第三話 キラーパーソンなお兄ちゃん
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いろんな事がマシマシてんこ盛りだったバイト初日の昨日は
日曜日ということも有り、近所の商店街からの客足もあって開店直後から
結構お客様が来店されていた。
それに対して、ゴールデンウイーク中だけれど平日月曜だからなのかな
今日はまだ、お客様もそこまで立て込まないし店長やさとるさんも
ピリピリしてない・・・社長が居ないから?
昨日よりは時間の流れが少しだけ穏やかに感じる。
お店自体がまったりモード
でも絶対、このまま終わらない気はするけど・・・
サチ店長は、お昼過ぎ社長さんが戻るまではゆっくりしてなと
二階のPCで擦りだした伝票を奥で眺めながら
咥え煙草で伝票にペンを走らせている。
また伝票だ・・・お花屋さんっていろんな伝票がいっぱい。
わたしが知ってるのはまだカスミが教えてくれた配達伝票だけだな・・・
「ハナちゃん。気になる?」
店内の掃き掃除のさなか、ぼんやりサチさんを眺めていたら突然そんな事を
耳元で囁かれて飛び跳ねそうになった・・・
「アレはね、社長が市場で買い付けた切花の原価が記された一覧表」
「サッちゃんは原価から売値を計算して書き込んでる」
「仕込みが終わったら、すぐにお店に出して売れるようにね」
「ハナ! 掃除はイイよアタシがやっとく、さとるさんのそばで・・・」
「ちぇ、さとるさんにお仕事教わってな。ぅうう、いいなぁ・・・」
そう云いながらキサちゃんがわたしの箒と塵取を取り上げて店長の所に
とぼとぼ去っていった。咥え煙草の店長は伝票に視線を落としたまま
「よくやった」としょんぼりしたキサちゃんの頭を撫でてる・・・ふふっ
サチ店長に、店のことはイイからに裏方の仕事教われと言ってこいって
御言付けさてたみたい。あちゃ・・・
そっか、そうだよね。今日はわたし、さとるさんに仕事教わるんだった
つい昨日の流れを踏襲してしまった。“いつもどおり”の癖がまだ抜けて
ないなわたし──────
さとるさんの所に駆け寄って、改めて「今日一日お世話になります」
と伝えると。イケメン専務はこちらこそと云ってフフフと微笑んだ。
伝票や領収書などをクリアケースに仕舞いながら、さとるさんがお花屋さんの
裏方のお仕事、外回りの準備をしている。
「月曜の僕ら外向き班の仕事は、そうだな──────」
お店を開け、大体11時を目処に西口周辺のオフィス街。月極契約の会社へ
受付に飾る生け花や花束を届け、そのまま朝のセリで社長が仕入れた切り花
を東京の花き市場に取りに行くそう。道中で食事を済ませ、切り花を本店に
降ろして午後の配達が主になるみたい
「九時半にはお店出るからそれまでに“用事”済ませておいてね」
「サっちゃん、西区のアレンジと中区の花束はこっちの店かな?」
そう云われて時計を見る、9時20分。
用事って云われても新人アルバイトにそんな用事は特に・・・あ。
用事を済ませ、お店に戻ると入り口でさとるさんがイーゼルに掛けられた
母の日ギフトを前にお客様の相手をしていた。
「──────ではこの子が発送の手続きを。きさらちゃん、後宜しくね」
「さ! 配達行こう、ハナちゃん!」
若奥様二人組のお客様とキサちゃんが頬に手を当てながらさとるさんを
目で追ってる・・・
うーわ、マダムキラーだこの専務・・・
わたしがお花摘みしてる間に5000円の花束を二束売っちゃったみたい
カスミに見せてやりたいよっ、このスマートでさりげない気遣いを!
店先に花を下ろして飾り付け終え空荷になったトラックの助手席に
飛び乗ってベルトを締めると、運転席のマダムキラー専務がフフフと
微笑みながらエンジンを掛けた。
「スマホとか大事なもの。忘れ物はないかな?」
ドキッとしてエプロンのポケットからスマホを取り出してさとるさん
に見せると、クスクス笑いながら車を倉庫に向け走らせた。
昨日の“事件現場”へ仕舞った花束と壺花を取りに行くために・・・ひぃぃ
「普段、会社配達の花は店のストッカーに入れるんだけどね」
「今はゴールデンウイーク中だし母の日も控えてて、店の方もいっぱいなんだ」
「だから昨日、君達に倉庫に運んでもらったって、訳さ──────」
まるで昨日のわたし達の行動を見ていたかのように話すさとるさん
間もなく、車は倉庫に横付された。昨日ぶりの倉庫・・・
今思うと、まだ昨日の出来事なんだよなぁ、この中でわたし
カスミに抱っこされて、わんわん泣いてたのって
さとるさんを追って倉庫に入ると、カスミが蹴散らしたカーネーション
の鉢植えがいつの間にか片付けられていて、折れた花々が吸水性のスポンジに
活け替えられていた・・・そのままじゃ可哀想だもんね。
でもいつの間に・・・
さとるさんを追ってカーネーションの中を縫って
憎きストッカーにたどり着くと、室温7℃から変えるな!!って書かれた
ボロボロの張り紙の下に新たに──────
“内側ドアノブは回さずに【おもいきり押せ!!】”
“電話を持たずに入るべからず”
と書かれた張り紙が追加されてた
・・・あちゃ、これ私のせいで追加されたやつだ絶対
そんな事思いながら舌をぺろんと出してるとストッカーの中で
クスクス笑い声が聞こえ、顔が赤くなった・・・
「よーしハナちゃん、バケツリレーで運ぼう!」
「今ストッカ入り口に固めた荷物を渡してね、僕がトラックに積むから!」
そう言って、10数個の生け花の壺と切り花の束を効率的に本店の
トラックに積み込み終えて、わたしは助手席へ。
さとるさんは倉庫のシャッターを閉めて運転席に乗り込んだ。
「お疲れ様。後はもうほとんどドライブみたいなものだから」
「仕事の事とか、店員さん達の事で解らないことが有ったら」
「何でも質問してね」
そう言ってハイと渡されたひえひえのスポドリ・・・
い! いつの間に・・・ お、恐るべしマダムキラー専務さん
そんな専務さんは今時珍しい二つ折りのケータイで配達伝票を見ながら
どこかへ電話をかけていた。お話の内容から察すると配達先のお宅に
アポを取ってるみたい・・・
今日は市場へ向かう前に西区と中区に花えんじぇるの配達があるそうで
そのうち一件はお留守だった。会社配達の前に不在だった方のお届け物を
西口で預かってもらう事にしたそう
アポ無しで配達に行って不在だったら市場に行くのがその分遅れちゃうもんね。
それに、あんなに寒いストッカーでお花の鮮度を保っているのに、空振りした
お届けのアレンジメントを荷台に積みっぱにしていたら、しおれちゃったり無駄に
咲いちゃったり鮮度が落ちてしまうんだって。
藤乃宮より西口のほうがお届け先に近いし、西口のお店がヒマだったら
昨日カスミがわたしを“積載”した軽トラックで西口の子が配達に行ける
からだって、だから西口の店内ストッカーに預けるのか・・・
専務さん・・・すごい、なんかお仕事に一切無駄がない。
どっかの誰かさんみたいに伝票持たずにお花だけ持って
スキップして行くお調子者とはわけが違う。プロだ──────
行動全てがイケメンすぎる・・・
そう、西口といえば・・・
「あの、昨日は西口のお店の車でカスミと開店を手伝いに・・・今日は?」
「うん、平日は本店も忙しいからね。西口の子が交代で車を取りに来る」
「今日の当番はゆうこだったかな? 僕と一緒に家を出たし」
一緒に家を・・・って、え同棲!! あぁそっか。
ゆうこさんのフィアンセだもんね・・・姫店長と王子専務かぁ
なんか、このお花屋物語の主人公みたいだなこのカプ
「さ、つーいた。ハナちゃんも朝のご挨拶、行く?」
そう云われて、西口の憧れのお花の国に今日も顔を出した。
さとる王子はゆうこ姫にご不在のアレンジメントと伝票を渡して
引き継ぎ中。
綺麗なお花でいっぱいのキラキラお洒落な店内での姫と王子
やっぱり絵になるなこの二人・・・ こっそり写真撮っちゃお
お店を飾り付け中のゆきさんと、たかこさんに朝のご挨拶をして
裏から如雨露を重そうに抱えたはるなちゃんを見つけて駆け寄った
「おはよ、はるなちゃん。昨日ぶりっ!」
「あ! お、おはようございまひゅ・・・わ、わ」
胸に抱えた如雨露ごと深々とお辞儀してくれたもんだから
如雨露のお水が足にバシャーって・・・よかったよぉ
はるなちゃんハンティング・シューズで。
お姉さん、なんか心配だよもう。
「おまたせハナちゃん。行こっか」
「ハイ! じゃぁね、はるなちゃん今日も頑張ろうね」
「は! ひゃい!!」
そう云って車に乗り込む。
西口のみなさんが手を振ってお見送りをしてくれて、わたし達は一路
オフィス街へ。さっき撮った写真をさとるさんに見せたらクスクス笑って
「これ、後で僕のスマホに送って。結婚式のスライドに使うから」
なんて云われて少し照れちゃった・・・ ごめんなさい、隠し撮りして
その後、見事な一筆書きでオフィス街を縫うように数々のオフィスビルを周り
十数社の色々な企業へお花の配達を終え、車は最後のビルへ。
駅チカビルの業務用駐車スペースへさとるさんはトラックを止めた。
「このビルの一四階、コンピュータ関連の会社と八階の歯医者さんにお届けして」
「月曜朝の会社周りは完了、この後一件配達をしてそのまま高速で市場」
「一四階は僕が行くから──────」
「八階の歯医者さんはハナちゃんお届けしてみようか!」
「えっ! わたしですか・・・」
「何事も経験。さ、花束と仕切り伝票」
そう云われて、さとるさんと一緒にお花を携えビルの裏側から
ガードマンさんに挨拶をしてエレベーターに乗り込む。
うぅー、今までさとるさんの配達を見てきたから
同じことすればいいだけなのに、すごく緊張するよー
わたしのはじめての配達だ、がんばろ。
こーんって上品な音とともに八階にエレベーターが止まった。
「じ、じゃ行ってきます!」
「はい、頑張ってね」
ドキドキしながら伝票に書かれた名前の歯医者さんへ・・・
「お、おはようございます花福です! お花のお届けに伺いました」
「あら、元気で素敵な新人さん、おはようごさいます。」
「お花はココに、伝票いただきますね──────」
ニコニコの受付さんにお花と伝票をお渡しして、入り口で頭を下げて
エレベーターホールへ向かう・・・うー、緊張した。
柱の陰からフフフと声が聞こえてドッキリ振り向くと
14階に行ったはずのフラワー王子が肩にモスグリーンの花束を担いで
隠れてた。うーわ初々しい所見られてた。
と、いうか──────
ちゃんと見守っててくれたのかな・・・
「はい、よくできました。 じゃハナちゃんは先に車に戻ってて」
「僕は14階に届けてきちゃうからね」
そう云って、示し合わせたかのように扉が開いた上りエレベータで
14階に行ってしまった。もう華麗ってほど一切無駄がないの...
