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現実恋愛シリーズ

元天才子役はVチューバーに転生する ~子役時代に培った演技力で最高のVチューバーになろうと思います~

 子供を自慢の道具にする親が嫌いだ。

 大した演技でもないのに大げさに褒めてくる監督が嫌いだ。

 買わない癖に駄菓子屋に入ってきて握手を求めてくるミーハーが嫌いだ。

 それら全部に笑顔で応える、小賢しい自分はもっと嫌いだった。


 ――だから辞めた。


 演技は好きだが、有名になることは嫌いだった。



 --- 



「別れよっか」

「え……?」


 大学2年、7月初頭。

 身の丈に合わない高級料理店で夕食(もちろん俺の奢り)を食べていたら彼女の美紀(みき)から急にそう告げられた。


「なんで? なんか俺……悪いことしたか?」

哀人(あいと)君さ、ファッションがまず酷くない? もっと服にお金使った方がいいよ」


 テメェが纏ってるブランド品は全部俺が買ったやつだろうが。誰のせいで自分の服に金を使えてないと思ってやがる。


「あと、RINE(ライン)のメッセージがうざい。多すぎ」


 テメェが1日10回メッセージ送れって言ったんだろうが……!


「それとさ、店員に敬語使えとか、クチャクチャ食べるなとか、いちいちウザいんだよね。親かよって言う」

「……」

「もう怠い。別れよう?」


 ぶちまけたい。

 コイツへの文句を今、全部ぶちまけたい。


 しかし――


「わかった。悪かったな、不快にさせて」


 笑顔でそう言った。

 ここで正直になれるような男なら、俺の人生はここまで退屈に満ちてない。


 店を出て、夜中の薄暗い帰り道を歩く。


「……あーあ、無駄な時間過ごしたぜ」


 正直、俺にも非はある。

 『彼女がいれば生活が豊かになるかもしれない』、『美人の彼女がいるというステータスが欲しい』。こんな自分勝手な動機で好きでもない相手に手を出してしまった。


 持ち前の小賢しさで良い彼氏を演じた結果がこれか。


「……喉乾いた」


 自販機でジュースを買おうと財布を開く。だがジュースを買えるだけの金は俺の財布に入ってなかった。


「さっきの店で使い果たしたか。この俺が金欠とはな……最悪だ。クソ」


 駅まで5分、それから30分電車に乗って最寄駅から家まで15分。

 その間水分ゼロでこの暑い夜を乗り切れるものか。


「ちっ! なんだってこんな遠い場所まで来たんだ! 別れ話するなら大学の食堂でもよかっただろあの馬鹿女!! 味もわからん癖に高級ワインばかすか飲みやがって!! 挙句にメシ残してんじゃねぇよバーカ!!!」


 思いのたけを叫び、数秒後、我に返った。

 凄まじい虚しさが体を走る。


「馬鹿は俺だな。ただでさえ喉乾いてたのにこんなに叫んじゃってよ……」


 俺は自販機の下を覗く。


「……100円発見!」


 無様な格好を晒しながら100円に手を伸ばす。

 幸い、今俺がいるのは人気のない駐車場の自販機前だ。恥も外聞も捨てて100円を求める。


「よし!」


 手に硬貨の感触! 俺は硬貨を握りしめ、すぐさま自販機に入れる。


「さーて、なに飲もうかな……って」


 自販機には100円以下の飲み物がなかった。

 小さな缶コーヒーですら110円……。


「物価高騰許しまじっ!」


 小さく自販機をノックし、絶望する。

 すると――


「あの……」


 背後から女子の声。

 慌てて振り返る。


「お……」


 それはまー可愛い女子だった。

 クリンと大きくてつぶらな瞳、出てほしいところは出ていて引っ込んでいてほしいところは引っ込んでいる、均整のとれた体。肩のところで揃えられた金色の髪は艶があって思わず撫でたくなる。頭にちょこんと乗った小さな帽子も似合ってる。


