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小笠原気功会史  作者: くろっこ
第一章 日本編
7/372

7 武術気功への勧誘 (3)

 今日は気功の日だ。「そんな日はない」と言われる前に言っておくが、誰かが定めた日本全国「気功の日」ではなく、私が気功へ行く日だ。ということで、祝日ではないし、学校もあった。

 優胡ちゃんのお姉さんはプレゼントを喜んでくれ、しかも、お返しに柴犬のキーホルダーをくれたそうだ。ランドセルの横につけているのがそれだ。プレゼントを持って誕生日会へ来る友達にはお返しを用意するものの、家族の誕生日プレゼントにお返しをするなど聞いたことがない。優胡ちゃんはお姉さんから可愛がられているのがわかる。

 「柴犬」がよほど嬉しかったのか、ケーキの話まで始めた。お父さんがチーズケーキ、お母さんがアップルパイ、お兄さんがサバラン、お姉さんがミルクレープ、優胡ちゃんはプリンアラモード。サバランとは何か聞いたら、おいしいけれど洋酒を使っているから子供は食べられないそうだ。プリンアラモードは他のケーキより見栄えが良くて、誕生日の主役に見えてしまうような気がする。そこは女の子の定番のショートケーキの方が無難ではないかと尋ねたら、誰の誕生日でも優瑚ちゃんの家では、だいたいこの組み合わせらしい。だいたいというのは、お兄さんが気分でケーキのリクエストを変えるからだそうだ。ある時は和栗モンブラン、ある時はザッハトルテ・・。ザッハトルテもわからないから聞いたら、チョコレートケーキみたいなものだそうだ。ただし、あんずジャムが入っていて、生クリームも添えてあるとか。何それ、おいしそう。洋酒を使ってなくて子供でも食べられたら、今度買ってもらおう。


 気功は、いつものように始まった。2人1組みになって、私の相手はいつものように惣社さん。師範代の惣社さんを私が独占するのは、他の道場生に対して罪悪感を持っていたが、宗家が指導で回ると、今の級では教えないこともポロリと漏らすので歓迎されていると聞いた。確かに、惣社さんが指導する時には、上の級の秘術を教えることはできないだろう。他にも、新年会・忘年会などでは、宗家のポロリがあるから参加した方が良いとか。

 準備運動は眠くなる。睡眠不足でも、疲れているわけでもない。美容院でマッサージをされるとリラックスして眠くなるのと同じらしい。準備運動の段階から眠くなるのも、あくびをしてたるんでいると思われるのも困るのに。

 邪気祓いは、叩いたらいけないと指導されたあれだ。上の級になると、呼吸で邪気を祓う方法を習うらしい。先輩たちは、そういうのがあると教えても、具体的にどうやるのかは教えてくれない。おあずけ状態は辛い。待ちきれないから、宗家がポロリすればいいのに。おじいちゃんポロリして!


 邪気祓いの後は休憩だ。母に武術についてどのように伝えればいいか、また、母から痛い技をかけられるのを回避するにはどうすればいいかを惣社さんに質問する。

「武術について2つ相談なのですが・・」

「どうしたの?」

「1つめは、お母さんにどう言えばいいかと。今まで痛いのが嫌だと断って来たから」

「先日、夏渚ちゃんが、お母さんに武術のことをすぐに伝えるか、見学してやるかどうか決めてから伝えるか考えたんだけど、すぐに伝えようと思ったんだね。見学前から前向きに考えていてくれて嬉しいよ」


 そうだ。見学してから決めると言ったのに、前回も今回も見学前から始めるのが前提になっていた。痛い技をかけられるのも始めるのが前提だ。始めなければかけられる心配をしなくて良いのだから。明らかに知られているのに、照れ隠しで否定したくなった。

「いえ、決めるのは見学してからです」

 惣社さんは、反論せずに温かく微笑んだ。知られているのに否定したところで無意味だった。


「気功をしていて、武術もやりたくなったからでいいと思うよ。痛いのは嫌のままでいいんじゃないかな。武術なのに痛くないのはおかしいし、痛くても良くなったなんて言ったら、お母さんに家でどんどん痛い技をかけられるよ。あのお母さんのことだからね」

 惣社さんは、「痛い」と言っても母から何度も痛い技をかけられたかのような口調だ。惣社さんに同情する。いや、今、危険が押し迫っているのは、惣社さんではなくて私だ。人の過去を気遣う余裕はない。


