ネコの、恩返し
思いつきで書きました。拙いですが、どうぞごゆるりと。
「あなたも、ひとりぼっちなの?」
俺は彼女に、そう問いかけられた。
「私も1人なの。だから一緒に――」
彼女にとっては何てことのない一言なのだろう。だけどその言葉は、俺の曇り、陰り、汚れきった心を優しく抱き締めて、暖めてくれた。
「――居てくれないかな?」
これが、俺と彼女の出会い――。
◆
ここは何処だ。
ベッドで寝ていたはずなのに、目を覚ますと俺は、見知らぬ場所に居た。
周りを何度見渡しても、俺が住んでいた日本じゃありえない町並みをしている。これは、異世界というやつだろうか。
地面はアスファルトではなく、石畳で家も木造やレンガ造り。
そして何よりも、
(何でこんな何もかもが大きいんだ!?)
人も、建物も。あまりにも大きすぎる。ここからの目線だと人の脛くらい。
いくらなんでも大きすぎると、驚きで声を上げようとした瞬間、
「ニャア!」
…………にゃあ?
なんで、猫の鳴き声が。
今、どう考えても俺の口から出た言葉だ。猫の鳴き真似なんてそんな場違いなことをするはずがない。
しかし何度やっても「ニャア」と言う声しか出せない。
……いや、違う。そうじゃないんだ。
俺はもっと大事なことに気づいていなかったんだ。
恐る恐る自分の手のひらを見る。
そこには、
肌色の指ではなく、黒い体毛に覆われた細い腕と、綺麗なピンク色をした肉球が付いていた――
そうか。そうだったのか。これなら何もかもが大きく見える理由も、自分が猫の声真似しか出来ないのも辻褄が合う。
俺は。
俺の体は、猫になっていたのだ。
◆
猫になってからは激動の毎日だった。
長い間人の体で生活していた故か、4足歩行という未知の歩き方に悪戦苦闘した。しっかり歩こうとしても、後ろ足2本で歩こうとして前足が疎かになり、つんのめってしまう。顔が土だらけだ。
2日目で何とかコツを掴み、歩けるようにはなったけれど、それでもまだぎこちない。生まれたての小鹿は1時間で歩けるようになると言うけれど、心底バカにしていた俺はその凄さを思い知り、恥ずかしかった。
3日目にして、ようやくまともに歩ける様になったが、別の問題が浮上した。
お腹が減った。
この世界に来て、この体になってから、なにも口にしていない。最初の2日は歩けるようになるために必死だったので、そんなこと考えてる暇はなかったが、いざ出来たとなると、ふとその事が浮かんでくる。
でも、どうすれば食べ物にありつける?日本の野良猫はどうやって生きてきたのだろう?
まあ、考えるより行動した方がいいな。
と言うわけで俺は食べ物探しに出掛けたのだった。
……ダメだった。無理だわ……。
そこら辺を歩いたって食べ物は落ちてるはずないし、お金だってもってないのだから、買えるわけもない。
ふと、視線の先にある家のベランダにいる猫に目が行く。そいつは日の光を浴びながら、皿にこんもりと盛られた小魚をのんびりと食べていた。
飼い猫ってのはいいなあ。毎日ぐうたらしててもご飯が出るから。
羨ましいぞチクショウ。
その日は水だけが食事(?)だった。
その後も、何日も食べ物は手に入らず?水だけの生活には限界が来ていた。
体もガリガリに痩せ細り、心も折れそうだった。
心身共に尽きそうな時、転機が訪れる。
それは酷く、悪い意味での転機だったが。
街道をヨタヨタと覚束ない足取りで歩いていると突然、勢い良く水を掛けられた。
突然の出来事に驚いた俺は、その方向を向くと、丸々と太った女性が水を滴らしたバケツをこちらに向けて立っていた。
「何なのこの汚らわしい猫は。ガリガリに痩せほそって、しかも黒い毛なんて!不吉の前触れだわ、不幸が来るからこっちに来るんじゃないよ!」
そして、また水を掛けてくる。
俺が一体、何をしたっていうんだよ!?あんたにはなにもしてないし、何でこんな仕打ちを受けなきゃならないんだ!
俺は近くにあった裏路地に逃げ込んで、何とかしようとした。
それが、更なる悪夢を引き起こす事も知らずに。
裏路地は、真昼にも関わらず暗く湿っていた。
なりふり構わず走っていたせいか、息切れが激しい。しかも、かなり深く入っていたのか、ここが何処なのかも分からない。
(なんとか表に行く道を探すしかないか……)
そう思った矢先、
横から凄まじい衝撃が、俺を襲った。
「ニ"ャア"ッ!」
揉んどり打って壁にぶつかる。
口から漏れでる苦悶の声。
視線の先には、振り上げられた足があり、それでようやく、俺は蹴られたと言う事を理解した。
「……んだよコイツ。イラつく声出しやがって、クソイライラすんなぁオイ!」
「ニ"ャア"ッ!」
そして俺はまた蹴られる。
俺を蹴ったのはボロボロの服を着た男だった。
コイツもまた、痩せほそっていた。
クソ。
何なんだよ。
何で俺が蹴られなくちゃいけないんだよ。そんな筋合いはないっていうのに。
そんな状態なのは自分のせいだろ?