 こんな美少女にこんな痴態を見られるとは……今日の俺はとことんついてない。


「お金、ないんですか?」

「あ、はい」


 俺の声を聴くと、女子は「ふふん」と上機嫌そうに鼻を鳴らした。


「?」

「お金、貸しますよ。いくら必要ですか?」

「えっと、できれば60円ほど」


 それがあれば500ミリの炭酸を買える。


「それなら100円貸します。はい、どうぞ!」


 元気のいい子だな。

 それでいて天使のような子だ。


「どうも。ありがとうございます」


 ありがたく金を受け取り、ジュースを買う。

 俺はジュースをがぶ飲みし、体に水分を満たす。


「はーっ! 生き返った!」


 一方、女子はメモになにかを書き、俺に渡してきた。


「じゃあ100円は後日、この場所に届けに来てくださいね」

「え?」

「なにか?」


 100円ぐらい奢ってくれてもいいのでは……と思うのは傲慢だろうか。


「わかりました」

「ではまた後日」


 女子は笑顔で手を振り、去っていく。

 俺はメモの住所に目を通す。


明星(あけぼし)大学サークル棟102号室――って、俺の通ってる大学じゃねぇか」


 ってことは、アイツも俺と同じ大学の大学生、ってわけか。

 まったく知らない場所だったら返すのをためらったかもしれないが、通ってる大学じゃな……親に金借りて、明日あたり返しに行くか。



 --- 



「って、なんだここ……」


 明星大学102号室に100円を握りしめて訪れた俺は、その扉に書かれているサークル名を見て戸惑う。


――“Vチューバー研究会”。


 Vチューバー? ってなんだ?

