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小笠原気功会史  作者: くろっこ
第一章 日本編
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3 1日目 (2)

 宗家である祖父が神棚側に座り、惣社さんが向かって一番右側に移動して、道場内に響き渡る声で「整列」と号令をかけた。右側が上級者ということは、惣社さんは私の次に若いのに、宗家の次に偉い人なのか。考えてみると、今日は見学の時にいた黒帯の男性の姿がなく、始まる前に挨拶した中で黒帯をしているのは惣社さんだけだった。

 開始前に指示されたとおり、私は一番左側で正座した。


「宗家に対し、礼」

「よろしくお願いします」

 皆の挨拶に少し遅れ、私も手で三角形を作る教えられた挨拶をした。皆、頭を下げているから、私が遅れたことはさとられていないだろう。


「皆さん、既にお気づきのように新しく入られた方がいます。里山辺さん、前へ出て挨拶をして下さい」


 惣社さんの言葉に従って私は前へ出て、皆と同じ目の高さになるように正座した。大勢に見られていると緊張する。「人」と書いて食べるとか、人をジャガイモだと思うとか言われるものの、前に出てから「人」なんて書けないし、人をジャガイモだと思ったら、ジャガイモが食べられなくなるよ。


「はじめまして、里山辺夏渚です。小学2年生です。頑張りますのでよろしくお願いします」


 誕生日、趣味、好きな色などの余計な情報はいらないだろう。誕生日を言えば、プレゼントを要求しているようだ。プレゼントは欲しいが、親しい人からだけでいい。趣味は綺麗な石の収集と種まきだ。石と言っても、普通の石ではない。誕生日に父から虎目石タイガーアイを貰ってから夢中になり、その後、父からラピスラズリ、ターコイズ、カーネリアンなどを貰ったが、一番のお気に入りは、お小遣いで買ったソーダライトで、毎朝晩眺めている。種まきは、食べた果実の種を蒔くこと。おいしかったら増やしてみたいと思うのは自然だろう。学校で話したら、「普通は買うよ」と言われた。自分で栽培したものの方がおいしそうなのに。好きな色は青。青い服を着ていると落ち着く。今日も青いワンピースで道場に来た。

 一番いらない情報は、入会の経緯。ラーメン屋の話はしたくない、というか、ラーメン屋の若奥さんがいるからできない。また、母に連れて来られたことも、若奥さんには成り行きで話さざるをえなかったが、親離れできない子だと思われそうだから話したくない。なぜ恥ずかしいと思うか? それは近所のかず君が幼稚園の初通園で「ママ、いやだ~。いかないで~」と泣きわめくのを見て鳥肌が立ち、あのような子と一緒にされたくないと、トラウマレベルで思ったからだ。ちなみに、今、和君は、小学校で同じクラスだ。幼稚園のことは誰にも言うなと口止めされている。

 これ以上私が何も言わない様子を察知し、拍手が起きた。どこを見ればいいのかわからない。少し頬が熱くなっている。きっと赤くなっているだろう。もう戻っていいのかな。


「補足しておくと、夏渚は僕の孫だ。でも、今、夏渚が自分で孫であることを言わなかったように、特別扱いせずに接してくれ」

 祖父がフォローしてくれた。私は戻っていいと言われていないが、空気を読んで元の位置に戻った。


「2人1組みになって準備運動を始めて下さい。夏渚ちゃんは、こちらへ」

 惣社さんの指示によって道場生が散らばり始める。茶帯と白帯が組んでいる。なるほど、白帯同士では練習にならないから上級者と組むのか。皆の前で「里山辺さん」と苗字で呼ばれた時にはドキッとしたが、「夏渚ちゃん」に戻った。

 私は道場の端へ来た。


「最初に礼法から教えるね」

「はい」

「まず、正座から」

「はい」


「座る時には、上半身が前屈みにならないように気を付けて、左足を引いて、そのまま真っ直ぐ下がって、右足を引く。袴は手前を持って、膝から足先にシワができないように直して」

「はい」

「座ったら、膝をこぶし1つ分開けて、足の親指は重ねず・・、踵と踵はあまり離さず・・、頭の上を引っ張られる感じで。説明の都合で座ってからしたけれど、この形になるように座ってね。やってみて」

「はい」

「手は軽く握って、膝から1/4・・ここら辺に置いて」

「はい」

「呼吸を加えると、座る前に吸って、吐きながら座る」

「立ち上がる時には、右、左の順で足首を曲げて、右足を出して立ち上がって、左足を寄せる。今度は吸いながら立ち上がる」

「はい」

「どちらからかわからなくなったら思い出して欲しいんだけど、今、道衣が左前でしょ。これは右利きで帯刀・・右利きで刀を左腰に携えた武士が日本刀を抜く時に服に引っかからないようにしていて、左前でモノを懐に入れた時、右に傾くとモノが落ちて来るから、この順番で。ただ、これが唯一正しいとは限らなくて、最初に言ったように上半身は真っ直ぐだからモノは落ちて来ないという前提で、逆の足で立ち座りをする流派もあるし、手をもっと手前に置く流派もあるの。着物の時には、手は、こうだよね。だから、他流派の人が違う仕方をしても間違っていると言わないでね」