完璧超人かアナタっ!
もうさ、スゴイ通り越して呆れる。そんな事思いながら車に戻って
ホッと胸をなでおろす。
さとるさん、すごい人気。どこの会社のOLさんも彼に釘付けだもん・・・
中には入れ替えの空の壺を、さとるさんに渡すために給湯室で待ち伏せしてた
人もいるぐらい・・・ それでいて彼、その人気を鼻にかけるでもなく
常に余裕で自然体。眩しいぐらいのキラキラで出会う人皆を焦がすほどの
キラメキ完璧超人すぎ。釣り合う人ゆうこさん以外にありえないくらい・・・
それもそうだけど・・・
なんかさとるさん、昨日一日のわたし達新人の行動をすべてお見通しみたいな
感じがする。たぶん勝手に凍えて死にかけたわたしのポカの事も知ってる?
大事にしたくない──────
責任をとって下さろうとする社長や店長にお願いして
穏便に済ませてもらった。今朝キサちゃんに逢った時、わたしが昨日の出来事を
あえて、一番の戦友にもナイショにしようって、心配掛けないようにしようって。
でも、さとるさん知ってっるようなそぶり
わたしのそんな思惑もぜーんぶ先回りして手を打たれてそうな予感・・・
「──────おまたせ、ふぅ。さってお昼何食べようかハナちゃん」
「あのっ・・・ さとるさんもしかして、その・・・昨晩の出来事を・・・」
思わず聞いちゃうぐらい昨日の出来事はわたしにとって衝撃的だった。
救急診療のお医者様にも云われたぐらい、わたし自身も危なかった。
でも、それだけじゃなく。業務上なんとか罪みたいに、ニュースとか
わからないけど、大事になったらキラキラな皆さんに迷惑を掛けちゃう
んじゃないかって心配で、それもあるけど・・・
多分一番の理由は、自分でも知らず識らずのうちに口から飛び出した
素敵な人達のそばにもっとずっと居たいって気持ちなんだ・・・と思う。
テニス以外にやっと見つけたキラキラを、手放したくなくて──────
もし、わたしこの花福から放り出されてしまったら・・・
それが怖くて思わず聞いてしまった。
「昨晩? んー・・・倉庫のストッカーでハナちゃん凍えちゃったこと?」
「ゴメンね、もちろん知ってるよ。名前だけでも僕は一応専務」
「謂わば社長の右腕。社長が知ってることは全部知ってる」
「知る事も専務の仕事──────だからね」
やっぱり・・・ でも他の人に知られて変な心配をかけちゃったり
気を使われちゃったりするのやだなと思ってたけど、連絡回っちゃってるよね
「でもね、知るって事と知らせる事はイコールじゃないんだ」
「大丈夫、ハナちゃんの気持ちはちゃんとわかってるから心配しないで」
ホラね、先回りされてた。
さとるさんってやっぱり完璧超人だよ・・・
「冷凍ハナちゃんを知ってるのは、現場に居合わせた社長と店長のサッちゃん」
「あとキミを助けた華墨。それにごめんね、僕とゆうこ。ゆうこは西口の
責任者だから、事故があったのは知ってなくちゃいけないんだよハナちゃん」
わたしが社長にお願いした大事にしないで。
でも会社として雇用主として事故の責任はなんらかの方法で取らなければ
いけない。そこで責任者のみなさんが取った責任は
“事故を二度と繰り返さないように”という
再発防止の徹底だってさとるさんは云った。
さっき倉庫のストッカー扉の追加張り紙。サチ店長がお店のストッカーに
張り出したチラシの裏にマジックで書きなぐっていたのも多分
同じ標語なんだと思う。
昨日、カスミは云ってくれた。
「ぼんやりすると意外と怪我する職場だからな」
って──────。昨日の朝、カスミはちゃんとわたしを扉の前まで
連れて行ってストッカーの危険性や、たぶん内側からの扉の開け方も
教えてくれてたと思う。それなのにわたし、ウワノソラでカスミのこと
ばっかり考えて──────情けなくってじんわり
さとるさんの横顔が歪んで見える
「ハナちゃん事故っていうのはね、起きるべくして起きるんだよ」
「僕たちお店に長く居る連中はストッカーに閉じ込められたら」
「どういう事になるかその危険性を皆知っていた」
「だから華墨は真っ先にキミをあそこに連れて行った」
「危ないって事を僕らに徹底的に教え込まされていたからね華墨」
「どうしてだと思う?」
うっすら涙目のわたしの顔を覗き込んで、さとるさんがフフフって笑う・・・
「──────前にも有ったんだよ、実は同じことがさ」
・・・え?
「十年ぐらい前の夏だった。その子は二時間ほど出れなくて救急車で運ばれた」
「重度低体温症の診断を受けて、10日入院。凍傷がなかったのが奇跡だって」
「キミも良く知ってる子だよ」
「だって──────今キミの目の前にいるからね」
そう云いながらクスクス笑って缶コーヒーを開けた。
「えっ! スン・・・さとるさん・・・が、ですか?」
完璧超人で一切隙がないさとるさんが、わたしと同じポカを?
