第二話 キラいなくせに優しくしないで・・・
- flower -
昨日の面接時、お店の前でしゃがんで大工仕事していたおじさまが実は
このお店花福の社長さんで、わたし達が西口のお店を開けて配達から戻ると
いつのまにか出勤してた。
それから皆で店屋物を頼んで、ごはん。わたし達のご飯代も全部社長が
払って下さって、かすみと店長、わたしとキサちゃんで──────
「しゃちょ!ごちそう様でした」って大きな声で揃ってお礼を言うと
照れくさそうに「おう!」とだけ云って二階の事務所に
ドスドス上がっていった。
こんな事、失礼だから絶対に口に出して言っちゃイケないけど社長
ちょっとかわいいよねっ。そんな事を思っていたら、ドスドス木製の物を
大事そうに携え降りてきたので、わたしは逃げるようにお店の外へ
追って出てきたキサちゃんに、耳打ちで教えてもらって二人でクスクス笑いながら
それを大声で叫んだ。
【 いらっしゃいませー! キレイなお花が今日もお買い得ですよー! 】
「さぁいいぞ。サチ子! ポップ出来てるか?」
「了解ですしゃちょ!、今持ってきますっ」
お店の中を伺うと、チャキチャキ店長が社長に大きな額縁を見せている。
あー、社長が持ってたのって、イーゼルだったんだ!
チャキチャキ軍曹のサチ店長も、流石に社長の前では御ふざけなしで
ちゃんと店長さんしてた。なんかほんと、このお店の人達ってみんな
個性的で、まるでマンガの中の世界みたい。
「いよぉし少女共ッ! おいで」
「クックック。さぁごらん! 母の日商戦の始まりだァ、ウルァァ!!」
サチさんは、ヒャッハーって云いながらお店の入り口に立てたイーゼルに
大きな額縁をドスッと乗せた。写真と手書きのカワイイPOPで飾られた
母の日ギフトのメニュー 一覧。鉢物と花束を中心に14種類の定形ギフトが
額縁に所狭しと散りばめられてた。
「やっぱ、たかっちPOP書き上手めぇな、流石だぜ」
「華墨隊員、あたしの写真も褒めろ!」
「ハナ、ハナ!! コレをアタシらで売るんだ、クゥーワクワクしてきたぜ」
「二人でバッチクソに売ってやろうぜ!」
「キサちゃん言葉遣い! でも──────すてき・・・」
カスミに倉庫で販売予定の数字だけ云われた時には想像もつかなかったけれど
こうしてキレイにラッピングされた写真を見ていると、わたし達がこれから
二週間追いかける目標がはっきり見えてきた気がする。
わたし達の目標、そのキラキラに手をのばす・・・
「ハーナ、さわるなさわるな。まだ染料乾いてないから手に付くぞ」
「肌に付いたら落ちないぞー、ステインってのは──────」
社長が煙草に火を付けながらニシシと笑った・・・
慌てて手を引っ込める。
「イイかぁ? 数売りたかったら、こうして売れ筋にお客を集中させるんだ」
「何せすごい客入りだからな毎年。一人に対しての接客時間を省かんとな」
「個別注文取ってたら夜が明けちまう・・・」
「まぁ、メインの金土日は大変だろうが頑張って売ってな。ハナ、キサラ」
そう云ってまたわたし達にニィーって笑顔を向けてくださり
社長の期待に、わたし達が元気よく返事すると
今度は目を細めたクシャクシャな笑顔を向けてくれた。
店長とカスミが自分たちの顔に人差し指を向けて
自分たちにもーって、社長にせっついて、社長が間髪入れずに見事な
ダブルチョップを二人の脳天に落として同時に沈めて、一言──────
「経験者共は去年以上に売れッ! ばかたれ」
そう言って再び二階にドスドス上がっていった。
ほんと、可笑しいよね。
「あー痛って。ハナ、キサラっち、見てみこのイーゼル」
「社長の手作りだぜ?」
カスミがまだ染料の乾いていない焦げ茶のそれを指差した。
わたしとキサちゃんは顔を見合わせて「あ!」って
手をぽんと打ってしまうぐらいに腑に落ちたんだよね。
わたし達が昨日面接を受けたとき、社長が作ってたのってコレだったんだ・・・
「イーゼルだけじゃなくてさ、この店の内外装全部」
「社長の手作りなんだ。な、社長ってスゲーだろ・・・」
そう言ってカスミは店内を見回した・・・
確かにスゴイと思った、キサちゃんは目を輝かせて喜んで
でも、わたしはそんな誇らしげなカスミに視線が釘付けになった──────
キラキラと目を輝かせて、まるで自分の手柄みたいに
子供のような笑顔を浮かべてさ、カスミのそんな姿を見て思った──────
彼の憧れは、きっとこの社長なんだろうなって。
これだけキツイお仕事なのに、ずっと続けられるカスミの原動力
わたしは彼に出会ってはじめて、カスミがキラキラ輝いてるのを見た。
時計を見るとすっかり昼下がり。
前のアルバイトの時と全く違って、本当にあっという間に時間が過ぎてしまう
目に映るもの全てがキラキラで体験する出来事が全部新鮮で・・・
必死に追いかけて捕まえないと知らない間に全部過ぎ去ってしまいそうで
逃しちゃったらとても、もったいような気がして──────
キサちゃんはずっとお仏花の紙巻きしながらのレジ打ちと接客。
サチ店長の話しによると、今日の売上は既に前年同日比120%みたい
店売りの才能があるキサちゃんも凄いけど、それを朝のたった数時間で
見抜いたサチさんとカスミもスゴイよ
目つきが怖かったけど・・・
下町だからなのかな? ギフト商品よりも日用品のお花がよく売れる。
あと売れるのは、苗物。さすがお庭があるお家が多い住宅街ね。
で、そのカスミといえば──────
くわえ煙草で缶コーヒー片手に、店内ショウケースの側面にテープ止めした
残りの伝票とにらめっこ。さっき西口の配達に行ったように
カスミは本店と西口両店の配達を一手に担ってるみたい・・・
「あ! いらっしゃいませ。母の日のお花をお探しですか?」
「お決まりでしたらこちらにどうぞ! こちらの伝票にお届け先と」
「メッセージお付け出来ますのでこの中からお好きなカードをお選びください」
ふふっ、なんだか本当にお花屋さんしてる、わたし・・・ウソみたい
ポケットの中でスマホが震えたのでお客様を見送ってから確認すると