 初めて聞く単語だ……まぁいい、とりあえず入るか。


「失礼しまーす」


 ノックして扉を開ける。

 部屋には4人いた。


 まず目つきの悪い太めの男。タブレットでアニメキャラクター(?)の絵を描いている。

 次に銀髪でジト目気味の少女。大学生というか、高校生……下手したら中学生でも通じるぐらい幼い。見るからにクールそうだ。パソコンを淡々と弄っている。

 赤毛のキリッとした目つきの女子。身なりに気を使ってるのがわかる。ピアスもつけててザ・イケてる大学生って感じのやつだ。台本(?)のような物を見ている。


 そして一番奥、なぜか一部分だけ畳の場所で、扇風機に向けて口を開けている金髪女子――昨日、俺が会った女子だ。


「はが! ひのうほひほ!!」

「……扇風機から離れて喋れよ」


 つい突っ込んでしまった。


「昨日の人! ずっと待ってましたよ!」


 金髪女子はスタスタと駆け寄ってくる。


「そんな大切な100円だったとはな。ほら、いま返すぜ」

「いえ、100円は別にどうでも。ささっ! こちらに」

「は?」

「皆さん、準備お願いします!」


 4人全員が一挙に動き出す。

 流されるまま、俺はカメラの前で座らされ、マイク付きヘッドフォンを被らされた。


「おい……こりゃ一体何の真似だ」


 4人はPCの前に集まり、小声で話し合ってる。


「……確かに、一娯君の声には合ってるわね」

「……ちょい声低い気がするが、これぐらいは許容範囲内だな」

「……声が合ってるからって適性があるとは限らないのじゃ」

「……ですね。でもVチューバーの適正ってどうやって測れば……」


「すみませーん。金返したんで帰っていいすか?」


 4人は一斉にこっちを向き、太男がまず俺に近寄って右手を差し出してきた。


「?」


 なんとなく俺も手を出し、握手する。


「イラスト担当の勾坂(こうさか)楓画(ふうが)だ。ペンネームは萌衣堵(めいど)博士。みんなからは博士と呼ばれているが好きに呼べ。よろしく」

「は?」


「サウンド系全般担当の音無(おとなし)エリーよ。本業は声優、これはバイトみたいなモノよ。よろしく」

「なんで自己紹介……」


「モデラーの朝影(あさかげ)(きょう)じゃ。よろしく頼もう」

「いやだから――」


「プロデューサー兼ディレクター兼スカウトマン兼社長の一ノ瀬(いちのせ)ヒヨリです!」


 順々と握手&自己紹介をされた。


「須藤です。よろしく……」


 なんとなく俺も自己紹介してしまった。

 つーか、なんだこの集団……イラストレーターに音響、モデラーってのは3Dモデルとか作る人間だったか? それにプロデューサーやら何やら。


「映画でも撮るのか?」

「ちょ、ヒヨリあんた、何も説明してないの?」

「はい!」

「いや元気よく返事されても……」


 やれやれ、と赤毛女子は呆れたように肩を竦める。


「私たちは映画屋じゃないわ。私たちはVチューバーの制作チームよ」

「Vチューバーってなんだ?」

「動画配信をするキャラクター、とでもいえばいいのかしら」

「???」

「説明しましょう! Vチューバーとは!」


 金髪女子――一ノ瀬がVチューバーについて解説してくれた。


 Vチューバー。

 それはアニメ風のキャラクターの姿を使って動画投稿やライブ配信をしている動画配信者のことだ。

 ただ2018年現在、Vチューバーの知名度は低く知らないのも無理はないとのこと。


「なるほど。まずキャラのイラストをそこのイラストレーターが作って、モデラーがイラストを元に2Dモデルを作成、でサウンド担当のアンタがBGMとか音の調整をして、えーっと、アンタが声をやるのか?」


 俺が一ノ瀬に対して言うと、一ノ瀬は首を横に振る。


「いいえ! 私はVチューバーをやる気はありません」

「んっと? じゃあ一番重要なとこが居ねぇじゃねぇか。誰がVチューバー……声優をやるんだよ」


 目の錯覚だろうか。

 全員が俺を指さしているように見える。


「昨日の帰り道、須藤さんの叫び声をたまたま聞いてピンときました!」


 あれ聞かれてたのか……。


「近くで声を聴いて確信しました! 須藤さんこそ、一娯君の声に相応しいと!」


 一ノ瀬はパソコンの画面を見せてくる。画面には3Dのアニメキャラクターが動いていた。

 銀髪で、ポニーテールのイケメン。中華風の道着の上にマントを羽織っている。


「一娯? ――え? なんだコレ!? 気持ち悪っ! 俺の口に合わせて口動いてるじゃねぇか!!」

「気持ち悪くないです! マイクで拾ったあなたの声に合わせて動くようにしているんです!」

「あとカメラで口の動きを読み取るタイプもあるけどな」

「技術の進歩ってすごいな……」


 素直に凄いと思う、が、


「生憎だが、俺は配信者になる気はないよ」

「え!? ちょっと待ってください! もっと詳しい話を聞いてから結論を出しても……」

「――お前らの目的は、この一娯君を有名にすることだよな?」


 俺が聞くと、全員が「まぁ……」って感じの顔をした。


「……有名になっていいことなんか何一つねぇ。それにこんなモンに付き合ってたらダチになに言われるかわかったもんじゃねぇ。お断りだね」


 俺が言うと、部屋の温度が10度ぐらい――下がった気がした。


「うん! キライ!」

「あぁ?」


 赤毛の女子――音無が睨みつけてくる。


「なーんか気に入らないのよね。その悟ってる感じというか、斜めから見てる感じが。声優の養成学校にアンタみたいの居たわ。子役で活躍してたけど落ちぶれて、滑り止め感覚で声優になろうとしてるやつ。過去に成功してるとそういうウザったい雰囲気になるのよね」


 ぎくり、と背筋が震えた。


「いいのか、そんなこと言って。俺って逸材なんじゃねぇの?」

「声だけよ。でも一娯壱恵を演じられるかどうかは別の話」

(演じられるか――)

「声だけ良くてもVチューバーはダメ。色々必要な能力はあるけど、一番は演技力……仮想のキャラクターになり切る能力が必要とされる。それも台本なしでね。あなたにその能力があるかしら?」

「演技力ねぇ……こんなのが演技を語っていいのか?」


 俺は馬鹿にした口調で言う。


「ほほう! 言ってくれるわね! 演技に自信ありってことかしら!」

「……まぁ、それなりには」

「じゃあ勝負しましょう! あなたが一娯君を演じきったらもうなにも言わない。土下座してやってもいいわよ!」

「断る。別に謝罪なんていらないよ」

「ならこうしましょう!」


 一ノ瀬が人差し指を上げる。


「須藤さんが勝負に勝ったら我々から1000円ずつプレゼントします!」


 1000×4=4000円!!?