「そ、まだ駆け出しの僕。その時は内側も外側も同じ形の開閉レバーだった」
「パニックになっちゃってね。開けられなかったんだそのレバーを」
「焦って扉に体当りしてたら棚の上の凍てつく花桶を倒しちゃって──────」
「冷水を頭から浴びてしまってね、入院。フフっ」
「そうして対策されたのが今の扉。押し込むだけで開くあの赤いノブ」
・・・そ、そうだったんだ
わたしがパニクって回してたあのドアノブ・・・
「古株みんなが認識してるストッカーの危険性」
「それは僕の失敗から生まれた──────」
さとるさんはこう続けた。
それはこの花福にとって貴重な財産だって、実際、昨日まで同じ閉じ込め事故は
起きなかった、徹底されたから事故対策が。でも起きるべくして事故は起きた。
わたしがウワノソラだったから
カスミがしっかり、わたしに理解させられなかったから
それは問題じゃないそう・・・
誰がどんな状態でも正しく扱えて、どんな時でも事故が起きないようにするのが
理想。企業としての責任だって・・・
「でもね、やれることには限界もある。扉の改修費用とその費用対効果とか」
「考えれば考えるほどコストも倍増する──────」
「理想を実現できない理由なんていろいろさ・・・」
「その中でも一番の現実的で効果的なライン。それがあの張り紙であり」
「責任者が確実につぼみさん達にその危険性を理解させる事」
「きさらちゃんは昨日」
「店長のサッちゃんが直々に倉庫に連れて行って、教えた」
「はるなちゃんは今朝」
「ゆうこが西口の荷が積まれた車のある倉庫で待ち合わせて、教えた」
「ハナちゃんは・・・ごめんね
「つらい思いをして自覚しちゃったね」
ぽろぽろと涙が溢れる・・・
自分が情けなくて。いろいろなひとの努力や想いを
不意にしてしまったような気がして
「ハーナちゃん。今話したのはね、いわば経営者側からの視点」
「普段はこんな事、絶対に短期バイトの子には話さない」
「経営者側の話を理解出来る子は、十人に語り聞かせたらせいぜい二人」
「それもあるけど、普段はアルバイトの子達にに責任の話をしても」
「重荷になるだけだから絶対に話さない。社長や僕さっちゃんやゆうこはね」
「でも、どうしてかな・・・ハナちゃんには聞いてもらいたくて」
「話しちゃった。ゴメンね──────」
気遣いオバケなんだよぅこの人・・・
フォローが完璧すぎて泣いちゃうよ・・・
「キミのおかげで同じ事故はこの先十年は起きない。きっとね」
「だってハナちゃんが我社のコンプラをアップデートしたからね!」
「名付けて! ハナ・スローガン!! かなフフフ」
そうしてこの人もわたしの頭の上で、大きくて温かいその手をぽんぽん弾ませた
やっぱりその事に怖さなんて、微塵も感じなかった・・・
涙は暫く止まらなかったけどね・・・
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ダッシュボードの中からさとるさんが取り出したのし付き贈答品。
八百屋さんや酒屋さんがくれるような花福と名の入ったタオルを口元に
当てながら、助手席の車窓を眺めていた。なんか、毎日泣いてるなわたし
さとるさんは、ゆうこさんみたいに目を細め微笑んだまま何も語らず
大きなハンドルをぐるぐる操ってこの街の港が一望できる細い道に車を進めた。
「ハナちゃん! 次のカーブ曲がった所。 み・ど・こ・ろ 」
突然話しかけられてさとるさんから助手席窓に視線を向けた。
そのカーブを曲がった先には港の上にかかる白い大きな橋と澄み切った
青い空がハイコントラストになってわたしの瞳に飛び込んできた・・・
「キレイ・・・」
水面に映る光がキラキラと輝いて・・・、泣いちゃってたからかな
なんとなくボヤけた瞳がフィルターのような効果を齎してその景色を一層
輝かしく引き立てた・・・
「──────どうかな、ちょっと元気出た?」
観光マップにも載ってない秘密の道から望むその景色に
すっかり気持ちが晴れたわたしが“はい”って笑顔で返事すると
「そっか、ふふっ。よかった遠回りして・・・」
なんて・・・非効率なこと云う。
この人ほんとに完璧超人のキラーコンテンツならぬキラーパーソン
なんだなって・・・そう思ったら可笑しくて笑っちゃった
「さ、つーいた。このお屋敷が配達先。じゃ行ってみよう!」
えっ・・・
「え、ででもわたし今目が真っ赤だし・・・」
「そぉ? 今すごい輝いてるよハナちゃん。お客さんも喜ぶと思うけどな」
そんな事を言いながら、クリアファイルから取り出した花えんじぇるの伝票を
渡されて、トラックの荷台から大きな花束を取り出してニコニコ微笑むさとるさん。
わたしにそれを持たせ、とんと背を押されそのお屋敷に向かって歩みだす。
不安になって振り返るとトラックの横で、肩の高さで手首だけ左右に
手を振り・・・
やっぱり見守ってくれてる。
「おはようございます! 花えんじぇるです!!」
「はい、どうぞいらしてくださいな」
上品な呼び鈴の音が遠くで聞こえ、門柱から解錠の音が響いて門横の
通用口が開く。玄関までのアプローチに丁寧に手入れされた庭木や花壇に
目を奪われキョロキョロとしながら玄関ポーチにたどり着く頃には
お屋敷の奥様が玄関先に立って微笑んでた・・・
「お、おはようございます! お花をお届けに伺いました!!」
なんて・・・花束持ってエプロン姿で立ってれば云わないでもわかるよねへへっ
さとるさんに教わった通り。花福ですと店の名前を言っても混乱されるお客様が
多いからと、伝票に記された名を語る。
「ごくろうさま。可愛らしいお花屋さん、何方からいらしたの?」
お花と伝票を差し出して胸ポケからボールペンをお渡しして、サインを頂きながら
西口の場所を伝えると、どうやらお得意様だったようで・・・
「また寄らせてもらいますね」とお言葉を頂いて「よろしくおねがいします!」
なんてわたし・・・体育会系の応答しか出来ないの
ちょっと悔しい・・・
奥様にクッキー二枚を頂いてお屋敷の門を出ると、眩しい朝の日差しの中
さとるさんが車の外。さっきの立ち位置のまま待っていて
「よくできました」
と云ってまた頭にぽんと手を載せた・・・
もう・・・、わたしそれダメなのにぃ
配達も無事終わって、お屋敷が立ち並ぶ高級住宅街から街場に降りてきて
ダッシュボードの時計に目をやると既に11:20を回っていた。
わたしにあの景色を見せてくれるために・・・
だ、だいぶ遅れちゃったんじゃ
「さとるさん! 時間が・・・」
「ん? あぁ平気。ハナちゃんが配達してる時社長に連絡したら」
「セリを最後まで粘るからゆっくりご飯食べてから来なさいって」
なに食べたい? なんて急に言われたから何も思い浮かばずに思わず
カレーライスって言ってしまい・・・プッってさとるさんが吹き出して
顔が赤くなるのを感じてまたタオルで口元を抑えた・・・
「カレーだったら市場のお蕎麦屋さんのが美味しいよ」
「じゃ、このまま高速に乗って市場に行っちゃお」
真っ赤な顔してタオルを口元に当てたままコクリと頷いた・・・
高速道路の料金所を通り過ぎた当たりで、先程頂いたお高そうな
クッキーに二人して齧りついていると、急にさとるさんが履歴書に
書いてないような事を言い出して、クッキーを落としそうになる
「ハナちゃんさ、もしかして、男の人怖いでしょ」
びっくりした、って言うより・・・
そこまでお見通しですかハァ、って感じ。ちょっと考えてまた
さっきみたいにコクリと頷き理由を尋ねる。
「ど、どうして理解っちゃったんですか、わ・・・わたしがそうだって」
別にもう隠すつもりもないんだけど、お店のヒトたちには。
でも、さとるさんがはじめてかも。
そうして話す前に気づいた人・・・
「ハナちゃん僕の名前。 おぼえてる? 言ってみ」
「え?! さ、さとるさん?」
「“さ”にイントネーションを乗せてもっかい。さんハイ!」
「さとるさ・・・あ。って、もう。今のは絶対誂ってますよね?」
ふふふと笑いながら
「でもね、過去にバイトに来た子に結構いてさ、そういう子」
「ほら、こういうお商売だとアルバイトに来る子も女の子ばかり」
「僕こういう立場だから、こうして二人きりで車に乗る機会も多くてさ」
あ、そうか。なんて腑に落ちた・・・
わたしみたいに何かの理由で男の人に苦手意識があったら花屋さんはたしかに
理想のアルバイト先かも、女性ばっかりだもんね。
でも、今の今まで気づかなかったなそんな事・・・
「朝、握手してもらえなかったから、そうなのかなーってね」
「社長。やっぱり苦手でしょ?」
「そんな事ないです! い、今は・・・」
そう、面接の時や昨日のお昼ごはんの時も無意識に少し距離をおいて座ってた
でも今なんでわたし、即座に拒否できたんだろう・・・
「じゃぁ、僕は?」
「えへへ、もう平気ですっ!」
「そっか、よかった。じゃ──────華墨」
その名前を聞かされてドキっとした・・・
今の今までその名前を忘れてしまうくらいこのさとるさんが眩しくて
カスミが文字通り霞んでた。昨日もわたしを抱っこして支えて
温めて・・・
でも、あのヘルメット・・・確かに女性の気配がした。
やっぱり誰にでも優しいんだアイツ・・・
「──────わたし、カスミがキライです」
「あらら。じゃ華墨もっと頑張れだな、ふふっ」
「あの、このお店・・・会社で男性は3人だけなんでしょうか?」
「そう。社長と僕と華墨の三人、過去で一番男手が少ない時期かもね」
そうなんだ・・・
「あ、そーいえば。フフもうひとりいた・・・」
「ハナちゃん、社長をハナちゃんはどういう人間だと見る?」
突然そんな事を云われて少し戸惑う・・・
雰囲気がなんか怖いけど、それはお仕事にすごいプライドを持ってらっしゃる
からで、カスミが社長に対してあんなにキラキラするほどお店の飾り付けや
雰囲気作りが上手で、あんなに素敵で繊細な生け花をこしらえる方で・・・
そしてなにより、一緒に働いてるヒト全員をあの大きな腕で包み込むような
優しさで、暖かくて・・・眩しい位キラキラで・・・ハッ!