ママから「がんばってる?」ってSMSで聞いてきたので
bってサムズアップの絵文字を送る。ふふっ心配性なんだから
「ハナ、手が開いたらちょっと!」
──────はいはい
スマホをレジ横に置いて、カスミの隣に後ろ手に手首を掴んで立った。
カスミはコッチをチラッと一瞬見て、配達とかの裏方のお仕事を
また一つ教えてくれる。
「──────これが今日の配達の伝票。で、コッチが明日な」
「全部時間指定順に貼ってある」
「店を中心に、なるたけ一筆書きで回れるように順路を考えて」
「届け先の詳細はこの住宅地図で調べて──────」
そうなんだ・・・
一つ一つさっきみたいに届けるんじゃなく、方向が一緒の配達を
全部持っていって一気に終わらすんだ、ふぅーん
免許がまだないわたしは多分配達に出ることはないと思うけど
一応、覚えておこうかな・・・
「つーわけで、俺はこの後三時過ぎから閉店間際まで出ずっぱになる」
「サチさんの言うことよく聞いて、がんばれよハナ」
そっか。
5時で上がりのわたしは、今日はもうカスミとバイバイなんだ・・・
西口から戻ってさ、皆でご飯食べたらもう、さっき車の中であった事なんか
覚えてないみたいな素振りだねカスミ・・・忘れてくれたほうがイイけど。
アンタの前でくっしゃくしゃに泣いちゃったあんな恥ずいの──────
お仕事第一優先なのか、そもそもアナタから見たらお子様のわたしなんか
眼中にないのかチョット複雑・・・結構ドライなんだよな、カスミって。
あ、そうだった・・・なんか、嫌われてたんだわたし。
「──────で、基本日曜は社長と、さとるさんは休みなんだけど」
「なぁ・・・ハナ、聞いてる?」
「あ、うん・・・じゃなくてハイ! 聞いてます」
「はぁ、あんまし“うわの空”してると社長とサチ子に怒られるぞ、ハナ」
「二人ともめちゃ怖えぇし、ぼんやりすると意外と怪我する職場だからな」
「マジで、気をつけろよなハナ」
叱られた。
わたし、社長に怒られたらきっとヤバイと思うなー
トラウマ的に・・・
気をつけよ。
カスミ曰く、このあとお店では
月曜の朝イチで西口会社関係の受付に飾る壺花を午後から社長とさちさんで
10数個程生けるそうだ。この水道脇の床に置いてあるのがその壺。
社長は、月曜朝配達のお花を用意したらいつも帰るそうだ
休日出勤を毎週って、それもうお休みじゃないよね?
どこのお花屋さんもこうなのかな?
本当に忙しいお店なんだなココ
「フー・・・うし。じゃそろそろあたしは明日の束でも作るかねぇ」
「少女共ォ! そろそろ3時だ。自分らで適当に時間決めて休憩しろよー」
タバコをぽとりと床に落とし、キュっと足で踏みつけて
店長はバックスペースのストッカーに入っていった。
「サチさーん! じゃ俺外回り出るわー」
「ハナ、キサラっち。今日はこれでお別れだ。とりまオツな」
「てわけでご褒美やるよ、ほいキサラっち歌舞伎揚げ」
「あざーっす!」
「またねーカスミン!」
「ハナ、おまえまた腹空いて機嫌悪くされちゃサチさんも堪らんだろうから」
「はい四つ。じゃまたなハナ」
「えっ・・・、あ。うんお疲れさまです」
次いつシフトが重なるかもわからないのに、餌を四つ渡して終わり?
べっ別に、なんか変な期待とかそういうんじゃないけど・・・
それだけ?
わたしが勝手にオコで、宿敵認定してあげたのに・・・
わたしが勝手にあなたの隣で泣いて・・・
ちょっとだけ許してあげたけど・・・
わたしに陰でキライって云っておいて・・・
カスミ、あなたさっきの泣いてるわたしを見て
何も感じなかったの? なんか・・・わたし
ドライ過ぎてやっぱりカスミ苦手。
「いらっしゃいませー! 母の日にお花いかがですかー!」
去り際に手渡された歌舞伎揚げがエプロンの両ポケットをパンパンにしてる
西口の姫店長ゆうこさんの話を思い出す、四つもくれてアイツ・・・
『カスミくんね、気になる子には無意識にたくさんあげちゃうのよ───』
ゆうこさんでもやっぱりコレって、わたし餌付けされてる気分です。
朝西口で盗み聞きしちゃったゆうこさんとカスミの会話が
ずっとわたしの心に突き刺さってた・・・
だって、初日の午前中にいきなりキライって陰口言われたんだよ!
ちょっとだけ・・・許しちゃったから、無視したり面と向かってバカ
って言うのは控えますけどね
はぁ・・・さっきから頭の中で何云ってるんだろわたし。
別にカスミが居るからこのお店のバイト始めたわけじゃないのに
カスミのばか・・・
やっぱり!
わたしカスミがキライだ。煙草めちゃ吸うし・・・
「いらっしゃいませー! 母の日にお花いかがですかー!」
煙草と言えば、カスミ、サチさん、それに社長。
このお店の大人はずごいヘビースモーカーなんだよね
お酒もそうだけど、“男性”や“大人”を想起させる物に
わたし苦手意識がずっとあったはずなのに、結構平気になってる
そばでカスミがぱっかぱっか吸ってたから慣れた?
さっきも車の中でカスミが隣で何本も吸っていたけど
コレが昨日の私ならきっと、隣でそんな事されたら怖くて震えて
固まってたと思う。
どうしてなんだろう・・・なんかカスミなら──────
って、なんでまたカスミの事考えて、もう、カスミのばかッ!
ついでにわたしもばかっ!!
「──────あざっしたーーー!」
「ふー、やっと客切れた。ハナー休憩しようぜ!」
そう言ってキサちゃんがお店の前に飛び出してきた。
外で呼子しながらお客様を店内にご案内していたけど、キラキラカタログの
効果で母の日のカーネーションがもう結構売れている。サチさんが言ってた
母の日商戦がもう始まってるんだ・・・
二人で印象的だったお客さんの話をしながら店内に戻ると、くわえタバコの
サチさんがストッカーに入っていって、朝カスミが買ってきた紅茶やスポドリ
を幾つも持ち出してきて、彼女がこしらえていた花束の横に並べて
「ん!」って一言でわたし達に勧めてくれた、ふふ。
もうサチさん軍曹のキャラ、私の中ではチャッキチャキ店長で決定だよ
そんなにいっぱい飲めません!
「あんたらそれ飲んで休憩したらさ、あたしの絡げた明日配達の花束
倉庫にしまってきて。倉庫の大きなストッカーに」
「さっき一緒に行ったよな覚えてるか、キサラ」
「ハナにも教えてやって!」
「合点承知!」
「じゃ、ヨロ」
「しゃちょー! 準備オッケーです。壺花お願いしまーす!」
休憩を終えて、朝トラックで立ち寄ったカーネーションでいっぱいの倉庫。
あの奥の大きな冷蔵庫に明日各会社に届けるお花を収めに、キサちゃんと二人で
たくさんの花束を抱えて歩いていると突然、突拍子もない事をキサちゃんが
云い出した。
なんでそんなドキドキすること見抜いてくるかなぁ
キサちゃんもしかして、人の心読める?
「──────でさー、アタシ気付いちゃったわけよ」
「な、ハナにそのシュシュ渡したのってカスミンなんだろ?」
「カスミンが同じ柄の青いバンダナで汗拭いてるの見たしさ」
「ハーナーちゃーん、もしかしてさーぁ? アンタカスミンの事ぉ───」
「キサちゃん! わたし、カスミの事キライだよ」
「実はね今朝、アイツがわたしの陰口言ってるの聞いちゃったの・・・」
そうして今朝の出来事をキサちゃんに全部言いつけてやった!
キサちゃんは花束を肩に担ぎ直して、不思議そうに考え込んだ
「ハナが髪型変えて帰ってきたからさ、てーっきり」
「どっかで二人、キスでもしたんだろうなって思ってたのに」
「オィっ! コラやめれキサちゃん」
「ハナがそのシュシュを大事にしてたのは、カスミンから貰った訳で」
「そのカスミンがお昼ご飯の時からずーっとハナを目で追ってたし」
「歌舞伎揚げだって贔屓か!ってぐらい、ハナだけいっぱい上げるし」
「なんかカスミンずっとアンタを気にかけてるみたいなのに・・・」
な、なに冷静にぶ、分析してるのよ!
「カスミンがハナをきらいって云ったって・・・? んー」
「んー?! 解せん!」
「これは経過観察が必要ですなぁ・・・ね、ハーナ!」
そう言ってわたしの顔を覗き込んでにへーっと笑った。
もう知らないよ・・・。でも、洞察力鋭いキサちゃんからみても
やっぱりカスミってよくわからないんだ・・・
もう、アイツ一体何なの! わたしの好きなグミ知ってたり、ブーケくれたり
思わせぶりな事しといて、陰で私のことキライって言って・・・
あ、そうか・・・
誂われてるんだ、わたし──────
「あ、ほっぺ膨らんだ・・・もー、かーいいなーオマエ」
「倉庫で押し倒そ──────痛って」
キサちゃんのお尻を引っ叩いて、倉庫に到着。
カーネーションの間を縫ってストッカーについた。
キサちゃんが重なって積み上がった白い桶に水を張って
室温7℃から変えるな!!ってボロボロの張り紙のある
ストッカー内に運んで、そこにわたし達が持ってきたモスグリーンの
包み紙に包まった明日配達の花束を入れて
ガチャリと重い扉を締めた。
「あっと、ハナ待って。てんちょ軍曹に台車持って来いって言われてたんだ」
わたしとキサちゃんは、折りたたみ台車二台をそれぞれ押しながらお店に戻る
時刻はもう4時を回ってた、激動のバイト初日も残す所あと一時間。
昨日の夜、緊張で暫く眠れなかったのに、そんな緊張を感じる暇もないぐらい
ホント、あっという間だったな・・・
「やー、キツかった初日もいよいよ終わりだなァ、ハナ」
「一日、どうだった? アタシってばもークッタクタだよー」
わたしも時間の流れが早くて、目まぐるしかったけど
蓄積された肉体的疲労はきっと明日の朝ベッドから立ち上がる時に
文字通り痛感するんだろうなって、キサちゃんに伝えたら
プゥと吹き出して、わたしもクスクス笑えちゃった。
なんか色々有ったけど楽しかった・・・のかな?
でも──────
最初の希望通り、憧れのあのお店西口のアンテナショップに配属されていたら
わたし、こんな達成感をもって、今みたいな清々しい気持ちで笑えてたのかなって
少しだけ疑問に思った・・・
お店に戻ると、ちょうど社長が壺花を生け終わった直後で
サチさんがお客さんの合間にくわえタバコで明日の伝票を書いていた。
見事に生けられた10数個の生け花に、わたしとキサちゃんが見惚れていると
社長が煙草に火を灯しながら、結構大きな声で
「ハナ、キサラ。チョット上に来て──────」
突然の社長から呼び出し・・・そう云われて、驚きに二人で顔を見合わせた。
なんとなくお互い不安になって、手を繋いで二階の事務所に向かって階段を
上がっていった・・・
朝に、三人が荷物を置いた応接のソファに社長が腰を下ろして
わたし達はそのお向かいに座った。な、なんか怒られるんだろうか・・・
思わず恐怖に固まりそうになるのを、キサちゃんが手をギュッと握って
呼び戻してくれた。瞳からお星さまが飛び出すようなウインクをしながら
「フぅ~。さてお二人さん、どうだったお花屋さんの一日」
「普段見ていた街のお花屋さんってのが──────」
「実は、表っかわのほんの一部だって実感しちゃったろ?」
そう云いながら、社長は陶器の灰皿に煙草の灰をトントンと落として
顔をクシャクシャにして微笑んだ。わたしとキサちゃんもつられて
クスクス微笑んだ。
「さて、どうだ? 続けられそうか、取り敢えず二週間」
その問いに二人で元気よく答えた。すると社長はまたにぃーって微笑んで
ソファの後ろのダンボールから袋に包まれたまっさらなポロシャツをわたし達
二人に渡してくれて・・・
「ウチの制服。明日からも宜しくなハナ、キサラ」
胸にflowershopHANAFUKUと刺繍された薄緑色のポロシャツ。
わたしとキサちゃんは、キラキラの目をしながら顔を見合わせた。
社長さん見た目は怖いけどお休みの日にわざわざわたし達
新人の初日の様子を見に来てくれてたんだ。もちろん生け花のお仕事も
あったんだろうけどこうして不安なバイト初日の最後に
わたし達の感想をちゃんと聞いてくれて
その末に仲間の証、店名が刺繍された制服のポロシャツを
社長自ら渡してくださって・・・すごく誠実で、心が温かい人なんだーって
思って・・・わたしチョット感動しちゃった。
「じゃ、ムリしない程度に。明日からも頼んだぞ」
そう言って立ち上がり社長がわたし達の肩にぽんと手をおいた・・・
大人の男の人の大きな手が──────
えっ・・・ダメッ嫌っ!
「社長っだめっす!! これセクハラっすよ!!」
(ハナ! だいじょ?)
「あ、れ・・・?」
社長の大きな手がわたしとキサちゃんの肩に置かれたまま固まってた
スゥとその手を引っ込めて、社長は頭をポリポリかきながら困惑して
「労いに肩を叩くのも憚られる時代か、イヤだねぇ」
「悪かったなふたりとも、昔肩後なもんでな」
「じゃ気をつけて帰れよハナ、キサラ」
「さーて、次は西口のハルナか。おーぃサチ子、スクータ貸してくれー」
社長が気まずそうにお店に降りていく・・・
固まってしまった、別の意味で。
どうしてだろう・・・絶対にトラウマ発動してしまうような場面だったのに
「ハナ、マジで大丈夫?」
「う・・・うん、なんでだろう──────」
「よかったァ、これからはもっと気をつけるよアタシ」
「守ってやんからさ! 明日から二週間ずっと──────」
「おーぅいハナー、キサラー悪い! 最後に一個だけ仕事頼んでいいかー」
「はーい店長ぉ今降りるっス!」
カスミもそうだったけど、社長も──────。
なんでだろう、もう十何年もずっと大人の男の人が怖かったのに・・・。
朝の電車だって、明日太がいるからスーツ姿の男性でいっぱいのぎゅうぎゅう
詰めの通勤電車に乗れてた。
それが、このお店に居る男の人達には全然・・・
それから新人二人で、明日各会社に配達する壺花を台車に乗せて
倉庫のストッカーに運んだ。ラストの仕事を終えて気が抜けたのか
ヘトヘトなキサちゃんとは、カーネーションいっぱいのココで別れた。
さっきの出来事がずっと頭の中で
ぐるぐるしてる。“あの人”と年も背格好も近い社長
今までのわたしだったら、きっとカスミ以上に警戒しちゃって
近づけもしない感じだったのに──────
ストッカーの扉を開けて最後の壺花を棚に収め、社長が活けたその花を見る
こんな素敵な生け花をこしらえる人だから?
くしゃくしゃな優しい笑顔でわたし達を気にかけてくれたから?
さっきみたいに、たった二週間の雇用契約のわたし達に
ちゃんと正面から向き合ってくれる誠実な人だったから?
わからない・・・
「えっ!!」
突然バタン!ガチャリと音がしてストッカー内の電気が消えた!
直後にブワーっとけたたましい音とともに、ストッカー内の冷風機が
全力で稼働して冷たい風が全身に吹き付けてきた・・・
う、ウソでしょ!!
まさか、わたし──────閉じ込められたッ?!
「キサちゃん? そこにいるの?! もうやめてよシャレにならないって!」
・・・キサちゃんのイタズラじゃない?! じゃ・・・アイツ配達の途中で!!
「カスミ?! 本当に怒るよ!! 誂うのはやめてッ はやく出してよッ!!」
そう声をかけたのに、外には全く人の気配はないみたいで・・・
そう言えば朝カスミがなんか言ってたかも、ストッカーはマジ危ないって
慌てて暗い冷蔵庫内を手探りで扉にたどり着くも有るハズの物がない
「やだ!! なんでこの扉、開閉レバーが内側にないのっ!!」
ドンドンと扉を叩いてでも助けを──────
「だれか! いませんか!!」
手探りでドアの内側を触っているとドアノブらしき物を見つけて
必死に回すんだけど、くるくると回るだけで全く開かないじゃないこれっ!!
「だれかっ!! お願い開けてください!」
なにか・・・ライト、あ!スマホの懐中電灯。てかお店に電話っ!
そう思ってポケットを全部漁るが思い出した・・・
「あー。スマホ、お店のレジ横だ・・・詰んだ」
──────
どれくらい・・・たっちゃったかな・・・
もう寒くて、助けを呼ぼうとドア叩いてた手も痛くて。
わたし、なんか疲れちゃった・・・
あー、こんなにあっけなく? この眠たさに屈したらたぶん・・・
そう思って、冷風の当たらない一番奥の棚下の壁に背を預けて
膝を抱え座り込むと、エプロンからガサガサ音がした。
歌舞伎揚げだ・・・ 何もしないでいると寝てしまいそうで
その包みを開けて少しずつ寝ないように齧る・・・
これが無くなったら・・・たぶん
わたし──────死んじゃうのかな
- flower -
すっかり渋滞ロックしちまった休日日曜の国道
閉店時間の一九時は流石に廻らないと思うけど一応、さち子に配達完了
との報告連絡を入れるか。
「もしもし、サチさん華墨っす。一六号で渋滞に飲まれちまって」
「とりあえず一旦店前に車付けます。足りない花あったらメモ書き宜しく」
フーとため息を付き、前の車達のテールランプで真っ赤に染められた
ダッシュボードにスマホを投げおく。その横に散乱した配達完了の
伝票をまとめながらに思い出す。
今朝、突然俺の目の前で瞬いた綺羅星、アイツの事を──────
なーんで嫌われたかなって。
美住 はな か
最初にアイツを見たのはたしか──────
付き合って三年になる同い年のカノジョとの関係がギクシャクし始めた
あの頃、うわの空だった俺は配達中うっかりワイン坂病院の坂上で
時間帯通行禁止違反のキップを切られ累計点数の結果、哀れ痛恨の九十日免停。
二日の違反者講習に行ってたっかい講習料を収めても二ヶ月の免停が確定した。
たぶん社長とサチ子の企みによる、お仕置きの意味もあってか
本店を追い出され、西口の売り子として退屈な呼子の仕事に飽きた頃
雑踏をぼんやり眺めてると、面白い存在に気付いた。
ラケットのバックを背負って毎日決まった時間に現れるアイツを
自然と目で追うようになってた。
最初のきっかけなんてのは何てことはないさ
ただ面白れー形のバック背負ったJKが毎日決まった時間に現れるなぁ位だ。
そのうちに“対向車で黄色い車とすれ違ったら明日はハッピーデイ”みたいな
遊びを俺はアイツでするようになり、アイツが通らない日は何か損した気分に
なった。
たぶん、その遊びがイケなかったんだろうな。
気がついた時には夕方の雑踏の中、割とマジでアイツを探すようになってた。
そんなオレの行動を、にこにこふんわり笑顔の糸目、恋愛の達人ゆうこさんが
見逃すはずもなく──────
怖えぇんだよな、そういう時のゆうこさん。絶対に開いちゃいけない糸目が
うっすら開いててさ、「どうしたの? 誰かキニナルの」なんて云いながらさ・・・
微笑むんだ。まるで観音様さまみてーな顔で──────
倦怠期のカノジョとの関係を、なんとなく相談してたゆうこさんには
たぶん、俺のイイとこや、悪いとこ全部お見通しだったんだ・・・と思う。
そうなったら、どんなに見栄貼ったりウソ付いても無駄だ。だってよ
あの引く手あまたの優男。
さとるさんを落とした女だぞ・・・
左ウインカを出して地元民しか知らないウラ道に進路を向け左折して
店を目指す。
恋愛対象? アホか、そんな見れないだろ。最悪4つも下の娘だ──────
妹だ妹。その妹ですら一人っ子の俺に扱いなんか分かるはずもねーよ
そんな事お構いなしにゆうこさんは、西口懲役中の俺にずっとアイツの事を
耳打ちするようになって、すっかり染められちまった。
俺は右の横顔しか見たことの無かったアイツの顔を、正面から見てみたいな。
位には意識するようになってた、それがこの間さ──────
いつも定時列車のように、店の前を左から右に通り過ぎてただけのアイツが
まさか店前で苗物見ながらしゃがんでるとはな・・・思わなかったよ
店前に立つゆうこさんが俺に向けた瞳がパッチリ開いてたんで
おっかなくてそっちに気を取られて。んで、俺はハナにぶつかって・・・
そもそもこの店の唯一独身の男。しかも年齢的に末っ子だ。
女連中はみんな俺をまるで弟みたいに誂いやがる。三年もココで勤めてるってのに
連中の俺に対する扱いは変わらすだ、まぁ悪い気はしてないんだけど・・・さ
社長と同じソフトパックのラキストを振り出してシガーライターを押し込む。
そこからはもうゆうこさんの独壇場だ。いつの間にかバーベナの
ミニブーケを用意され、忙しくて用意できなかったから代わりに書いてなんて
伝票のメッセージ欄に記された“宜しくな”ってメッセージカードを俺に書かせ
俺のエプロンから勝手に園蔵の判子を取り出し俺に持たせ、その上から
ゆうこさんが両手を重ね、ウフフフと不気味な微笑みを湛えながら──────
“えいっ!”
「えい! じゃねぇよ、ッタク・・・」
そんでゆうこさん、あとはいつもの「配達気をつけて行ってらっしゃいね」だ。
それもわざわざ、花えんじぇるの伝票まででっち上げて──────
届け先がまさかアイツの家だったなんてな・・・。
──────後になって気づいたよ。
でも、恋愛に対するそういう多少強引なくらいの積極性が俺になかったから
こうして、カノジョとの関係が修復不能なくらい悪化したんだろう
とは思うよ。
向こうはどう思ってるか知らないが、俺からすれば好きなのに壊れていく。
そんなコッチのコントロール出来ない恋だの愛だのに俺は、すっかり
怯えちまってんのかもな。
そこをゆうこさんに見抜かれて・・・
吸い殻をもみ消すために灰皿に気を取られ県道に出る赤信号に捕まる。
「チッ──────」
で、今朝だ。眠い目こすりながら倉庫から店に車回すと
昨日聞かされた短期バイトの一人として居るじゃねぇかアイツが・・・
ゆうこさんに染められたからって言っても、もう俺自身がガッツリ
意識しちまってるんだ照れるだろやっぱ・・・
平静を装うほか無いだろ・・・
アイツ。花屋のバイトに期待と不安で、きらっきらに目を輝かせてさ
眩しくてそばに居られるとツライよ。なんでって惚れちまってるからな
正直云うと、ハナの名前なんか今朝初めて知ったぐらいだぜ
花屋にバイトに来てる“ハナ”って何のシャレだよ・・・出来すぎだろ
そんなアイツの事、俺が「ハナちゃーん」だの「ハナっち」なんて
呼べるか? 呼べるわけねぇよ! 恥ずかしい・・・
まぁ呼び捨てで呼んで、馴れ馴れしいとでも思われたんだろうな
昼には、すっかり嫌われてしまったけどな。
そんな事であそこまで嫌わんでもイイとは思うが・・・
年頃の年下。なに考えてるか俺にはわかんねーよ。
でさ、ゆうこさん。
この後どど、どうしろってんだよ・・・俺に
はぁ、店つーいた。
今日も終わりだ・・・なんかめっちゃ気疲れした、今日はとっとと帰ろ。
スマホをポケットに突っ込んで伝票の控えをひっつかんで
車を降り、店に入ってまた、ため息をつく
「ハァー・・・サチさんおっつー」
「おつかれ華墨。アンタ悪いんだけどさ」
「車戻したら倉庫ストッカーからたりねー花持ってきてくんない?」
「キサラが売りまくって店の切り花がガラガラだ」
「ういー」
そう云って店内ショーケース内の切り花花桶の水換えを終えた
サチ子に足りない花一覧のメモを渡される。えーっと、オリエンタルとかすみ草と
カーネと葉物か・・・こりゃキサラの奴かなりカーネーションの花束売ったな。
初日からやるなアイツ。──────って、なんか鳴ってんな・・・
「サチさんケータイなってる?」
「いーや」
「そう、俺のも・・・ あ、これだ」
レジ横に置かれていた見覚えのないスマホ。客の忘れ物か?
表示にはママとだけ記された着信を伝える表示。
ロック画面の壁紙に設定された画像は、男子テニスプレイヤーの
えーっと・・・誰だっけ。あぁ、これハナのか・・・
「アイツ・・・スマホ忘れて帰ったのか?」
現代っ子がスマホ忘れて帰るかフツー・・・・・。
まさか、なんか有ったんじゃないだろうな
「サチさん、ハナとキサラは、もう上がったんだよな?」
「最後にハナ見たのは?」
「──────ん、何だ藪から棒に」
「帰り際に明日の壺花をストッカーに運んでって頼んで」
「倉庫から直帰したはずだが・・・どした華墨」
「倉庫のストッカー?! そこから直帰させたのか!」
「それ、いつッ!!」
「ストッカーが何だって華墨? おいッ華墨──────まさか!」
「一時間半前ッ。華墨! 見てこいッ!!」
「マジかッ──────クソッ!」
ちょうど店前の青色横断信号が点滅してるのが見えて駆け出した
今朝アレだけストッカー入る時は気をつけろって念押ししたのに・・・
頼むッ、空振りであってくれよッ!!
倉庫の通用口を開いて、飛び込んで焦って忘れてた床いっぱいの
カーネにつまずきすっ転んだ。拾鉢位駄目にしちまったが
社長のげんこぐらいで済むなら安いもん
ストッカの扉をひらいて、そこに絶対居てほしくない名を叫ぶ
「──────ハナッ!!」
ストッカの奥、木で組まれた棚の下
歌舞伎揚げのカラ袋数枚と、紫のグミキャンディが散乱した真ん中に
ハナが膝を抱えて座り込んみ
虚ろな瞳で小さく震えてた。
- flower -
「──────ハナッ!!」
突然開かれた扉。同時に電気がついて・・・
カスミじゃん・・・何、そんなに必死な顔して。バカみたい
嫌、眠いんだから触らないで・・・ちょっと・・・ばか!
なに突然抱きついておでこにキスしてるのよ・・・やらしい!!
「嫌ァっ!!カスミなにして・・・る・・・のよ・・・」
頭に血が上ったら朦朧としていた意識がはっきりする。
途端に寒さに体が震えだして目が回──────る
あ・・・気を失い・・・そ
抱き起こされて、荷物みたいに人を肩に担がないでよバカ・・・
ガチャガチャと綺麗なカーネーションを足で蹴っ飛ばして・・・
ヒドイ、あんた・・・なんてことするの?
真っ赤なお花畑の真ん中にわたしは座らせられて
青いコートみたいなのを被せられ・・・て。い、いたっ!
やだ、ちょっと・・・いくらキライだからって・・・
ほとんど初対面の女の子にあんた、なんてことするの・・・
なんでわたしのほっぺ叩いてるのよ・・・いたいよ
いたいって──────
痛い・・・って言ってるじゃない・・「のよ!カスミのバカッ!」
「痛いって言ってんじゃん! なんで叩いてるよッ!」
「いくらキライだからって酷いじゃないカスミっ!!」
「──────ハナッ!!」
「良かった気付いて・・・俺、マジでどうしようかと」
な、なんで抱き・・・つい・・・て
ここ、倉庫じゃない? ──────ッッ!
「さ、寒いよ──────カスミ・・・」
「身体温まるまで暫く抱いてるからな、怒るなよハナ・・・」
「あ、もしもしサチ?! ハナ居たぞ、やっぱりだ」
「あぁ今すぐ救急車を──────」
えっ、救急車?! わたしを乗せるつもりなの?
「やッ!! ヤメて大事にしないで、お願いかすみ・・・」
『なんだって? おい華墨──────、なぁどうするんだ?!』
「サチさん、とりあえず救急車ナシで。一応社長に連絡を、倉庫に居るって」
「ハナ取り敢えず大丈夫そうです。おちついたら連れて戻ります」
真っ赤なカーネーションのお花畑の真ん中でカスミに抱かれて
助かったのかなわたし・・・これは現実? 寒いよかすみぃ・・・
「はな、怖かったな。ごめん遅くなって──────」
「ひぅっ! ──────ひっっ・・・うわあぁぁぁ・・・」
たぶん──────
20分ぐらいだったと思う。
いっぱい泣いて、震えが止まって、でも嗚咽は止まらなくて
そんなわたしをカスミが一緒に座ってずっと抱っこして
背中や肩から腕をこすって温めてくれて・・・
倉庫の中にわたしの上擦った“しゃっくり”みたいな声と
わたしが被ったベンチコートを擦るシュルシュルとした音だけが
ずっと響いてた
真っ赤なお花畑の真ん中で。
がたーんと音がして、社長がすごい剣幕で倉庫に入ってくる。
あぁわたし、すごく怒られるんだろうな。そう思うと怖くてまた
震えだしたんだけど・・・社長は、かすみごとわたしを大きな腕で
力いっぱい包み込んで──────
そしたらまた、なんか泣けてきて・・・
大声でいっぱい泣いてしまった。
その後、社長の車で救急診療に連れて行かれて
問題ないか確認してもらって、大丈夫とのお墨付きをもらって
お店に戻ってきた頃にはもう21時半を回ってて・・・
「うん、大丈夫。今藤乃宮のお店、チョット残業になって・・・」
「もう終わるから心配しないでねママ──────」
ママと電話中なんどか社長がわたしの電話を取り上げようとするのを
首を振って断って。取り敢えず電話を切って、落ち着いた。
「ゴメンなさい社長・・・わたし、大事にしたくなくて──────」
「ハナ、こりゃコッチの責任だ。安全管理上の問題」
「ハナは何にも悪くない。本当に良かったよ無事で」
「しかしなぁ大事にしたくないって言っても・・・」
「あのっ・・・わたしのポカで、このお店の素敵な人達と──────」
「もう会えなくなるのわたし、嫌なんですっ!!」
社長が息を呑んで、次の言葉を喋ろうとしたとき、さち店長が社長の
肩に手を乗せて横に首を振った。社長と店長はそのまま下のお店に
降りていった。
入れ替わりにカスミがコンビニ袋を持って上がってきて──────
「ハナ、ココア買ってきたぞ。今入れるからな」
そんな優しい言葉をカスミが掛けてきて、また混乱する。
わたしのことがキライなのに、なんで優しくするのよ・・・
「優しくしないでください。わたしカスミの事キライなの・・・」
「──────へーいへい」
カスミが入れたココアのマグカップを持たされて
フリースのブランケットを何枚も頭の上から掛けられ
滾るくらいに熱いココアを啜っていると、隣りに座ったカスミが
わたしの頭を自分の肩にグイって寄せて・・・
「落ち着いて温まったら家まで送る。送って・・・イイよな俺が」
「──────うん」
「怖い思いをしたこんなトコもう来たくないよな、やっぱ・・・」
「嫌ッ!! 放り出さないで・・・おねがいっ!!」
「バカだな、そんな事しない」
「ばかって言った──────キライ・・・」
「また、明日からも一緒に働いてくれるか、ハナ」
「うん──────働く」
「ふふ、そっか。良かった」
なんだろうこの気持・・・なんでいまわたし、ドキドキしてるのカスミに
わたしがカスミをキライな理由ってなんだっけ。
わたしのことだけ呼び捨てにしたから?
わたしだけに当たりが強かったから?
ゆうこさんに陰口を言ってたから?
「隣に居られるとツライ、キライ」って・・・
じゃあ、もし仮に。
カスミがわたしをキライってあの時云ったのはなんか理由があって
わたしがその理由を知って納得しちゃったら・・・
この気持って──────わたし
カスミの事が好きってことになるの?!
そんなの絶対、ありえないッ・・・の、かな?
このシュシュを作った時からわたしきっと、カスミに勇気をもらっていた。
明日太以外の男の人に触れられて、怖くなかったはじめてのヒト。
面接の時、社長とお話できたのもカスミのシュシュが無かったらきっと・・・
カスミが・・・わたしをトラウマから守ってくれてた・・・の?
テニスがわたしトラウマを忘れさせてくれたキラキラだったみたいに
カスミが今のわたしのキラキラなの?
「ハナ、そろそろ帰るか? 時間も遅いし」
「あ! でも無理しなくていいからな」
「ダメそうなら落ち着くまで一緒にいるから」
「だからな、心配すんなよ」
ねぇ、どうしてそんなに優しくするのカスミ
わたしが大変なことになったから今だけ? それとも
歌舞伎揚げをお店の子みんなに配ってるみたいに、女の子なら誰でもいいの?
あのブーケはどうしてわたしだけに送ってくれたの?
どうしてわたしの好きなお菓子を知ってたの?
ぜんぜん、わからないよわたし・・・カスミの事、カスミに対する気持ち
「ん、カスミ・・・帰る」
「・・・りょうかい」
そうしたいっぱい疑問を抱えたまま、社長と店長にお礼を言って店を出た
カスミのバイクがおいてある倉庫までの道すがら、前を歩くカスミの手が
前後に揺れている。お昼にあの人の優しかった頃を思い出して泣いた後
本店に帰る車の中、あなたの手にわたし、自分から手を重ねた。
あの時は嫌な気持ちはしなかった・・・
じゃぁ、今は・・・?
前を歩くカスミの揺れる手に右手を伸ばす。
カスミの手を掴む前に触れたわたしの指、それに気付いた彼が振り返る
「どした。やっぱ、倉庫が怖い?」
「ううん怖くない・・・ただ・・・なんとなく」
「ホラ手。繋いでやるから心配すんな、もう怖くないから」
そう言ってカスミに手を掴まれる。
やっぱり・・・
倉庫に着くと繋がれた手が離されて、すこし・・・不安。寂しいの?
カスミはトラックの陰からの青いバイクを押してシャッター前に戻ってきた。
倉庫に入っていって、中からヘルメットを持って出てきた。
「久々に引っ張り出したからな、ふっ!ふっ!ホコリだらけ」
「内装カビてなきゃイイけど──────」
そう言ってヘルメットの匂いをスンスン嗅いで
「んー、まぁ平気かな。ハナ、バイク乗ったことあるか? 後ろに」
わたしが無いと言うと、後ろから腰に抱きついてろって言う・・・
ねぇ、カスミ? キライな娘に抱きつかれてあなたは嫌じゃないの?
わたしは──────たぶん
嫌じゃないんだ・・・わかんないけど、キライなはずなのに
男の人怖いはずなのに
カスミが貸してくれたヘルメットを被るとき、女性の髪の香り
女性の気配がした──────。
道案内もせず、カスミは迷いなくわたしの自宅にたどり着いた。
「じゃあなハナ。明日シフトは?」
「朝から・・・」
「そっか・・・。じゃお疲れ様。暖かくして寝るんだぞ」
「──────うん、ばいばいカスミ」
そう云って。
マンションのエントランスに、わたしを残したままバイクで走り去った。
かすみの・・・
ばか。
「・・・ただいま」
「はーな、おかえりごくろうさま」
「ご飯食べな、今温めてあげるから。」
「うん・・・わたしお風呂入ってくる──────」
お風呂と遅い食事を終えたら23時半を回っていた。
ベッドに突っ伏して、かわうそのぬいぐるみを抱いてため息をつく。
初日から大混乱だった。
体力も精神力も使い果たし、お布団を被ったら、そのまま泥のように
眠ってしまった──────
- flower -
翌日──────
自宅マンションの最寄り駅から西口のお店のある駅へ私鉄で向かっていると
スマホがSMS着信を報せ振動した。ゴールデンウイークで休日の早朝車内の
人影も疎ら。わたしはそのSMS着信を確認するとキサちゃんからで
【 昨日の場所でまってっから! 】とまるであのハスキーボイスが聞こえてくる
ようなキサちゃんらしい文面で記されていて、クスリと笑みが溢れた。
結局、あの自爆でストッカーに“勝手に閉じ込められ事件!”からずっと
カスミの事で頭がいっぱいだった。カスミ自身が“わたしをどう思っているか”
というより
わたしが“カスミをどう思っているのか”って方に──────
地下鉄に乗り換えて藤乃宮で下車。
改札にスマホをかざすと、昨日と同じように柱により掛かり多分スマホで
音楽を聞いてるキサちゃんが、つま先でリズムを取って待ってた。
あれからずっと考え事してたわたしの頭の中。
曇天の雲がパァっと晴れた気がして、昨日と同じように彼女の肩を指でつついた
「ハナおっはー。ど、似合ってる?」
黄緑色の制服のポロシャツ、白い膝の破けたジーンズに腰に巻いたデニムシャツ
「へへっ、カワイイ。キサちゃんおはよ!」
「オマエ、今日もカワイイなーもうすっかりお花屋さんの店員さんじゃんね!」
「今日も真っ赤なシュシュでポニーテールにしてさ! 即惚れた。手繋いで行こ」
もう、しかたないなぁ・・・
そうして二人で手を繋いで藤乃宮本店に向かって歩く。キサちゃんはすっかり
上機嫌。 昨日のこと、ナイショにしておいたほうがイイような気がする。
ぜったい心配するから──────
そうしてまもなく到着する花福 藤乃宮本店。
昨日はここではるなちゃんがオロオロ待ってたんだよねシャッター前で
そう思うと今日はお店のシャッターが既に全部開いて、手を繋いだ
二人で思わず顔を見合わせた。もしかして二人揃って遅刻しちゃった?!
なんて話しながら、ゴリゴリの木で設えた飾り陰からそーっとお店の中を
ガラス越しに覗き込む・・・
昨日、チャキチャキサチ店長が仁王立ちしていた店長スペースに
わたし達と同じポロシャツを着てエプロン姿のスラリと背の高い眼鏡の
男性を見て二人でバックスペースに直結した通用口前に慌てて姿を隠す
「はな! はな!! 誰、誰あのカッケー人! あ、やっべ鼻血でそ・・・」
「わかんないっ! 昨日いなかったよね、あ・・・」
そういえば昨日カスミが云ってた、社長と社員さんは日曜は休みだって
もしかしてその社員さん? お名前は・・・たしか──────
「少女共! 貴様ら朝っぱらから花屋の店先でお手々繋いで百合百合して」
「いい度胸だな。二人まとめて絡げて売っちまうぞ400円で、来な!」
後ろからそんな声を掛けられびっくりして振り返ると
花軍曹が仁王立ちで立ってた。サチさんがわたし達の繋いだ手をそのまま掴んで
ズンズン店内に連れて行かれる。キサちゃんはきゃいのきゃいの云いながら
大喜び。そして店内のその男性の前にほっぽりだされて
「さとる。この子たち昨日からのバイトの子」
「使えなかったら仏花と一緒に絡げちゃっていいから」
「テッポウユリの代わり位にはなるだろうさ、一対1200円で並べといて!」
安っ・・・わたしとキサちゃんの単価各100円かっ! なんか半額になってるし
そう言い残し、店内の鉄階段をズンズン社長みたいに上がっていった。
「ふふっ、おはよう。つぼみのスカシユリさん達」
「花福唯一の社員、田所 さとる 28歳です」
「名前だけの役職は専務。よろしく」
わたしとキサちゃん顔を見合わせて声を出さずに【 やだ・・・カッコイイ 】
と口ずさむと、さとるさんはフフフと笑いながら、眺めていた伝票をトントンと
作業机に打ち付けて揃え、アンダーリムのメガネを優雅に外してわたし達に
両手を差し出した。キサちゃんがわたしの手をバッ! って、それはもう
すごい勢いで離して彼の手を両手で握ってぶんぶん握手して・・・
その差し出された手に、わたしは手首を掴んで躊躇していると
「どうしたの? 美住 ハナちゃん」
まだ自己紹介もしていないのに名を呼ばれて、ドキっとしながら
恐る恐る彼の手のひらを、ちょんと人差し指で突いてみた。
やっぱり・・・
「ふふっ、恥ずかしがり屋さんなのかな?」
そう聞こえたと思うと真っ赤な顔したキサちゃんに手首を掴まれて
二階の事務所に連れ込まれてしまった・・・
「ハナ! ハナ!! 声も超かっこいい濡れるッ!!」
「誰だっけあの俳優さん・・・ほら!」
濡れるて・・・
「おいキサラ! お濡れの所悪いが──────」
エプロン姿で煙草に火を灯し、ソファにふんぞり返ったサチさんが
彼の重大な情報を齎した。
「さとるはゆうこの婚約者だ。悲恋性癖なら止めんが、まぁ大人しく諦めろ」
キサちゃんの顔がみるみる青くなっていく・・・
「・・・ぅぅうわあぁー!! なんてこったーッハナ!」
「秒で失恋したぞアタシー!」
お、お疲れさまです・・・
ソファのサチさんの前にひざまづいて、サチさんのお腹に抱きついた
キサちゃんの頭を花軍曹が撫でて慰めながら
「そろそろ店開けるぞ。濡らした涙をさっさと拭いて」
「エプロンシメて準備しな少女共」
さすがチャキチャキサチさんだ・・・今日もサバサバしてる。
昨日帰り際にあんな事あったから、変に気を使われたら気まずいなって
でもそんな事もなくて安心した、今日もチャキサバ店長さんで!
準備してお店に降りると、昨日カスミが見ていたようにテープで配達伝票を
さとるさんが張り出していた。サチさんはくわえタバコで、バックスペースの
ストッカー扉に張り出した花柄えんじぇるの母の日チラシを裏返してマジックで
何かを書き殴っている。そのエプロンの腰ひもを、キサちゃんが俯きながら
チョンとつまんでいた。
もうすっかり店長さんに懐いちゃったんだねキサちゃん、フフっ
「コレでよし! 野郎ども戦闘準備だッ! 店開けるぞ」
昨日と同じようにカスミじゃなくさとるさんが回してきた
トラックから荷をおろして、ゴールデンウイークの下町に今日もお花屋さんが
出来上がった。
その後、みんなで一息入れながら、バックスペースで今日の予定を聴き
少し気になる。カスミ・・・今日は居ないのかなって
「──────って事で、今日も忙しいが去年のあたし達を打ち負かすぞ!」
「キサラ! あんたは昨日と同じ店売り!」
「昨日の調子で店内の花、全部売っていいから」
「がってんでぃ!」
「ハナ! あんたはさとるにくっついて平日の裏方の仕事覚えな!」
「はぃ・・・って」
ええぇぇ!! 初対面の男の人と一日一緒ぉ!!
二日目も不安しか無いよううぅぅ・・・
キサちゃんがわたしと自分を交互に指差して店長にせっついているのを
缶コーヒーを片手で開けながらくわえタバコのサチさんが首を振って拒否してる
今日も一体どうなっちゃうんだろう
そんなドッキドキ、新人花屋さんの2日目がはじまった・・・
- flower -