「……勝負内容は?」

「なにアンタ、貧乏学生?」

「内容はそうですね……ゲーム実況なんてどうでしょうか」

「ゲーム実況?」

「文字通りですよ。須藤さんにはVチューバー一娯壱恵としてゲーム実況をしてもらいます。ゲーム実況っていうのはまぁ、リアクションを取りながらゲームすることですね。そのゲーム実況を見て、我々4人で10点評価を下します。合計点が20を超えたら須藤さんの勝ち! これでどうですか?」


 1人5点以上取れれば合格ってわけか。

 しかし、


「ゲーム実況か、いまいちピンと来ないな……」


「見せるのが早いじゃろう」


 と、銀髪女子――朝影がパソコンを向けてくる。

 つーかなに、この変な喋り方……こいつもロリ系とはいえかなりの美少女なのに、喋り方で台無しだな。


「いま話題のVチューバーじゃ」


 女のVチューバーが画面には映っている。俺は椅子に座り、動画を見る。

 RPGの実況動画。おおよそ2時間程度の配信だ。


「…………ただゲームしてるだけじゃねぇか。ちなみにこれで何点だ?」


 一ノ瀬は数字の9が刻まれた札を、音無は10の札、勾坂と朝影は8の札をあげた。


「マジか。それなら全然、勝てると思う。これと同じようにやればいんだろ。余裕だ」

「言ったわね。じゃあ見せてもらおうじゃないの!」


 4人が配信環境を整えていく。


「おぉ……! ついに、ついに一娯君の初配信ですね!」

「配信ではねぇだろ。俺たちの中で見るだけじゃねぇか」

「初撮影、と言ったところじゃな」

「なんだかワクワクするわね!」


 浮足気味の4人。

 勘弁してくれ。こっちが緊張するだろ……。


「準備OKです! 時間は30分で! カウントいきます! 3、2……」


 懐かしいな。声が入らないよう、1と0は口にせず、指のカウント折りだけにする。懐かしい景色だ。

 さて、とりあえずやってみるか。


「どうもーっ、一娯壱恵です。今日はスクユニ待望の新作、“ファーストファンタジー13”の実況をやります」


 ぱちぱちと拍手をし、ゲームを起動させる。

 難易度はイージーでいいだろ。ノーマルで沼ったら最悪だしな。

 ムービー中は視聴者もムービーを見たいだろうから静かにして、バトルの時とかにいっぱい喋ろう。

 声ありのセリフはちゃんと聞いて、声なしのセリフは全文が表示されてから5秒後に消すぐらいでいいか。

 とにかく苦戦しないように、サクサクとプレイしていこう。リアクションは大きめに。

 手探りでやっていく内に、あっという間に30分が経った。


「……ふーっ! 終わり。どうだ?」


 個人的には10点満点中8点ぐらいの出来。


 4人に目を向ける。

 4人は微妙な表情をしていた。


「え?」


 なんだ、この空気……。


「それでは皆さん、判定をどうぞ」


 一ノ瀬の掛け声で全員が札を挙げる。

 一ノ瀬4点、音無1点、朝影2点、勾坂1点。

 合計点――8点。


「ちょ、ちょっと待てお前ら! 金渡したくねぇからってやけに辛口じゃねぇか!」

「本気で言ってるなら論外ね。さっき見た配信と、今のアンタの配信。その差が本当にわからないわけ?」

「わからねぇよ……」


 音無は大きくため息をつく。


「呆れた。もう帰っていいわよ。声質だけ良くてもアンタじゃVチューバーは無理よ。ド下手糞」


 へ、下手糞……!? 俺が!?