俺はお前に何をしたんだ?
どうして俺を理不尽な目に逢わせる?
男に蹴られ続けている間、頭の中は、そんな考えばかりがグルグルと巡っていた。
やがて、気が済んだのか男が居なくなり、1人になった俺は1つの考えに行き着いた。
そうだ、ここは日本なんかじゃない。
俺は人じゃない。猫なんだ。
あまっちょろい考えは捨てろ。生きる事だけを考えろ。
俺は、
どんな手を使ってでも生き残ってやる――
それから。
俺はがむしゃらに生きた。
店の魚や肉を店主の隙あらば盗み、水がなければ泥水を啜り、飯が無ければゴミ箱から残飯を漁る。
俺の他にも野良猫は居た。縄張り何てモノもあったが、俺には関係がない。
正面突破の正攻法、不意討ち、闇討ちの搦め手だって利用した。
生きるために全てを使い、欲しいもの全てを奪い、手に入れて来た。
だけど、1人ぼっちなのは、変わらなかった。
俺がこの世界に来てから1年が過ぎた。
その日は雨が降っていた。
傘なんて、ない。というか持てない。
その日暮らしを続けて来たがそれも限界。よく1年も続いたものだ。
だけども自然には勝てなかった。
雨に濡れた体はどんどん体温を奪っていき、暖まろうにも暖まれる物が何もない。
それでも何とか暖を取ろうと体を丸めて縮こまる。
チクショウ、こんなところで死んでたまるか。
俺は生き無ければいけないんだ。
生きて……、生き……?
生きて、何をするんだ?
生きていたってこんなクソッタレな人生なんだから、もう、いっそのこと死んでしまった方が楽なんじゃないのか?
そう思うと急に、全てが色褪せて見えた。
ああ、生きる理由を失うと、こんなにも虚しくなるものなのか。
でも、もうそんな事も無くなる。
これで終わりだ。
俺はゆっくりと目を閉じる。そして来るべき死をゆっくりと待った。
――コツ……コツリ……――
靴の音が聞こえてくる。だんだん音が大きくなってる。
ということは、こっちに近付いて来ている……?
靴の音は俺の近くまで鳴り、止まった。
周りには、何も誰かを立ち止まらせるものはなく、俺しか居ない。
「ねえ」
少女の声だ。
こちらに話しかけているのだろうか。瞑った目を開け、そちらを見る。
「傷だらけ、だね」
しゃがみこんでこちらを見下ろしている少女がいた。
「あなた、1人ぼっちなの?」
1人ぼっち。
その言葉に何故か俺は、胸を打たれた。
何でだろうか。
その少女は、汚い体をしているはずをの俺を優しく抱き締める。
その両手に優しい光が灯ると、ボロボロの体がゆっくりと癒されていく。
冷えた体と心がゆっくりと暖められ、溶かされていくのを感じる。
「私もね、1人ぼっちなんだ。だから……」
ああ、そうだったのか。
俺は、ただ寂しかったんだ。
「一緒に居てくれないかな?」
誰かが隣に居て欲しかっただけだったんだ。
◆
あれから2年が過ぎた。
俺は彼女と一緒に過ごす事になった。いや、拾われたといった方が正しいのかもしれない。
彼女は治癒魔法という魔法が使えるらしく、傷だらけの体はすっかり傷ひとつない綺麗な体になり、楽しい日々を過ごしている。
そういえば、彼女の名前はシアンと言うらしい。
あの時のように、食うか食われるかの弱肉強食の世界のように殺伐とした雰囲気とは一転して、ホンワカとした日々を送っている。
全部、シアンのお陰だ。
シアンとは色んな所に出掛けたり、水遊びをして遊んだりした。
お風呂にも入れられた事もあった。
俺が男……じゃなくて雄だということを分かってるのだろうか?
逃げようとしたのに捕まって、何だかんだで一緒に入っちゃったが。
余談だけれど凄く……綺麗でした。何がとは言わない。
「クロネ!一緒にご飯食べよう!」
おっと、シアンが呼んでいるな。いかないとな。
ちなみに、クロネというのは、俺の新しい名前だ。
前の名前は忘れた。
まあ、新しい人生と言うことで、前向きに行くとしよう!
