06 強敵との戦い
一人でかなりの敵を倒したが、戦況は拮抗しているようだ。
周りでは今もなお激しい戦いが続いている。
「ヤァッ──あ!?」
こちらを窺っていた敵兵が二人、同時に後ろから斬りかかってくる。
《力》と《速度》を重点的に上げてきた俺は全力で跳び、高く浮遊してそれを避けた。
後方に回転しながら敵を越え、
「ッ!」
一閃。
ばたりと二人の男が同時に倒れる。
《スキルポイント:1 を獲得しました》
「かなり体が軽くなったけど、バランスを考えて《防御》も上げとくか……」
少し前のある段階から、敵を二人倒してようやく1ポイントが得られるように変化した。ポイント数を決める『倒した敵の強さ』というのは、俺自身が強くなっていくたびに変化するらしい。
主に重要そうな《力》《速度》《防御》をバランス良く高くするため、《ステータス》画面を出現させポイントを振ろうとするが──
「!?」
突然ゾワッと、背後から強烈な気配を感じた。
「何だ……ッ!?」
敵の攻撃が迫っているのかと、瞬時に《ステータス》の操作を中断し、地面を蹴って移動する。
そのままの勢いで振り返ったが、気配の正体は近くにいなかった。
しかし、辺りを見渡してすぐに気がつく。
「あいつか……」
少し離れたところで繰り広げられている戦闘。
確認できた限りで帝国兵八に対し──公国兵一。
けれど状況は劣勢。
強い。屈強な肉体に、華麗な剣技。
遠目でもわかるほど、その敵からは圧倒的な強さを感じる。
危険だ近づくな、と本能が叫んでいるようだ。
「ゼハハハッ! 私は……生きてるッ!!」
「ひ、ひぃっ──」
男がその手に持つのは、赤く光る両手剣。
俺のものとは違いかなりの業物に見える。武具からすると相当な兵か。
完全に腰の引けた帝国兵が、流石に無理だと逃げ出す始末。
「なんだよあれ……」
自分の周りを注意することも忘れ、その戦いっぷりに釘付けになる。
強い剣士っていうのは、あのレベルのことを言うのか……。
「そんなの、勝てるわけないだろ」
強敵の出現に思わず震える。
今の能力値で勝てるか? と疑問が浮かんだ。
しかし──
「行こうッ」
自分に言い聞かせ、前に進む。
止まらぬ武者震いに急かされるように。
「────ふんッ!!」
俺は高速で移動し、飛び掛かるように剣を振り下ろした。
この戦場で明らかに成長した渾身の一撃は──しかし、いとも簡単に弾かれ、敵の目がギョロリとこちらに向けられる。
「ほう、なかなか良い腕ですね。これは惜しい……惜しすぎるッ!」
迫りくる剣を捌き、火花を散らす。
敵の圧倒的な腕力によって繰り出される剣技は、その速度までもが猛烈だ。
絶好の不意打ちを逃し、すぐに防戦一方。
「くっ……」
力を込め剣で敵を押し、一度後ろに下がって距離を取る。
奴の口元にはねっとりとした笑み。眼光は鋭い。
気が付いたら斬られている、そんな未来を見せつけられているようだ。
かなり強くなったと思ったのに……全然、届かない。
「はぁっ……はぁっ……」
息が上がる俺とは対照的に、敵は涼しい顔をして口を開いた。
「惜しい──ですが殺しましょうッ! ここは戦場なので」
「なんだよ……それ」
剣を構え狙われるは俺。
勝つか負けるか。どうやら最も『死』に近い場所に、武勲というものは転がっているらしい。
さて、どうする──?