「お母さんには、痛いのは嫌だで押し通して、痛い技はかけないでと言ったらどう?」

「そういう言い方があったのですね」

「それで、もう1つの相談は、どんなこと?」

「ありません」

「えっ?」

「2つめは、お母さんに技をかけないでもらうには、どうしたらいいかだったのです」

「ふふふ。普通の小学生は、今どうしたらいいかという1つめの質問だけだよ。これから先に起こることをどうしたらいいかと悩むのは、頭の回転が速い夏渚ちゃんらしいね」


 休憩時間が終わった。気功は、いつもの手を上げて下げるのかと思ったら、横に回転させる気功だった。姿勢を正して腰から回るイメージで。説明では、頭頂点(百会ひゃくえ)から尾骨びこつが鉛直方向に位置するようにとか言っていた。体をひねる時には息を吐いて、戻る時には息を吸う。あくまでも「戻る」であって、「戻す」ではない。人間の体は、真っ直ぐな状態が正常で、曲がっていると戻そうという力が働くらしい。授業中にずっと猫背の子がいて、先生から姿勢を正しなさいと時々注意されている。戻そうという力が働いていないよね。そういう子は人間ではないのだろうか。夜、トイレに行けなくなるから深く考えるのはやめよう。

 20歳サバを読んでも通用しそうな60代の元看護師は、「ポカポカしてきて気持ちいい」と言っていた。私は普段している気功の方が気を感じられて好きだ。これは呼吸を組合わせているものの、体操のようで、気功をしているという感じがしない。元看護師の名前? まだ覚えていない。自己紹介した時には大勢から一度に名前を言われて覚えられなかったし、その後、何度も稽古に参加しているが、整列の時に遠くに座るし、組まないから道衣の名前が読めない。今さら聞いても失礼だろう。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥? 一時の恥をかくつもりはないし、いつか道衣の名前を確認するから一生の恥もかかないよ。


 整列の時にで思い出したが、私は一番左のままだ。入会して1ヶ月以上なのに、まだ新人だ。近所のおばさんたちが「新婚はいつまでか?」と話していた。ことの発端は、ハイツの若い夫婦が新婚かどうか。3ヵ月という人もいれば、1年という人もいた。道場の新人と新婚が違うことは、子供の私でもわかる。だが、新婚が1年と同様に、新人も1年なら、私の新人生活は当分続くことになる。そろそろ一番左は卒業したい。宗家は道場の宣伝をしているのかな。道場前の看板しか見かけないのだけれど。

 しかし、今でも子供は私一人だ。新しく入会するとすれば、私よりも年上の確率が高いだろう。大人どころか、中学生が入会したとしても、整列で右側に座る私の肩身は狭い。友達を誘おうか。優胡ちゃんはどうかな。習い事をしているという話は聞いたことがない。でも、1ヵ月差はあるようでないようなものだ。それに優胡ちゃんは遅生まれで、私よりも大きい。あっという間に追い抜かれたら、やはり私の肩身は狭い。道場だけでなく、学校での肩身も狭くなりそうだ。優胡ちゃんを誘うのは、今しばらく保留にしよう。


 今日、帰宅したら、惣社さんから教えてもらった言い方で、武術のことをお母さんに伝えよう。「武術をやりたくなったから見学して決める」と。おかしい、子供の私でも一瞬でおかしいのがわかった。やりたいを強調すれば、見学なしで始めればいいと言われる。こういう場合には、「武術に興味があるから見学して習うか決める」か。夜遅くなるわけではないし、説明が面倒だから、お母さんに言わずに見学しようかな。それとも、見学のことは知らせずに「武術をやりたくなった」だけでいいかな。今週は惣社さんが参加できないから、見学するのは来週だ。まだ時間はある、ゆっくりと考えよう。

 あと、これは重要なこと。明日には思い出せなくなりそうだから、忘れないうちにメモしておこう。


ザッハトルテ、買ってもらう

埋橋優胡うずはしゆうこです。

 最初は夏渚ちゃんと席が近いので話しかけましたが、頭の回転が速いし、少し変わっているところが面白いので仲良くなりました。誕生日プレゼントでマスキングテープとテープカッターを選べたのも夏渚ちゃんのおかげです。おかず(小田君)は夏渚ちゃんを恐れているようですが、何か弱みでも握られているのでしょうか。夏渚ちゃんはいい子なので、悪いのは絶対におかずです。

 名前は、第一候補が「優子」でしたが、母が「子」よりも「珊瑚」の「瑚」がいいと言ったものの、父が姓名判断で見たところ、「優瑚」は画数が凶数のため、「優胡」にしたそうです。「胡」は長生きという意味があるようです。

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