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08 黒い両手剣

「おい聞いたか? あいつら、敵の旅団長を倒したって」

「ああそれ! すっげーよなー。しかもD上級に昇格、金貨三枚の褒賞だろ?」

「くぅー、やっぱああいう奴らが偉くなっていくのかね……」


 朝。

 眠い目を擦りながら兵舎の食堂で食事をとっていると、周りから痛いほどの視線を感じた。

 どうやら、俺たちの活躍が噂になっているようだ。


「はぁ……なんか落ち着かねーな」


 隣で黒パンを齧りながら、エディがため息をつく。


「まあ仕方ないだろ、こんなの今だけだって。皆すぐに忘れるよ」

「だといいんだけどよぉ……。お前はよく平気だよな。オレは気になって飯さえゆっくり食えねえぞ?」


 石造りの大部屋にずらりと並んだ長机と長椅子。

 声が反響し、他人の会話が聞こえやすいこの場所で周囲から視線を注がれるのは確かに居心地が悪い。

 エディは手に持ったパンを置き、食事を一度中断して木目の粗い机に肘をついた。


「しかし、まさかあの男が旅団長クラスだったとはな。手柄上げすぎだろ、オレたち」

「自分で言うことか? 確かにすごいことだとは思うけどさ。めちゃくちゃ危なかったぞ、あの時。まさに九死に一生を得たって感じだ」

「だな。違いねえ」


 後から知ったのだが、あのとき倒した両手剣使いの大男は、約二千人の兵を束ねる旅団長級の人物だったらしい。

 前線に出ていたことからも分かるように、かなり好戦的な敵だった。

 戦場を己の圧倒的な強さで切り開く、そんな猛者だ。


 俺とエディは今回の戦争でたしか……戦場にいた敵国のナンバー3? の首を取ったとのこと。

 ナンバー3が複数人いるとはいえ、これはかなりの手柄だ。

 結果、俺たちは異例の出世を果たし『D上級』に昇格した。


 ちなみに帝国では軍のトップ──『元帥』に皇帝が。

 その下にS・A・B・C・D・Eの順に階級がある。

 SからCは上中下の三つに、DとEは上下の二つにさらに細分化されている。

 平民が普通入隊した時は一番下の『E下級』になるので、つまりこの戦争を経て、俺とエディはいきなり三つも上の階級に昇格したのだ。


「いやぁ、レイのおかげで何とか生き延びたな。つーか、あんなに戦えるならなんで隠してたんだよっ! さてはお前、楽するために手ぇ抜いてただろ、訓練中!?」

「いやいや。単純にあの場で戦い方のコツを掴んだだけだ」

「ふぅ〜ん。ま、そういうことにしといてやるか……」


 オラーゼ隊長に『発展』のことは他に漏らすなと言われているので、真実を告げることはできない。

 明らかに納得していない、怪しむような目を向けてくるエディだが、それ以上は深追いしないでおいてくれる。


 どうも気まずく、俺は出そうになった欠伸を噛み殺し、残りのパンを口に詰め込んだ。






 昨日。

 金貨三枚の褒賞を得、俺がその大金に目を丸くしていると。


「──そうだレイ。何に使うか決めたか?」


 エディがそう尋ねてきた。


「うーんいや、特には」

「おっ、じゃあ武器でも買いにいかねえか? 支給されてる剣じゃ流石に頼りねえだろ。まとまった金が入った良い機会だしよ、どうだ?」

「武器か……悪くないな」

「だろ? オラーゼ隊長に勧められたんだ。店も聞いたから行ってみようぜ」

「隊長がか? まあ……また戦場で折れられても困るしな、行くか」


 金貨三枚は俺が持っている銀塊と大体同じ価値がある。

 突然舞い込んできたそれに、どうするかと頭を悩ましていたところだった。

 俺自身「武器に褒賞を使っても、毎月の給金があるから生活に困らないだろうしなぁ……」と考えていた──のだけど。



「……すごい、な」

「あぁ。たしかに、すごい」



 そんなこんなで訪れた武器屋で。

 俺たちは値段を確認して、声を震わしていた。

 横で俺の言葉に頷くエディが、素早く顔を寄せてくる。


「おい、どうする? やっぱやめとくか?」


 他にも客がいる店内で、隅に固まって小声で会話をする俺たち。


「オレ、これ買って孤児院に仕送りしたら……ほとんど手元に残らないぜ?」

「でも逆にここで買わなかったら次の機会なんてあると思うか? だって──」


 俺はもう一度値札を確認し、こっそりと指を差す。


「これだぞ?」


 階級が上がって支給される剣も少しは良いものになる。

 がしかし、やはり支給品はどこまで行っても支給品。

