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小笠原気功会史  作者: くろっこ
第一章 日本編
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5 武術気功への勧誘 (1)

 気功に通い始めてから1ヶ月ほど経過した。準備運動は、自宅版と道場版、つまり、1人でできるものと2人でするものの両方を覚えた。覚えたと言っても、名称と形を覚えただけで、完璧にできるわけではない。私の場合、母に聞けば、覚えている範囲で教えてくれるし、暇な時には練習相手になってくれるため、上達が早いようだ。

 道場版には、関節技のようなものがあった。形は関節技なのだが、目的は気を通りやすくすることで、敵を痛めることでも、自分が痛覚に抵抗力を持つことでもないので、めない。自分が痛いのも、人を痛くするのも嫌なので大歓迎だ。


 クラスの男子から「おまえはSかMか?」と聞かれたことがある。英語はわからないが、里山辺夏渚のイニシャルは「K.S.」だと父から聞いたから「KとSだよ」と答えたら、「そういう意味じゃない。おまえ、こんなことも知らないのかよ」とバカにされた。どうせ自分だって誰かから聞いて、聞いたばかりの知識をひけらかしたいだけなのだろう。そして、自慢げに語り始めた。

「人間には、苦痛を与えて喜ぶサドと苦痛を与えられて喜ぶマゾがいて、サドはS、マゾはMと言うんだよ。覚えておいたら役に立つから忘れるなよ」

 おいおい、そんな知識、どこで役立つの? 親に言えば確実に白い目で見られる。ましてや学校の試験に出ることはない。


「痛がらせて喜ぶ人も、痛がって喜ぶ人も気持ち悪いよ。おかしいよ」

「すべての人は、どちらかなんだ」

 この男子、面倒臭い。


「絶対に違うと思う。人間はいっぱいいるから、そういう人もいるかもしれないけど、すべての人がどちらかということはないよ。その証拠に私は両方とも嫌だ。自分が痛いのが嫌なのは当たり前で、他人が痛そうにしているのも、自分まで痛くなってくる感じがするから嫌だもの」

「他人が痛くても、自分が痛いはずないだろう」


「泣いている人がいると、もらい泣きすることない?」

「ない。男は泣かない」

「うんうん、幼稚園で『ママ、いやだ~。いかないで~』と泣く男の子なんて、世界中どこを探してもいないよね。私が間違えていたみたい。ごめんね」

 泣かない人はいない。しかも、今、話しているのは、幼稚園で母親と離れるのが寂しくて、仰向けになって手足をバタバタさせながら号泣したかず君だ。私が子供なのに親離れしようと思った原因を作った子だ。顔を立てる気はないけれど、男は泣かないということに同意してあげた。

「そ、そんな男はいない。夢でも見ていたんだろう。いるはずない男の子の話なんて二度とするな」

 男の子は、女の子よりも、精神年齢が低いと言われる。個人差はあるが、和君に限っていえば、偉そうにしたり、意固地になったりして、精神年齢が低いと思う。


「それで、自分は、SなのMなの? すべての人がどちらかなのでしょ?」

 人を引っ掛ける質問は、諸刃の剣で自分も引っ掛けられる。男子同士で「君、若いね~、ちゃんと風呂に入っている?」と言っていたのを聞いたことがある。「入っている」と答えれば、「若いねえちゃんと風呂入ってるの? いやらしいな」と言われ、「入っていない」と答えれば、「不潔だな」と言われる。

「俺は自分が痛いのは嫌だから、痛くする方がいい」


 回答の選択肢は4つあった。1つめは、私と同じ「どちらでもない」。2つめは、「どちらとも」。痛くするのも痛くされるのも好き。どうしようもない人間だと思う。絶対に友達にしたくないタイプだ。これらは、「すべての人がどちらか」と断言したから選べない。3つめはS。どちらかが必ず痛い思いをしなければならない状況など、なかなかないが、仮定するのは自由だ。だが、いくら仮定の上とは言え、自分が痛い思いをしたくないから、他人を痛い目にあわせるというのは、人として最低だと思う。それなら、4つめのM。他人が痛い思いをするなら、自分が痛いのを我慢すると言う方がいい。昔話の主人公の老夫婦だったら幸せになれるタイプ。もちろん、痛いのが好きだからというのは勘弁して欲しい。昔は、そんな人はいないと思っていたが、予防接種の時に「注射のチクリとするのが好き」という子、しかも女子がいたから、Mが存在するのは知っている。長生きするといろいろなことがわかってくる。まだ私は小2だが。