この場にいる仲間の中に、俺よりも強い奴はいないのだろう。
皆が武器を構えまま呆然と立ち尽くしている。
だから加勢は期待できないだろうな、そう思った時だった。
「オレも行くぜ、レイ」
隣に並ぶ兵士が一人。
目を逸らせないため顔を確認することはできないが……この声はエディだ。
出世欲が強いこいつのことだから、手柄を上げるために強敵がいる場所に駆けつけたのだろう。
まったく、あんなにビビってたって言うのに──最高の『勇気』だ。
「エディ……一発でもまともに喰らったら終わりだ。気をつけろよ」
「おう、任せとけ」
俺たちは剣を構え敵に対峙する。
その様子を見て、公国兵の大男は不気味に笑った。
そしてこのタイミングでずっと考えていた、たった1ポイントだけ使えずに持っていたスキルポイントを──俺は《力》に使用した。
連携が取れる味方がいるとなったら、あとは少しでも敵の力に押し負かされないようにするだけだ。
《ステータス》
◉スキルポイント:1→0
力 :5→6
速度:5
防御:3
器用:0
特殊:0
すうぅっと息を吸い、大声に乗せて──吐く。
「行くぞッ!!」
同時に駆け出す俺とエディ。
二振りの剣が敵一人に向かって攻撃を仕掛ける。
やはり現在、俺の方がエディよりも実力が上のため、それをすぐに理解した彼は後ろについてサポートに回った。
「うぉおおおおおおおお!」
速さに乗せた、力任せの一撃。
俺の先制攻撃は敵に受け止められ、すんでのところでバックステップし、反撃を躱すことになる。
「っ!?」
しかし、さらに踏み込んで来た敵兵の一閃に俺が捉えられ──エディが間に入って剣を振った。そのおかげで相手は急停止し、攻撃の手が止まる。
互いに相手の間合いの中で、死と隣り合わせの攻防を繰り広げる。
と、一度敵が下がると見せかけた瞬間。
不安定な姿勢から蹴りが繰り出される。
「──ぐふっ!!」
ダイレクトにそれを腹部にもらい、エディが飛ばされる。
だが俺は彼にもらった隙を逃すことなく、すでに敵の後ろに回って剣を振っていた。
「っ!」
防具の隙間を狙ってフルスイング。
敵を断つ思いで放った一振りは、しかし思いの外手応えがない。
……避けられたッ!?
いや、切っ先についた赤い血液が宙を舞っている!
よしっ。浅かったけどたしかにダメージを与えられているな。
そう、思った瞬間。
「あぁ……私は生きてるッッ!」
「────!?!?」
傷を負ったばかりの大男が、目にも留まらぬ速さで急接近して来た。
気がつくと目の前に剣が迫っている。
さぁあっと冷や汗を掻き、なんとかぎりぎりで剣を間に合わせる。
そしてぶつかり合った二つの剣は、今日一番の甲高い音を鳴らし──折れた。
もちろんこちらだけ。
やばい……っ。
愕然とし、目を見開き、息を呑む。
もう終わりだ。ここまでなんだ。
周りで倒れている人たちみたいに、戦場で、初めての戦争で命を落とす。
と、時間が延びる感覚を味わい俺の思考は加速していく。
考えられる量が増えるなら──持ち直すことだって、できるはず。
終わる……いや、まだ死ねない。死にたくなんてない。
ここで死ぬなんて、絶対に嫌だ!
無力のまま、諦めることはもう厭なんだ!
考えが巡り巡って辿り着いた答えは──
『強くなって生き残る』
自分自身、飽きるほど思い続けたこの意志に。
絶体絶命のこの瞬間、当然のように帰着する。
再び体に熱が宿り、消えかかっていた『生への渇望』が蘇る。
筋肉から抜けかかっていた力が、まだ終われないとその場に留まった。
一瞬。
勝利の予感に導かれ、一度は弾かれた剣を満足そうに笑って振り下ろす男。
俺は、目を見開きよく観察する。
見逃してたまるか。絶対に、失敗してたまるものか。
完璧な角度、完璧なタイミング。
半分ほどの長さしかなくなった剣身で──敵の剣を逸らす!
「なっ!?」
シャンッと音を鳴らし、滑る敵の両手剣。
唐突なズレに目を見開く男はそこで。
「っしゃあッ!! お返しだァッッ!」
背後から迫る剣に斬られた。
「──ナイスだ、エディ」
視界の端で蹲っていたエディが立ち上がり、駆けてくるのが見えていた。
完璧なタイミングで来てくれたエディに感謝し、俺は呻く男に止めを刺す。
反撃のチャンスは与えず、高い集中力を保ったまま。ボロボロになった元両手剣を片手で振る。
《スキルポイント:10 を獲得しました》
《格上撃破により、発展技能:【危機一髪の回避】を取得しました》
結果、生き残ったのは俺たちだった。
これで10ポイントだけかよと思うより、《発展技能》というものが何なのかと考えるより、俺は何よりも先に腹の底から湧き上がる『喜び』を感じた。
顔を向けると、エディも同様に間の抜けた表情でこちらを見ている。
「はぁ……はぁ……やったな」
「おう。はぁ……止めはお前に、取られちまったけどな……」
息が上がった俺たちは──もちろん周囲を警戒しながら──勢いよくハイタッチをした。
「「よぉっしッッ!!」」
拳を握り、束の間の喜びに浸っていると。
その時ちょうど、遥か遠方の空に煙が上がった。
あれは、我が軍の勝利を告げる合図だ。
今日中にもう1話修正して投稿します。
気が向いたらブックマーク・評価★★★★★などいただけると嬉しいです!