 自分で買う逸品とは天と地ほどの差がある。


「旅団長だって言うあの男が持ってた赤い両手剣を貰えたら良かったけど、普通に軍に回収されちゃったしな……」


 これから先、どんな場面でも命を預ける相棒が、今にも壊れそうなボロ剣じゃさすがにマズイだろう。

 この際ドカンと自分専用の業物を買って……うん、悪くない考えだ。

 そんなことを考えていた自分を殴りたい。


 店内を見渡せば、手を伸ばしやすい値段のものがないことはない。

 けれど良さげな両手剣は全て、最低で金貨一枚はする。


「高いってわかってたけど……ここまでか」


 脱力しながらも憧れを持って眺めてしまう美しい両手剣の数々。

 さきほどゴツい店主にことわり、既に手に取ってみても良いか確認をとっているので、次々と気になるものを握ってみる。大丈夫、持つだけならタダだ。


 ずっしりとした重み。

 安定したバランス。

 今まで使ってきた物とこんなにも違うのか。


「やっぱ凄──」

「どうだ、いいのあったかい?」


 感嘆の声を漏らそうとしていると、他の客と話を終えた店主に声をかけられた。


 エディと相談している雰囲気を出していたので、話しかけられないと思ってたのに……ってあれ?

 見るとあいつは、少し離れたところで「へぇーこんなのもあるのか」とわざとらしく独り言を呟いている。

 くそっ裏切り者め! そこは何もないだろ……!


「い、いやぁー……実はよくわからなくて」

「おっ、そうだったのか。んじゃあ何か拘りがあるんだったら言ってくれ。予算と相談してお勧めするからよ」

「ありがとうございます。じゃあ丈夫さ優先で。予算は──」


 丁寧な対応の店主に要望を伝える。

 これくらいの値段の物になってくると、買うなら手の届く範囲で最良の品にしたほうが良いだろう。

『また次の機会』は滅多にやってこない。


 剣が折れてしまった経験から、とにかく丈夫なもの。

 次に使いこなせる重量を念頭に置き、俺は決めた。


「金貨三枚で」

「…………んえぇ〜え?」


 思い切った予算設定に、少し離れたところでエディが声を裏返す。

 聞き耳立ててたのかよ。


「金貨三枚で丈夫なやつな。ちょっと待って──っと、そういやあれがぴったしだな! よし、すぐに持ってくるからな」


 何やら思い当たりがあるようで、店主はそう言って店の奥へ下がって行く。


「お前、正気か?」


 近くに戻ってきたエディが心の底から心配するような声をかけてきた。


「まあやりすぎかもしれないけど……ほら、武器の大切さを学んだばかりだからな。良くなかったらやめればいいだけだし」

「あっ、そういやそういうものだわな。普通に」


 高価な物に目が回り当然のことを忘れていた俺たちだったが、本来合ったら買う、合わなかったら買わない。

 それだけのことだ。

 少し待っていると、『黒い両手剣』を持って店主が戻って来た。


「これなんかどうだ? 名剣だぜ」


 手渡してもらい、握ってみる。

 鞘も柄も、頭身も。全てが真っ黒なその剣は、ずっしりと重たく、たしかにこれは『丈夫』だと思わされる。

 前の俺だったら振れなかっただろう。

 でもステータスの《力》が上がった今なら、これくらいが丁度いいのかもしれない。


「何の違和感もなく普通に持てるのか……」

「ん? 何か問題が……?」

「い、いや、なんでもねえ。でどうだ、その剣は」


 顎に手を当てボソッと何かつぶやいた店主に問われ、改めて剣を見る。

 不思議と手に馴染み、「これだ!」と直感が働いた。


「これ、値段は? オーラというか何と言うか、明らかに希少そうですけど、本当に金貨三枚で買えるんですか?」

「まあ儲けを考えたら金貨三枚と、本当はもうちっと欲しいんだけどな……。でも兄ちゃんに似合ってるし、ここは『出会い』を大切にして、金貨三枚ぴったしでどうよ!」

「──あっ、じゃあこれでお願いします」

「……んえぇ〜え!? おま、金貨三枚だぞ!? 褒賞全部なくなんぞ!?」


 俺が即決すると、隣でエディが再び声を裏返す。

 てか、どこから出てるんだその声。


「もうこれ以外は考えられないくらいなんだよ。不思議とピッタリくるし」

「そんな……お前、いや……」

「ほいよ、まいどありっ! で、隣の兄ちゃんはどうする?」

「あ、お、オレは──」


 あたふたとするエディ。

 満足のいく出会いを経て、俺は新たな武器を手に入れた。


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