思ったことが全部言葉で出てしまって
これ以上出ないようにタオルで押さえた・・・
「へぇ・・・そっか、やっぱりそういう角度で見るんだ」
な、なんですかその含みは・・・
「ウチの社長ってさ、器用でしょ?」
確かにお店の飾り付け、生け花やあのイーゼルだって全部手作り。
お商売の才能も有って、素敵お花を活けたりするのも
いろんな事を人が認める領域? でやってしまう人
そういう人をたぶん器用なヒトっていうのかな・・・
「そういう器用なやつがいてさ。そいつが四人目の男手」
「それで今、三度めの脱走中・・・」
「だっ! 脱走ですか・・・」
「そ、脱走。だって他に言いよう無いんだもん」
えーっと?
わたしの頭の“?”マークを見て、さとるさんがクスクス笑いながら
謎の彼の話を続ける──────
「ちょうど今のハナちゃんと同じ年頃だったかな彼が自転車で突然現れたの」
「働かせてください! って履歴書も持たずに突然さ・・・」
ギクッ・・・
「当時、社長もまだ若くてサッちゃんと負けず劣らすのチャッキチャキでさ」
「当然、彼。事あるごとに怒られて・・・くじけて半年で脱走。これ一回目」
「それから一年後──────」
「デート中だったのかな・・・女の子つれて突然西口に現れてね」
「僕が、今なにやってるのーって聞いたらつい最近仕事辞めたって云うから」
「じゃ戻ってくれば? って聞いたらさ・・・フフフ」
「翌朝、本店の前に立っててさ。またお世話になりますって・・・」
「まったく──────自由だよね」
わたしの知らない人の話をさとるさんが楽しそうに語る
正直わたしはその彼にあまり興味はないのだけど、さとるさんがあまりに
楽しそうなのでそんなさとるさんにつられて笑顔でついつい耳を傾けてしまう
「戻ってきた彼。前よりずっと大人になってて」
「考え方とか仕事への向き合い方とか。その時、社長が言ってた」
「他の池の水を飲まないと男は成長しないって」
「ほんとそんな感じ、一年したら居なくなってたけどね、これ二回目」
「でも今度は半年しないで戻ってきて・・・」
そうして二年後、また彼は突然、電話一本でお店を去ってしまったそうだ。
その後何年も音沙汰なし。それが去年、突然お店に姿を表して・・・
「僕はその時配達で居なかったんだけど、社長に会いに来たって」
「一体何の話をしたんだろうね社長と彼・・・あー笑った久しぶりに」
「聞かなかったんですか? どんな話をしたか・・・社長に」
「うん、聞かない」
「きっと悪い話じゃなかったんだと思う。社長見てれば判った」
「もしかしたら、今頃どこかで小さなお花屋さんでもしてるんじゃないかな」
「そして彼が人生に迷うことがあったら、またきっと・・・ふふっ」
楽しそうに笑いながら彼の話をおえて
さとるさん息が落ち着いたタイミングで突然に
「あのね、ハナちゃん。気を悪くしないでね」
「どことなくね、彼に似てるんだ──────ハナちゃん」
「わ、わたし何があっても逃げたりしません!」
思わず出ちゃってた・・・
だってそんな無責任なこと、こんな素敵な人たちに対して絶対──────
「脱獄者の方じゃなくね──────」
「彼のそんな飄々とした生き方、メンタリティがさ」
「ハナちゃんって僕が見てきた子たちや、店のみんなが持ってないような」
「独自の価値判断、価値観を持ってる」
「そんな感じがさ、どことなく重なるんだ・・・彼に」
「だからなのかな・・・僕、ハナちゃんに経営者目線の話をしちゃったの」
価値観・・・
思い当たるのは今までわたしは“いつもどおり”を繰り返すことで
心の平穏“安心”を得てきた・・・変化を望まなかった。
それが永遠に続くと信じてた。でも──────
続かなかった
さとるさんがその“彼”を語る時に出た“人生”って言葉
正直今のわたしには壮大過ぎてわからない・・・
云われるまで自分ではそんな事思いもしなかった
わたしが花福に求めてるキラキラ、それがさとるさんの云う価値観だとしたら
お店の人たちは・・・違うのかな
「お店のみんな。どんな気持ちでお仕事してるんだろ・・・」
「ん、ハナちゃん気になる? 教えてあげるよみんなのこと」
「履歴書レベルでよければ・・・だけどね」
履歴書にないことも知ってるような口ぶりですよねさとるさん・・・
そうして市場に向かう車内で、花福の皆さんの話をわたしは聞いたんだ。
カスミの事も──────
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湾岸線を東京の市場に向かう最中。
海底トンネルの中でゴールデンウイークの行楽渋滞に捕まった。
オレンジ色の光が周囲を包む中。わたしが見つけたキラキラ星、花福の
皆さんの事をもっと知りたくてわたしはさとるさんに教えてもらった
「これは僕から見た皆だから、もっと知りたかったら本人から聞いてね」
「まずは、社長かな──────」
株式会社 花福 社長 福島 修一さん 46歳
先代から引き継いだ西口のお店からスタートして現在二店舗を経営。
来歴は本人から聞いてって割愛されちゃったけど、これ迄22年間で
数え切れない社員さんやアルバイトさんを雇用してきた。
昨日の制服貸与の時みたいに言葉少なげだけど暖かい気遣いを素で出来る人
あと、花えんじぇるのデザインコンテストで賞を何度も受賞してて、この世界では
けっこうな有名人。この街に社長有りなんだって
実は藤乃宮の最寄りの地下鉄駅、その近くに
アトリエ兼3店舗目を出す計画らしい・・・
「社長の知名度のおかげで全国から花えんじぇるの注文が入る」
「ウチの店、配達が多いのはこういう理由」
「──────実はね、ふふっ」
去年あたり、さとるさんとゆうこさんの婚約が決まった辺り
社長はさとるさんとゆうこさんに花福を辞めさせるように計らっていたらしい
「ど! どうしてですか?!」
「んー、詳しく話してもらえなかったから想像だけれど──────」
社長は姫店長と王子専務に独立させてお店を持たせようとしていたらしい
その事にお二人は社長と話し合って、諦めてもらったって・・・
「今僕らがお店を離れたら心配でね。せめてゆうこの代わりと」
「僕の代わり。華墨が育つまで待ってくれって」
「ふふ、何年先になることやら・・・」
その話に社長が折れて納得して数ヶ月、いきなり3店舗目の話が持ち上がった
何でだろうね、なんてさとるさんは惚けてたけど、そんなのわたしでもわかるよ
社長、二人の将来を・・・ きっと今居る皆さんの将来も見据えて──────
「次はフフフ、藤乃宮にこの人あり。サッちゃんかな」
「あ、女性の年齢に関しての言及は控えるね・・・」
株式会社 花福 藤乃宮本店 店長 荒山 さちさん さとるさん+4歳
さとるさんが18の大学時代には既に西口でアルバイトしていたバイトリーダー
さとるさんがお店のことを教わった店売りの師匠・・・
社長に無理やりフラワースクールの講師の修行を受けてる
本人は乗り気じゃないらしい・・・
趣味はサバイバルゲームとカメラなんだって。
だから軍曹さんなんだ、納得・・・
「サッちゃんに鉄砲と写真の話ししちゃダメだよ、止まらなくなるからね」
「次は・・・順番的に僕だけど──────」
「スキップ!」
「え? あーッさとるさんズルイ!」
「自分で自分を話すのはちょっと・・・ね。
「知りたかったらゆうこにでも聞いて・・・」
「じゃつぎ、ゆうこ」
株式会社 花福 西口店店長 佐々見 ゆうこ さん さとるさん-3歳
さとるさんのフィアンセ。今在籍してる店員さんでは、さとるさんサチ店長と
ゆうこさん三人が古株トリオ。フローリスト検定一級保持者でお花の商品で
作れないものはないと云う。
あの時のバラの花束を短時間で見事にこしらえたのも納得ね。
「怒らせたり、近くで恋バナすると目が開くから注意してね・・・」
「開くとどうなるんですか?」
「さ、つぎ。たかちゃんとゆきちゃん」
「どうなるんですかっ!!」
株式会社 花福 西口店在籍 新庄 たかこ さん さとるさん-5歳
専業のフリーター。デザイン学校卒でポップ書きが得意。
ただいまフローリスト検定二級取得に挑戦中。
株式会社 花福 西口店在籍 黒山 ゆき さん さとるさん-7歳
華道の家元の一人娘さんでお華の修行の一環として働いている
寡黙で優雅。アイツの歌舞伎揚を片手で断ってた素敵な人・・・
ゆきさん、好きぃ
「以上、お店の仲間紹介でした!」
「えっ・・・あの、カスミ・・・は?」
「んー・・・聞きたいのかなハナちゃん華墨のこと」
「い、一応──────はい」
株式会社 花福 バイトリーダー 園蔵 華墨 20歳、7月で21
私立の仏教系大学 情報ドキュメント学科2年 3年前から在籍
主に、配達や仕込みの裏方担当。好きなものは肉野菜炒めと生姜焼き
埼玉県出身 藤乃宮のアパートで一人暮らし いがいと奥手
バイトの志望動機は西口の子たちと働くのが目当てだった
不器用で、タイミング悪くて、いろいろ勘違いされがち
でも情熱家。がむしゃらに頑張る努力家。
最近私生活で悩みがあるらしい。
西口の子たちとって、やっぱり。ただの女好きなんじゃない・・・
「あと何が聞きたい? 華墨の」
「か、カスミ・・・・か、かの──────も、もういいです」
「あ、いいんだ、フフ」
「ハナちゃん。ゆうこに聞いてごらん、きっと僕より詳しいから」
「なんか色々ゆうこに相談してるみたいだよ華墨」
意外とイジワルなんだね、さとるさんてっ!
