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FIVE ISLAND  作者: 昇雲
1/1

引退エージェントのアルバイト

男は両手を挙げて無抵抗のポーズをとった。


彼のまわりはお揃いのスーツ姿のいかつくデカい男達が囲んでいる。

大きなトランクをひきずる人達が多数行き交っている。

空港か鉄道駅か港湾かの巨大な建物内、搭乗口の直前であった。


「東前次さん、重大背任の疑いでアナタを拘束します」

男達の背後から同色のスーツ姿の小柄な女性が告げる。


温和な雰囲気で白髪交じりの初老の男が口を開いた。

「人違いじゃないかな? 私は東なんて知りませんよ」


女の目つきが少し鋭くなった。

「話は後で伺います、ご同行願います」

女は老人を今の戦力で抑え込めるが、充分ではないことを承知している。


男は少し声のトーンを下げて言った。

「心当たりがないので断ると言ったら?」


表情を変えずに、女はゆっくりとスマフォを取り出して写真を男に見せる。

「当方でお預かりしています。

海に沈めるのと山に埋めるのでは、どちらがイヤですか?」


拳を握り込み、女を睨むと男はつぶやいた。

「やり口が汚いぞ・・・」



「頭のいい人は素晴らしいですね、余計な手間が掛からず助かります」

女は冷ややかに微笑んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「鬼・・ 悪魔・・ 神は死んだ・・」

東は虚ろな瞳でブツブツとつぶやいていた。

だいぶヒゲは伸び、頬も少しこけている。

そこは日光の入らない部屋、明らかに異常なほど設置された照明器具が部屋を

真夏の屋外のようにまぶしく照らしつける、そして分厚い扉には外側から厳重な施錠がされていた。

そこには外界と遮断された異様な雰囲気が漂っていた。


カツーン・カツーンと足音が近づき、扉の前に誰かが立ち止まった。

施錠を解く音が鳴る、重い扉がゆっくりと開かれた。

「東板さん、規定の内容をクリアしましたので帰宅いただけます」


東板は体を震わせ、フラフラと扉に近づいていった。

「ありがてえ・・! ありがてえ・・!!」

涙が頬を伝い、久しぶりに開いた扉から差し込んだ日光が

自分の生存証明をしてくれているような気さえした。


高層ビルの上層階、広い応接室のソファに東は座っていた。

「ずいぶん予定は狂ってしまいましたが、公式な発表スケジュールは何とか守れました」

いつかの小柄な女性が東に語りかけている。

「何度も特別室でお仕事をしていただいてるのに締切をブっちして逃走するとか、先生くらいですよ・・・。普通は一回特別室を利用された方は二度と締切を破りませんし、逃げ切れた人なんていないのは周知のことですから逃走を謀ったりもしません」


彼女は東の担当編集者で、山岡みやび。

20代前半のかなりの美形で実は熱狂的な東ファンであるが、

編集長から絶対に東には知られてはいけないと命令されている。


東は久しぶりの缶ビールを片手に答えた。

「別に逃走とかしてないし。ちょっと気分転換に買い物でもしようとしてただけだし。」

みやびは呆れ顔で続けた。

「ちょっと買い物でモナコ公国ですか・・。 私が知らないうちに、随分モナコは近い国になったんですねぇ? 特殊メイクで初老に変装して、偽造パスポートまで用意して?」

東はみやびから視線を外すと額から汗が染み出る

「なんのことやら? ぼ・ぼ・ぼくにはさっぱぱぱり・・・」

みやびは分厚い手帳に目を落としながら

「とりあえず、無事入稿は完了しました。次の締切は厳守してください。

今度逃走したら、シリーズの完結話までの原稿が全部完成するまで特別室から出しませんからね?」

東は激しく膝を震わせながら

「逃げません、逃げませんからもうあの部屋だけは勘弁してください!!」

みやび「あと盗難防止の為にこちらでお預かりさせてもらった、先生の2000GT。

このビルの地下駐車場にありますので乗ってお帰りください」


ヒゲを剃り、髪を整えた凛々しい男はしばらくぶりにシャバに開放されたのであった。


「おや先生、久しぶりのご来店ですね。スイートルームでのお仕事は終わったんですか?」

話しかけてきたのはマスター。

ここ、ビジネス街の真っただ中にある喫茶店[ISLAND]の店主である。

喫茶店とはいっても昼時を外したティータイムからの開店で、

軽食くらいは出すが営業のメインは夜からのカクテルバーだ。


東はいつもの席、カウンターの真ん中あたりに座ってくわえていた煙草に火をつけた。

東「スイートルームって。やめてくれよ、思い出したくない。またひどい目にあった」

マスター「山岡さんが泣きながら愚痴ってましたよ。真面目にやって欲しいって」

東「あの鉄の女が?あいつに涙とかあるわけないだろ!笑いながら核のボタンを押すタイプだぞ、奴は。」

マスター「はは。山岡さんには黙っておきますよ。」

・・・

東「自由の身になった訳だし次の締切とか忘れて、これからはひたすら遊んで飲んだくれることにする」

マスター「私は聞かなかったことにします。・・あとお連れ様には何をお出しします?」

東「ん? お連れ様?」

ゆっくりと東板が振り返ると、そこには目からハイライトの消失した無表情のみやびが立っていた。

みやび「・・・できるなら、そこのクズの命が欲しいわ。」

東「・・・」滝汗

みやび「・・・」ニッコリ

マスター「あ、テーブル席のお客様。すぐに伺います!」ソソクサ


後に「ISLAND鮮血の粛清事件」と語られることになる夜のことだが、それはまた別のお話で。









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