4 1日目 (3)
「邪気祓いを行います。窓側に一列になって、腕を伸ばしても隣の人と当らない間隔で立って下さい」
2人1組みで行う準備運動が終わり、道場に広がっていた道場生が窓側に移動して、全開された窓の方を向いて立つ。
気には、「正気」と「邪気」がある。正気がきちんと循環していれば、心身共に健康でいられ、正気が少なかったり、邪気が増えたりすると、体のあちらこちらに不具合が生じる。
邪気は外部から入ることもあれば、ストレスで発生することもある。その邪気を祓わずに気功を行うと、悪い気を循環させてしまうことになるため、邪気祓いを気功の前に行う。と言っても、邪気祓いも広い意味では気功の1つなのだが。
というようなことを「今はこれくらい知っていれば十分だ」と母から聞いた。詳細は、昇級・昇段の時に教えてくれるらしい。また、知識だけでなく、技術も高度なものを教えてくれるらしい。家族でも昇級・昇段時の内容は教えられないようだ。気功は時間がかかる。弱いものを何度もやるのは時間の無駄だから、最初から強いものを教えてくれればいいのにと食い下がったら、体ができていないうちには意味がないと言われた。
邪気祓いにも段階がある。最初に習うのは叩くもの。厳密には「叩くとは表面に衝撃を与えることで、ここでするのは内部に徹すこと。だから叩いてはいけない」と言われたから、厳密には「叩く」ではないが、便宜上「叩くもの」とする。
日本人なら「拍手」を知らない人はいないだろう。だが、ほとんどの人は、意味を知らず、神社で行う慣例として行っているだけだ。拍手について尋ねるとすれば、順番と回数くらいだ。参考までに言うと、二礼二拍手一礼(二拝二拍手一拝)。言うまでもなく、これは神社の作法、お寺で二礼二拍手一礼をすると、残念な目で見られるかもしれない。
拍手には、神への感謝、神を呼ぶなど、複数の意味があるが、その1つに邪気を祓うというのもある。穢れ《けが》が忌避される神の御前で、邪気を祓うのは筋が通る。それゆえ、お寺では二礼二拍手一礼はご法度でも、感謝や浄めの意味を持つ拍手自体は禁忌とはされない。ちなみに「柏手」は誤字。「拍」と「柏」の見間違いに起因するという説がある。
気功において、叩く意味は邪気を祓うだけではない。力が入っていると気が通りにくくなるので、叩いてほぐす、叩かれた部分の力を抜くという点でも意味がある。
「右手の指をしっかりと開いて手刀にして、左腕の外側を上から下に力を抜いて叩いて下さい。次に内側を下から上に叩いて下さい」
手刀とは、手を刀に見立てた形。力を抜くと内部に徹る。上からとか下からというのは気の流れに関係している。
「終わったら、逆も同じように・・」
「次は、足の外側を上から下に・・・。内側を下から上に・・・。後ろ側を上から下に・・・。前側を下から上に・・・」
マッサージの時にも、この方向性で行うと基本的に良いらしい。ただし、あくまでも気の上での話。マッサージしたいのが筋肉なのかリンパなのかというように目的によって、中心からか末端からか異なるそうだ。そして、「基本的に良い」というのも重要で、気が多いから抜きたい人、気が少ないから入れたい人で、逆になる場合もある。惣社さんによれば、一度に覚えようとすると混乱するから、基本形を覚えておいてとのこと。
「次は、掌で内臓。下から順番に上がって下がります。膀胱、腸・腎臓、胃、肺、食道、食道、肺、胃、腸・腎臓、膀胱」
体の前と後ろを同時に、前は手のひら、後ろは手の甲で。膀胱は中央、腸・腎臓は左右、胃は中央、肺は左右、食道は中央と、中央と左右が交互になっていて覚えやすい。食道が連続するのは、1回にすると、食道だけ1回になるから。ごもっともな理由だ。
「10分間休憩します」
激しい運動ではないから疲れはしないが、水分補給やトイレのための休憩だ。ペットボトルや水筒を出して飲んでいる人がいる。水筒の中身はわからないが、ペットボトルの人は水、水、水。水の人が目立つ。気功をするくらいだから健康に気遣っているのだろうか。
水分補給とトイレが一段落つくと、私の周囲に人が集まって来た。最初に声をかけて来たのは、ラーメン屋の若奥さん。
「どうだった?」
「左右同じに立つのが難しかったです」
「立つのは難しいね。でも、まだ若くて骨の歪みが少ないから、すぐにできると思うよ」
「そうなんですか?」