そう言えばカスミの事で思い出した・・・
このシュシュにも染み付いてるあの香り──────
「さとるさんて煙草吸わないんですか?」
「ん? あぁ本店の連中みんな吸ってるね。僕はやめたんだゆうこが煙たいって」
「代わりに棒付き飴を舐めてたんだけど、今度は太るからって叱られて・・・」
へぇ、ゆうこさんの御言付けを守って、ゆうこさんを大事にしてるんだ
なんか姫さまに叱られてる王子。想像したら微笑ましい・・・
「ご結婚はやっぱりジューン・ブライドの来月とかなんですか?」
「ううん、六月もまさに結婚式シーズンで忙しいから多分夏か秋かな」
「お花屋さんってねハナちゃん。あ、丁度いいから教えてあげよう」
お花屋さんの繁忙期について・・・。
それはまさに半年続くデスマーチだった・・・
12月の大イベント、クリスマス。
恋人たちの祭典。花束中心にクリプレで花束が飛ぶように売れ
鉢物ではポインセチアが売れる。本店の母の日イーゼルカタログの
クリスマス版で西口、藤乃宮でキサちゃん語で言うところのバチクソ売る
らしい・・・ 売り子さんの短期バイトの募集もある。
12月はクリスマスが終わったら休む間もなく
今度はお正月の準備
「一月は鏡開き辺りまで」
「今度は松ヤニで手を真っ黒にしながら正月花をいっぱい売るよ」
1月。迎春のお花、正月花の販売でバチクソにお仏花が売れる。
お店のサチさん達花束を作れる人たちでもその数はもう間に合わない程
倉庫が今カーネーションでまっかっかのように、お正月は
パートさん達が一日中倉庫でお仏花を千束単位で作り続ける。
この頃、お店の鉢物ではシクラメンが売れ筋。
こっちも週300鉢位売るらしい
「そして間髪入れずに成人式。花束が売れに売れる」
「1月は結構忙しいかな。成人式が終わってやっと僕らはお正月」
2月。一息つける月
年末から続いたデスマがひとまず中休みの2月、専業のアルバイトさん達も
交代で正月休みを取って英気を養い・・・3月4月。卒業式、入学入社シーズン。
やっぱり花束中心に大忙しそして5月、母の日。
「と、言うわけでね・・・肉体的精神的にかなりのデスマーチ」
「僕は日曜。ゆうこは水曜が公休扱いで週6日勤務」
「ツライけど、でも楽しいんだ」
「好きじゃなきゃ続かない」
「花屋になりたいって目標でもなきゃみんな辞めていく」
うわぁ・・・
でも専門職ってそれぐらい必死にならないと一人前になるまで何年も
掛かっちゃうんだろうな・・・
「ちょっと怖がらせちゃったかな、ゴメンねハナちゃん」
「でも、だからかな。お店のみんなが仕事仲間と言うより」
「家族みたいな絆で繋がっていられるのって──────」
家族・・・?
わたしにはママしか居なくてよくわからない言葉
その絆の意味も・・・ そんな事を思うわたしに
わかり易いからってさとるさんはたとえ話をしてくれた
「社長がおとうさん。サッちゃんがお母さん・・・」
「おっとこれは叱られちゃうかなココだけの話にしてねフフ」
「それから──────」
「僕とゆうこが長男長女それに妹たち」
「たかこちゃん、ゆきちゃん」
「それから末っ子の弟──────華墨」
「きっとそんな感情なんだと思う。興味有ったらみんなに聞いてごらん」
「たぶんみんな同じ感じだと思うから・・・」
「──────あのっ・・・じゃあ、わたし達短期のアルバイトは?」
「フフッ。夏休みや冬休みにお泊まりに来る親戚の子・・・」
なんとなく腑に落ちた。
みなさんが暖かくて、みんな独立しててキラキラ輝いて見えるのって
花福っていう家族がお父さんに支えられながら成長している家族なんだって
母子家庭で一人っ子の自分が心地いいのって、きっと──────
「やーっと流れ出した。12時回っちゃったな・・・セリ終わってるかも」
「一応社長に連絡しとくか。ちょっとゴメンねハナちゃん」
なんか・・・さとるさんの話で少し不安だった事が
全部安心に変わっちゃったようなきがした。
前のアルバイト先ではこんな感情なんて
全く沸かなかった。
ここの皆さん家族・・・なんだ
わたしや、キサちゃん、はるなちゃんも・・・
受け入れてもらえたんだ──────
料金所を出た所で車を左に寄せて、社長に連絡してる・・・
ほうれんそうの掟がちゃんと守れてるんだ、やっぱりさとるさん
出来る男って感じ。カスミならきっとヤバイヤバイ言って連絡もなしに
急いでいくんだろうな──────
なんだかわたしも、さとるさんみたいに悟れる様になって来ちゃった
なんてね。
「なんか相場が高くて全然買えて無いみたい」
「まだ居るって言うから、ちょっと挨拶に行こっか。もうすぐ着くよ」
体育館みたいな大きな建物が並んだ広い道路を走っていると、まもなく
さとるさんはゲートのある門をくぐり、目的地の東京花き市場に到着した。
想像の何倍も広くて、さっきから圧倒されっぱなしだ・・・
「つーいた。おっと特等席が開いてる、ここに停めよう」
そう言ってさとるさんハンドルを巧みに操ってバックでトラックと建物を
直結できる駐車場所に車を止めた、バースっていうんだって。
「迷ってはぐれたらココ、車に戻ってね。じゃ離れないように付いてきて」
そう云うさとるさんの後を追って階段で3階へ。
もう圧倒だよ・・・建物の中に入った途端お花の香りがふわっとして
建物の中に建物があって、今居るのはその内側の建物の3階だけれど
天井はもっと高く吹き抜け構造になってる・・・
「向こう半分がジャパンフラワーオークション。主に鉢物の市で」
「今から行くこっち側が東京花き、切り花メインかな。こっちだよハナちゃん」
初めて見る壮大な世界に圧倒されながらキョロキョロしているとさっそく
さとるさんとはぐれてしまい、東京花きと書かれた入り口でさとるさんが
おいでおいでしてるのを見つけて駆け寄る。
「ここが買参人席。社長達はいつも右端の一番上。居た、ほらあそこ」
映画館のように階段状にセリに参加する人たちの席がたくさん
スクリーンや舞台にあたる所にセリ人が売りに出てるお花を高く掲げて
それを見て社長さん達、買参人が競り落とすみたい・・・
「ハナちゃん、おいで一緒にご挨拶しよ、社長お疲れさまです」
「お、おはようございます! お疲れさまですっ!」
険しい顔で缶コーヒーを啜りながら社長が大きな掲示板を睨みつけている
すごい気迫・・・でも、なんでだろ。やっぱり今のわたし平気みたい・・・
「おぅ! 来たなハナ。さとるもちょっとこっち来て座れ」
いつものニィーっとした笑顔を向けてくれて・・・
よかったぁ
社長もサチ店長と同じで、昨日の出来事に変に気を使われたらって
少ししんぱいしてた・・・
社長の隣にさとるさん、わたしの順に腰を下ろすと
さとるさんが自身を社長の右腕と評したように最低限の言葉で
情報交換が行われた──────。
「──────どうです?」
「ダメだな、相場がたけぇ。カーネは水曜に仕切り直しだ。店は?」
「ぼちぼちです。西口は6時頃からの歓迎会需要がどう動くか」
「藤乃宮は?」
「商店街の出足次第ですがGWとはいえ平日ですからね地道に稼ぐしか」
「そうか・・・じゃ藤乃宮の店で仕込みだな数もすくねぇし」
「パートの連中には今日は無しとサチコに連絡させてくれ。配達は?」
「会社関連はつつがなく。午前指定の花えんじぇる一件完了」
「一件不在につき西口に回しました。先程配達完了の連絡がグルチャで」
「午後便は両店の追加注文次第ですが、残りは夕方一回で回せるかと」
「解った。ハナ! おまえさん腹減ってるだろ笑顔が可愛くないぞー」
「歌舞伎揚げあるぞ。これ食ってもうちょっとまってな」
「終わったら三人であったかいもの食おう」
そう言って・・・カスミみたいに歌舞伎揚げをガサガサわたしに渡してくれ
社長とさとるさんが当然のようにそれにボリボリかじりつく・・・
