09 強くなりたい
何故かエディに「お前、結構やばいところあるんだな……」と引かれながら俺は店を出た。
できるだけ良い物を買っただけなのに、何でそんなこと言われないといけないんだ……と思うけどまあいい。
エディはというと、結局、金貨二枚の青い両手剣を購入していた。
金貨一枚を仕送りにする事にしたそうだ。
このあと用事があると言うエディとはその場で別れ、俺は兵舎に戻り、早速素振りをしてみることにした。
「ふっ、ふっ、ふんっ!」
兵舎の中庭には、兵士たちのために訓練用の木剣が用意されている。
しかし、俺がいま振っているのは今日買ったばかりの黒剣。
点々と剣を打ち付け合う兵士たちの中、俺は隅で一人、四方から迫ってくる敵をイメージして足腰を使い長剣を振る。
流れるような動きで、決してワンパターンにはならないように。
素振りを続けていると、次第に剣が身体に馴染んでいくのを感じた。
「確実に成長してるな……」
剣を振り、感じる明確な成長。
先の戦争を乗り越え俺は強くなった。
それも──複数回のレベルアップを経験したかのように。
『発展』のたしかで、そして異常な成長速度。
これがあればまだまだ強くなっていける。
戦場で手に入れた《発展技能》の方も、いつか使う時が来るだろう。
得た情報によるとここぞと言う時に役立つはずだ。
「ふっ、ふっ! ……ふんッ!」
考えること、知りたいことがありすぎる。
なかなか無心で素振りを続けるのは難しい。
邪魔な思考に集中が切れつつ、とりあえず満足がいくまで剣を振り続けた俺は、今日は早めに切り上げることにした。
「うえ……汗すごいな」
素振りを始める前に半袖一枚の薄着に着替えていたが、気がついたら大量の汗をかいていた。服が重い。
「部屋に戻って着替えるか」
中庭を去ろうとしていると──ふと、視線を感じた。誰かに見られている。
「……あ。お疲れ様です!」
顔を向けその人物を確認し、頭を下げる。
こちらを見ていたのは運動用の服を着たオラーゼ隊長だった。
「ご苦労レイD級。……って、そんなに堅くなるな。アタシが勝手に見ていただけだからな」
「いえ、そんな」
上官にあたるのだからと、慌てて敬礼をすると、俺の元に歩いてくる彼女は苦笑いをした。
「それにしてもいい剣筋だな……。それは?」
興味深そうな視線を向けられたのは、俺が持つ両手剣。
「ついさっき戴いた褒賞で買いました。かなり高かったんですけど、これが一番しっくりきて」
「ほう、しっくりきたか……。まあ、戦う者にとっては命を預ける物だからな。良い物を持っておくべきだ。で、いくらだった?」
「金貨三枚です」
「全部使ったのか!? まっまあ、本当は全然足りないが……」
「足りない?」
「あっ、いや。こちらの話だ」
金貨三枚だったと伝えると、オラーゼ隊長は驚いたような表情をした。
店主に足元を見られたかと心配になったが、
「とにかく良い剣だ。大切にしろよ?」
「はい!」
問題はなかったようだ。
と、そこで。
「そうだ」
隊長は何か思いついたようで、立て掛けられている訓練用剣の方に歩いていき、二振り手に持って戻って来る。
そして。
「どうだ── 一本、手合わせ願えないだろうか」
「…………へ?」
あまりに突然の申し入れに。
その真意を測りかね、間抜けな声が出てしまう。
「どういうことですか……?」
「いや、少し実力を確認しておこうと思ってな。どうだ、アンタも試したいだろ。自分がどれだけ成長したのか」
そう言われると、正直試してみたい。
「い、いいんですか?」
「ああ構わない。ただし──全力でな?」
「──っ」
不思議と血が騒ぐ。
少し力を手にしただけですぐにこれか……と自分でも情けなく思ってしまうほど、俺は彼女の提案に乗り気だ。
投げ渡された木剣をパシッとキャッチし、愛剣を壁に立てかける。
「じゃあ早速──このコインが地面に落ちた瞬間。それが『開始の合図』だ。いいな?」
「はい」
ポケットから取り出されたのは、古びた銅貨。
彼女はそれを見せながら説明する。
俺が頷くのを確認すると、隊長は十歩分の距離を取り、こちらを向いた。
変に恐れる必要はない。
だけど、最悪骨折くらいはしてしまうかもしれないな。
突然の空気の変化に、先程までこちらを気にした様子がなかった周りの兵士たちが、口を閉じ視線を集める。
俺が公国の旅団長の首を取った話が広がっているからか、それともあのオラーゼ隊長との手合わせだからか。
観戦者たちから向けられる視線は熱い。
激しい胸の鼓動が煩く、俺は大きく深呼吸をする。
素振りの疲れは完全に回復してはいないが、そんなことは問題ない。
「──勝つ」
勝負の時、どんな状況下においても自分を信じる。
それは剣を振るようになって最初に学んだことだ。
「いくぞ?」
「はい、いつでもどうぞ」
買ったばかりの愛剣よりは幾段も軽く、少し頼りなく思えてしまう訓練用剣を握りしめ、ぐっと腰を落とす。
直後。
待ってくれていたのだろう。
オラーゼ隊長が空に向かって高くコインを打ち上げた。
「すぅ──」
鼻から強く息を吸う。
思考が加速し、世界の音が遠くなる。
空中で回転するコインは、ゆっくりと地面を目指して落下し始め──
様子見はしちゃダメだ。
飛び込んで全力の一撃を決めよう。
後ろに回した右足に体重を乗せ、その瞬間がくるのを待つ。
そして────来た。
コインが跳ねる前、接地の刹那に俺は地面を蹴った。
『発展』で上がった《速度》。
しかし、反応の早さでは隊長に勝てていない。
駆け出した俺たちの距離は、一瞬にして零へと収束していく。
この勢いに乗せて横薙ぎを──ッ!
「ふんっ!」
剣の速度は──俺が『上』。
彼女は即座に判断し、手首を回して攻撃のために振り上げた剣を守りに使った。
このまま力で押し切って寸止めで勝ちを決めようか?
次の一手を考える。
そして──
────空が見えた。
「……え?」
先ほどのコインのように時の流れに抗えず。
しかし思考は加速したまま。
俺はゆっくりと、そして一瞬で──地面に落ちる。
「ぐふぁっ」
背中を強打し、情けなく大の字になった俺の首元に、スッと当てられる木剣。
「剣に意識を奪われすぎだ」
死を、覚悟した。
それからこれが手合わせだと思い出し、敗北を知った。
そしてようやく最後になって、足を払われたのだと理解する。
「戦っているのは剣じゃない。アンタ自身だろ?」
倒れても離さなかった剣を。
握っていた拳から力が抜け、落とす。
対戦相手を見上げるこの光景。
鈍く響いた背中の痛み。
図星を突かれた言葉。
その全てが『負』だった。
目を逸らしてしまいたくなる『現実』だった。
「実力はわかった。さあ、ようやくはじまりだ。アタシが鍛えてやる。明日の勤務後、アンタがそれを望むなら広場へ来い。身体と剣の連動、技術って呼ばれるものを教えてやる」
彼女はそう言って去って行く。
まだ呆然とし、残された俺は倒れたまま呟いた。
『負』を受け止め、『現実』から決して目を逸らさない。
もう、後戻りはできないだろう。
だって……生きるために強さが欲しいんじゃない、そう気づいたんだ。
俺は。
俺は、今。
ただ単純に──
「────強くなりたい」