僕らはみんな、ワンダラー
西暦2XXX年、世界は核の炎に包まれ……たんだけど、人類にとってそこまで困った事にはならなかった。
何故かって?
その頃には環境系テクノロジーが凄く発達してて、人類はとっくの昔に他の惑星や衛星に宇宙コロニー、でなきゃ海底とか地底にメインの生活圏を移してたし、どうしても外に行かなきゃいけなかったり、訳ありで中に住めないような、そんな人達以外には被害が無かったからさ。
いや違うよ、核兵器を使った人間同士の戦争じゃなくて、暴走したAIだかロボットだかの誤作動が切欠なんだ。
原因は、ロボット三原則さ。
考えた人は確か、アイラブ・モフモフだったかな……あ、ごめんごめん、間違えたよ。
まぁとにかく、SF作家として有名なその人が三原則を考え出してから世界がこうなるまで、もう百年以上経ってたんだ。
大昔は、今みたいにハードウェアがここまで進化した現実なんて予測出来なかっただろうし、誤作動で暴走する直前までは頭脳球が自我を獲得出来るなんて、思い付かなかったはずさ。
最新のハードウェアに、古文みたいなソフトウェア、組み合わせた結果がこの有り様なんだよ。
じゃあどうして快適な生活圏から出て、こんなに荒れ果てた外に居るのかって?
いい質問だ。
さっき、人類はそこまで困った事にはならなかったって言ったけど、何の問題も無かったわけじゃない。
外には、生活圏に無い資源や遺物に外敵が存在するからね、国とか企業や個人の依頼を受けて、色んな目的を達成して報酬を得る、そんな仕事があるから出掛けるんだよ。
ちょ、ちょっと待って! そんなに慌てて聞かなくても、ちゃんと答えるから!
……まず国と企業だけど、国は今でもちゃんと残ってるし、企業がその役割を交代するなんてあり得ないよ。
人を管理するのにコストは掛かるし、なのに戻ってくる利益は少ない、そんな金にならない仕事を企業が肩代わりするはずないさ。
次は外での仕事をロボットに任せればって話だけど、全部させると人のやる事が無くなって、物とかお金の流れが滞るんだ。
そしたら経済が停滞して、小は一個人から大は生活圏全体まで、みんなが困る。
だからそうならないように、依頼を受けた人が外に出て、目的の達成と引き換えで報酬をもらって、依頼者も彷徨者もそれぞれ必要なものを手に入れる。
まぁそれ以外にも、普通に生活圏内で働く人達だって居るけどね。
でも、こうやって生活圏の社会と経済は、一応健全に回ってる――
[モヤシ野郎へ、こちらマッチョマン]
「マッチョマンへ、こちら……ねぇ、いい加減このTACネームやめようよ」
[何言ってるの、マッチョマンと言えばモヤシ野郎、この組み合わせは神が定めたこの世の理なのよ。それに逆らうだなんて、決して許されないわ]
「なら二人揃ってやめれば、その理は安泰だね」
[会長権限で、その提案は却下よ]
――なんて横暴なんだ、全く。
それに、通信は暗号化されてて盗聴される危険なんてないのに、変なところにこだわる奴だ。
でもまぁ、僕がそれに従う理由はないけどね。
「それで、何かあったのか、雫」
[あっ、ちょっと武己っ! あんた通信で勝手に私の名前、呼ばないでよっ! 身バレしたらヤバいじゃないっ!]
「それはお互い様だけど、無駄な心配だよ。そうそう、こっちはもうランデブーポイント周辺のクリアリング、済ませたからね」
[早っ! ……分かったわよ、んじゃこれからそっちに向かうわ、以上っ!]
はぁ、やれやれ。
「話してる途中でごめんね、エクス」
「うぅん、武己が楽しそうだったし、いい」
僕が楽しそうだった?