夜だ。月明かりが俺とシアンを照らし出している。
この2年間、俺はシアンから色々な物を貰った。
感謝してもしきれないくらい、大量に。
恩返しがしたい。でも、俺は猫だ。
こんな、ちっぽけな体じゃ何も出来ない。
ああ、人間に戻りたい。
「ん……クロネ……」
シアンは夢を見ているのか、俺の名前を呼んでいる。
「大好きだよ……クロネ」
……。
人間に戻りたい。戻って、シアンに限りないほどの幸せを返したい!
その気持ちがシアンを見るたびにそう、愛しく感じる。
神様、どうか。
神様、あなたが入るのだとしたら。
俺は、人に戻りたい。人に戻ってシアンに有らん限りの恩返しをさせて下さい。
どうか……
ど……うか…。
俺の意識は深い闇へ誘われていった。
次の日。
日の光が窓から射し込み、朝を伝えてくる。
ちょっと寒いかな。
さて、今日もまた1日の始まりか。
今日は俺はシアンから何を貰うのかな。
そう思い、俺はいつものようにベッドから転がり落ちて、綺麗に着地しようとした。
ドスンと大きな音を立てて俺は落ちた。
「いてっ!」
……いてっ?
シアンを見るが、彼女はすやすやと寝ている。
そして今更気付く。
「あ…………」
俺の声だ。ということは……!
自分の手を見ると、そこには以前の前足ではなく、肌色の皮膚の腕があった。
「あ……ああ……!」
何度も、何度も体のあちこちを触りまくる。
ずっと触ってないと消えてしまうと思ったからだ。
でも消えない。あった。ちゃんとあったのだ。
腕が、脚が、体が、顔が!
俺は、人間に、戻ったんだ。
嬉しさと、涙が止まらない。
早く。早くシアンにこの姿を見せてあげたい。
「あ……」
そこで、また、大事な事に気付いた。
シアンは俺が元々人間だと言うことを知らない。
今シアンにこの姿を見られたらかなりまずいのではないか。
「ん……クロ、ネ?」
――ッ!まずい!
シアンは寝ぼけ眼でこちらを見、少し呆けたような表情をしていたが、次第に目を見開いていった。
「クロネ……なの?」
「っ!そ、そうだ」
俺の返事を聞いた瞬間、シアンは泣きそうな表情になって、こちらに来て、俺を抱き締めた。
「クロネ、クロネ!」
「え……」
なんで、泣いてるんだ?いや、それよりも。
「俺が誰だか分かってる、のか?」
「うんっ……!あなたはクロネ。私の大好きなクロネだよ!」
「だって俺は人間だろ?いくら黒猫から人間になったからって普通そんなの……」
「ううん、信じるよ」
シアンは説明してくれた。
自分は治癒魔法の他にも、もうひとつだけ、魔法が使えたのだと。
それは、たった一回だけ使える、相手の本心が分かる魔法だった。
2年前のあの時、その魔法を俺に使ったそうだ。
「それであなたが寂しがり屋さんだってことを知ったの。そして、あなたが人間に戻りたがっていたことも」
「だったら、それを先に言って欲しかったのに……!」
「だって怖かったの!打算で近づいたんじゃないかって思われだぐなぐてっ!」
泣きじゃくるシアンをそっと抱き締める。
「あっ……」
「それでも、俺は嬉しかった。あの時、君が居なければ俺はあのまま死んでいたから。君が居てくれたから、俺は今、ここにいるんだ」
打算なんて関係なかった、あの時シアンの差しのべてくれた光は、俺の全てを変えてくれたんだ。
「君が好きだ」
「~~~ッ!」
シアンの顔が真っ赤に染まっていく。なんだかトマトみたいだ。
「俺は、君からたくさんの幸せを受けとりました。それこそ数え切れないくらい沢山。だから今度は俺が返す番です。俺が、あなたにこれ以上無いくらいの幸せを、あなたに送りたい。……受け取ってくれますか?」
いつの間にか泣き止んでいたシアンは満開に咲き誇る花のような笑顔を見せて、
「はい。私をこれ以上無いくらい幸せをしてください!」
その笑顔は日の光を反射する朝露のように輝いていた――。
そして俺とシアンはゆっくりと顔を近づけていき……。
唇を重ねた。
窓から差し込む光は、まるで俺達を祝福しているかのようだった。
これからは、俺が彼女を幸せにする番だ、
これからの人生は彼女と共に生きるための人生。
これは――。
あなたへの、
ネコの、恩返しです――。
「そういえば、さ」
「……ん?」
「クロネ、服、着てないね」
「え?…………ちょっ!?え、じゃあ俺、素っ裸のまま告白したって事かよ!?スッゴい恥ずかしいんだけど!」
「あと、猫耳も残ったままだね。黒猫のクロネだ!」
「そんなことよりも下を隠す布か何かが欲しいんだけどー!」
―終わり―
どうでしたか?ガバガバ過ぎるとは思いますが、何分初心者ですので申し訳有りません。
これからの参考のために、ご感想、宜しくお願い致します。