4-2 呼び出し
パジャマから普段着へと着替えたところで、今日のスケジュールはなんだったか、とヴァイスは考えた。そしてさほど時間もかけずに、今日の用事を思い出す。
午前は呼び出し、午後が変わらずの見回り、そして確か夕飯の後には勉強会が待っていたはずだ。
勉強会。嫌な響きだ、とヴァイスは思った。
ヴァイスは必要最低限の教育は受けてはいたが、かと言ってそれは難しくもない範囲。学問、それも進んでいる勉強は苦手だった。
それだけなら別にいいが、いかんせんヴァイスの周りは勉強ができる亜人ばかり。ノワールやスティルはもちろん、意外にもディアンだって、勉強はそれなりにできる方だ。
そこまで考えると、憂鬱な気分が更に膨らんでくる。
勉強会では自分一人だけ筆の進みが遅いのだろう。なんて思ってしまえば、ネガティブの波に飲まれてそのまま項垂れてしまいそうだった。
「って、違う違う!」
パシッ、と切り替えるように両手で頬を叩く。ほんのりと赤みを帯びた頬を叩いた身でありながらさすって、それよりもと午前のスケジュールを頭の中で反芻した。
呼び出し。場合によっては、こちらも気分が下がってしまいそうな言葉だ。
けれど今日のそれは、お叱りやお説教を受けに行くわけではない。恐らく、研修期間を終えた正隊員についての説明やら何やらだろう。
つまり、人工亜人であるヴァイスたちにとって、重大なことである。
何の話をするのだろう、と想像を巡らせていれば、コンコンと部屋の扉が叩かれた。
はーい、と返事をすればキィと音を立てながら滑らかに扉が開く。そこから姿をのぞかせたのはノワールだった。
ヴァイスは特に驚きもせず、予測していたように「どした?」と声をかける。
「朝食、一緒にどう?」
どう? と提案しながらも、まるで一緒に行くことが決定しているかのようにヴァイスを廊下へと導こうとする。
「行くよー、はいはい」
苦笑いを浮かべながらも、差し出されたノワールの手に素直に応じて。二人は他愛もない話を繰り返しながら、食堂に向かった。
自然光によって明るさが保たれる食堂。時間帯が時間帯なので、やはり利用者はそこそこに多かったが夕方よりかは落ち着きのある雰囲気が漂っている。
ヴァイスたちは各々好みの朝食セットを選んで取っていき、配膳カウンターから離れた人の少ない机へと移動した。
「お、ノワールに……ヴァイスじゃねえか」
不意に声がかけられる。それに反応して、二人は同じタイミングで声の方向に顔を向けた。そこには、大盛りの皿が並べられたトレーを持つディアンの姿があった。
元来夜型なのも相まって朝は苦手なディアンだが、今日もまたいつもより顔つきが険しくなっている。
「あぁ、ディアン。おはよう。……君って朝は苦手なくせに、本当馬鹿みたいに食べるよね」
「あ? 喧嘩売ってんのかお前……ノワールこそ、もっと食わねえと背デカくなんねえぞ」
「既に君より高いから問題ないよ」
邂逅早々、二人は言い合いを始めてしまう。自分よりも年上の二人がそんな子供っぽいことをするものだから、ヴァイスは呆れから溜息を一つ吐いた。
年上、といってもその差は僅か二つだけなのだが、ヴァイスにとってその二つが大きい差なのだ。
僅差にしか見えない二人の見栄を、身長の低いヴァイスは忌々しげに見つめながら、ガチャンとトレーを乱暴に机の上へと置いた。
その音に気付いたノワールたちは、揃ってヴァイスの方へと顔を向ける。それから互いの顔を見合って、二人してヴァイスの肩をポンと叩いた。
「大丈夫だよ、ヴァイス。君の身長だっていつかグンと伸びるから。ね?」
「ノワールの言う通りだ。今はちっせえかも知んねえけど……そのうちいつかぜってえ、きっと、多分伸びるだろうからよ」
先程まで言い合いをしていたのが嘘かのように、息ぴったりに二人は続け様にそう言った。
「何? わざと? わざとだよね、それ」
ひと足先に椅子に着席していたヴァイスは、揶揄う二人をジト目で見上げた。慰むように肩に置かれた手を順に払い、ムスッとした顔で食事へと向き直る。
「あらお兄様、随分とご機嫌斜めですね」
「スティル……!」
唐突に聞こえてきた声。その音から声の主を判断して、ヴァイスは助け舟を見つけたかのように勢いよく振り向いた。
見覚えのある所作で自分の食事を運ぶスティルは、ヴァイスの方を見ながらニコリと柔く微笑む。向かいの席に座り、それから手を組みながら年上二人へと目をやった。
「貴方たちはまたそうやって、お兄様をいじって……お兄様はその控えめな身長が可愛らしくていいんじゃないですか! ほら、まるで幼児のような小ささ、愛くるしいでしょう?」
「君が一番酷いこと言ってるね?! というかスティルも大して変わらないだろ! 身長!」
助け舟だと思っていたのはまさかの海賊船、とんだ裏切りだ。元より高い声を更に張り上げてヴァイスが叫べば、スティルは人差し指を上品な動作で口元へと持っていく。お静かに、とでも言うように。
誰のせいだ、とヴァイスは思ったが、僅かに感じた周囲の視線が気まずくてきゅっと口を噤んだ。
二人分の愉快そうな笑い声が聞こえてきて、ヴァイスは更に口をへの字に曲げた。
「悪かったって。でも、お前は別にそのままでも良いんだよ」
スティルの右隣に座ったディアンが言う。ヴァイスは、まだ納得のいかないようにその細い眉を寄せた。
「そうだね、ディアンの言う通りだ。君にとっては良くなくても、僕にとってはその身長も魅力の一つだ」
そしてヴァイスの隣に座ったノワールもそう言った。考えをぐるぐると巡らせながら、ヴァイスは体を右に少し傾ける。
「二人の言う通りです。先程は……すみません。でも、可愛らしいと思っているのは本当ですよ。それにほら、私としては羨ましい限りです。その小さな躯体を生かした戦闘スタイルは、私たちにはできないことですから」
真正面のスティルが柔和な笑みを浮かべてそう言ったところで、ヴァイスはピクリと反応する。
視線を右へ左へ、四方向を一通り回ってからニコリと屈託のない笑みを浮かべた。上機嫌に頬杖をついて、ルンルンとでも効果音がつきそうな勢いで体を揺らす。
「まぁ三人がそう言うなら……小さくても、良いかなぁ」
ヴァイスはチョロかった。一気に機嫌を直したヴァイスを横目に、ノワールたちもくすりと笑う。
これが昔から時間を共にした四人の——家族の、日常だった。




