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01 国外追放

 神から武器を扱う才能──職業を与えられる儀式。

 そう言われている【祝福の儀】は、人生の転換点となる。


 七歳になった他の子どもたちと同様、俺もその日、職業を貰うため幼馴染のクリスタと共に教会を訪れ、神官の鑑定を受けていた。



「あ、あああなたの職業は────ゆっ、【勇者】です!」

「「「うぉおおおおおおおおおおお!!」」」



 全ての国で十年に一人ずつ誕生する、誰もが憧れる戦闘職。

 授けられたのは俺……ではなく、隣に立つクリスタだった。


 一瞬にして騒がしくなる教会内。

 興奮した様子の神官が水晶玉から顔を上げる。

 彼女が思い出したように教えてくれた俺の結果は──


「ああそういえば、あなたは【両手剣使い・発展】ね」


 およそ五人に一人が与えられる平凡なものだった。

『発展』という部分が気になったが、細かい名称は異なることもあるそうだ。


 最も仲の良い友達が突然、物語の主人公のように選ばれた存在になる。

 すぐ近くで見ていたからこそ、幼い俺にも「自分が特別になれなかった」と理解するのは容易なことだった。


「すごいよなー。まさかクリスタが勇者になるなんて」

「そ、そうかな? 私は別に……」

「だって勇者はいろんな武器を使いこなせるんだろ!? 俺なんて、両手剣だけだからなぁ……はぁ」


 教会からの帰り道、ため息を吐く俺にクリスタは言った。


「武器を使わない生き方だってあるよ。私はこれからも、レイ君と一緒に……」

「ん? 何か言ったか?」

「あっ、いや。な、何でもない……!」

「そっか」


 俺はこの時、聞こえなかった振りをした。


 なんせ職業は基本一つの武器に関する才能とされている。

 しかし【勇者】は様々な武器を高水準で使いこなせ、さらにはレベルアップ──身体能力向上の頻度も他とは桁違いだ。

 魔物に他国との戦争と、争いの絶えないこの時代で勇者たちは各国の主要戦力としての役目を担っている。


 だから数日後にやって来る使者に連れられ、クリスタが村を出て行ってしまうのは至極当然のことだった。


 彼女は王都へ行き、国のために訓練を積まなければならなかったのだ。

 そう知っていたから、俺は彼女の言葉を流してしまった。


 皆が勇者の誕生を、物語のはじまりを祝福していた。

 その場に居合わせられたことを、何よりも誇らしく感じていた。

 そしてこの俺も、確かにその中の一人のはずだった。


 しかし、出立の前夜。

 いつも二人で遊んでいた丘の上で。

 クリスタを前にした俺は泣いていた。


「お金もいっぱい貰えて……お父さんとお母さんに楽させてあげたいから……」


 月明かりに照らされ、彼女が訊いてもないのに顔を伏せてそう言う。


「そ、そうだよな……うん。わかった」

「レイ君……」

「だったらクリスタ──!」


 その言葉が別れを悲しむ俺を(おもんぱか)ってのものだと気がつかないほど、当時の俺も幼くはない。

 素早く涙を拭い、込み上がる感情をぐっと押さえ込んだ。

 それから頭ではわかっていても、心が拒み続けていた言葉を何とか紡ぐ。


「──頑張って、こいよっ!」

「──っ! ……うんっ!!」


 笑顔で握手を交わし、別れを受け止める。

 それが俺の精一杯だった。




 クリスタと離れ、心にぽっかりと穴があいた生活が始まる。

 初めはそう思っていたけれど、ひと月もしないうちに悲しみは消え去り、日常は少しだけ形を変えて戻ってきた。


 将来は俺も王都に行って兵士になろう。

 そうすればまた、クリスタに会えるはずだ。

 いや、その頃にはあいつも立派な勇者になっていて、簡単には顔を合わせられないかもな……。


 時々そんな夢を描いては、時は着実に流れていった。


 しかし、俺が十歳になった年──母さんが病に倒れこの世を去り、後を追うように急激に衰弱していった父さんも、その三年後に看病の甲斐むなしく、とうとう帰らぬ人となってしまった。


 唯一残された自分が家を出るなら、思い出の詰まったこの家を手放すしかない。

 いくら考えてもその気になれなかった俺は、王都に行くのを諦め、家業である農家を継ぐことにした。


 そして周囲の人々に手を借りながらも経験を積み、ようやく仕事が板についてきた頃──


 その日は嵐が近づいていて、俺は家の中で畑の心配をしていた。

 すると何の前触れもなく、唐突に家の扉がドンドンッと何者かに叩かれたのだ。


「こんな日になんだ……?」


 警戒しながら扉を開くと、そこには一人の可憐な少女。

 記憶の中の彼女よりもかなり大人に近づいていたが、すぐに誰かわかった。


「──クリスタ」

「レイ君……久しぶり」


 ぐっしょりと雨に濡れ、重くなった美しいセミロングの金髪に、ガラス細工を思わせる碧眼。背は俺よりも頭ひとつ小さく、すらりとした身体を包む白と黒を基調とした軍服は、所々が泥で汚れていた。


