番外編1-2
無造作にズボンのポケットに手を突っ込み、まるで輩みたいなガラの悪さで廊下を進む。
スティルには嗜められ、ノワールにはいじられるであろうスタイルを維持できるのは一人の時間だからこそだ。
そういう意味で、四人でいる時とは別の心地の良さがある。声を大にして言えるわけではないけれど。
適当に窓の外に目をやりながら歩いた。飽きて前方に目線を戻すと、見知った顔の人物が反対側からやってきた。
「よっ、ディアン! 今日は一人か? 珍しいな〜」
「先生こそ、一人じゃないすか」
恩師の一人、青鈴だ。声色が明るかったので、こちらもなるべく軽快なトーンで返す。ディアンの返事を聞いた青鈴は、楽しそうに笑っていた。
「今から晩飯か? 嫌じゃなければ、一緒に食わないか?」
嫌じゃなければ、という前置きをわざわざするところに、青鈴の優しさを感じる。もちろんそんな彼を嫌悪する理由はないし、ディアンは二つ返事で了承した。
安堵したのだろうか、父親みたいに優しい笑みを浮かべていた。
席を確保して料理を運ぶまでの間に、軽く雑談をした。
ディアンの方からは、偏頭痛で数時間も昼寝をしてしまったことを話した。愉快そうに笑ってはいたが、体調の方を心配してくれて、なんとなく気恥ずかしかった。
一方の青鈴は、ついさっきまで仕事をしてたと聞かせてくれた。目まぐるしい労働を終えたら、急激に空腹を感じたらしい。あるあるだ、と思った。
「そうだ先生、ピースサイン作ってください」
唐突にディアンが言えば、青鈴はそれに従ってピースサインを作る。けれどそれは顔の横に位置取られていた。
「料理んとこにです」
勢いのままに訂正してしまう。えっ、と驚かれてしまったが、快く位置を変えてくれた。ディアンも自分の料理の横にピースサインを作って、それからパシャリと写真を撮った。すぐさまNoDiWSのグループチャットに貼り付ける。
気になったらしい青鈴が、画面を覗き込んできた。
「ゆるいなぁ」
一連の流れを見せれば、しみじみしたようにそう言われる。思わず吹き出しそうになった。
確かに、仕事用に支給された端末で交わすメッセージにしてはゆるいだろう。なんだかんだ連絡手段として普段使いもするために、こんなゆるい内容も珍しくなくなった。
「ノワールがこういうノリに付き合うのは珍しいな」
どこか楽しそうに彼は言う。知ってる間柄だと、やはりそういう反応になるのだろうか。
ヴァイスがいるからですよ、と思ったままを返した。頷かれるかと思ったが、青鈴はう〜んと唸って顎を触る。何やら意義があるようだ。
「それ抜きにしても、案外悪くないと思ってるかもしれないぞ? ノワールはヴァイスが特別すぎるだけで、ディアンとスティルにも心を開いてるだろうからな。まさに、家族の距離感だ」
そう言われたことに驚いた。ディアンは思わず目を見開く。アーチ状になった瞼から、ガーネットの宝石が溢れそうだった。
「……そう、見えるんすか?」
「あぁ、もちろん」
羨ましいよ、と彼は付け足した。そう言いつつもどこか弁えているような、仕方のない我が子を想うような雰囲気を漂わせる。
なんだか映画のワンシーンのようだと、そんな彼をみて思った。
『なんでさん付けなのか、って? 僕があの人たちをどう呼ぼうが、僕の勝手だろう?』
昔、ノワールが青鈴とカティアのことをさん付けで呼ぶ理由を聞いてみたことがあった。極寒かと勘違いするほど冷たく返されたわけだが、元来のさん付けと、あの人たちという言い方から、彼の中の家族という枠組みに青鈴たちは入らないのだろうと、なんとなく察して終わったことを覚えている。
自分も似たようなものなのかもしれない。ディアンは青鈴のこともカティアのことも先生と呼び慕ってはいたが、家族と思っているかと聞かれたらノーだ。
ディアンにとっては共に生まれたあの三人だけが己の家族で、弟達だけが守るべき存在だ。当然、口にしたことはない。
ヴァイスなんかは彼らのことも家族として見ているかもしれないが、ディアン自身はその限りではない。
もしノワールもそうなんだとしたら、なんという似た者兄弟なんだろうと思った。本人は嫌がるかもしれないが。
「……教育係って大変ですね」
喉をスルッと通り抜けたかのような声が出る。「そうだなぁ」と柔らかに言う青鈴は、それでも暖かな笑みを浮かべていた。
ディアンが送った写真に『ぼっちじゃないじゃん』という返信を、いの一番に送ってきたのがノワールだということに気が付いたのは、食事を終えた後のことだった。