「私は学生時代に剣道をやっていて、ずっと右足前で稽古をしていたから、左右のバランスが悪くて・・。他にもテニスとか、野球とか、左右同じようにやらないスポーツを長く続けると歪むよ。もちろん、どのスポーツにも良い面もあるから、このスポーツがダメというのはないけどね」
ラーメン屋夫婦は、ボクシングと剣道の体育会系夫婦だったのか。体育会系だと大盛りを注文しなくても量が多いかもしれない。
次に声をかけて来たのは、具体的な年齢を聞かれたくない20代のフリーター女性。
「家は近いの?」
「はい」
「それなら、私が通った小学校と同じ学区だ。担任の先生は誰?」
「太田先生です」
「男なのに長髪の先生?」
「いえ、男ですが、髪は薄いのが目立たないようにか薄茶に染めています」
「やたらと語尾に『っすね』をつける?」
「はい」
「あらぁ、やっぱり、予告通りか」
「予告?」
「太田先生に髪の毛を伸ばしている理由を尋ねたら、『親父がハゲていて、俺も将来ハゲるから、せめて今は伸ばさせてくれ』と答えたんだよ。小学生って、そういうのはすぐにからかうものなのに、あまりにも弱々しく思い詰めたような声で言うから、生徒は気を使って髪の話題をしなくなったほどだよ」
「そんなことがあったんですか」
「遅刻した男子が『寝癖が直らなくて』と言い訳しながら立っている髪を触った時には、皆『先生の前で何てことを言うんだ』と思ったようで、クラスが静まり返った。あの時の一体感は異常だった。卒業の時の寄せ書きで『いつまでも変わらないで下さい』と書いた女子がいたけど、あれは絶対に頭髪のことだとみんなわかったよ。先生の思い出は毛のことばかりだ。可哀想でまともに見られないから同窓会があったら参加しにくいな」
学校の友達と話しても聞けない情報が入って来た。でも、太田先生が可哀想だから、今聞いたことは学校で黙っていよう。あっ、クラスの一番前の女子2人が、たまに休み時間中に髪の編み込みをして遊んでいる。あれは、先生の真ん前だよ。でも、「先生の前で髪をアレンジしないで」なんて言えないな・・。理由を聞かれた時に「先生はアレンジできなくて可哀想だから」なんて口が裂けても言えないもの。
「はい、休憩終わります」
休憩の間、宗家と話していた惣社さんが休憩の終わりを告げた。何を話していたんだろう。
後半は、気功。
「鏡側を向いて、適当に散らばって下さい」
道場で習う時間は限られている。さきほども言ったように1人でできる準備運動は自宅で行い、2人1組みの準備運動だけ道場で行う。気功は1人でできるから道場でする必要はなさそうだが、自己流になったり、1人ではやらなくなったりするので、自宅で行った上で道場でも行う。この「自宅で行う」が重要らしい。スポーツにしろ、楽器にしろ、それなりのレベルを目指す人は、1日何時間も練習する。気功が週に1回来るだけで良いはずはない。そう言われると共感できる。学校の勉強は、自宅での予習・復習なしで、学校だけにして欲しいが。
「膝の位置で拳1つ分開けて・・、姿勢を正して・・、左右均等に体重をかけて・・。腕を上げる時には鼻から吸って、下げる時には口から吐いて下さい」
皆の前に立った惣社さんは、姿勢を指示して、動作と呼吸を教えると、無言で始めた。道場生はそれに合わせて行う。1人でする場合、回数や息を止める時間を自分で数えなければならないが、皆でやる時には数えないでいいので楽だ。数くらい数えられるだろうという反論はもっともだ。しかし、1回が長いし、形を確認しながらするし、リラックス状態になれば、今が何回目かわからなくなっても不思議ではない。
さて、今、何回やっただろうか。言っているそばから回数がわからない。言い訳するわけではないが、私は数が数えられない子ではない。また、今さっき述べた理由で回数がわからなくなったわけでもない。惣社さんに合わせていて、最初から数えていないだけだ。褒められたことではないのはわかっている。
「活用を行います。集まって下さい」
惣社さんが説明しながら手本を見せる。見学の日に見たあれだ。見学した時には、母が技をかけて、惣社さんは私を受け止めてくれたから、惣社さんがかけるのは見ていない。宗家である祖父は、母に「きちんと修行を続けるんだぞ」と釘を刺した。つまり、納得できるレベルではなかったという意味だ。現役師範代の惣社さんは、どれくらいのレベルなのだろうか。
