トーストと女神さま
いつも通り6時30分に目覚まし時計がなり、アラームを止める。欠伸をしながらベッドから出た。
俺はいつも通り、朝食の用意をする。冷蔵庫を開くと中にはほとんど食材が残っていない。
「今日は帰りに買い出しに行かなきゃな。」
そんなことをぼやきながら冷凍庫から食パン、冷蔵庫からハムとスライスチーズを取り出し、食パンの上にハム、スライスチーズを乗せオーブントースターに入れる。パンが焼けるのを待つ間にコーヒーを入れる。『コーヒーを入れる』と言えば聞こえはいいのだが、我が家はペットボトルのコーヒーに牛乳を混ぜるだけの簡単なものだ。コーヒーがまだ茶色くならないうちに牛乳を注ぐのを止めると、オーブントースターがなった。冷蔵庫に牛乳をしまい、トーストを取る。
「熱っつ!…」
トースターの熱でとろけたチーズが手に着いてしまった。息を吹きかけて手を冷ましながら皿にトーストを置いて朝食の用意は完了だ。コーヒーを飲みつつトーストをかじる。サクッとしたパンと溶けたチーズ、ハムが絶妙に合っている。
「うん。うまい。」
ーーーきゅるるるるるるるる
お腹のなる音がした。だが、自分のものではない。
「ーー??」
部屋を見渡してみても誰もいない。
「気のせいか…?」
朝食の続きをと思いトーストの方を振り返ると、そこにはトーストを食べるナニカがいた。
「!っうぉっ!!?!?」
「きゃあっ!!?」
俺が驚くと女の驚いた声がした。
「ー!?お前はだれだ?!?!」
戸惑いながらも俺はナニカに問いかけた。落ち着いて見てみれば、このナニカはとてつもない美少女であった。明るい金色の髪を腰まで伸ばしたロングヘアーに、透き通るような白い肌。大きな蒼瞳。よく使われる表現ではあるが、まさに天使のような美女である。
「えーーと…どちら様でしょうか?」
思わず緊張して口調が丁寧になってしまう。
「ーーー私はリーゼ。天界より降り立った女神よ!そ
んなわけで私が天界に帰るのを手伝って!!」
俺がそんな不審者を横目にスマホで110をプッシュしようとするとーー
「ちょっと待ちなさい。あなた何をしようとしてるの
かしら。」
不審者が俺の肩を掴んで話しかけてきた。
「何って、110番ですけど。不審者が出たら当たり前ですよね。」
「ちょっと!!私の話を聞いてた?私女神なのよ?」
「なるほど。」
「ーーーーねぇ、何をしてるの?」
「あ、急患です。女神を名乗る頭のおかしい女の子がいるんで早く来てください。住所は、ーーー」
住所を言おうとした俺のスマホを奪いとり、頭のおかしい女の子は通話終了のボタンを押した。
「わたし、めがみ、かみさま、えらい。」
自称女神が片言で何か言ってくる。よくよく見てみるとこの美少女、確かに格好は女神のようだ。漫画とかで女神が着ているような真っ白なローブに身を包んでいる。
「信じてないって顔ね…。いいでしょう!女神の力を見せてあげるわ!」
そういうと、自称女神は両手を広げた。その瞬間、自称女神の体が淡く光り始めた。
「ジーゼ・アミョ・ツケツ!!」
自称女神が呪文を唱えると、俺のトーストも呼応するように光始め、2、3秒程で光るのをやめた。
「お、お前、俺のトーストに何した!?」
「いいからいいから。食べてみなさいよ。」
なぜかご機嫌な自称女神に言われるままトーストをかじってみる。
「……!!?なんだこれ!?!美味い!!」
ハムチーズトーストが先程食べた時よりもずっと美味しい。ハム、チーズ、パンのどれもがさっきまでとは美味しさの格が違う。どれも見た目は一切変わっていないのにハムはジューシーかつボリューミーに、チーズは味わい深く、濃厚に、パンはふわふわでサクサクになっている。とりあえずすごい美味しい!
「お前、何をしたんだ!?」
「魔法よ魔法!あなたのトーストに『食品最美味化』の魔法をかけたのよ。」
「魔法…??」
「あれ?魔法知らない?確かこの世界でも認知くらいされてるかと思ってたんだけど…。」
魔法って漫画やアニメによく出てくるあの魔法か?いや、魔法なんてこの世には存在しないはず…。でも、今のトーストの味は魔法としか言えないーーーーーーなんてことを俺が考えていると、
「ねぇ、私が魔法を使っても女神だと信じないっていうなら何をしたら私を女神って信じてくれるの!?」
自称女神が何やら喚きだした。女神だと信じてもらえないことに痺れを切らしたようだ。
「『何をしたら女神と信じるか』か……。」
俺は余計なことを考えるのをやめて言った。
「じゃあ、さっきの『美味化』魔法だっけ…?あれを教えてくれ。」
俺がそう言うと、自称女神はきょとんとした目でこっちを見てきて、
「…?え?…そんなんでいいの?」
どうやら俺の望みは低レベルなものだったらしい。まあ、あれだけのトーストを食べれるなんて結構良いことだと思うけど。
「ああ。それでいい。」
俺としては随分とありがたい話だったので教えてもらえるならラッキーだ。
「じゃあ、『食品美味化』魔法を教えるわね。目を閉じて体の力を抜いて。」
俺は言われた通りに目をつむり、深呼吸して体の力を抜いた。
「ブナマ・スペル・『ジーゼ・アミョ・ツケツ』!」
俺は自分の体が光に包まれるのを感じた。
「はい!おしまいよ!もう目を開けていいわ。」
5秒程で魔法の習得は終わった。
「えーと、これで俺もさっきの魔法がつかえるか?」
「ええ。その通りよ。ちょっとやってみる?」
「やりたいのは山々なんだが、冷蔵庫に食品がほとんどないんだ。」
「…。じゃあこれを使っていいわよ!」
女神が肩にかけていた鞄からあんぱんをとりだした。
「おぉ!駒屋のあんぱんか!!」
駒屋のあんぱんといえば海外のグルメ雑誌にも紹介されるほどの絶品あんぱんである。たしか、去年の『全国パン博覧会』でも金賞を取っていたはず。
「美味そうだなぁ!いただきまーす!」
まずは魔法をかけずに一口食べてみる。うん。美味しい。流石は『全国パン博覧会』金賞のあんぱんだ。正直、魔法をかけなくても相当美味しい。そのまま半分ほど食べてから魔法をかけてみる。
「えーと、ジーゼ・アミョ・ツケツ!」
自分とあんぱんが淡く光り、2、3秒で光らなくなる。
「これでできてるのか?」
「ええ。魔法は成功してたから美味しくなってるはずよ。」
さっきも相当な美味しさだったのだが、一体どうなっているのだろうか。
「………!!う、美味い!!!」
思わず声が出る美味しさだ。さっきのあんぱんは1つ280円なのだが、このあんぱんなら1000円払うのも惜しくない。何はともあれ、これで俺も魔法デビューか…などと考えていると、
「これでわたしが女神ってしんじてくれたかしら!?」
目をキラキラさせて女神が聞いてきた。
「あぁ。信じるよ。」
俺が答えると、女神は静かに語り始めたのだった。