伝統の源編
堀川高校に入学した菊池優也は、念願の千聡先輩と再会することに成功した。
なんとしても千聡先輩と付き合いたい優也は千聡先輩へ告白するための最高の方法を考えに考えた。
熟考の末、ボクはラブレターを書くことにした。
自分の想いを原稿に書き上げることが、自分の最も有効な恋愛の伝達手段だと思えたからだ。
何日もかけて原稿を書いていると、フラッと千聡先輩からメールが届いた。明日、いつものところで会いたいということだった。
なんということだ。まさか向こうから誘いの連絡をくれるなんて全くの想定外だ。でも想いを伝える絶好のチャンスがやってきた。
ここで絶対に決めてやる。
ボクは、ありったけの想いそのままにラブレターを大急ぎで書き上げた。
千聡先輩といつものファミレスで待ち合わせをした。
フラッと現れた千聡先輩は、明らかに気落ちしていた。それでもトレードマークのポニーテールだけは決して止めていなかった。そんな千聡先輩に簡単に声をかける雰囲気ではなかったが、逆に丁度手紙を渡すことに成功した。千聡先輩は無防備に手紙を受け取り、目を通し始めた。
千聡先輩へ
ボクの応援演説を引き受けてくれて本当に感謝しています。あの時、「必要ない」と言いつつも、千聡先輩は嫌な顔一つせず、全力でボクを応援してくれました。こんなに嬉しいことはありません。
文化委員長の前任が千聡先輩であったことは、本当に幸運だったと思っています。
あの弁論大会。ボクは千聡先輩に魅入られてしまいました。千聡先輩はボクにとって最高で唯一の女性になってしまいました。あの時の千聡先輩を思い出すたびに、その熱い想いが強すぎて、ボクはスライムのように溶けてしまうような感覚に陥ってしまいます。
千聡先輩は、ボクを全力で褒めてくれました。先輩が発した一言一言全てがボクの耳に残っています。こんなの不公平です。今度は、ボクが先輩を褒める番です。褒めて褒めて褒めちぎります。千聡先輩の長所なんてありすぎて、毎日百個は言える自信があります。
ボクは千聡先輩が大好きです。このボクの想いは誰にも変えられません。
お試し期間でも構いません。ボクを千聡先輩の横にいさせてください。
この期間で、必ず千聡先輩が満足できる彼氏になってみせます。
菊池優也
ボクの愛の原稿を読み終わった千聡先輩が下を向く。しばらく黙っていたが、つぶやくようにこう言ったのだった。
「やっぱりこうなるんだな。キミなら大丈夫だと思っていたのに」
テーブルに二、三滴の雫がこぼれ落ちている。千聡先輩がボクに初めて見せる涙だった
ボクは、千聡先輩のセリフの意味が全く分からなかったが、千聡先輩のその顔を見て、ボクは失恋したことを悟るのだった。でも認めたくはなかった。
「私は優也君の手をとることは出来ないよ。本当にごめんなさい」
「他に付き合っている人がいるんですか」
「いないよ。でも駄目なんだ」
「どうしてですか。ボクのこと自分好みの顔をしてるって言ったじゃないですか。あれはウソなんですか」
「ウソじゃないよ。でもそういう問題じゃないんだ」
「二年越しにやっと想いを伝えられたんです。納得できません。どうしてですか。どういう問題ですか」
「・・・」
「・・・」
長い沈黙が続いたが、ボクも何も言えずにいた。
やがて絞り出したように千聡先輩がぽつぽつと話し始める・・・。
「私は、綾小路先輩が好きなんだ。昨日振られてしまったんだよ」
「あやの…こうじ…せんぱい?」
「元文化委員長の綾小路智也先輩だ。苗字から言っておそらく優也君が応援演説をした子は、先輩の妹さんだろうね。私は三年越しだよ。この高校に追いかけてきてくれた優也君を見習って、一回振られたんだけど、自分ももう一度告白しようと思ったんだ。元文化委員長のキミならもう分かるだろ。私の綾小路先輩への想いがどれほどのものなのか」
その千聡先輩の言葉にボクは全身が金縛りにあってしまった。体は何一つ動かなかったが、意識だけが何週も脳内を駆け巡る。
まさか・・・でもそういうことだった。
ボクは今、その悲しい結末の全てを一瞬で理解してしまった。
ボクは、自分のことしか考えていなかった。全てが自分を中心に回っていると考えていた。でもそうではなかった。ボクが千聡先輩から受けた感動は、千聡先輩が元文化委員長の綾小路先輩から受けた感動をそのまま受け継いだだけだったということだった。
おそらく、千聡先輩は元文化委員長だった綾小路先輩から、
選挙前に名前を褒められ顔とポニーテール姿を褒められて、当確だと言われて安心させてもらったのだろう。
そして選挙当日に千聡先輩を褒めちぎった応援演説で当選させてもらい、弁論大会で五分を越える演説を聞かされたに違いなかった。
それを聞いた千聡先輩は感動し、綾小路先輩を好きになってしまったということだった。
この千聡先輩の想いは痛いほどわかる。ボクがあの時感じた感動、その想いと全く同じだからだ。もうどうしようもなかった。
「優也君は、本当に凄いんだから胸張っていいよ。いつか優也君の本当の凄さを分かってくれる人が現れるよ。絶対に」
「そんな・・・」
そんな言葉は聞きたくなかった。千聡先輩だけが分かってくれていればそれで十分なのに・・・。
ボクは、どうしても認めたくはなかったが、この悲しい結末を受け入れることしか出来なかった。
ボクはどうしていいか分からずに、フリードリンクで汲んだ安物のコーヒーに砂糖も入れず、苦い味のまま胃に流し込むだけだった。
主人公がいきなり振られる展開になってしまい、期待を裏切ってしまったならすみません。
イラストは、手紙を読んだ千聡が、涙を流しながら、自分の想いを打ち明けます。