正面の電光掲示板には車のメーターのような表示がぐるぐる動いてて
何が起きてるかわからないけど、なんか市場の皆さんもキラキラで
「ハナ! 市場めずらしいか? 興味あるか?」
「は、はい!」
「さとる。飯食ったら少し見学してこい、一般はめったに入れないトコだからな」
「これも経験。ハナ、ちょっと見学していきな」
「今日はそんなに忙しくないからな」
そうして目まぐるしく回る電光板を見ながら、さっきのさとるさんの
話を思い出す。花福っていう家族の話・・・
お仕事を後回しにして社会科見学していけって
昨日大っきなポカしたわたしを怒らないで、どうしてこんなに
優しいのだろう“お父さん”の社長が・・・
さとるさんはわたし達短期バイトの子は
“夏休みに泊まりに来る親戚の子供”だって云ってくれた
親戚の子なら、イタズラしたり悪さしても怒らないよね。
だって、お休みが終わったらすぐ帰っちゃうんだもん・・・
なんか、そんなよくわからない気遣いって云うスキマみたいなのを感じて
社長はわたしを怒らずに気を使ってるんじゃないかって
それが寂しくて、すこし悲しくて・・・
もしかしたらわたし、固まってしまうほどに社長が怖いのに
本当は叱ってもらいたいのかもしれない・・・
「社長ちょっと──────」
「ハーナちゃん。ちょっとゴメンね車の所行ってくるから、社長と待っててね」
「あ、はい・・・」
そういって、さとるさんがわたしのどいた長椅子の買参人席を出る・・・
わたしは再び元の席に。社長とわたしの間にはには、さとるさん座ってた空席
「ハナ、詰めろ詰めろ隣こい。いいかあの電光板がな──────」
お尻を持ち上げて社長の隣に座ると、社長がセリについて説明してくれる。
メーターみたいな表示。満タンがセリのスタート価格。今2000円
それが“ダーっ”て0まで下がる。社長たち買参人は自分が買ってもいい
価格で落札ボタンを押す。
つまり1000円で落札したかったらメーターの半分でボタンを押す
このとき1500円で沢山の人がボタンを押して出品数全部無くなると
当然1000円で入札した社長は買えないって
そういう仕組みなんだ、競りって
ネットのオークションが目まぐるしく行われている感じなのかな
「で、メーターの下、品名と生産者の欄あるだろ?」
「今、カスミソウ、カワグチノウエンって出てるアレな」
「あれが次セリに掛かる品」
「その四つ下。マダムレッド キタサトローズガーデン」
「アレが今日最後の獲物。西口注文、明日の花束用の赤バラだ」
「安く買えればそれだけ粗利が増える」
「つまり儲かるってこったな──────」
丁寧に教えてくれる社長の真剣な横顔に釘付けになってる・・・
さとるさんのさっきの言葉。“お父さん”が気になって
「社長? さっき車の中でさとるさんが──────」
「お店のみんなは家族だって・・・」
「ポカしてご迷惑掛けたわたしも──────」
「その家族になれるんでしょうか・・・」
ついついそんな事を口走ってしまう。社長は大切なセリの電光板から
わたしに向かって真正面に顔をスッと向けワッハハと大笑い
「──────なーんだ、そんな事気にしてさっきから元気ないのかハナ」
「昨日の事はもういい、起きたことは仕方ない。大事なのは繰り返さない事」
「なにより、今こうして俺の隣りに居てくれてる」
「そのポロシャツに袖通した時からお前さんはとっくに俺の家族だ」
「大事な娘が無事だった。それでいい、それじゃ嫌か?」
「──────ハナ」
そう云って社長に肩を抱かれて引き寄せられた
電光板を睨んでた社長がわたしを真っ直ぐ見てニィーって笑いながら・・・
また・・・だよ、また泣かされたよ・・・
なんなのよ、もう・・・
「ありゃ、赤バラのセリ終わっちまってたよ」
「ま、いっかヨシ! ハナ。飯食い行くぞ!」
花福の印刷が入ったタオルを口に当て。場違いな声がもれないように
していると、隣のレーンの買参人席からわたしを見る視線を感じて
振り返る──────
さとるさんがわたし達の反対のテーブルに頬杖をついて
社長に抱き寄せられたわたしをまるで王子様のような微笑みで
ニコニコしながら見ていた・・・
- flower -
「お世話になりまーす」
「発注してた赤バラ取りに来ました セリ番9101の花福です」
さとるさんに迷子に成らないようにって手を引かれて一通り市場内を
見学させてもらって帰り際。わたしのせいで買い逃してしまった赤バラを
問屋さんに取りに来た。
場内の壁際にぐるっと併設された問屋さん街。花瓶などの花器を取り扱うお店や
お店を飾る装飾のお店、ここみたいにお花を取り扱うお店など
様々な問屋さんが軒を連ねていた。
「おやめずらしいサトルくん、手なんか繋いじゃってまあ」
「新人ちゃんかい?」
「えぇ、僕の新しい妹です」
そんな事言うさとるさんのおしりをペシーンと叩いて
伝票とマダムレッドっていう品種の赤バラ50本を受け取って
クスクス笑う問屋さんをあとにした。
「はい、ハナちゃんこれ持ってて。飲み物買ってくるからここで待ってて」
そういって、透明のシートの上から、問屋さんの名が入った茶紙にくるまれた
たくさんの赤バラをわたしに預けて行ってしまった・・・
太陽のように眩しいキラキラのさとるさん。
今日一日一緒にお仕事して、彼もまた眩しいほどにキラキラな人だって
実感した。容姿もだけど、内面が眩しくて・・・
そんな彼が遠退いてしまうと、途端に私の心に陰が落ちる。
寂しくなってポニーテールに結ったシュシュを外して右手に潜らせ
その上から手首を掴んでバラを抱き直す・・・
シュシュを掴むと、忘れていたカスミの事が、追い出しても追い出しても
わたしの頭の中に湧いてくる。なによ・・・もう、末っ子っ。
昨日の夜からわたし、ずっとこうだ・・・
アイツがどう思ってるかじゃなくて、わたしがアイツのことを
どう思ってるのか分らなくて混乱して──────
キライって陰口叩かれたのがもし、わたしの聞き間違いだったら・・・
さとるさんが教えてくれたアイツが奥手で、勘違いされやすいって
それがもし・・・ホントだったら・・・
昨日の冷え冷え自爆ハナみたいに、わたしが勝手に勘違いして
勝手にオコで──────それじゃわたし、勝手にカスミの事キライ宣言してる
ただの痛い子じゃん・・・
でも、昨日の夜の別れ際──────
アイツ、わたしを家に送ったら「じゃ!」なんて、すぐ帰っちゃってさ・・・
ドライなんだよ・・・なにか、せめてなんか言葉を掛けてくれても
良かったじゃん・・・
わたしが借りたあのヘルメット・・・誰の?
どうして倉庫にあったの?
やっぱり・・・カスミ、キライ!
カスミの──────
ばか
「ハーナちゃん!」
そう呼ばれて声の方へ顔を上げるとパシャリとカメラアプリの
シャッター音が聞こえさとるさんがスマホを手に微笑んでた・・・
「え!あ、だめッ! さとるさん盗撮ぅ!!」
「フフフこれでおあいこ。さ、帰ろハナちゃん」
不意打ちで撮られちゃった写真と、不意打ちで撮った姫と王子の写真を
車の中でエアドロ交換してわたし達は東京花き市場をあとにした。
助手席でイタズラ王子が撮った写真に視線を落とすと
瞳をキラキラ輝かせた憂いを宿した顔のエプロン少女が
お花がいっぱいの場内で真っ赤なバラの花束を持って
少し驚いた顔をして立っていた。
さっき、さとるさんが席を立ったのは
保険で赤バラを問屋さんに発注して、朝サチ店長が見ていた伝票
社長が今朝から買った切り花の箱を、バースに付けたトラックに積み込んでた
ほんと、この“お兄ちゃん”は、わたしが泣いてたりぼんやりしている間に
どんどん先手を打ってお仕事を終わらせてしまう・・・
どうしてそんな事が出来るのか不思議だよ
やっぱりお花の国の王子様は、魔法でも使えるの?
