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寮の三階に設置されているフリースペース。その一角でヴァイスたち四人は予定されていた勉強会を事務仕事のタスクへとシフトさせ、各々利き手を酷使させていた。
サインと言うだけあってデジタルで済ませるわけにもいかず、何十枚にも及びそうな紙の山にひたすら自分の名前を記入する作業を続けていく。
「ディアーン、腕は大丈夫か〜……」
地味すぎる流れ作業に飽き飽きとしながら、ヴァイスはそう聞いた。斜向かいに座るディアンは、おうと低く唸る。
「怪我したのは左腕だからな……別に、支障ねえよ」
ディアンはあの後、駆けつけたスティルに応急処置を施され、帰還してからは人工亜人の治療施設にてしっかりとした治療——と言ってもただの同種による回復魔法だが——を受けたため、現在は全快に近い状態だ。魔法というのはすごいものだな、とヴァイスは改めて感心しながらもそれでも罪悪感は拭いきれないでいた。
行き詰まったように頭を抱えて、その陰からチラリとディアンを見る。彼の表情からはその心理は読み解けない。ヴァイスと同じように事務仕事に辟易としているのか、少し退屈そうに口をへの字にしているだけ。つまらないと主張するように、だらけた姿勢で作業を続けている。
けれどそんな彼の体を支えているのは、文字を記入しているのと同じ右手だった。空いているはずの左手は、ぶらんと垂れてそのまま机に隠されている。
表情に出すほどの痛みはないが、体重をかけるとなるとそうともいかないのだろう。そんな仮説を勝手に立てて、自分を庇った時の彼の焦ったような顔を思い浮かべながら償うようにペンを進めた。
「……ん? ここ……、これ見てください」
不意に、ひたすら真面目に筆記を続けていたスティルがそう発言する。それにつられて、ヴァイスたち三人は身を乗り出して彼の手元を覗いた。
ペンで指し示された紙面の一部。墨色を写し出したようなそのフォントは罫線を連なって、その先頭に一つのワードを携えていた。
「チーム名?」
訝しむようなディアンの声が聞こえてくる。チーム名。ヴァイスは頭の中で彼の言葉を反芻させた。そうするうちに宙を彷徨っていた視線を、再び書類の方へと戻す。そこには、『任務の割り当て、表彰、その他事務的な仕事に関する手続きを円滑に行うため、結成されたチームには名称をつけるものとする』と記されていた。
前半の諸々は置いておいて、つまりはチーム名をつけろとのこと。面倒くさい雰囲気を感じ取り、ヴァイスは無意識のうちにえー、と声を漏らしていた。
「急にそんなこと言われてもね」
先程まで一言も声を発さずに作業を続けていたノワールが、その手を止めないままにそう吐き捨てた。確かに、言われてそう簡単に浮かぶものでもないだろう。それにおそらくだが、解散も再編成もできないこのチームなら、なおのこと名前は慎重に付けなければならない。
皆が同じことを憂いたのか、四人分の唸り声が静かに漏れた。
「なんかいい案ない?」
ヴァイスがノワールたち三人に向かってそう聞いた。それぞれが考えるような仕草をしてみせる。
数十秒の沈黙の後にとうとうノワールが作業を止め、スティルがペンを投げ出し、ディアンが頭を抱えてしまった。行き詰まりである。
実際質問を投げかけたヴァイス自身も、自分で案が浮かばなかったために三人に話を振ったのだ。けれどその結果がこの画なら、それはもうどうしようもないと言うしかない。
この状況に陥って、ヴァイスはようやく書類提出の期限が単純作業にしては長めに設定されている理由を理解した。チーム名決めのことを考慮されてのことなのだ。あぁ、と納得するように声を漏らす。それからまた紙面へと向き合った。
「……期限はまだありますし、チーム名のことは保留にしましょうか」
現状を見かねたのか、スティルがそう言う。年上二人はその言葉に納得したように姿勢を崩し、ヴァイスもまた、難題を一時逃れた開放感から机に貼り付けるようにしてべったりと体を預けた。
そうして本日の事務作業は終了となり、ヴァイスたちは各々個室へと帰っていった。




