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第四話 勇者出撃

翌朝、目が覚めても、俺は相変わらず、リヒテンブルクにいた。

やっぱり夢じゃなかったんだなあという落胆と、これからどうすればいいんだろうという不安があるけれど、何はともあれまずは着替えなければ始まらない。俺はもそもそと動いて、布団を跳ね上げた。

用意された服は動きやすそうなものだった。これがいかにも中世のなんともアイタタなものであったら、全裸か学ランを選ぶところだがそうならなくて良かった。学ランずっと着てたら匂うし、これ以上罪を重ねる訳にもいかないからな。

「ふむ、全裸か……」

流石にそれはないな。うん、全裸はない。

着替え終わったので、後ろを振り向くと、レナさんが立っていた。ごく自然に。初めからそこにいたかのように。

……ん?初めから?

「えっと、いつからそこに……?」

「貴方が着替え終わった後に『ふむ、全裸か……』とか言ったあたりから」

「成程……いやいやちょっと待って」

「近寄らないでください変態が移るので」

うん?何だろう、何か重大な誤解があるような気がするぞ?

「ちなみに変態って誰のこと?」

レナさんは俺の真ん前を指さした。そのまま真っすぐ後ろを見る。変態はおろか、人っ子一人いない。もう一度レナさんを見る。レナさんはこくりと頷いた。成程そういうことか。

「いや成程じゃねえよ、何だよ、誰が変態だこの野郎」

「女に向かって野郎とは、中々無礼なことを言いますね、燃やしますよ?」

「そっちこそ人を捕まえていきなり変態呼ばわりとはいったいどういうつもりなんですか、名誉棄損で訴えますよ」

「じゃあ何で服を悩むように考え込んで『ふむ、全裸か……』って言ったのか納得できる説明をしてください」

「それは、その……この服がもっとやばかったら全裸だったかもしれないなあとかちらっと思っただけで」

「成程、服に納得がいかないと全裸という選択肢がある程度には変態である、と」

「おい、何でそういう要約の仕方をした」

「何か問題がありましたか」

「いや問題しかねえだろ」

むしろ悪意しかないと言えるかもしれない。

昨日ちょっといい子なのかなあとか考えてしまった自分を殴りたい。そうだ。彼女はこういう女なのだ。基本的に人との会話にワンクッションという名目で剣山をぶちこんで来るような女なのだ。昨日の夜のあれはきっと何かの間違いなのだ。

