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第三話 異世界の夜

「いんやあ、悪いねえあの後君に何かあったら、多分君どうしようもないだろうと思ったから護衛をつけようって話になったんだけどさあ」

王様はハハハ、と笑った。ハハハじゃねえよ、現についさっき殺されそうになったんですけど。

「諦めろ、こういう奴だ」

俺の顔を見て、何を言いたいのか察したのか、ホークのおっさんが表情を動かさずに答えた。きっといつもこんな感じに振り回されているんだろう。心中、お察しします。

「と、言う訳でそこにいるのがレナ・ストラウス高等弁務官だ、王都にいる間の君の護衛をしてもらう。さあレナ君、ご挨拶を」

「……え?あ、はいはい」

「あり?何だか適当過ぎね?」

「御前だぞ、レナ・ストラウス高等弁務官」

「失礼しました」

形ばかりの謝罪を済ませると、レナさんはこちらを睨んだ。え、何。今の俺が悪いの?

「まあこの国の人間は皆多少なりとも勇者に憧れがあるからねえ、そりゃあ少しばかりのショックはあると思ってたけど、まさかこれ程とは……」

「ちょっとそれどういう意味ですか、俺が勇者だとなんか悪いって言いたいんですか」

「あんまり期待すんなよって言っておいたのに」

「おいそれどういう意味だコラ、おいそこの馬鹿王何とか言えやコラ」

「安心してください、仕事はきっちりこなします、たとえそれが頼りがいの無い、ぐずでのろまで馬鹿などうしようもない勇者の護衛であっても」

全力で不服そうですね、ええ。おかしいな、俺何も悪いことしてないのに、興味がないどころかアンタ大嫌いってレッテル貼られてるんですけど。取りつく島なしって感じなんですけど。

「まあ、レナ君の紹介も終わったことだし、そろそろ本題に入ろうか……」

王様はそういうと、床に転がっている黒頭巾を見下ろした。黒頭巾の方は、こちらを勢いよく睨み付けているが、開き直ったのか、さっきからいやに堂々としていた。

「ホーク、剥げ」

おっさんはそれには答えずに無言で玉座の隣から、ゆっくりとこちらに近づいた。間抜けに突っ立ている俺を通り過ぎ、黒頭巾の目の前に立ち、黒頭巾の頭をひっつかむと、

「――」

無言で頭巾を引きちぎった。

そこから覗いたのは不愛想な男の顔だった。肉付きも良く、茶髪じみた髪の毛。銀色のホークのおっさんの髪とはひどく対照的で、それはそれで目立っていた。

「闇討ちとは感心しないなあ、サー・アンドリュー」

「へ? サー?」

「爵位もちってことです、要するに偉いんですよいいから黙って聞きなさい」

「あごめんなさい」

レナさんに素早く駄目だしされてしまったので、すぐに引っ込んだ。それにしてもレナさん厳しくない?あんたと俺って初対面ですよね?何でここまで言われなくちゃいけないんですか。何なの。あんた一体俺の何なの。一体俺の何を知っているというの?

「……」

一方黒頭巾もといサー・アンドリューは王様を睨み付けたままうなるような声を出した。その表情は王様への敵意を隠そうともしていない。

「陛下もご健在で何よりです――差支えなければこの縄を解いていただけませんか」

「そうはいかない、君がこんな馬鹿げたことをしでかしたのはなぜかとか、君にこんな馬鹿な事を命じたのは誰だとか、そういうことを聞かなくちゃならないからね」

「私が拷問に屈すると?」

「少なくともここで自害してないんだから、可能性はあると思うけど」

「無駄ですよ、どうせ私は近いうちに釈放されます、あなたもお分かりのはずだ、陛下」

「やはり貴族派か……爵位がそんなに惜しいか」

王様は一瞬顔をゆがめた。今までに見たことのないような感情を丸出しにした顔に、思わず姿勢を正した。

「馬鹿な、爵位などに興味はありません。しかし陛下、我々は貴方がこの国を誤った方向に導こうとしているのをお止めしたいのです」

「誤った方向?それはどんな方向だい?」

「単純な事、そこの女のような下賤な身の上の者がこのような王宮にいるということが、そもそも間違いなのです」

びくりとレナさんが隣で身を震わせた。下賤な身の上。成程そういうことか。

「彼女の能力は確かなものだ。身分なんて関係ない、扉は、誰にでも開かれているべきだ」

「誰にでも、ですか。異国の女に何を吹き込まれたのか知りませんが――」

そこまでだった。

一瞬のうちにアンドリューの首筋に剣が走り――

「止めるんだ、ホーク」

止まった。

剣を持っていたのはホークのおっさんだ。あっという間だった。剣をさやから抜いた音がしたかと思ったら、すでに剣が首筋に当てられていた。

「言いたいことはそれだけか」

ホークのおっさんは無表情にそれだけ言うと、剣の腹を立て、相手の首に押し当てた。

「止めろと言っているだろう、ホーク」

一瞬の沈黙。

「……陛下に感謝するんだな」

それだけ言うと、ホークのおっさんは剣をさやにしまった。踵を返し、玉座の隣に戻る。

「……まあしばらく牢屋にでも突っ込んでおこう、どうせくだらない会議で釈放することになりそうだけどな」

王様はひらひらと手を振ると、脇に控えていた兵士が、アンドリューをひきずるようにして引っ立てていった。

「いんや~悪いね、まだ俺もこの国の貴族を掌握しきってるわけじゃなくてねえ」

王様は右手を頭の後ろにやって、だははと笑ったが、ホークさんは相変わらずのしかめっ面だったので、広間に寒々しく王様の声が響くだけだった。

「いえ、その……何だか大変そうですね」

俺はとりあえずそう返しておいた。

「あの様子だと、君が勇者だから狙ったというより、君が俺の身内だと思ったから襲って来たんだろうな……全く相変わらずの地獄耳だ」

「は、はあ。それは一体どういう」

「ああ、君にはまだ説明していなかったな。まあ平たく言えば俺は今この国の貴族と勢力争いをしてるんだよ」

王様そういうと、面倒くさそうに足を前へ放った。

「この国、リヒテンブルク皇国ってなあ親父の代で大体今ぐらいの大きさになったんだが、まあ急にデカくなったせいか、元いたやつらが横着してさあ、税金は俺たちが言ってるより高くとるし、元々そこにいた住民を奴隷扱いするしで、結構酷かったから、会計担当者とかを平民出身に無理やり替えたのね、途端に国庫は黒字になるし、まあ狙い通りっちゃあ狙い通りだったんだけど」

急な改革は、既にそこで利益を得ていた者達の反発を買う。当然だ。なