文化委員長には出来ないこと編
文香君と会った日から二週間が経過した。入学したての一年生の高校生活にも慣れ始めたゴールデンウイーク直前の平日だった。
この時期も生徒会選挙週間に負けないくらい過ごしやすい。
そんな春の陽気にぴったりの服装をしている女性が、ボクの家の前に立っていた。
ベージュのワンピースに白い帽子と白いカーディガンを羽織っている。遠目からでもその女性が美しい人だと分かるほど綺麗な立ち姿だった。
(きれいな人がいるもんだな)と思いながら歩いて近づくと、なんとその女性は有希ちゃんだったのだ。
ポニーテールをしていないので、近くに来るまでこの子が有希ちゃんだと気づかなかった。
ボクを見つけた有希ちゃんは、小走りしながら駆け寄ってきた。まるで恋人が待ち合わせで相手を見つけたときの行動そのものだった。
「お久しぶりです」
有希ちゃんはちょっと恥ずかしそうにしながらも、いつもと同じ笑顔をボクに注いでくれるのだった。
「クレープを食べに行きませんか。お代は貰っていますから」
その誘い方にピンときたボクは、有希ちゃんに促されるままに、クレープ屋に到着した。
「今度は、何を賭けたんだ」
「優也くんが、堀川高校に合格するかどうか。本当は一年前に儲かっていたんですけど、お兄ちゃんのマークが厳しくてずっと優也くんに会いに来れませんでした。中学校時代の私の行動パターンは読まれているみたいだったので・・・」
「行動パターンって。本当に面白い兄妹だよな」
「私が高校生になるのをずっと待っていました」
「それにしても友達の志望校の合否を賭けの対象にするなんて不謹慎なやつだな」
「ほんとお兄ちゃんって失礼ですよね。親友を信用しないなんて。そんなわけでがっぽり頂きました」
「だったら良いか」
「優也くんのおかげで私は三連勝です。まぁ、お兄ちゃんがバカなだけですけど」
「今日は、直樹は来ないんだな」
「お兄ちゃんになんて、何も言ってません。言ったら大変なことになりますから」
「はは、言ったら絶対付いて来るもんな。なんといっても可愛い妹が心配で仕方がないらしいからな」
そう言うと、はっと優也は周囲を見回してしまった。有希ちゃんが自分の家にいないとわかれば、この店にチェックしに来ないとも限らない奴なのだった。しかし、直樹がくる気配はなかった。
「ここのラテってすごく評判なんですよ」
「そうなんだ」
「砂糖は一杯で良いですよね」
そういいながら二人分のラテに、有希ちゃんは勝手に砂糖を入れてしまった。
既にラテである。更に砂糖が追加されたこのラテは、もう絶対に苦くない。
思い返すと、元文化委員長の千聡先輩や文香君と会うときは、ただのファミレスなのだけれど、有希ちゃんと会うときはお洒落なクレープ屋だった。
今更ながら、文化委員長の恋愛下手が浮き彫りになっている気がする優也だった。
実は、優也は千聡先輩に振られたあと、恋愛について調べてみたのだ。恋愛は相手の気持ちを掴むことが重要なのだと。
普通に考えたら当たり前の話だが、ボクはそれが全くできていなかった。
千聡先輩に告白したあの日、ボクは千聡先輩のことを良く考えずに強引に行きすぎてしまっていたのだ。
また、人の気持ちは不変ではなく、揺れ動くものだということも分かった。そのため、恋愛にはタイミングというものも大事な要素になっている。
千聡先輩と会ったあの日、本当は優也にとって最大のチャンスだった可能性があったのだった。綾小路先輩から振られた直後の千聡先輩に対して、本当はあの日ボクは千聡先輩の話を聞くだけで良かったのだ。千聡先輩がどん底にいるときに頼ってくれたのが、他の誰でもないボクだったからだ。あの日は、千聡先輩の話を聞くだけにとどめておいて、そこから徐々に千聡先輩の心を開いていき、先輩の傷を癒してから告白するべきだったということが今にして分かってきた。しかし、こういうことが後になって分かっても仕方がないのだった。
また、テーブルに着く座り方一つをとっても男女の座る位置というものがあり、カップルは横並びに座るということも分かっていた。思い返せば、千聡先輩と並んで座ったバスの座席。あれこそが男女の距離だったのだ。あの時、ボクはその距離感に胸の高鳴りが抑えれられなかった。
でもボクは今、有希ちゃんに対してわざわざ横に座ることはしなかった。
ボクは、今こうして有希ちゃんと二人きりで会っている。やっぱりこれから告白するんだろうなという雰囲気だ。でもボクはやっぱり千聡先輩のことがどうしても忘れられずにいるのだった。
「やっと二人きりになれました。この時をずっと待っていました」
「そういやそうだっけ?二人きりは初めてだったかな」
「そうです。いつも計画は未遂になっていました」
真正面に座っている有希ちゃんが改まって姿勢を正して座り直す。
「好きです。私と付き合ってください」
「いきなりだね」
「いきなりじゃありません。生まれたときからずっと好きでした」
一瞬、何を冗談なんか言っているんだと突っ込みそうになったが、有希ちゃんの顔は真剣そのものだ。
「大げさすぎるよ。それに小さい時はほとんど話したこともないじゃないか」
「小学校二年の時、水族館で迷子の私の手を引っ張ってくれました。それだけじゃありません。キャンプで火傷しそうになった私を助けてくれました。それにお箸の持ち方だって丁寧に教えてくれました。私は物心がついたころには既に優也くんのことが好きでした。だから本当に生まれたときからずっと好きだったんです」
まるでボクの心を見透かしたかのような発言だった。最後のお箸の発言は、ちょっと違う気もしたが、まさかそんな昔からボクのことをそこまで覚えてくれていたなんて思ってもいなかった。一個上の自分でも忘れてしまっているような内容だった。
やはり告白されてしまった。なんとか躱したかったが、どう見ても今のこの子は超本気モードだった。今回ばかりは躱しきれない。
でもボクは元文化委員長のことが好きなのだ。今度こそハッキリ言わないといけない。
ボクは申し訳ないと分かりつつも、自分の今の気持ちを伝えるのだった。
「ごめん、有希ちゃん。ボクには好きな人がいるんだ」
「フミちゃんじゃないですよね。フミちゃんじゃないのはなんとなく分かります」
「・・・そうだね」
さすが、ボクのことを「好き」と言うだけあって、ボクが文香君に気持ちがないことをちゃんとわかっているということだった。だから、文香君がボクのことを好きな気持ちを知っていても、友達でいられるのだろうと思えた。でも、千聡先輩のことは知らないはずだった。
「やっぱり、紺野千聡先輩なんですよね」
まさか、当てられるとは思いもしなかった。中学の頃は絶対誰にも気づかれなかったはずだった。
有希ちゃんには、ボクの気持ちがばれている?
ボクには有希ちゃんが何を知っていて、何を知らないのかが全く見当がつかなかった。
断られたときに何もできなかったボクや文香君とは大違いだった。
ここからボクら文化委員長では全くできなかった有希ちゃんの反撃が始まるのだった。
イラストは、自分のイメージをSpellaiというアプリを使用して作成しました。