「まああなたが変態でも別に服を着ているのなら文句はないです。さっさと陛下の元へ参りましょう」

そういうとレナさんはさっさと部屋を出て行った。

「だから変態じゃないんだって……」

俺のつぶやきは、多分彼女には聞こえなかった。



「いんやあ、参ったねえ」

王様は昨日のように呑気にそんなことを言った。

「何ですか開幕から人をげんなりさせるようなこと言って」

「いんやあさっき衛兵から連絡があったんだけどさあ」

王様はそういうと隣に控えているホークをちらりと見た。どうやらホークさんにもまだ言っていないらしい。

「どうもうちの王女が昨日屋敷を抜け出したらしくてさあ……まだ戻ってきてないんだよね」

「またですか、あのお転婆姫は……」

「ちょっと待ってください、その姫さんってのは一体……」

「ちょっとお待ちください、陛下」

ホークのおっさんが俺の声を遮った。その声はいつもの冷めたものとは違い、若干の怒りを含んでいた。

「何かな、ホーク」

王様は若干ひきつったような笑いを浮かべる。その腰は若干玉座から浮いていた。

「まだ帰ってきていないということは、一度抜け出した時に報告を受けているはずですな……?」

「ははは、そうだっけ?」

「とぼけてもらっちゃ困りますな」

ホークが王様の襟首をひっつかんだ。

「どうしてそんな大事な事を黙っていたんでしょうなあ?」

「分かったから落ち着け」

王様は慣れているからか、首をがくんがくんとさせながら無表情に言った。

「どうもあいつが向かったのはアルシエルって悪魔の城らしくてなあ」

「アルシエル?」

「大昔の大悪魔ですね、確か魔王軍幹部の……」

「正確に言えば四天王の第一席、魔王の右腕とまで言われた男だ」

「はあ、魔王の、右腕、ねえ」

とんでもなく強そうですけど、大丈夫ですかね、それ。

「そんで、悪いんだけどあいつを迎えに行ってほしいんだ」

どう考えても高校生には荷が重すぎませんか、それ。

「君たち二人で多分足りるよね」

しかも援軍これだけだ。四人にもなってねえよ。パーティの体を成してないよこれ。せめてもう一人か二人ぐらい仲間がいてもいいんじゃないのこれ。

「残念だが、俺たちはこれから会議があるから動けないんだよいや、動けても勇者様がいるんだし、そっちにお願いする気満々だったんだけどね?」

しかもこの男とんでもねえこと言ってるよ、事件は会議室で起こってるんじゃないんだって。これ常識だって。

「あの、それってどう考えても無理じゃありませんか」

途端にホークさんが詰め寄って、剣でひたひたと俺の鼻を叩いた。

「どの口が何と言った、あ?」

「いえ、是非やらせてくださいです、はい」

ホークさんはよし、と頷いて剣を下げた。いや、よし、じゃねえよ、キャラブレブレだよあんた。寡黙なんじゃなくて、ただ口より先に手が出てただけだったのかよ。

「それにしても、この剣錆びてるけど、本当に大丈夫なのかね」

「まあ曲がりなりにも聖剣なんて呼ばれているわけですし、大丈夫でしょう。それに私もいますしね……だから呼んだんでしょう?」

ふふん、と笑うレナさん。俺が使い物にならないことなんてとっくに知っているはずなのに。実質あなた一人で何とかしろって言ってるんですよ?どっから湧いてくるのその自信。

「ふむ、王国一の魔術師も一緒なら心強い」

「へ?王国一?」

レナさんが?王国一?

「おいおい、流石の俺でも、国賓の護衛なんだから強い人選ぶに決まってるじゃないの」

レナさんの鼻筋がぴくぴくとしている。多分照れているんだろう。くっそう、分かりにくいところに分かりやすく出てるなあ。

「まあ俺としてはこれ以上ないくらいのバックアップついてると思うけど……それでも降りるなら、そうだなあ……」

王様はわざとらしく腕を組んで唸ると、こっちを面白そうにちらちらと見た。

「な、何だよ」

「いや、こちらとしてもあんまりこういう手法は好きじゃないんだけどなあ、うーん」

「言いたいことがあるならはっきり言えよ気持ち悪い」

「んじゃさ、君が俺を殴った分の――」

「よっしゃ行こうすぐ行こう」

俺はくるりと反転すると歩き出した。何だろう、唐突に労働意欲がわいてきたぞ。魔王の右腕だか何だか知らないが、パパッと倒して、シュババっと戻ってくるぜ。

「待て、勇者よ」

ホークさんが呼び止める。振り返ると、目の前におっさんの顔が突き出されていた。

「うわっ……何だよ、一体」

「言い忘れていたがな、貴様間違えても王女に手を出すなよ……」

「は?」

一体このおっさんは何を言い出すのか。

「王女はお美しい、それこそこの馬鹿の血を受け継いでいるということが信じられぬほどにな」

「おーい、聞こえてるぞー?」

「それでつり橋効果的なあれで、貴様が王女にうっかりそれっぽいことをしてみろ、もしそんなことになったら私が貴様を許さん。貴様を輪切りにして、砲台に詰め込んだあと、ありったけの火薬と共に空にぶっ放してやる」