「あ、そうだね。変な質問をして、私を困らせようとするくらいだから、聞かなくても和君がSなのはわかった」

「お、おまえ・・」



 今日は、クラスの友達の優胡ちゃんがお姉さんの誕生日プレゼントを買いに行くのに付き合った。小2の小遣いだから、買えるものなんてたかが知れている。自分が痛いのは嫌だから他人を痛くする方がいいどこかの誰かさんなら、自分の財布からお金が出るのが嫌でプレゼントなんかしないだろうな。

 お姉さんは小5らしい。可愛いものは卒業する頃だから落ち着いたものの方がいいかと、文房具屋で木製のシャープペンシルを見た。1千円くらいからあった。しかし、安っぽい。3千円だと良さそうなのがある。1万円だと親が中学校入学祝いでプレゼントするレベルか。文字入れもしてくれるのはいいな。もちろん、私たちには手が届かない。店でも高価なシャープペンシルは別格扱いだ。安いのは書き味を試せるのに、高いのはケースの中に入っていて、試すどころか触れることもできない。そして、買おうかどうか迷った商品ならさておき、最初から買えないとわかっているものをケースから出してもらうような図々しいことはできない。


「予算は、いくらなの?」

「1千円」

「1千円だと、消費税抜きでこれくらいだね。どうする?」

「他を探そうか」

 相談役の私には商品の決定権がない。あくまでも意見を述べるだけだ。優胡ちゃんが他を探すと言うなら、反対せずに付き合う。


 あれこれ悩んだが、私たちは百円ショップへ向かった。買うものを特定せずに何か目ぼしいものがあるだろうと期待して。

「シールがいいかな」

「お姉さんが喜びそうならいいと思うよ」

「でも、いいのがないな」

「それならマスキングテープは?」

「マスキングテープって何?」

「説明するより見た方が早い。これだよ」

「これ、いろいろな用途に使えそうだね」

「マスキングテープを数個とマスキングテープカッターをセットにしたらどうかな」

「あ、マスキングテープカッターは動物型のもあるんだね。これにするよ」

 私は役立てたようだ。意見は述べるけれど、本人の意思を最優先することも達成できた。


 優胡ちゃんと別れて帰宅する途中のこと。

「夏渚ちゃん?」

 背後から声をかけられた。大きなバッグを抱えた惣社さんだ。

「お出かけして来たの?」

「はい、友達がお姉さんの誕生日プレゼントを買うのに付き合って来ました。香奈絵さんは?」

「私は武術気功の稽古が終わったところ」

「あ、お母さんから武術もあると聞いたことがありました」

「夏渚ちゃんは、武術は参加しないの?」

「自分が痛いのも、人を痛くするのも嫌なのです」

「なるほど、なるほど・・」


 頭の回転が速くて、普段ならすぐに次の言葉が出て来る惣社さんが、数秒沈黙するだけでも長く感じる。「子供はいないのですか」と尋ねた初対面の時以来だ。何か嫌な予感がする。私は母には逆らえても、惣社さんには逆らえない。でも、武術に参加する流れは断固として回避しよう。このミッションをクリアできれば、一歩大人に近づけるような気がする。

小田和吉だ。

里山辺夏渚の何かよくわからないけれど、一言書けというのが回ってきたから書いてやる。

夏渚からは「和君」と呼ばれている。初対面の人からは「かずよし」と呼ばれる。だが、「かずよし」ではなく、「かずきち」だ。クラスメートからは「おかず」と呼ばれている。「だ」を略して「かず」をつけるなら、「おだ」の方が言いやすいだろう! あと、クラスメートは担任の太田と俺を「太田&小田」とセットにする。俺は坊主にしているだけで、太田と違って毛があるんだよ!

公立小学校だから、幼稚園から知っている顔が多い。だが、幼稚園だぞ。記憶が曖昧なのが普通だ。それなのに俺が泣いたことをおかん以外で唯一覚えていたのが夏渚だ。あいつには絶対に隙を見せられない。

これだけ長く書いてやったんだから、貸し1だな。

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