社長はご飯を食べた後、わたし達の乗ってきたトラックに乗って
買い付けたお花と共に、先にお店に帰ってた。
わたし達は社長の車、きのう病院へ連れて行ってもらった時に乗った
深緑の外車ワゴンにバラを乗せて、西口を目指し高速道路を南下した。
「三時か・・・」
「西口にバラ降ろして藤乃宮につく頃にはもう上がりだねハナちゃん」
「どうだった、お花屋さんの外回り班の一日は」
「──────泣いてばかりでした、えへへ」
そういうと、またプッて吹き出して屈託のない笑顔でさとるさんは笑って
またわたしの頭の上で手を弾ませた──────むぅ
「そのバラね、西口注文の花束に使うために絶対に必要だったんだ」
「──────って! わたし社長のジャマして・・・」
「あー違う、違うよハナちゃん」
「社長は一本単価600円で入札しようとしてた」
「でも他店は800円で買い漁ってた。どのみち買えなかったんだよ」
「でもそれじゃ注文の花束をお届けできなくなっちゃうでしょ?」
「それはマズイからね。社長はセリが始まる前に、付き合いの長い
あの問屋さんに最高1000円で予約発注掛けてたって訳さ、社長が最後まで
粘ってたのは、1円でも安く手に入れられればって、それがお商売だからね」
西口に着いたらこのバラ、ゆうこさんが仕込みするから見ててと
さとるさんは云った。社長がトラックで先に持っていった箱に入った切り花も
お店に出す前に仕込みと呼ばれる下処理をしてあの憎きストッカーに保存するん
だって。
あの中でわたしと一緒に冷え冷えになってた新聞紙に包まれたお花たちは
この仕込みが済んですぐお店に出せる“商品”の状態だったんだ。
やがて車は西口のお店に到着。さとるさんはお店の前で出迎えたゆうこさんと
二人で話しながら店内へ。わたしはバラを抱えて二人の後を追った。
「弐号ちゃんおっつー!」
「ハナさんおつかれさまです」
さとるさんに教えてもらった先輩たち
今はなんだかもっと身近に感じる・・・
「ハーナちゃん! お疲れ様。そのバラありがとう」
「フフとてもいい品、おーいで!」
そう云ってゆうこさんにカウンター内に引き込まれてしまう
なんか照れちゃう、憧れだった場所で憧れだった姫店長とお花屋さんしてる
わたし──────
「ゆうこ僕、店頭で店売りしてるから終わったらおしえて」
「はーい、いらっしゃいませー母の日にお花いかがですかー!」
手慣れたようにポンポン拍手をしながら売り子に立つさとるさん
さっそく注目を集めて、足を止めた何人かは母の日のイーゼルに
釘付けになってる。すごいよね、速攻だもんな・・・
やっぱり皆のお兄ちゃんは人誑しだ
「今日は外回りで一日一緒だったんでしょ?」
「さとる、変なことハナちゃんに吹き込まなかった?」
「実は・・・えへへ、いっぱい泣かされちゃいました・・・」
「えーっ、もう!! あとで叱ってあげなきゃ──────」
ごめんなさいさとるさん。いたずらっ子な末妹で・・・
プンプンしながらゆうこさん、引き出しから見慣れない道具を
二つ取り出した。銀色のワニワニパニックみたいなその道具は
華道道具の“とげとり”という物らしい。
「いい、ハナちゃん、バラの仕込みはねステム・・・あ、茎のことね」
「ステムにとげとりを咥えさせて、この辺からこう、シュルって。ね」
「ホラ、棘と下っ葉が全部キレイに取れた、やってみて」
「あまり力いっぱいするとステムに傷が入るから優しく」
「これぐらい──────」
ゆうこさんがわたしの手に両手を重ねて力加減を教えてくれる・・・
なんか、それが本当に“お姉ちゃん”みたいで暖かくて──────
「こ、こうですか?」
「そうそう! 上手。じゃ同じようにね──────」
そうしてわたしが15本処理する間にゆうこさんが残り33本を
あっという間に仕込み終わって、キャンプに使うカセットバーナーを
ボって灯してバラを・・・って、えっ!!!
「ゆ、ゆうこさん何をッ・・・だめっ!!」
社長達が苦労して仕入れ、わたし達が仕込んだ50本の赤いバラに
ゆうこさんが火を灯そうとするのを慌てて止め──────
外で如雨露を持ったタカコさんが店を覗き込んでにししと笑い
ユキさんが接客中のお客様がびっくりしてわたしを見つめる横でクスクス笑い
バックスペースから顔を出した休憩中のはるなちゃんが驚きの顔を向け
さとるさんがクスリと笑ってまた呼び込みをはじめて──────
あれっ・・・また、わたし何か・・・
やらかした?
「フフフ、ハナちゃんみてて」
「こうして切り口を真っ黒になるまで焼いてから」
そう云いながら、50本のバラの切り口をお線香に火を灯すように焼いて
予め用意した水の入った花桶にドンって浸けた・・・
「バラってね、お水が上がりにくいのね、だからこうして切り口を焼いて」
「刺激を与えると、びっくりしてお水をグンって吸い上げるの」
「こうしてあげるとみんな綺麗に咲くのよ」
「おぼえておいてあげてね、フフッ」
どうやらバラの仕込みの仕上げ作業で花福では当たり前の作業だったらしい
うぅー・・・だって、知らなかったんだもん!!
「このバラは、まだ新鮮で蕾が固いでしょ? こうして水上げをして」
「明日花束を作るときまでに少し咲かせるの」
「お客様が、お相手にお渡しする時に見栄えが良い方がイイのとね」
「頂いた方の元で咲ききって、お花を楽しめるように」
「そこまで考えて花に向き合えてはじめてお花屋さんとして一人前」
「これでハナちゃんは、バラに関してもう一人前ねフフっ」
フォローも完璧だよこのお姉ちゃんも・・・
そうして明日使う花束のバラを仕込み終えて
バックスペースで、わたしとゆうこさんは紅茶と歌舞伎揚げであの時のように
休憩を頂いた・・・
「──────そう、そんな事をさとるが・・・」
わたしは家族の話をゆうこさんに聞いた。さとるさんが云ってたように
答えは想像通りだった・・・
「──────末弟が華墨くんね。フフフほんと、そんな感じ」
「タカコちゃんやユキちゃんもきっとそうだと思う。誂うとたのしいのよ彼」
・・・イイぞもっとやれ
「あのっ・・・実は昨日の朝にわたし、おトイレで聞いてしまって」
「カスミが私のことキライって・・・アイツ、どんな話をしていたんですか?」
こんな事、ゆうこさんに聞くのってズルいと思うけど、ずっとそれが
ショウケースの中バラ、マダムレッドのトゲみたいに心に刺さって
チクチクしてて・・・ええい! チャンスだしもう聞いてしまえって・・・
「昨日の朝・・・あら、そんなこと言ってたかしら華墨くん」
「えっ! だって!! カスミ、わたしがソバにいるとツライからキラいって」
ゆうこさんは、何かにハッと気付いたみたいに驚いて
手の甲を口元に寄せていつものフフフと微笑んだ
そして、他の人に聞こえないような小さな声で
わたしの耳元で囁いた。
「華墨くんね、こういったのよ──────」
「ハナちゃんがそばにいるとツライ」
「だってアイツ、眩しいくらいにきらきらしてるから照れちゃうって」
え・・・な、なんで・・・
「う・・・ウソですよねゆうこさん」
今仕込んだバラみたいに一気に顔が真っ赤に・・・
「わかった! ハナちゃん“きらきら”を“きらい”って聞き間違ったのね」
「だからずっと華墨くんにハナちゃんぷりぷりして、二人でケンケンして」
「フフ、まったくカワイイ末弟と末妹ね。これから楽しくなりそう・・・」
うぅ・・・アイツと一絡げに誂われちゃった・・・
だめだ、話題を変えなきゃ──────
「ゆ! ゆうこさんこれっ見てください!!」
慌てて取り出したスマホを落としそうになりながら
今朝うっかり撮れてしまった、姫と王子の写真を見せた。
「あら、いつの間に・・・イケない子。メ!」
「ねぇ、これ、さとるに見せた?」
「えへへ・・・交換しました。結婚式のスライドに使うって」
クスクス笑いながら「あら、いいアイデア!」なんて云って下さって
へへへ、欺瞞成功。なんて思いながら、わたしがスマホを仕舞おうとしたとき
ゆうこさんが写真アプリの一覧、今見せた姫と王子の写真のとなりにあった
バラを持つ少女に目が釘付けになってて仕舞おうとした
スマホを持つ手首を掴まれちゃった・・・
掴まれちゃった手首から彼女の顔に視線を移すと、その瞳を見開いてて・・・
目開いちゃった・・・しまった、ま・・・マズいかも
「ねぇ!! ゆきちゃんたかちゃん、ちょっとこれ見て!」
「はるなちゃんもおいでっ!!」
そうして・・・さとるさんが隠し撮りしたわたしの写真は
秒で花福の連絡用グループチャットで共有されてしまった・・・
墓穴を掘ってやぶを突いて出た蛇が落ちたその穴に自分が飛び込んじゃった
もしかして、さとるさん。こうなるのも全部お見通しでしたか?