「言われなくても、誰がVチューバーなんてやるか!」


 時間を無駄にした。

 俺はそそくさと部屋を出る。


「――あ! 待ってください須藤さん!」


 一ノ瀬が追いかけて来た。


「これを」


 一ノ瀬はディスクとノートを手渡してきた。


「なんだこれ」

「今の須藤さんの配信と一娯壱恵の設定です」

「……こんなの」

「リベンジ、待ってますよ」


 一ノ瀬はにっこりと笑う。


「リベンジなんて……する気ねぇよ。俺はVチューバーになんか興味ないからな」

「有名になるから。ですか?」

「……ま、一番はそこだな。俺は有名にはなりたくないんだ。絶対にな」

「なら、大丈夫ですよ?」


 一ノ瀬は真剣な顔つきで、


「有名にはなるのは須藤さんではありません。一娯君ですから」

「……!」

「あなたがどれだけ素晴らしい配信をしようが、あなたが外を出歩いて声を掛けてくるファンは居ませんよ」


 そうか。顔は見せないんだもんな。


――有名にならず、演技できるってことか。


「……少し、考えてみる」


 俺はそう言って、一ノ瀬に背を向ける。

 ディスクは――持ち帰った。



 ---



 須藤が去った後のサークル部屋で、音無は訝しげに帰ってきた一ノ瀬を見ていた。


「随分アイツに肩入れするじゃない。そこまで執着するほどかしら、アイツ」

「むっふっふ! するほどですよ♪ あの人は特別な力を持つ人です」

「……相変わらずなに考えてるかわからない子ね」


 むー、と顎に手を添え考え込むはこのサークル部屋唯一の男、勾坂だ。


「……アイツ、どこかで見たことある気がするんだよな~」

「そりゃ同じ大学なんだから見たことぐらいあるでしょ」

「じゃな」


 一ノ瀬は須藤が去った先を楽し気に見つめる。


「……頑張ってくださいね。()()哀人さん」



 --- 



 家に帰り、自分の部屋に入った俺は、ひたすらにVチューバーの動画を見た。

 その後で、自分の配信を見て見比べてみる。


「……そういうことか」


 俺の配信のマイナス点は大きく3つ。

 一つ、難易度設定。ゲーム配信は苦戦している様が面白い。難敵に阻まれ、阿鼻叫喚する様は見ていて楽しい物だ。

 二つ、ムービーのリアクション。コメントを見る限り、ムービーそのものを楽しみにしている視聴者は少なく、ムービーに対するVチューバーのリアクションを楽しみにしている人間が多い。

 三つ、ボイスなしのセリフを読まなかったこと。Vチューバーはみんな、ボイスなしのセリフは口に出して読んでいる。


 ただこれらはVチューバーというより、ゲーム実況者に必要な要素。

 Vチューバーの本質(いいとこ)はもっと別のところにある。


「なにやってんだろうなぁ……俺」


 ヘッドフォンを外し、自分がやっていることに疑問を抱く。


「時間を無駄にしているのは百も承知だが……あの赤毛だけは見返さないと気が済まない」


 ボロクソ言われたまま引き下がれるか。

 演技には、プライドがあるんだ。


「……Vチューバーの魅力はやっぱりこの美麗なイラストと美声の組み合わせ……相手を惚れされることを意識しないとな……とは言えあざと過ぎるのはダメだ……リアルとフィクションのちょうど中間を穿つ……そういう演技が必要だ……イメージは2.3次元……アニメのキャラクターではなく、あくまで生身の人間としての声が必要……本音のリアクション……あまり感情を表に出さない俺にそれは難しい……大丈夫……本音は演技で作れる……」


――ブー! ブー!


「ん?」


 スマホが鳴る。

 着信画面を見ると、美紀の名前があった。

 ため息交じりに電話を取る。


「はい」

『あ! 哀人君! 昨日はごめんね!』

「はぁ?」

『あたし、昨日親に怒られて機嫌悪かったんだよねぇ。だからあんなこと言っちゃったけど、ホントは哀人君の大好きだから! 寄り戻そうよ。またレストランで――』

「――交通費と食費」

『え?』

「交通費と食費出すなら行ってやってもいいぞ」


 電話の先から聞こえる美紀の声に苛立ちがこもる。


『は? なに言ってんの? それは男が出すもんでしょ! 女は化粧とかに金使って――』

「一度の化粧で6000円以上使うのか。知らなかったよ」

『……あのさ、なに怒ってんの。八つ当たりやめてくんない?』

「……」


 もう、めんどくさくなってきたな。

 今は他に集中したいってのに。


「なぁ美紀。今から俺は酷くてクズいことを言うがどうか気を落とさないくれ。――俺は一度だってお前を人間だと思ったことはない。お前のことはブランド物のコートとしか思ってなかった。他人に格好つけるための道具としか思ってなかったよ」