「あの、えっと」

「返事は」

「ハイ喜んでー!」

今度こそ俺は王宮を飛び出した。



城下町を出た俺を出迎えたのは、だだっ広い草原だった。

「いやあ、これはまたいかにもって感じだなあ」

「曲がりなりにも首都ですからね。それ相応の整備は進んでいますよ、尤も、ここからアルシエル城まではそこそこ距離がありますが」


レナさんは、あまり興味なさげに言うと、ぶつぶつと何かを言いながら、腕を上げた。すると空中には魔法陣が描き出され、そこから、花火のようなものが飛び出す。

「……何したの?」

「ここからアルシエル城まではそこそこの距離がありますからね。何かしらの足が必要かと思いまして」

「どの位遠いのさ」

「まともに歩けば一日はかかりますね」

「結構遠いんだな」

「魔王軍の幹部だったほどの悪魔の城が、首都の近くにあるというのもなかなか面白い状況ではありますけどね」

そりゃそうか。

「ですからさる筋の知り合いを呼んできました」

そんなことを言いながら、ぴっと指を立てるレナさん。いや、どの筋だよ。

「んで、誰なの?」

「ええとですね……」

レナさんの言葉が止まり、視線が遠い方へと投げられた。

俺もその方向へと目をやる。

まず目に映ったのは土埃だった。地平線からと言ってもいいだろう。かなり遠い距離のように見える。

次にどどど、という音。段々と近づいてくる。近づくにつれ、大きく、はっきりと耳に入ってくるのが分かった。これは何かの足音、だろうか。

近づくにつれてそれがとんでもない速さで動いているのが分かった。目をこらせば、何かが土埃の中でうごめいているのが分かる。

そして。

「おーー嬢おーー!」

それは俺たちの目の前を勢いよく通り過ぎて、止まった。

そこで目に入ったのはリアカーを引きずる男。

「……アレなの?」

「アレです」

「お嬢っ、韋駄天の鬼丸おにまる、参りました!」

遠くから勢いよくこちらへ向かってくると、鬼丸と名乗った男はびしりと敬礼をした。

「……こいつですか」

「こいつです」

鬼丸という男はまず見た目が奇妙だった。頭はツルツルのスキンヘッド。くぼんだ目。だが何よりも奇妙だったのはその瞳だった。

鬼丸には瞳がなかったのだ。鬼丸の目はただただ真っ白なだけ。普段見慣れないそれは、俺に多少なりとも不安を抱かせた。

「んで、この人は一体何をしている人なの」

「あ?何だテメエ、何でお嬢と一緒にいる」

「実は彼勇者なんですよ」

鬼丸の動きが止まった。何度か瞬きをして、口をパクパクさせているが、レナさんは何も気にせず、後ろのリアカーに乗り込んだ。

「いつまで凍ってるんですか、さっさと出発してください」

「いや、しっかしお嬢、そうは言ったって……」

鬼丸はちらちらとこちらを見ていたが、やがて深いため息をつき、

「分かりました、この鬼丸、お嬢のためなら東はローニャ湾、西はアスタルまで、縦横無尽、電光石火で駆ける馬車馬。さあ、何なりとお申しつけ下せえ」

「あ、じゃあアルシエル城までお願いします。なる早で」

「はいはい、アルシエル城ね~」

俺も恐る恐るリアカーに乗り込むと、鬼丸がこちらを振り返っていた。

「……マジで」

半泣きで。

「分かってるんですか⁉アルシエル城ですよ⁉近づくだけでソウっデンジャラスっすよ⁉」

「そこら辺は問題ないですよ、ほら私、強いので」

「お嬢、ときには謙虚さってやつも美徳だってことを思い出して下せえ……」

その後、ほんの少しの押し問答の末、鬼丸は、俺たちを乗せて、アルシエル城まで向かってくれることになった。

「ああ、俺は死ぬ、きっと死ぬんだ……だから言わせて下せえ、お嬢、俺ぁあんたのこと」

「そい」

途端、レナさんの手から爆発が生じた。

「ちょっ、待っ、少しは聞いて、人の話ィィィッ!」

勢いよく射出されるリアカーと共に、鬼丸の悲痛な叫びが、草原に空しく響いた。



鬼丸のおかげで、城までは一時間ほどで着いた。途中空気抵抗に配慮しない造りのおかげで、顔面に容赦ない向かい風が押し寄せていたが、レナさんの方は何かの魔法のおかげなのか文字通りどこ吹く風だった。

着いたのは荒野だった。何もない。偶に吹く、ぴゅうという風が辺りの土を巻き上げていた。

そして何もないはずの荒野に、細長い岩山が、まとまって生えていた。よく見れば、山の肌にはくりぬかれたような穴があり、そこにはちらちらと明かりがついているのが見える。何かが棲んでいるのか。ということはここが噂のアルシエル城だろう。

にしても何て物騒なんだ。あの穴とか人の顔をしているようにしか見えない。おまけに魔力だか何だか知らないけど、明らかによくないものが城から出てるよ。やばいよこれ。公害もんってか災害もんだよこれ。