- flower -
西口のみなさんがまたわたし達に手をふる中、藤乃宮に戻る車の中
ゆうこさんが語ったさっきのカスミの話を反芻して顔が赤くなる・・・
右手首のシュシュを握りしめて大混乱してしまう、またわたしの自爆なの?
じゃ・・・昨日からずっと感じてたカスミに対するこの気持って
ドキドキしながらギュッとシュシュを握りしめ、気付きそうな
自分の気持ちを振りほどく・・・だって! もしそうなら・・・カスミが
昨日はじめて逢ったようなカスミが、バーベナのブーケを贈ってくれたり
大好きなグミをくれたり、歌舞伎揚げだってあんなに・・・
あの歌舞伎揚げが無かったら今頃わたし・・・
真っ赤なお花畑の中で、泣いてたわたしを温めるためにってカスミがずっと
抱っこしてたのって・・・
「お店つーいた。ハナちゃんお疲れ様」
「車、駐車場に仕舞ってくるからお店に戻ってて」
認めたくない想いにドッキドキのわたし、時計を見ると
いつの間にかもう4:50分。うー・・・ よし、忘れよ。
なんだか今日もあっという間の一日だったな・・・ヒュー
藤乃宮本店の店前に降ろされて、走り去る社長の車のテールライトを見送りながら
目まぐるしくもなんだか楽しかった一日を振り返り、ため息を付いてお店に入る
「ハァ! ただいまもどりまーしたっ」
「ハナっ! アンタなんて顔してるのっ!!」
「メスの顔してキィィ、いやらしい!」
「おーまーえー、なーにーがーあったんだー・・・ウラァ!!」
キサちゃんがすっ飛んで来て肩を掴まれ前後に揺さぶられる
ゴメンねキサちゃん。たぶんそれ、めちゃ盛大な勘違いだからさ・・・
大丈夫だよキサちゃん、さとるさんはみんなの──────って
ヲイ、ヤメロっ!!
「ハナ! アンタこれだれが撮った!! 話聞かせな。」
スマホを指差しながらチャッキチャキ店長サチさんまで・・・
お母さんに鉄砲と写真の話か、ふふっ、そのとおりだねお兄ちゃん。
──────って! グループチャットって西口だけじゃなかったの?!
うわ・・・キサちゃんが激オコなのってカスミの事考えてたのもあるけど
あの姫店長の目が開いてしまうほど恥ずいやつ・・・
写真のわたしを見たから?
最悪。もしかして、アイツにも見られちゃったかも?
「おー戻ってきたなハナ。じゃ俺帰るわサチ子、後頼むぞ」
「“取り敢えず三日踏ん張れ”の最終日、明日も頑張ってなハナ、キサラ」
社長が古い革の鞄を肩に担いでドスドス鉄階段を降りてきて
わたしとキサちゃんの頭にポムと手をおいて退社していくのをなんとなく
見送った・・・わたしのよく知らない“お父さん”という存在
もしかしたらなんて思いながらね
「ハーナー? 今日はジーックリ話聞かせてもらうからな」
「カクゴしろよ オ マ エ ー !!」
キサちゃんに肩をゆすられガックガクに頭を揺らされながら
わたしきっとこれから、駅前のカラオケルームに連行されちゃうん
だろうなってカクゴしてると、例のフフフがお店の外から聞こえてきて・・・
「キサラちゃん、これから少し時間あるかな?」
「仏花の作り方教えてあげるよ」
お店の前の横断歩道を渡って、長身のイケメン専務。わたし達みんなの
お兄ちゃんさとるさんが、指にかけた外車の鍵をくるくる回しながら
帰ってきた。
「ハイ! もちろんですぅ!!」
「ハナ。バイバイおつかれ、また明日」
チョロいっ!
キサちゃんわかり易っ!!
「ハナちゃん、お疲れ様。また明日ね、ハイこれ」
そういってさとるさんが外車の鍵をわたしに手渡し
「うっかり持ってきちゃったんだ、帰り際倉庫のキーボックスに戻して」
「お願いフフっ。あそうだ、倉庫のストッカー赤いドアノブ」
「内側から開けるには?」
「思いっきり押せ!! ですっ」
今日一日一緒に居たら理解っちゃうよ、さとる兄ちゃん・・・
アナタって人が“うっかり”なんてするはずか無いもん。
これ絶対に何かある!
二階の事務所で脱いだエプロンを畳んでソファの上において
お花屋さんの新人店員を終える。キャンバス地のトートを持って店に降りる。
バックスペースでさとるさんとキサちゃんがキャイキャイ云いながらお仏花を
作ってる。二人に手を振って、サチ店長が咥え煙草でショウケース内花桶の
水換えをしてる横を、帰宅前に倉庫へ立ち寄るために通り抜ける。
「サチさんお疲れさまでした・・・」
「ハナ、おつかれ。アタシ明日休みだからさ」
「また明後日。ふん!」
なんて云いながら濡れた手でわたしのおしりをペチンって・・・
ちょー!! おしりに濡れた手跡になってたら恥ずいでしょ!
んもー・・・
倉庫に向かうために横断歩道を渡りきって振り返る。
初日には感じなかった藤乃宮本店、戦場や八百屋さんなんて想ってた
ここも、気付かなかっただけでホラね
夕焼けに照らされてこんなにキラキラ輝いて・・・
昨日の夜、アイツと一緒に手を繋いで歩いた倉庫までの道のり
社長の鍵を見ながら複雑な思いが心地よい疲れの身体を巡る・・・
二週間に一度お世話になってるカウンセリングの先生。
わたしが父親って人に恐怖を覚え、トラウマから男性全体に不信感を抱いて
しまった。でもこのお店の3人の人たちにその気持ち悪さって
不思議とチットモ感じない・・・
次にカウンセリングで先生に会ったとき、一体わたしは何から話せば良いんだろう
15分の診察時間じゃ全く足りないよ、まだたった2日の出来事なのに
さとるさんが“四人目の男手”の人を語った時の“人生”ってことば
わたしの人生はたった二日でこんなにも変わっちゃった・・・
「もしかして・・・もう、わたし。“あの人”から卒業できたのかな」
そんな事を思って、倉庫が見える曲がり角を見ながら
社長の車の鍵を右手で握り直してからポケットに仕舞って、手首のシュシュで
降ろしていた後ろ髪をまとめ上げてポニーテールに結直す。
ポケットから鍵を取り出して、その角を曲がる・・・
見覚えのある姿が倉庫のシャッター前に止められたバイクに寄り掛かって
いるのが見えて、思わず立ち止まる。次の瞬間にはどこからともなく
持ち上がってきた気持ちがため息となって口から吹き出した
うっかりって、これかー・・・
くぅぅ、さとるお兄ちゃんのばか!!
急に高鳴り始めた心臓に、鍵を握る右手首を掴んで胸に当て
スタスタとその姿に駆け寄って、わたしに気付いたカスミが顔を上げ口を開く
寸前に直角に曲がって倉庫の通用口の中に飛び込んだ・・・
なんで居るのよっ! ってそんなの理由りきってる・・・
絶対、姫と王子のしわざ。結託して今日休みのはずのアイツを呼び出したのね
鍵の掛かったキーボックスに社長の車の鍵を収めて、憎きストッカーの中に
逃げ込んでやろうかと思った。結局・・・為す術も無く、倉庫を出た。
見ていたスマホをポケットに仕舞いながらカスミが
わたしに有り体な声を掛けてくる・・・
「よ、お疲れハナ」
「や、お疲れカスミ」
「・・・・・・」
「──────・・・ぅ」
・・・なんとか云いなさいよバカ
何でそこで黙るのよカスミ・・・
もう、知らない! って駅に向かい歩き出そうと、し──────
「あのさ、NMにコーヒー飲みに行くんだけど付き合って!」
「──────くれる?」
「──────・・・。 行く」
どうして行くって言っちゃったんだろう。
わたし──────
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