『本気で言ってんの?』

「今はあっついからなぁ、衣替えの時期ってわけ。言いたいこと、わかるか?」


 ブツ。と電話が切れた。


「ぷっ、はははははは! えっぐいなぁ、俺。ゼミの女王怒らせちゃったよ。こりゃ、明日から大学じゃ孤立するな」


 でもいい。

 今はこれに集中しろ。

 好きな演技で手は抜きたくない。


「台本なし。アドリブ9割の演技か……」


 俺は一娯壱恵の設定を見る。


「……面白い」


 

 ---



「それで? あたしたちを集めて何をするつもり?」


 サークル部屋。

 俺は廊下で見つけた一ノ瀬に頼んで“Vチューバー研究会”の面々を集めてもらった。


「リベンジだ。もう一度俺にゲーム実況させろ」

「嫌よ。無駄だわ」


 音無はフンと鼻を鳴らし、俺から視線を外す。


「俺はいいぞ」


 と言ったのはイラストレーターの勾坂だ。今日は美少女キャラが印刷された服を着ている。


「博士!」

「見ろよ音無。コイツの目、前とは違う。Vチューバーを馬鹿にしてない、本気の目だ」

「……Vチューバーを侮辱した件は謝る。ちゃんと彼らの動画を見て、わかった。企画力、演技力、動画の編集やイラスト、モデルの作成。多くの労力を費やして動画を作っていた。立派なエンターテイメントだ」

「まるで以前とは別人じゃな」

「見せかけじゃなければいいけど」

「まぁまぁ音ちゃん、とりあえず須藤さんの実況を見てみましょう。ほら、皆さん。セッティングしますよ」


 昨日と同じように配信環境が整えられている。

 よく見るとマイクもカメラもかなり高そうだ。


 ……それだけ本気ってわけか。


「準備OKです! では須藤さん」

「ああ。始めてくれ」

「3、2――」


 カウントダウンが終わり、動画が始まる。


「……」


――俺の名前は、一娯壱恵だ。


「どうも! 一生に一度しかないこの時を貴方と共に。自称アイドルVチューバーの一娯壱恵です」


「「「「……っ!?」」」」


 俺が自己紹介すると、サークルの面々が目を見開いた。

 今の俺は地声から声を変えている。一娯壱恵の顔に、声を完全にアジャストしている。

 元々の声は確かに一娯壱恵に合っていた。だが適合具合はパーセンテージで言うなら70%程度、それを90%以上の精度にした。


 さらにカッコつけることにためらいもない。自分をトップアイドルの顔だと思って演技している。


「今日はスクユニ待望の新作、“ファーストファンタジー13”の実況をやります。いやぁ、実は俺、“ファーストファンタジー”はじめてやるんだよなぁ」


 オープニングトークをじっくりやってから、ゲームを起動させる。


「うわっ! すげっ! なにこの片腕のお姉さん、見た目推し過ぎる……!」


 オープニングムービーも多いにリアクションをとり、次にボイスなしのセリフ。


「『キミが噂の新人君ね』」


 女キャラのアフレコを俺は全力でやる。

 俺のアフレコで、音無が「ぷはっ!」と笑い、恥ずかしそうに口を塞いだ。


 アイドルVチューバーを名乗るとはいえ、積極的に笑いも取らないとな。分類は動画配信者なのだからユーモアさは必須。


「まって! なにコイツ! 強すぎだろっ! あミスった!! 違う違う違う! 回復するつもりだったんだって!!」


 俺がてこずっていると、今度は勾坂がクスリと笑った。


――楽しい。


 やっぱり演技は楽しい。

 須藤哀人を脱ぎ去り、一娯壱恵になる。だが完全に役に入ってるわけじゃない。ゲームを純粋に楽しんでいる自分、その感情を抽出して、一娯壱恵の器に乗せて差し出す。


「嘘でしょ……一娯君が、居るわ」

「おいおい……ホントに素人かよ」

「ふふ、やはり、私の見込んだ通りですね……」

「うむ。あっぱれじゃ」


 Vチューバー、これは俳優とはまるで違う面白さと難しさがある! 俳優とも声優とも、顔出しの配信者とも違う。


 未だ未開のジャンル。ゆえに、先の領域が見えなくて、見本がなくて、不明瞭で、ワクワクする!!



