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プロローグ


「——おい。米山よねやま


 ——今年で高校二年になり、新たなクラスにもなったが、二ヶ月も経って丁度慣れ始めた時期の六月の中旬のある日の朝。

 眠くて仕方がなく、せめて一時間目が始まるまではと、机に突っ伏して気持ちよく寝ていた俺に、聞き馴れた声が話しかけてきた。


「……ぁんだよ。佐藤」


 依然として、突っ伏しながら心底気怠そうな声色で返事をした俺に、前の席から話しかけてきた佐藤さとう 慎吾しんご当のご本人は呆れ顔だ。


「おいおい。この教室でそんなあからさまに突っ伏して寝てるのお前だけだぞ」


 確かに、顔を少し上げてみれば、みんな俺みたく突っ伏してなかった。皆朝から友人達との雑談に勤しんでいる。だが俺はそれを良いなとは思ったりしない。

 何故ならどうせ大して面白くなくても取り敢えず笑ってるからだ。ほら、あそこで野球部のムードメーカーである川上くんが早速昨日の漫才番組で出てきていた、底辺漫才コンビのコントの真似をしている。素人がやるとあれだな。面白さがほんと半減する。だって恥ずかしがってるからな。やるなら思いっきりやれやと思う。


 捻くれてるでしょうか。いいえ、俺だけ。


「……別に良いだろうがすっとこどっこい。安らかに眠らせてね」

「何がすっとこどっこいじゃこら。この友人様がお前を起こしてやってんだぞ。精々感謝してから出荷しろな?」


 養豚場の豚じゃねえっつの。

 心の中で突っ込んだあと、そんな文句垂れてくるすっとこどっこいに、再び俺という人間を教えてあげるとする。


「うっせえ佐藤。言っておくがな。お前は痩せてるから良いけどな? 俺にとっちゃ登校も重労働のうちに入るんだぞ? お前寝起きから辛い運動を毎朝するんだぞ? 誰だってこうなる決まってんだよたわけが」

「あ、そっか。お前はいつもダンベル持って足に負担かけてるようなもんだからな。偉いよ米山。いつもそんなキツいトレーニングしてるなんて」


「ったりめぇよ。俺を誰だと思ってやがる?」


 こちとら伊達にデブやってないんだぞ? 


「飛べねえ豚」

「よし表出ろやこら。重量級の横四方固め食らってみるか?」

「それは体育の柔道は散々体験したんでお腹いっぱいです」

「あぁん?」

「いきなりメンチ切られると困るんだが。というかお前がそれやったって不思議と怖くないから、それにもまた反応に困るだけなんだが」


「……うるせぇ。俺だって『ただのデブがメンチ切ったって怖くない』ことくらい重々承知だわ。その覚悟の上でのネタなんだから乗ってくださいお願いします」


「……結局お前は寝たいのか話したいのかどっちかにしろや」


 ——キンコーンカーンコーン


 と、友人とそんな他愛のない話をしていたらチャイムが鳴り、一日が始まる。


 ——以上が、俺こと米山よねやま 哉太かなたの朝の日常である。


 特にこれといって特徴もない、帰宅部のデブの朝。だけど俺は意外とそんな朝を気に入っている。


 そしてそんな朝から放課後にかけて、先程と同じように、友達と下らない話をして、ノート写して、また話して、ノートを写して、食べて、写して、そして帰る。


 そんな一日を毎日過ごす。


 一見すればつまんなそうには見える。だけど俺は、こんな特徴のない平和な一日が、実は好きだったりする。


 そういえば高校一年生の時も同じような感じだった。デブに色恋沙汰などという非日常的なものは起こりえるはずもなく。去年の一年間はずっと友達と話して、遊んでいた。


(どうせ今年も何もなく、ただ体重だけが増えていくんだなぁ)


 と、感慨耽りながら、現代文の先生の話を聞いてる風に装って、暇潰しにペンを回し続ける。

 授業は寝たりしない。何故なら勉強だけが取り柄だからだ。俺から勉強を取ったらいよいよただの家畜である。成績落とし始めたりでもしたら、毎日俺というお荷物に食べ物を恵んでくださる親にも、そしてクラスで人気ものでもある妹にも申し訳が立たなくなる。