「はい」

「これが正座。礼は、さっき教えたとおりだから大丈夫だね。三角形を作って、そこに印堂・・額を下げるやり方」


「次に、安座あんざ、『あぐら』と呼ばれる座り方。ここでは『足を崩して』と言われた時にする座り方。崩していいと言われても体育座りはしないでね」

「はい」

「座る時に、正座は左足を後ろに引いたけれど、安座は左足を斜め後ろに引いて、これも上半身が真っ直ぐのまま、このように座って。やってみて」

「はい」

「立つ時には、真っ直ぐのまま、こう」


「応用として、正座から安座、安座から正座というのもある。こういう感じ。やってみて」

「はい」

 何度か挑戦するうちにコツがつかめてきた。普段何も考えずにやっている正座や安座に細かい手順があったことに驚いた。


「次は、立ち方」

「立ち方?」

「皆、ちゃんと立っているようで、実は真っ直ぐに立てていないものなんだよ。足を膝の位置で拳1つ分開けて立ってみて」

 足の甲を見ると、自分の足の横幅のほぼ1つ分くらいだ。

「今、左右の足に体重が均等に・・同じくらいにかかっている?」

「左足の方がかかってます」

「同じように調整して」

 これは簡単にできた。

「はい。できました」

「左右同じまま、前後も同じにして」

 ちょっと難しい、前後を同じようにすると左右がずれてしまう。


 どうにか同じくらいになった・・かな。

「だいたい同じくらいになりました」

「最後は難しいよ。今、足の裏の内側と外側で体重のかかり方が違うと思う。足の裏全体均一にかかるようにして」

 さすがにこれはできない。それは惣社さんもわかっているだろう。

「足の裏全体に体重がかかりつつ、体の重みが下にかからず、上から引っ張られているように軽いのが理想の立ち方。今すぐにできなくていいから、自宅で練習してね」

「はい」


「あちらは、もう少しで準備運動が終わりそうだから、急いでこちらも準備運動をするよ」

「はい」


 教えてくれたのは、体を回す運動。気は関節で詰まりやすいから、関節をゆるめて流れやすくする。

1.膝

足を膝の位置で拳1つ分開く。手を膝に当てて、左右に各10回ずつ大きく回す。

2.腰

足を肩幅に開き、手を腰に当てて、肩は水平のまま、膝を曲げず、尾骶骨びていこつで円を描くように左右に各10回ずつ大きく回す。

3.肩

中指で円を描くように、後ろから前、前から後ろへ各10回ずつ大きく回す。上がった時に二の腕が耳の近くを通るように、ただし、上がらなければ無理をせず上がらない方に合わせる。左右の高さが違うと骨格が曲がってしまうとのこと。また、体が硬い時に前から後ろを先にすると、ふらつく場合があるため、後ろから前が先らしい。

4.首

肩を上げて下して、肩先を耳の位置にして、左右の位置を合わせる。つまり、肩を上下・前後・左右、正常な位置にする。それから、頭をゆっくりと左右交互に10回大きく回す。それが終わったら、肩を動かしてほぐす。


 これは自宅でやるものらしい。1人でできる準備運動を道場で行うと時間が無駄なので、道場では2人1組みでなければできない準備運動をする。私が礼法を教わっていた時にやっていたのがそれだ。一度に習っても覚えきれないから、そちらは今度教えてくれるらしい。

 惣社さんの教え方は、丁寧でわかりやすい。お母さんに憧れて入会したそうで、お母さんは、私の知る限り、道場に来ていないはず。洗濯された道衣を見ていないからわかる。私が今度8歳になるから、少なくとも8年前? と言っても、0歳、いや、3歳でも、洗濯の記憶はないから、8年と断定できない。だが、0歳児の私を残して、道場に来るとは思えない。でも、祖母に預けて来る可能性もないとは言えない。いずれにせよ、惣社さんは16歳と言っていたから、今の私くらいの年齢から始めていたのだろう。


 目指せ、惣社さん! お母さんは目指さないよ。変な伝説を作って語り継がれたくないからね。

小笠原気功会 宗家の小笠原です。

息子も娘も道場を引き継がず、孫は石ころ集めに夢中で気功に興味がなさそうだし、将来は惣社師範代に任せようかと思っていたところ、孫が入会することになりました。今、師範代理から楽しそうに習っているのが遠目でもわかります。師範代理は、まだ若いのに技にキレがある上に、指導にも定評があります。今後、あの2人が仲良く盛り立ててくれれば良いと思っています。

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