「それじゃ、今日はここまで。チャンネル登録お願いします~!」



 ヘッドフォンを外し、ふぅと一息つく。

 顔を上げると、サークルの4人全員が千円札を俺に向けて差し出していた。


「これは……」

「合格ってことですよ。須藤さん」

「認めたくないけど……まぁ、良かったわ」

「俺のイラストに完全に声がマッチしてた。文句なしだ」

「お主にならワシのモデルも預けられる」

「……いや、俺はただリベンジしに来ただけで、Vチューバーになるとは……」

「ああぁ!!?」


 突然、勾坂が声を荒げた。


「ちょ、いきなり何よ!」

「思い出した! コイツあれだよ、六道(ろくどう)哀人だ!! ほら、昔同じ子役の女の子とドラマの主題歌歌ってたりした天才子役!! 面影あるし、子供の声をアフレコしている時とかあの時に似てた! いま間近で見て確信した! 目元とか同じだ!」

「え? 六道哀人? 嘘でしょ……」


 音無はスマホで六道哀人の写真を出し、俺と見比べ、目を剥いた。


「――ええぇ!? マジじゃん! ホントだ!! 哀人君じゃん!!」


 あちゃー、と俺は頭を抱える。

 あんまり、気づかれたくなかったんだけどな……。

 2人に比べ、朝影と一ノ瀬は驚いてない様子だ。


「アンタら、ひょっとして気づいてたわけ?」

「はい。顔見た時にピンときました! あのドラマのファンだったので」

「同じく」

「言いなさいよ!!」


 六道哀人。3歳の時からドラマに出始めた子役だ。その可愛らしいルックスと、ちょっと生意気な言動がまた可愛らしく多くの人間を魅了した。

 特に主演ドラマの“みっくすキャンディー”は大ヒットし、当時最高視聴率25パーセントを記録。しかし9歳の時に芸能界から姿を消し、それっきり表舞台には出てこなかった。


「じゃあなに、須藤ってのは偽名? たしか哀人君は本名で活動してたはずだけど」

「親が離婚して俺は母親に引き取られた。そん時に苗字が変わったんだ」

「なるほどなるほど。この演技力は子役時代の名残か」

「……」

「どうしました須藤さん、千円札、受け取らないんですか?」


 俺は笑い、受け取りを拒否する。


「……それは入会料ってことで」


 俺が言うと、一ノ瀬はパーッと笑った。


「では……!」

「このサークルに入りたい。六道哀人でもなく、須藤哀人でもなく、俺は一娯壱恵として生きてみたい」


 一ノ瀬は「やったーっ!」とぴょんぴょん飛び跳ね、畳の上に立つ。


「ようやく始動できるわね!」

「うむ。これで5人、すべてのパーツが揃った」

「良かったな。せっかく決めた事務所の名前が無駄にならなくて」

「ですね!」


「事務所? なんだそりゃ?」


 俺が聞くと、一ノ瀬は得意げに、


「我がVチューバー事務所です! 須藤さん! 博士! 音ちゃん! 朝ちゃん! そして私! この5人で新しく立ち上げるVチューバー事務所……その名も――」


 太陽のように輝け。そう込められた俺たちの事務所の名前、それは――


「“SUNSUN‘s(サンサンズ)”です!!」


 これはまだ、伝説のほんの序章だ。

 この小さな部屋から始動した“SUNSUN‘s(サンサンズ)”はやがて、誰も想像しない領域まで成長していくことになる――

【読者の皆様へ】

この小説を読んで、わずかでも

「面白い!」

「続きが気になる!」

「もっと頑張ってほしい!」

と思われましたらページ下部の【★★★★★】を押して応援してくださると嬉しいです!




ちなみに同じ世界線の話を現在連載しているので、ぜひそちらもどうぞ!

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