05 スキルポイント
翌日、澄み切った青空の下。
平原には張り詰めた空気が流れていた。
すでに遠くに敵兵たちの姿があり、緊張感が最高潮まで達しているのがひしひしと感じられる。そんな中。
「……いよいよだな」
隣にいるエディが前を向いたまま小声で話しかけてくる。
話さずにはいられない、といった感じなんだろう。
「ああ」
俺も届くか届かないか、ぎりぎりの声量でそう返した。
職業はその武器を使用する上で才能があるということだが、人間が練習をすればできるようになることは案外多い。
新人兵たちは最前線で槍を使い、突撃してきた騎兵などを迎え撃つのが基本だ。
しかし弓や剣などの職業を持っている者たちは数多く、初めから優先的にそれらの部隊に回される。
現代では、これが効果的に軍隊を強化する方法の一つとされているらしい。
槍兵が三列になった後ろ、俺たち【両手剣使い】は陣形を作っている。
周囲には訓練中によく見かけたり、会話をしたやつらの姿。
誰もが興奮と緊張が入り混じった目をしている。
──そして、ついに。
「オラーゼ隊、前進!!」
後方からオラーゼ隊長の声が響いた。
同時に他の隊でも命令が出され、帝国軍が一つのまとまりとなって進み出す。
次第に縮まる公国軍との距離。
ある程度まで両軍が近づくと。
「止まれーー!!」
物音がピタリと消えた。
そしてまるで空を切り裂くように、一羽の鳥が大空を舞う。
それが合図だったのだろう。
大将? 中将? とにかく今現在ここにいる最も偉い人物が声を上げ──
「────メスィトーーーンッッ!!」
かなり遠いはずなのに、はっきりと聞き取ることができたその声に。
俺たちは一斉に反応し、自分を鼓舞するため、相手を怯ませるために叫びを上げる。
「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」」」
兵士たちは武器を握って走り出す。
公国軍も叫びをあげ、同様に突撃を開始してくる。
両軍の距離は吸い寄せられるように近づき……ついに、戦端の槍兵たちが敵の騎兵とぶつかった。
切り込むように突進してくる敵に対し、彼らは槍を構えて馬や兵士を狙う。
「くぅ゛ぁッ!」
ズブンッと深く槍が突き刺さると、血と叫びが広がる。
──が。
大部分の槍兵は散らされ、敵は勢いよく進んでくる。
その間にも敵の騎兵たちは長剣や槍を振り回し、次々と人が死んでいった。
列が乱れ隙間が生じると、そこになだれ込むようにして接近してくる公国兵達。
帝国軍も作戦のもと騎兵が突撃していることだろう。
だが、今はそれを確認している暇はない。
ついに歩兵同士の戦いが始まったのだ。
俺がいる場所まで騎兵や歩兵が攻めてくる。
そして──
──隣にいた男が死んだ。
「!?」
馬が通り過ぎる瞬間、ついでのように切り捨てられ地面に伏す男。
あまりに突然のことに驚愕しながら慌てて確認するが……エディではない。
すでに敵と味方が入り乱れ、斬り合いが始まっている。
「っしゃぁああッ!」
エディはビビりながらも顔を引きつらせ、声高らかに叫び敵を倒していた。
良かったと安心すると同時に、この場での命の軽さを思い知らされ肝を冷やす。
目の前で死んだ男も俺と同期の新人兵だ。
深く話したことはないが、一言二言、言葉を交わしたことがある。
俺は帝国に対する愛国心なんてものは全くない。
個人の都合で働いているだけだ。
でも、逃げるわけにはいかない。ここで戦って力をつけ──
「生きて帰ろう」
あの時、魔物に立ち向かった時と同じ。生きるために倒す。
紙一重の生と死。
敵を倒した奴が次の瞬間には斬られているこの戦場で、やってられるかと逃げださず、俺はやってやるよと叫んだ。
「うぉおおおおおおおお──ッ!!」
まずは一人ッ!
全身を使って剣を振る。
周囲をよく観察して、背後から斬りかかられないよう、一対複数にならないように気をつけて。
俺はちょうど、帝国兵を倒したばかりの男に向かって攻撃を仕掛けた。
「ふっ!」
しかし、一撃で仕留めようと全力で振った一振りは、鋭い金属音を響かせて弾かれる。実力は……互角。
とにかくここだ。
オラーゼ隊長が言っていた『初めさえ気を付ければ』の初め。
ここで勝たないと何も始まらない!
地面を蹴り、相手の間合いに深く飛び込む。
他の敵に目をつけられたら一巻の終わりだ。悠長にしている暇はない。
「──っ!?」
虚を衝く俺の突然の踏み込みに、敵は一瞬、対応が遅れた。
「ああぁあああッ!!」
そうして最高速度で振った剣はそのまま──
《スキルポイント:1 を獲得しました》
よしっ!
声に出そうと思ったけど、うまく息を吐くことができない。
「はっ、はぁ……」
倒した実感と、当然予想していた苦痛。
まだ、これには向き合わないでおこう。
「──もらったッ!」
事前に敵を倒しても『集中を切らさない』と決めておいて良かった。
すぐに斬りかかってくる次の敵──背後からの攻撃を間一髪のところで躱す。
『《準備》が完了したって、見えたんだろ?』
あの時、オラーゼ隊長は説明してくれた。
いきなり視界に現れた謎の『板』の正体を。
『これからアンタは敵を倒すたびにポイントが得られるらしい。ほら、あるだろ。《ステータス》ってやつが。敵の強さによって得られるポイントは変わるらしいがな、それを割り振って強くなれるそうだ。レベルアップとはまた別の能力向上の術──発展スキルとして』
瞬時に周りを確認し、俺は攻撃して来た敵と剣を交える。
そして隙を見て。
「今だ……!」
《ステータス》を開き、視界に浮かぶ画面を確認する。
スキルポイントが『1』になっているのを確かめ、事前に立てておいた計画通りにそのポイントを《速度》に分配した。
《ステータス》
◉スキルポイント:1→0
力 :0
速度:0→1
防御:0
器用:0
特殊:0
強くなれると言うのなら、今この瞬間に力が欲しい。
この敵との戦いで死ぬわけにはいかないんだ。
剣をぶつけ合い、単純な力比べになるかと思われた剣戟を──終わらせる。
自分自身驚くほどの速度が出た一振りで敵は倒れた。
《スキルポイント:1 を獲得しました》
そして息つく間もなく、すぐに次の敵に向かって走り出す。
剣を振って敵を倒し、ポイントを得る。
そしてそれを使えば元々の能力に上乗せされ、その都度俺は──強くなれる。
《スキルポイント:1 を獲得しました》
《スキルポイント:1 を獲得しました》
《スキルポイント:1 を獲得しました》
《スキルポイント:1 を獲得しました》
《スキルポイント:1 を獲得しました》
無力でなければ……力があれば、理不尽に打ち勝つことができるはずだ。
きっと自分を呪う必要はなくなるはずだ。
だからまだ、こんなところでは終われない!!
「よし──次ッ!」
《ステータス》
◉スキルポイント:0
力 :2
速度:3
防御:2
器用:0
特殊:0