惣社さんは道場の角に来た。かけられるのはフリーターの女性で、止めるのはラーメン屋の若奥さん。若奥さんは、どんどん対角線上で離れて行く。見学の時の男性は道場を縦で使って、しかも、端から端ではなく、小学校のプールよりも短い20mくらいだったのに。何メートル離れるつもりだろう。あ、止まった。というか、若奥さんが端まで辿り着き、それ以上離れられなくなった。プールより長い距離。
フリーターの女性が胸の高さに手を出した。惣社さんが後方を見てから女性の手に触れるかどうかで、母は押したけど惣社さんは押していない感じで、女性が1歩・2歩と下がり始めた。女性が加速し始める。惣社さんは手を胸の高さのまま、女性を見ている。あっ、女性が転びそうになった。まだ、支える若奥さんまで距離があるのに。ふと惣社さんを見ると手を動かした。何をしたのかわからないが、女性を見ると、上から釣られているかのように転ばずに下がり、若奥さんの所まで行った。これが師範代の実力か・・。
これが師範代の実力なら、宗家である祖父は、どうなのだろう。見せて欲しいけれど、前回も今回も口だけだし、いくら祖父でも、今は先生と弟子の関係で、気軽に見せてとは言えない。いつか見せてくれるかなと思ったら来た。母には欠点を指摘できても、端まで飛ばした惣社さんには何も言えまい。
「最初から端まで飛ばせたのに、いろいろ試しているんだな」
「端まで飛ばすだけでは稽古になりませんから」
さりげなく、すごいことを言った。
「今、師範代が見せたように、気は最初に技をかける時だけでなく、途中で操作できる。それらによって飛ばす距離も自分で決められる」
と言って、男子大学生を手招きした。
「そこで転ぶ」
こちらを向いている大学生は、「そこ」が近い場所だとわかっても、具体的にどこだかわからない。宗家が大学生を見ると、少し下がって、「そこ」で転んだ。押すどころか、手も触れてない。こんなことがありえるのか。これは見ていない人は絶対に疑う。
「3人1組みで行って下さい」
縦を使ってできるように散らばり始めた。いつか私もできるようになりたい。私は3人組みに入らず、惣社さんとマンツーマンになった。
「どちらでもいいから手を出して」
「え・・」
さすがにさっきのを見た後に手を出す勇気はない。
「大丈夫。形だけで気を流さないから飛ばないよ」
「はい」
「自分の手から、相手の体を通して壁までレールをイメージして、気を走らせるの。やってみて」
「はい」
「押してるね。自分でわかるでしょ? やろうとすると誰でも自然に押してしまう。でも、押したら、気の練習にならず、いつまで経ってもできないからね」
「はい」
「バスケットボールの要領なんだけど2年生だとやらないか、友達の肩を後ろから叩く感じかな。その時には、力で押さないよね。やってごらん」
「はい」
壁までイメージして気を走らせて・・。あっ、動いた。わざと動いてくれたのかな。
「そう、それ。今できていたよ」
「え?」
「正直、今のレベルだと普通の人にはかからない。学校で友達にやってもかからないよ。でもね、気功をやっている人だと、気の流れがいいから技がかかりやすいんだよ」
その後、何回かできたり、できなかったり。惣社さんを私が独り占めしている間、宗家は道場生に指導して回っていた。宗家が私のところに来たら、「爺ちゃんと孫」になってしまうから、惣社さんに教えさせているのかな。私は祖父よりも惣社さんの方がいいから、こっちの方がありがたいけれど。
「整列」
鏡に向かって右から黒帯・茶帯・白帯と一列に並ぶ。私は一番左。
「連絡事項は、特にありません。宗家に対し礼」
「ありがとうございました」
惣社さんがすごいことが改めてわかった。祖父もすごいことがわかった。母が残念なこともわかった。
ラーメン屋の沼田です。
店頭に夫が等身大のファイティングポーズの写真を置き、元ボクサーのラーメン屋として噂されています。先日はファンだった人が来て「引退残念だった」と言ってくれました。私は夫が殴られるのを見たくないため、引退は残念ではありませんが、話を合わせました。
水曜は定休日なので、小笠原気功会に来ています。中高で剣道を続け、その古傷の治療へ来たところ、気功を紹介されました。宗家のお孫さんは、自己紹介で緊張していたのが初々しいです。おとなしい子ですが、お孫さんだから武術も始めるのでしょうか。