 ひどく憔悴しているようだったので俺は急いでクリスタを家に上げ、着替えと温かい飲み物を用意した。

 少し落ち着きを取り戻してから話を聞くと、


「あのね……今まで魔物は倒したことあったんだ……。でも、この前初めて敵国の兵士を、人を──っ」


 クリスタは敵対する国との戦争で、人を殺めたと話した。

 そのことで心を痛め、眠れぬ夜に苦しみ、そしてついには王都から脱走して俺のもとにやって来たと。


「あの時の感触が手に染み付いてて……消えなくて。お父さんたちは『頑張れ頑張れ』って言うんだけど……。ねえ、レイ君。私、もう……無理だよっ」

「…………」


 魔物すら手にかけたことのない俺は、なんと声をかけてあげれば良いのかわからず、ただ──抱きしめることしかできなかった。

 嗚咽を漏らす彼女の姿はその武力とは反対に、とてもか弱く見え、俺は『助けたい』と心の底から思った。


 だけど──すぐに後を追ってきた兵士たちにクリスタは連れて行かれた。


 嵐が過ぎ去った家の中で俺は自分を呪った。

 少しも動けず、何もできなかった無力な自分を。

 助けるための一歩を踏み出せず、ただ、立ち止まって手を伸ばしていただけの自分を。



 そしてこのことをきっかけに──俺は、国に目を付けられてしまったのだろう。



 勇者は国が敵と定めた対象を倒すために、強靭な心が必要とされている。

 つまり、心に『逃げ場』などがあってはならない。


 何よりも軍事力を欲する国は俺という邪魔な存在──クリスタの心の『逃げ場』になりうる存在を排除しようとしたのだ。

 突然まったく身に覚えのない国家反逆罪で拘束され、俺は「二度と王国領土内に入るな、然もなくば死刑と処す」と国外追放を告げられた。


 理解できたのは……ただ、巨大な権力が動いているということだけ。

 すぐに殺されなかっただけマシと思うか、理不尽な状況に怒りを覚えるのか。

 どちらでもなく、俺の頭の中はあれから不安に支配され続けている。




 そして現在。

 俺は縄で拘束され、馬車に揺られて国境付近まで連行されていた。

 御者が一人と兵士が二人。

 両脇に座る兵士たちは何度も欠伸をし、緊張のかけらもなく適当に仕事をこなしている。


「……あの」


 弛緩したその空気に、俺は気になっていたことを訊いてみることにした。

 声を出しても兵士たちが警戒する様子はない。


 左の男は無反応だったが、右の男が「んぁ?」と反応した。


「こんなこと、問題にならないんですか? その……いくら権力があっても、国民の反感を買うと……」

「そりゃあ当然、面倒なことになるだろうな」


 男はワッハッハ、と大仰に笑う。


「じゃ、じゃあ──」

「つっても誰彼構わず追放してたら──って話だ。貴族のお偉いさん方も滅多にこんなことはしねぇよ。でもお前、聞くところによると家族もいねぇし、ただの【両手剣使い】で戦ったこともない農民なんだろ? まあ、証拠を残さず処分するのにも手間がかかるからなぁ」


 優秀でもないくせに、ただ邪魔な存在である俺は「手間をかけて殺すまでもない」ということか……。


 悔しさに歯を食いしばり、下を向いて拳を握る。

 するとそれを見た男が、嘲笑うようにこう続けた。


「無能は邪魔──勝手に野垂れ死んどけ、ってところだろうな」

「っ!」


 はっきりとした言葉を投げつけられ、自分が酷く惨めな存在に思えてくる。

 長い時間をかけて馬車は進み、俺がようやく下ろされたのは、荒涼とした大地でのことだった。


 武器を所持することは許されていない。

 確認の末に所有を許可されたのは、首にかけてある銀塊の入った小袋と、わずかな食料と水を入れた麻袋だけだ。


 ほんの少し時間を与えられ、今は亡き両親との思い出の品々をすべて売り払い、全財産を使って購入したのがこの小さな金属片。

 他国に行くなら王国の貨幣ではなく、金に換えられる物を持っていたほうが良いだろう。そう考えてのことだった。


「ここから先は領土外だ。ほら、さっさと行ってくれ」


 問いに答えてくれた兵士がシッシッと厄介者(おれ)を追い払う。

 何の抵抗もできないまま、俺はとぼとぼと足を前に進めた。


 こうしてこの日、俺は祖国を追い出されたのだった。


お読みいただきありがとうございます。


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