 即ち勉強は俺の威厳なのだ。







 授業に集中していたらあっという間に昼食の時間になっていた。


「ほら。そこの机の上にあるやつさっさとどかせや。弁当おけねえ」


 四時間目が終わり、教材を机の上でまとめていると、小生意気な野次が意識外から聞こえてきた。


「お前ここは俺の机だぞ。よってここは俺のテリトリー。領主に指図するな愚民が」

「おいおい。俺を愚民呼ばわりするなよ? その机、テリトリーの所有者である、ここ学校という国自体に、バスケ全国大会出場というネームバリュー貢献をしてるんだぞ? 市民どころか名誉市民レベルだわ」


 そう。目の前でピーヒャラと小生意気なことを言ってるこいつはこの学校のバスケ部部長、エースであると共に、カーストも高い方に位置している。入学時にたまたま隣の席で、ときたま俺が暇潰しと多少の友達欲しさで話しかけていたら、自然とこんな軽口を叩き合えるようになった。

 今考えるとよく俺入学時にこんな陽キャに暇潰しで話しかけようと思ったな。当時何部か知らなかったってのもあるけど。


「バスケなんてただの球つきだろ。良くやったわ子供のころに」

「球つきとかなめ腐りすぎだぞ。舐めるのは餌だけにしとけ」

「だから俺は養豚場の豚じゃねぇよバカたれが」

「うっせえわ。てかさっさと食おうぜ」

「そだな」


 いつも通りの軽口を叩き合った後、俺らの昼食タイムの定位置である、教室の窓際の奥の席に座る。


「お。今日はおにぎりだな。俺は」


 早速と言ったばかりに弁当を開ければ、妹が朝作ってくれたであろうおにぎりが3つ入っていた。大きさは普通くらいだが、3つもあるのでデブの俺でも充分な量だろう。

 と、そこで俺はふと思う。


(……味を気にするのではなく、まずは量を気にするとは)


 おにぎりを見て真っ先にそう思ってしまったことに、自分ながら恐ろしく思いながら、まあしょうがないかデブだしと自己完結する。


「へぇ、何味だろ」

「俺が好きな味は塩と昆布と鮭だからたぶんそれだろ」

「そうなのか。いや、しかしあれだな」

「……ん? どした」

「そういえばこうして手作りのおにぎりを見るのは久しぶりだな。そのアルミホイルでおにぎりを包むってのもすげえ懐かしい感じがするわ」

「……あー」


 確かに。そういえばこいつはいつも弁当だったな。まあ俺も今日までの高校生活弁当だったけど。今日おにぎりなのは今朝は妹眠そうだったから時間がなかったんだろうな。毎日助かってます妹よ。ありがとう。


「なんか共感できる。小学生の時とかは遠足で、中学生の時なんかは休日の部活の練習の昼飯によくおにぎり食べてたよな」

「そうそう。でも俺なんか正直、バスケってすげえ走るからそん時は余り多く食べれなくて残しといてな。んで、練習終わった時の小腹が空いてる時に残してたおにぎりよく食べてたわ」

「あーそうなのか。俺も中学の頃はサッカーやってたからな。こっちもよく走るもんで、特にデブの俺はすげえキツかったから、おにぎり3個あっても2個食って1個残しちゃうときあった」