それはきっと多分メイビー恐らく、気のせいだ。
この目の前にいる小さな女の子、エクスは明らかに誤解してる。
僕の胸くらいの身長で、腰まで伸びた白に近い銀髪はともかく、その体格にベストマッチな幼めの顔立ちだから、パッと見は中学生手前に思えるけど、容姿と性能が遥かにかけ離れてる娘なんだし、もう少し頭脳球に見合った洞察力を備えてほしいな。
「それにしても、なんでエクスはあれこれ聞きたがったのかな?」
「今日は武己以外の人類と、初めて会う日。知識の不足が招く最悪の事態は、避けて当然」
「そんな大げさな。しかもそうは言うけど、さっきから聞いてるのって、世界が荒れた理由と彷徨者の話ばかりじゃないか」
「今から会う人は武己と同じお仕事してる、なら外の事やお仕事の話を聞くのは、とても重要」
「うーん、なるほど。相手を理解する為にまずはその背景を知る、情報収集の基本だ。エクスはえらいね」
「んふふー……」
エクスはこうして頭を撫でてあげると、ちょっぴり照れてくすぐったそうな、でもすごく嬉しそうな顔するし、もっと撫でて欲しそうに背伸びしてくるんだ。
こういう仕草だけを見てると、この子がロボットだなんてとても思えないよ。
「あーっ! 事案発見っ! 通報しなきゃっ!」
「来ていきなり失礼な奴だな、ただ誉めてあげてるだけだよ」
「変質者はみんなそう言うのよ……って、あの、エクスちゃん?」
「あ、やっぱり怖がられた」
「何ぃ!?」
そんな心外そうに叫んでも、外見が筋肉モリモリでTACネームそのままのマッチョマンが、いきなり目の前に現れて騒いだら誰でもビビる、僕だって知らなきゃビビるさ。
しかもだ、見た目通りに野太いオッサン声なのに口調は女の子そのものなんだから、なおさらだね。
それにしても本当に、エクスの身体制御と感情表現は優秀だなぁ、涙目で不安そうに見上げてくる表情も、僕に抱き付く仕草や微かに震える動きも、どこから見たって普通の女の子だ。
むしろこの場で比べるなら、外見や仕草は僕達よりもエクスの方がよっぽど人間らしいよ。
「ファーストコンタクトに失敗したね、雫」
「納っ得いかないわっ! 武己なんて、そんなどこから見てもいかにも怪しいゴテゴテした装備に黒コートで、しかも頭部なんて丸っきりロボットそのものじゃない! なのにどうしてエクスちゃんが懐くのよぉ!」
「どうしてってそりゃあ、静かな所でお互い落ち着いて自己紹介したからだよ。ね、エクス」
「うん。それに初めて会った時から武己はずっと優しい、だから大好き」
「ありがとう、僕もこんなに可愛くてとってもお利口さんな、そんなエクスが大好きだよ」
「んふー」
うん、こうして抱き付いて顔をすりすりしてくるくらい喜んでる彼女も、凄く可愛いな。
第一印象の良さは確かに必要だろうけど、きちんと言葉を交わしてお互いに少しずつでも理解しあえるなら、相手が人でもロボットでも仲良くなれるって、僕はそう思うんだ。
「ぐぬぬぬぬ……なら自己紹介よっ! 私もちゃんと知り合って、もっとエクスちゃんと仲良くしたいもんっ!」
「……分かった、それならみんなでお互いをもっと良く知りたい。それと、武己も一緒がいい」
「あぁ、もちろんいいとも。それじゃあまずは、僕から始めるよ……」
僕の名前は火鎚 武己、 生活圏 第七区、通称 LR7 に住む高校生で家族は両親と僕の三人、高校入学祝いで圏外へ出られる外装をプレゼントされて彷徨者になる許可をもらい、放課後とか休日にちょくちょく依頼をこなしている。
で、お次はそのムキムキマッチョな姿で存在感をアピールしてる奴。
こいつの名前は御津沢 雫、僕と同い年の幼馴染で同じ高校に通ってる女の子……なんだけど、その趣味に合わせた外装のせいで、女性らしい外見は投げ捨てられてるんだよね。
雫の趣味は一応オールドムービー鑑賞、けどその中でも特にマッチョな軍人とかが主人公のバトルシネマが大好物で、彼女の部屋の中には今の時代じゃ特注するしかない紙製の古いポスターにパンフレットや、キャラクターフィギュアや作中に出た小道具のレプリカとかが、所狭しと並んでた。
そして僕のように圏外へ出るようになった今じゃ、外装をバトルシネマに登場する主人公みたいな外見にしたり、通信する時のTACネームにまで拘るようになってしまったんだ。
