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小笠原気功会史  作者: くろっこ
第一章 日本編
1/372

1 気功会入会

「足を閉じて、かかとを付けたまま、左右15度ずつ開いて下さい」


 ここは小笠原気功会。

 私、里山辺夏渚さとやまべかなは、16歳にして師範代を任されている。



 私は小学2年の下校時に近所にラーメン屋が開店したのを見つけた。店長は元プロボクサーで、店の前には等身大のファイティングポーズの店長の写真があった。来店した子にグローブをプレゼントしており、まんまと釣られた私は父を誘った。だが、父は釣られずに見事に断られた。小2を言いくるめるのは簡単だ。それを見ていた母が会話に割り込んで来た。


「グローブよりも、道衣どうぎがいいんじゃない?」

「どうぎ?」

「おじいちゃんが気功を教えているから、道場に通うなら道衣を買ってあげるわよ」

「クラスで空手道場へ行っている子がケガをしていたよ。私、痛いのイヤだ」

「おじいちゃんのところは気功だから大丈夫」


 大丈夫と言われても、祖父の道場の前を通ると大きな声と音が聞こえ、そのたびにビクビクしている私は、母の言葉に賛同できずにいた。沈黙を見かねた父が提案した。


「土曜にでも見学に行って来たらどうか」

「でも・・」

「夏渚が行けば、おじいちゃん、喜ぶわよ」

「じゃあ、晴れたら行くよ」


 天気予報を見た私は、土曜の降水確率は80%だと知っていた。天気は断る口実だった。だが、その後、祖父から聞いたところ、母は「今週の土曜に夏渚と見学に行く。雨なら来週の土曜に行く」と言っていたそうだ。つまり、最初から逃げ道はなかったのだ。どうりで私の言葉を素直に受け入れたわけだ。



 土曜。母と道場へ行った。うちから徒歩8分。子供の足でも遠くない。道場に入ると、白道衣に紺袴の道場生が10人ほどいた。男女比率は7:3。子供は皆無だった。

 祖父は、こちらを一瞥すると、黒帯の若い女性を寄こした。髪型は私と同じ束ねなければ肩につくかどうかの長さ。私の髪型は、長いとパサパサして邪魔だと母にさせられている髪型だ。この女性も長い髪は邪魔だから、この髪型なのかな。顔は人懐こそうな笑顔であるものの、道衣姿が凛々しい。


「はじめまして。本日、ご案内する惣社すべやしろと申します」

「よろしくお願いします」

 母がそう言いつつ、私の背中を小突き、私も挨拶をした。


「お名前は?」

「里山辺夏渚です」

「かなちゃんか。私は香奈絵だから似ているね」

「すべ・・」

「あ、言いにくいから、かなえでいいよ」

「香奈絵さん、子供はいないのですか?」

「え・・」


 当時、惣社さんは16歳。子供の有無を尋ねられると思うはずがない。惣社さんが固まったので、母を見ると、母は吹き出すのを我慢するような顔で助け舟を出した。


「夏渚は、道場の下駄箱で『子供の靴がないね』と言っていたのですよ」

「あぁ、先月まで小3の子がいたんだけど、お父さんの転勤・・仕事で引越して今はいないよ。夏渚ちゃんは同い年の子がいないと嫌かな」


 惣社さんが顔を斜めにして困ったような顔をした後、口を閉じたまま微笑んだ。

格好良くて優しそうなお姉さんだ。このお姉さんと一緒にやりたいな、同い年の子がいないと寂しがる子だと思われたくないなと心は入会に傾きつつ、入会すると簡単に言いたくない。


「見てから決めます」

「うん、そうだよね。見学に来たんだから見て、それで良かったら一緒にやろうね」


 道場生は2人1組みで何かをしていた。

「最初は準備運動。夏渚ちゃんは気というのを知っているかな」

「お母さんが、手足を動かしながら深呼吸している時に『何しているの?』と聞いたら、気功だよと教えてくれました」

「うん、それ。その気功は体の気を動かすものなんだけど、関節・・首、肩、腰、膝、足首などで詰まりやすいから、気を動かしやすくする準備運動から始めるんだよ」


 30分ほど準備運動を続き、やがて間隔を開けて1人ずつになった。

「これからが気功」

「あ、お母さんがしているのだ」


 気功は、同じ動作の繰り返しで、見ていると退屈してくる。惣社さんは私の様子を察したのだろう。

「夏渚ちゃんも、一緒にやってみようか」

「はい!」


「足を肩幅に開いて」

「はい」

「体が前に来ているから、もう少しかかとの方に体重をかけて」

「はい」

「それじゃあ、私のマネをしてね」

「はい」


「鼻で吸って」と言いながら手を上げ、そのまま「息を止めて」と言われ、「口で吐いて」と言いながら手を下げた。吸ってと言っている時に、自分では吸ってないのだろうなと思ったが、ここはツッコむところではない。


「続けるよ」

「はい」


 お母さんも一緒にやり始めた。何分か続けていると体が温かくなって来た。深呼吸とは違う。ただ、深呼吸を何分も続けたことはないので、どれほど違うのかはわからないが・・。


「はい、そろそろ終わるよ。次は活用」

「活用?」

「気で人を動かしたりするんだよ」

「え???」


 お母さんが気功をするのは見ているけれど、人を動かすのは見たことがない。

 道場生が3人1組みになった。2人が向き合い、もう1人は、かなり後ろにいる。向き合った人が何かをすると、された人は後ろにゆっくりと歩き出し、小走りになり、さらに加速して20mほど後ろの人に止められた。別の組みでは、「わぁ~っ」と叫びながら早くなって、足がもつれて、止める人よりも前で転倒した。転ぶ時に両手で畳を叩いたから大きな音がする。これだ、道場の前で私を恐怖に陥れた声と音。