「……キツくても2個食べれるってのは流石だなお前」

「そんな褒めてもゲップしかでねぇぞ」

「きったな」


 その冗談への佐藤の反応を皮切りに、俺はおにぎりを口に運ぶ。


「……ん」


 思わず喉を鳴らしてしまう。

 美味い。塩むすびか。流石我が妹。塩むすびはシンプルだが、それがまた美味さの秘訣なのだ。巻きつけてある海苔と上手くマッチして、米の旨みを存分に生かしているのだ。


「そういえばお前のは……普通の弁当だな」


 塩むすびを堪能していると、目の前で佐藤が開けた弁当の中身を覗きみる。

 至って普通の弁当だ。特に言うことも無し。


「おい友よ。マイママンが作ってくれた弁当にその言い草か」

「だって白飯の上の梅干しに、卵焼き、トマト、唐揚げ、レタスとか特になにも言うことなく無いか。味はともかくとして」

「だったらてめえのそのおにぎりだってただ懐かしいだけで、何も真新しいものねえじゃねえか」

「あん?」

「は?」


 聞き捨てならないな佐藤よ。俺の妹が朝早く起きて作ってくれたおにぎりを愚弄すると言うのか。


「はっ、こうなったらどちらが美味いか判断するか? もやし野郎」

「上等だこの国産ロースハム」


 佐藤から箸をもらい、早速卵焼きを口に運ぶ。同時に佐藤も、俺の塩むすびを一口食べた。


「……」

「……」


 緊張の瞬間──


「「今回のところは許してやる」」


 とは名ばかりな瞬間であった。


 なんだこれ。思いつつも、実はこの一連の流れは毎日昼飯時に良くやっている。理由はわからないが、多分暇潰しなんだろうな。


「──まーた弁当バトルやってんの? 佐藤と米山は」


 と、そんなところに女声が介入してきた。


「まーたこんなとこ来たか茅野」

「そうだぞ。お前はあっちの女子グループに行っとけよ。今豚の餌付けしてるところだからさ」

「お前は黙っとけやもやし野郎」


 そんな俺たちから散々に言われた茅野かやのは「えーひっど。話しかけただけじゃん」と、あっけらかんと言い返してきた。


「それにアンタら。結構教室で目立ってんだかんね」

「おいおいマジかよ。じゃあ佐藤、ここからお前が離れれば女子の目線はそっち行くからはよ」

「はよじゃねえわアホ。移動すんのめんどくせえわバカ。埋めるぞ愚か者」

「そこまで言うなよ。傷付く」

「すまん」

「許す」

「……はぁ。まーた私を置き去りにしてさ」


 相変わらずの俺たちのやり取りに、茅野は溜息をついた。


 因みにこの女子は茅野かやの 有沙ありさ。見た目は少し茶髪気味のポニーテールで、華奢で小柄な体型をしてる、快活な女子バスケ部員だ。なんでその体型でバスケしてるのかツッコミたくなるが、それを言ったら毎回凄い剣幕になるのでやめておいた方がいい。持ち前の可愛さと話しかけやすい空気、話しやすい人柄を持ち合わせてるコミュニケーションモンスターでもある。恐ろしい。

 因みに俺との関係はイケメン佐藤の友達として知り合い、話すようになったので、友人というよりは、佐藤を介してるときだけよく話す知り合いみたいなものだろう。


「すまんすまん。うちの米山が……」

「おいなんで俺だけなんだよ。お前もだろ」

「うっせーよバーカ」

「お前は反抗期突入したガキか」

「ふふ、ほんと2人って仲良いよね。なんなの?」


 会話に面白がりながらそう聞いてきたが、なんなの? と聞かれても知らんとしか答えられないどうしよう。


「……う、運命?」

「答えるなら自信持って答えろよ。間違ってるけど」

「2人はボケないと気が済まないのか……」

「確かに俺たちが会話すると3分ペースで2回はボケてツッコンでるよな」

「立派な芸人だな」

「だな」

「言った矢先にボケててどうするの」

「「お前もそうやってツッコンでるけどな」」

「……はぁ、やっぱこの2人疲れる」

「大丈夫か。あっちの女子グループで休んどけよ」

「……はいはい。行きますよーっと」


 佐藤の催促へそう言い残して、呆れた様子で自分のグループに戻っていく茅野を見送りながら、俺は一つ気になることを佐藤に聞く。


「良かったのかよ」

「……ん? なにがだよ」

「もうちょっと話してても良かったんじゃねえか?」

「気遣わんでいい」

「そうかよ」


 そう。こいつはさっき話してた茅野に対して、恋心を抱いているのだ。


「ま、ゆっくり行こうや。その顔の良さで落とせるからよ」

「豚に言われるとなんか信じられねえわ」


「たとえ豚でも俺は言うさ。お前なら落とせるってな」


「……」


 そんな俺の言葉に少し時間を置いて、佐藤は笑う。


「ありがとな」

「いいってことよ」






 ──その後は特に変わりなく昼食は終わり、気付けば放課後になっていた。



「起立。気をつけ。礼」

「「「さようなら」」」


 号令でクラスメイトはそれぞれの帰路につく中



「──米山。また明日」

「おう。バスケ頑張れ」

「任せろ」


 体育館へと向かう佐藤との挨拶を終わらせて、俺はいつも通り、下駄箱に向かい、いつも通りに帰ろうかと思ってたその時。


「……茅野か?」

「あ、来た」


 下駄箱には茅野がいた。


「……何してんの?」


 純粋な疑問を聞くと、茅野は少し微笑んで、次にはこう言ってきた。


「──米山。ちょっと……今から付き合ってよ」



「……は?」


 なんで俺みたいなデブが、お前みたいなトップカーストの女子に。その時俺は率直に思った。しかしその数時間後、その全容は明らかになるのだ。


 この日から、俺の今までの平和な生活が徐々に、波乱に様変わりしていくのだ

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