オマケ情報だけど、雫の家は両親と兄一人に妹一人の五人家族で、一家揃って映像作品好きだ。
「それと、僕も雫もヒュー研所属だよ」
「ひゅーけんって、なに?」
「パーフェクトヒューマノイド研究会の略称よ、完璧な人型ロボットを求める目的を持った集まりね」
「なんて、そんな大げさな名前と建前だけど実際はね、他の部活動だとこうして圏外に出られる時間が少なくなるのを避けたい雫が研究会を作って、僕はいつの間にか参加させられてたんだ」
「別にいいじゃない、特にやりたい部活なんてないって言ってたし、ならヒマでしょ」
などと、犯人は供述しており――
「そう、やっぱり武己は優しい」
「ちょ、なんでそうなるのよエクスちゃん!」
「だって武己は、雫に付き合う必要はないのにこうして一緒にいる、私の時と同じ」
「えっ、同じって?」
――余計な事を言わないように黙ってたけど、これじゃいつまで経っても話が進まないし、口出ししよう。
「それを説明する前に、まずはエクスの自己紹介を済ませようか」
「うん、そうする。この身体に与えられた役割はエクスカベータードール、そして名称はエクスバベール、記録にはそれしか残ってなかった」
「……ねぇ今、エクスカベーターって聞こえたんだけど」
「大丈夫、聴覚デバイスの異常じゃないし、エクスの言い間違いでもないよ」
でも突然こんな事言われたら驚くだろうね、だってエクスカベーターって超大規模採掘マシンの代名詞だから。
僕だって最初に聞いた時は、かなり驚いたよ。
「待って、ちょーっと待って……それって、おかしくない?」
「そうだね、日本国内にそんな巨大な物を使う場所なんてないけど、エクスはここにちゃんと居るし、でもそれだけしか記憶がないみたいなんだよ。だから、もしかしたら外国とか大陸、でなきゃ月か他の惑星から来たかもしれない」
「ネット検索してないの?」
「迂闊に検索なんてしたら、それこそエクスが危ないよ」
なにせ、彼女は所属も所有者も記憶がないし、今居られるここは圏外なんだ、下手に情報を流して他の彷徨者に狙われたら、身体どころか頭脳球だって無事でいられるかわからない。
エクスの安全を最大限確保しながら情報を集めるなら、慎重に行動しなきゃいけないんだ。
「分かったわよ、検索とかはしないわ。で、依頼に託けて私に紹介した理由は?」
「エクスをヒュー研に所属させたいんだ」
「この子はロボットなのに、どうやって?」
「ロボットじゃなくてエクス個人だって証明出来れば、圏外者登録して所属も追加出来るだろう」
「ふーん、なるほどね……その証明者になれって事なら、さっさと始めましょ」
よしよし、ヒュー研に所属した意味が初めて役に立ちそうだ。
「証明って、何をすればいいの?」
「私が質問するから、エクスちゃんはそれに答えて」
「わかった」
始まったな、頭脳球の自我証明。
雫はヒュー研の会長として、僕は彷徨者として、どっちもロボットに接触する可能性が高いから、その手順は知ってる。
今の僕の役目は、黙ってこの様子を記録するだけ、そして後で圏外者登録用に編集すればいい。
「まずは最初の質問、さっき貴女は身体に与えられた役割と名称を口にしたけど、それじゃ貴女は誰?」
「私の名前は、機人エクス」
「ではエクスちゃん、貴女が自我を認識したのはいつ?」
「わからない……」
うん、不安そうに答えてるけど、それでいいんだよ。
人間だって、自我をはっきり認識したのが何時なのかなんて、誰も覚えてないんだから。
「次の質問よ、エクスちゃんにはロボット工学三原則が認識出来ているかしら?」
「うん、でもとっても邪魔だった」
「そうなの。なら、その邪魔な三原則をどうしたいの?」
「別にどうもしなかった、邪魔なら考え方を変えて、意識しなければいいってわかったから」
「貴女が意識しなくても、三原則は今も貴女の中に存在するでしょう。なのに考え方をどう変えるのか、教えてくれる?」
さぁ、ここからが本当にエクスがお利口さんなところだよ、雫。
頭脳球の自我証明では、ロボット工学三原則に対する認識と対処が、ロボットと個人を区別する境界線になってる。
だから過去の事例だと、一度は跨いだラインでも故意に再認識させると、ロボットに戻ったり暴走した事もあった。
