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ユキノシタの道標  作者: 西浦
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プロローグ

とある妖怪夫婦の話を書いていたら止まらないです。

せっかくなので誰かに読んでいただけたらと思い、掲載に踏み切りました。

「道標編」に続き「馴初め編」だの「神使の集落」だのと無駄に長いので、お付き合いいただける方にはよろしくお願い致します。




 僕は妖怪になった、元人間だ。

名前はテン。人間の頃の名前は別にあるけど、そっちは僕の中に大事に大事にしまってある。


 目の前に広がるのは、とある山頂から望む景色だ。

昔、この山の麓には僕の生まれ育った小さな村があった。けれど…… 今はもうない。


 村の消滅とともに、僕はすべてを失った。

両親も友達も、居場所もすべて。


 僕が妖怪になったのは、ここから去ってしばらくしてから。でもきっかけは間違いなく、この村が滅んだからだ。


 懐かしい景色の前で過去を思い出していた時、背後にさくさくと地を踏みしめる音が聞こえた。


「テン、そろそろ時間だけど…… もういいか」


 心配そうにこちらを覗き込むのは、烏天狗という妖怪の(テツ)だ。

烏天狗の髪質はほとんどの者が硬質だ。でも彼は烏天狗でない母親の髪質を受け継いでいて、しっとりと艶やかだった。

 少々長めの黒髪だが、後ろは更に伸ばして赤い紐で束ねている。

赤い紐は彼の母親から譲られたもので、彼の双子の(リン)は「あんまり母親を大事にすると、女の子が寄って来なくなるぞ?」などと言ってからかっていた。しかし凛は凛で、両親それぞれから譲られた品を手放さない事を僕は知っている。


 その凛の姿がないなと思って探していると、轍が僕の後ろを指し示した。振り返って見てみれば、そこには白い翼を広げた妖怪の姿があった。髪や瞳も、僅かに青が混じったような白。

陽の光を浴びると、まるで自ら光を発しているかのように眩しくて…… 思わず僕は目を細めた。


「凛、テンと一緒にいろって言っただろ」

「ごめんごめん。向こうの景色が見たくなってね」


 轍の文句に凛は素直に謝り、済まなさそうな笑顔で僕の頭を撫でていく。

轍とは双子である。しかし種族は違い、こちらは八咫烏という妖怪だ。

双子なのに種族が違うのには、もちろんそれなりの理由があるが……

 ふいと轍から顔を反らした凛の目は、少しだけ赤くなっていた。それを見て見ぬ振りをして、僕は自分の着物の帯を直す仕草で誤魔化す。


「テンちゃんが仲間になって何年だっけ。九……十年だったかな」

「妖怪になってからなら、もう十年以上経ってます。僕、人間だったなら成人のはずなんですよ」

「そっか。テンちゃんが小さいままだから、なんていうか、あまり時間の経過を感じないんだよね」

「……妖怪の成長って、なんか無駄に遅すぎません? ……人間だったら、十六を越えたらもう大人なんですけど」


 ふくれっ面で凛と轍を見上げた僕は、背の高い彼らに更に眉根を寄せた。

そう、テンはそろそろ二十歳を数えるという頃なのに、身長は四尺(約120㎝)で止まってしまい、見た目が子供のままなのだ。

 いい加減大人としてやって行きたいのに、こんな(なり)では周囲の子ども扱いも抜けず、実を言うと困り果てていたりする。


「ああ、まぁ人間はね……。大人になるまでは僕らも五十年くらいかかったかな。そのうち大きくなるから、焦らなくても大丈夫」


 そう言って笑った凛の髪がぴょんと跳ねる。

短いとも言い難いが、少しだけ伸ばされた銀の髪は少しばかり硬質で、風を受けてぴんぴんと揺れていた。八咫烏の髪質は烏天狗とは逆で、細く柔らかいと言われているのだが……


 彼らの髪質が逆転したのは、彼らの両親が烏天狗と八咫烏だったから、それらが間逆に出てしまったらしい。しかし二人がそれを気にした様子はなく、むしろ生まれた時からこうだったのだからと笑っていた。


 数の多い烏天狗と、とある理由から激減した八咫烏。

身を守るため、八咫烏は安定した数を保っている烏天狗を頼ったという。

 大昔には八咫烏のみの集落もあったと聞いているが、今は各地にある烏天狗の集落に一羽いるかどうかなのだそうだ。

 九尾たる飛縁魔(ひえんま)や雪女など、美の象徴とされる彼女らに並ぶほどの美貌を持つ八咫烏だが、彼らは雌雄同体の特殊な性を持つ妖怪だ。そのせいか中性的な顔立ちをしている者がほとんどだった。

 白銀の翼と髪、そして瞳は、その色が純白に近ければ近いほど能力に優れ、格上とされる。

銀は神使の色とも言われていて、特に優れた八咫烏は、昔であれば神に仕えるために神域へと上がったのだそうだ。


 確かに、轍と凛の母である八咫烏は、純白の翼と虹色に煌めく瞳を持っていた。

一見すれば線の細い男性のようで、それでいてたおやかな女性をも思わせる色香を漂わせていて……


 太陽の光を受けて、まるで光を放っているかのような凛を見上げていたテンは、不意に自分を見下ろした彼に目を丸くした。


「じっと見たりして、どうしたの。……あ、(ジン)のこと考えてた?」

「う あ、いや、違うよ」

「嘘つけ!」

「あ~っ 助けてー 轍ー!」


「おらおらおら! 遊んでないでもう行くぞ! 景様に叱られるの俺なんだからな!」


 黒い翼をばさりとはためかせて轍が空に舞い上がる。一際大きく見える翼は広げられたことで更に大きく見えて、脳裏を過った(げん)という名の烏天狗の姿に、テンが目を細めた。そのテンを抱えて凛も翼を広げると、「飛ぶよ、しっかり掴まって」と一声かけてから轍を追いかけた。




 ……僕も妖怪だ。でも僕は烏天狗でも、ましてや八咫烏でもなく、百目鬼という妖怪になった。

薬を作ったり、失せ物探しや呪い避けの札を作る事を得意とする種族だ。


 僕が妖怪になった経緯は、簡潔に言えば孤児になったから。

生まれ育った村が襲撃されて、逃げ惑った僕を助けてくれたのが轍と凛。そして当時まだ幼かった僕に名前をくれて、育ててくれたのが……彼らの両親、(げん)(ジン)


 烏天狗の玄と、八咫烏の仁。

二人は自身のことをあまり話さない。でも僕は二人を知りたくて、機会があれば天狗族のみんなから話を聞いている。

 ……けれど八咫烏に関しては禁忌とされる事柄が多く、恩人の事を未だに知れないままでいる。


 僕が妖怪になったきっかけも、辛いけれど大事な思い出だ。


 今一度、僕は過去を振り返る。

決して忘れたくない出会いを。

語らない彼らの、大切な伝言を探して行くために。








体調不良のためお休み中

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