「なぜ畳を叩くのですか?」

「あれは受け身と言って、力を分散・・逃がすんだよ。柔道で投げられた時にも使う方法だよ」


 大きな音が気になってしまったが、そもそも受け身以前に「気で動かす」が理解できない。だんだん早くなるなんて、わざとやっているとしか思えない。


「夏渚ちゃん、やってみる?」

「受け身? あれできませんよ」


「これ、これ」と惣社さんは、得意気に右手で黒帯を揺らした。

「私は黒帯だから、夏渚ちゃんが絶対に転ばないように守るよ」


 さっき転倒した人の後ろの方を見ると、白帯だ。白帯と黒帯で違うのか。惣社さんは、格好良くて優しいだけでなく、すごいお姉さんなんだ。

 でも、「私がかけられる人、惣社さんが支える人で、かける人は?」と思っていたら、祖父が来た。

「実家に来ても道場に顔を出さずに帰っているだろう。鈍ってないか見てやる」

「道場は夏渚が嫌がっていたからね。これくらい簡単にできるわよ」

「お母さん、できないよ。家でやってないよね」

「今の、家でできると思うの?」

「・・・」

「とりあえず、試してから言ったら?」


「はい、いいですよ」という惣社さんの声が背中から聞こえる。

 母と向かい合ってお互いに手を出すと、母が手を軽く押した。足が2歩・3歩と下がり、「ほら、やはり止まる。さっきのは演技だ」と思ったら足がどんどん下がる。否、体が下がるのを足で追いかける感じだ。転ぶ転ぶと思っていると、抱え込むように止められた。


「すごい」

「ほうら、できたでしょ。見直したでしょ」

「違うよ。ちゃんと転ばないように守ってくれた香奈絵さんがすごいんだよ」

「そうだ、お母さんはすごくないな。はっはっは」

「できたのを見ていたでしょ」

「今のは押しただろう。夏渚は、どう感じた?」

「少し押されました」

「ほら見ろ。これは触れるだけでかける技だからな。きちんと修行を続けるんだぞ」


 言いたいことを言って、祖父は道場の中央へ戻って行った。


「押したと言うなら、今度は触れないでやるからね。今度は後ろに下がらないの」

「触れないとできないでしょ。それに下がらないなら香奈絵さんにやってもらうよ」

「あら、今日会ったばかりなのに、随分と惣社さんを信頼しているのね」


 押した母よりも、受け止めてくれた惣社さん。惣社さんは黒帯だし、安心感がある。

「前からだと見えるから、後ろ向きに立って」

「はい」


 触れずに何をするのかと思っていたら、体が揺れる。触れられてないのに前後左右。この感覚、知ってる。家でテレビを見ている時に、同じ感覚になったことがある。しかも、一度や二度ではない。


「お母さん、これ私にやったでしょ?」

「気付いた?」

「香奈絵さんの方が、はっきりと動かされるけどね」


 母に技をかけられたのは驚いたが、押さない技で押したし、今のも母にやられたより強い。どう考えても、母よりも惣社さんが上だ。


 稽古中なので、母は小声で理由を説明し始めた。

「昔、お父さんと結婚する前にね、これを見せたの。さすがに止める人がいない所でさっきのはできないからね。すると、最初は何度もやってと頼まれて動かして、お父さんが友達に話すと、友達から嘘だろうと言われたらしくて、何人か動かしてあげたのよ。でも、できるのが当然だと知れ渡った後、誰も実験台になってくれなくなったから夏渚で試していたの」

「なぜ何も言わずに私を実験台にしたの?」

「言ったら、お父さんみたいに実験台になってくれなくなるでしょ」

「確かにそうかもしれないけれど・・」


「そろそろ終わるよ」と惣社さんが言って、しばらくして「整列」という男性の声が響いた。あの男性も黒帯だ。


 連絡事項を伝えた後、解散した。号令をかけた黒帯の男性が私たちの前を通る時に妙に丁寧な言葉遣いで母に接する。「たまには顔を出して下さい」とも言っている。黒帯はすごい人なのに、母は先生の子だからか。


「それで、次はいつ来るの?」

「次はいつって、来ると言ってないよ」

「惣社さんは、いついらっしゃるのですか」

「水曜は学校が早く終わるので、水曜です」

「じゃあ、夏渚も水曜ね」


 背中を押されなければ踏み出さない私の扱い方について、母は百戦錬磨だ。

 惣社さんが無言で右手を出し、コクコクと頷いている。何これ、手を出さないといけないの? 思わず、私も手を出すと、両手で握手された。

「一緒に頑張ろうね!」


 母はおばあちゃんに手土産を渡して来るから待っていてと言い、道場の隣の実家へ向かった。


「あのね、夏渚ちゃん」

「はい?」

「お母さんは隠したがっているみたいだけど、夏渚ちゃんのお母さんは、すごい人なんだよ」

「えっ?」


 昔、祭りの時に演武をしていた母に一目惚れして、惣社さんは入会したらしい。そして、母は数々の伝説を残したとか。さきほど黒帯の男性が低姿勢だったのは、そういう理由か。惣社さんと初対面のようなふりをしてまでも隠したい伝説。だが、伝説の類は今まで一度も聞いたことがない。もっとも、隠したい人が言うわけはないか。


 こうして、母の伝説を紐解く日が、いえ、小笠原気功会と関わる日が始まった。

はじめまして 里山辺夏渚です

今、16歳ですが、気功を始めた小2のことを思い出しながら少し書きます。「少し」は人によって異なると思いますが、私にとって少しです。もしかすると昔のことを書き過ぎてしまうかもしれません。少しと感じられない方がいたら申し訳ございません。

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