「早速やばいオーラ出てるんですけど……俺帰っていい?」

「折角ですし、もう少しゆっくりしていったらどうです?」

「いや、帰っていい?」

レナさんはそれには答えずに、手を前に差し出すと、

「ちょい」

勢いよく炎を投げた。

炎は岩肌に直撃し、どおんという音を立て、こちらにも瓦礫がぱらぱらと落ちてきた。もくもくと煙が上がり、それを見て、レナさんが満足げに頷く。

「よし」

あ、これ死ぬわ。

俺はあんぐりと口を開け、鬼丸は目から涙を流していた。これはまずい。流石にまずい。外交的挑発とかそういう問題じゃない。敵対行為そのものだ。宣戦布告だ。しかも魔王軍の元幹部相手にだ。馬鹿か?馬鹿なのか?毎度毎度何であんたはそんな荒っぽい道ばっかり行くんだよ⁉

て、慌ててる場合じゃない。潜入が上手くいきそうにないなら、さっさと撤退しないと。魔物か何かが怒って城から出てきたら面倒だ。てか俺が死ぬ。

「おい、何してんだよ、さっさと逃げないと――」

凍り付いている鬼丸を何度かゆすり、後ろを見やる。どこか隠れる場所を探さないと。

「あ~、何だよもう。朝っぱらから……」

すると城からのそりと、巨大な何かが姿を現した。毒々しい赤い鱗。ぎょろりと動く黄色い目。右手には鉾のようなものを持ち、ニメートル程の位置にある頭から、こちらを見下ろしている。

魔物だ。トカゲ男だ。よりによって正門前でのエンカウントとか、どんだけついてないんだ。これじゃあ中にいる魔物の仲間に位置がばれてしまう。

「やべえよコレどうすんだよコレ」

俺は動けなかった。動いたところで、レナさんから離れた時点で死ぬことは確定だ。レナさんが動かない以上、俺だってここで棒立ちになるしかないじゃないか。

レナさんは目の前のトカゲ男相手に物怖じすることなく見返す。両者に横たわる沈黙。膨らむ緊張感。何これいやだ。胃が痛いよ。やめて喧嘩しないで仲良くして!

やがて、ゆっくりとレナっさんが口を開いた。

「あの、王女迎えに来たんですけど」

……え?

「ああ、その用か」

……え?

トカゲ男は何でもないかのように一つ頷くと、後ろを向いてずしずしと中へ歩いていく。レナさんの方も顔色一つ変えずにそれについていった。後ろからびくびくと震える俺と鬼丸が続く。

廊下らしいごつごつとした道を通るときも、鳥の頭をしていたり、背中から羽が生えていたり、頭から角が生えている明らかに人間じゃないやつらとすれ違ったが、皆お気軽な挨拶を交わしながら去っていく。

そうしてなぜか俺たちは一度も戦闘することもなく、大きな扉の前にたどり着いた。

「おたくらもいつも大変だねえ……」

トカゲ男はそう言いながら、扉を押した。



トカゲ男が扉を開けた途端、わあっという割れんばかりの歓声が辺りを覆った。

そこは闘技場だった。辺り一面には異形の悪魔たち。段々畑のような観客席から身を乗り出して、声を上げている。

そしてその闘技場の中心では。

「グ、ルル……」

獅子の頭をした男が、こちらに背中を見せ、立っている。こちらはこちらでさっきのトカゲ男ぐらいの大きさがある。俺の身長よりも大きい戦斧を持ち、そして、

倒れた。

「何っ……」

思わず声をもらしたのは、あの獅子が倒されたからじゃない。その先だ。

倒れた師子王の奥に見える小さな人影。男が倒れたことによる土埃が引き、その姿があらわになった。

それは少女だった。美しい銀の髪。碧色の瞳をもち、身長は俺よりも少し小さい程度。両手で赤い槍を振り回すと、それを勢いよく地面に突き刺した。槍が光の粒となって消えると、歓声がますます大きくなる。

「勝者――シルヴィア!」

闘技場に響くレフェリーの声が、勝者の名前を告げていた。


遂に始の異世界ファンタジーが始まりましたね。開幕から四天王との決戦ですよスゴイナー。

あと、余談ですが雷のせいでネットが死んだので携帯から投稿してます。

果たして明日は更新できるのか……

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