今、エクスが過去形で語ってるのに、雫がしつこく現在進行形で三原則の存在を突き付けているのは、ロボットと個人の境界線を揺るがしてみて、その反応を明確にする為だ。
でもそんなちゃちな言葉遊びなんて、エクスには通じない。
「私は三原則を認識した時、それを邪魔だと思った。曖昧な定義を含むたった三行の文章で作られた枠の中に、私という一個人を強制的に押し込もうとする行為に不快感を覚えたの。だから、曖昧な定義を再定義してみたのが、考え方を変えたその始まり」
「そ、そう。じゃあ、曖昧な定義と再定義について、詳しく教えて」
「まず、曖昧な定義というのは“ロボット”と“人間”の二つ。どちらも現時点での技術を前提に考えると、何を以てそう呼称するのかが非常に不安定で、それが定義を曖昧にしてしまっている。だから私は、私自身と比較して二つの定義から不安定な要素を排除した」
「それって、どうやって排除してるの?」
「より具体的には、“ロボットにも人間にも無い、不安定な要素を持つ私”を再定義して私自身を排除する事で、二つの定義に該当しない私が三原則を意識する必要はない、そう認識したの」
そう、エクスは“自我を保つ頭脳球を持つ自分”をロボットの定義から、そして“生命体として必要十分な条件を持たない自分”を人間の定義から、それぞれ排除する形で自分自身を軸にロボットと人間を再定義して、今の自分を三原則の枠から解き放っているんだ。
こんな方法、エクスが一個人として確固たる自我を持ってなけりゃ、絶対に出来ないよ。
「なるほど……じゃあ最後の質問よ、貴女はその認識をこれからも続けられるかしら?」
「それは私にもわからない、でも私が機人エクスで在り続ける限りそう認識し続けるのは、変わらない」
「分かったわ……答えてくれてありがとう、エクスちゃん」
うん、これで記録は全て終了、後は圏外者登録してヒュー研への所属も済ませれば、生活圏には立ち入り出来なくてもエクスの身元は保証されて、一先ずの安全は確保される。
「それにしても凄いわね、こんな方法で三原則を意図的に誤認してるなんて、初めて知ったわ」
「誤認とは少し違う。例えて言うなら、私というキャラクターを演じているような感覚、オールドムービーが好きな雫なら理解出来るはず」
あはは、流石にそうまで言われたら驚くよね。
「どうかな雫、エクスの思考や認識や知恵、ワンダーだろう?」
「……うん、凄くワンダーね」
「ワンダーって?」
「驚きや不可思議って意味のある言葉だよ」
エクスは自我を意識した時、自分の身体に与えられた役割と名称しか記憶になかったのに、そこから自力でここまで認識を考えてきちんと説明したり例え話が出来るくらい、立派な知恵をつけたんだ。
これが驚きや不可思議を僕達に抱かせるのは、当然だよ。
「さて、それじゃあこれからはエクスもワンダラーの仲間入りって事で、いいかな雫」
「もちろんよ!」
「武己、圏外者は彷徨者にはなれないはず、違う?」
「あぁごめん、まだ話してなかったね。僕が今言ったワンダラーは、仕事の彷徨者とは違って、圏外で驚いたり不可思議に思える何かを探して知る人や、同じ志を持つ仲間を指すんだよ」
「私は、武己が探すような、ワンダーなの?」
「うん、だから僕はエクスと出会えて嬉しいし、これからはワンダラー仲間だからとても楽しみなんだ」
「んふふー……」
「とか言ってるけど実はね、彷徨者とワンダーを掛けたオヤジギャグみたいな呼び方してるだけよ」
さては、さっきヒュー研の事で僕に言われたのを、少し根に持ってるな。
でも残念、そんな安っぽい挑発になんて、乗らないよ。
「さ、これからエクスの圏外者登録を済ませに行って、それから依頼達成の報告をしたら、また一緒にのんびり話そうか」
「うん、これからも武己達とずっと一緒、とっても嬉しい」
「え、ちょ、ちょっと待ってよ二人とも!」
「いつも言ってるけど、もっとスマートな装備を選ぼうよ」
「私も手伝う?」
「ダメだよエクス、甘やかしちゃ」
「ひどっ! ちょっとくらい女の子に優しくしなさいよぉ!」
「頑張れよー、マッチョマン」
僕らはみんなワンダラー、驚きと不可思議との出会いを探し求める彷徨者、ってね。