔らかに宥めながら、さほど気にしていない様子で地面のとある部分を注視していた。焦燥は消えないままに、ヴァイスはノワールのその行動をなぞる。真新しい血痕が地面に真紅の花を咲かせていた。
「血痕と……それから魔力を追跡すれば見つかるだろうね。あまり時間をかけない方がいいけど」
ヴァイスとは真逆に、至って冷静な口調でそう述べる。
要は完全に逃げ切られる前に逃げた一体の魔力を追って、そしてトドメを刺せばいい、ということだ。
だがその方法を頭の中でしっかりと理解した瞬間、ヴァイスは眉間に皺を寄せる勢いで眉同士の距離を縮めた。
十体いた中の一匹。その魔力の判別など、元から十体全て倒すつもりで臨んでいたヴァイスは当然行っていない。
そもそもあれだけいた中で個体ごとに魔力を測るなど不器用なヴァイスはできないし、やれと言われて速攻で頷けるほどのものではないのだ。この少年にとって。
「……あぁ、大丈夫だよ。追跡は僕がやるから。逃げた一匹の魔力がどんなものなのかも分かってる、逃しはしないよ」
そんなヴァイスの胸中はお察し、とでも言うようにノワールは言葉を並べていった。正直助かる。心の中で安堵しつつ、けれどさらりと有能発言をしてみせたノワールに悔しさが湧く。
ノワールは魔法の扱いに長けている。それ即ち魔力の扱いも上手く、その分野ではNoDiWSイチであった。
別のことを得意とするヴァイスとは比べる土俵が違うのは分かりきっている。それでもまぁ、悔しくはなるのだ。
どこか拗ねたようにノワールを見つめていれば、目の前の少年はヴァイスの制帽をぐいっと下に引っ張った。
「そんな顔しないんだよ。互いの失敗は互いで補えばいい。僕らはニコイチなんだから」
ちょっと違うぞ。そう言いかけた口の動きを、ヴァイスは咄嗟に考え込むような仕草で押さえ込んだ。
ノワールが言ったことをそのままの意味で捉えれば、確かにヴァイスが気にしている部分とは少し違う。だが、「互いで補えばいい」という言葉と「僕らはニコイチ」の常套句には、密かにヴァイスを慰める意図が含まれていたように思えた。赤の他人には良心の欠片も見せないくせに、こういう時だけこの男は嫌に優しい。
ぬるま湯のような優しさにこそばゆい思いを抱き、制帽を元の位置に戻しながらそれでもヴァイスは素直にこくりと頷いた。
そんなヴァイスに対してノワールは、夜の静寂で微かに存在を主張する星のような微笑みを向けていた。
例の如く死骸の処理を終えて、逃走した異形の行き先の把握までを終えたところで足音が二つ分聞こえてきた。ヴァイスとノワールは同じタイミングでその方向を見る。
「お前ら無事だったか」
「随分と派手にやりましたね」
黒から炎の色へとグラデーションのかかったマフラーと、象牙の色をしたローブとをそれぞれはためかせながら、ディアンとスティルがこちらに向かってきた。
戦闘服の汚れ具合から、二人も同じように今し方先頭を終えたばかりなのだろうと推測できる。
ヴァイスは彼らの名を呼びながらその元へと走り寄る。「二人も無事だったんだ」と安心したように言う最中、スティルに服の埃を払われた。
「そう簡単にやられるわけないでしょう。私はそれより、貴方の戦闘服の返り血が気になりますよ」
そう言って、スティルはヴァイスに生活魔法の一種である浄化を使用し服を清潔にしてくれる。にこにことしながらお礼を述べれば、その場に遅れてノワールがやってきた。
「良いニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞く?」
ノワールの質問先は三人全員宛ではなく、スティルとディアンに対するものだった。二人は考え込むように神妙な顔つきをする。先に回答を示したのはスティルだった。
「……良いニュースから聞きましょうか」
順番に聞いていきたいのだろう。彼の細かな性格からヴァイスはそう予測する。
腕組みをするスティルは後に訪れる悪いニュースを既に待ち構えているのか、硬い表情は崩していない。
そんなスティルの返答に了承でもするみたく、ノワールはその顔を少しだけ傾ける。森の景観とは不釣り合いな彩度のない黒髪を揺らして、息を一つした。
「悪いニュースから聞いてくれた方が楽だったんだけどな。悪いニュースから話すね」
「は?」
スティルは食い気味に発した。マジかこいつ、とヴァイスも思った。
そんな風に言うなら、選択肢の提示も情報の開示も、最初から最後まで自分一人でやれば良いものを。
心底理解不能だ、と言うように顔を歪めるスティルが不憫でならない。スティルの隣に立つディアンもあからさまにドン引きしていた。
「十体の異形と交戦。九体撃破、尚うち一体はトドメを刺す前に逃走。……はい、これが悪いニュース」
そんな三人の様子をまるで気にもせず、ノワールは悪いニュースを知らせていく。キャスターよろしく淡々と言葉を並べたかと思えば、事実を述べた後はいつもみたくあっけらかんとした口調で報告の一節を区切った。
両の掌を前に差し出して、「悪い情報は開示しましたよ」とでも言うようににこりとしている。
こいつサイコパスの気があるんじゃないか、とヴァイスは思いながらスティルに視線を移す。彼は困惑したようにノワールの顔と差し出された手を交互に見やり、ようやく現状を理解したかのように一度頷いた。依然として、スティルの顔からは険しさが抜けきっていなかったが。ただそうなる気持ちはヴァイスにも痛いほど理解できたので、同情するより他なかった。
「そ、そうですか。えっと、それでは……良いニュースの方を」
腕組みを解除して背の後ろへと移しながら、スティルはそう言った。
ノワールの意味不明なトンデモムーブに、スティルも負けじと冷静な対応を心がけるその様は流石としか言いようがない。だが真面目なスティルが「異形を取り逃がした」ことについて言及しないことからも、相当混乱しているのが分かった。ディアンもそれを理解しているのだろう。気の毒そうな瞳でスティルを見ている。
「逃げた異形の魔力は特定済みなので、早速追跡していこうと思いまーす」
パッと両手を挙げた後に「これが良いニュース」とノワールは言った。相も変わらずの貼り付けられた笑みはどことなく楽しそうである。これは性悪だ、とヴァイスは隣に立つ男をジト目で見つめた。
肝心のスティルはと言えば、ノワールの方を凝視しながらポカンとした顔をしていた。四人の間にはまたもや冷えた空気が流れ始める。そのうちにわなわなと体を震わせたスティルは、高らかにこう叫んだ。
「マッチポンプじゃないですか!!!!」




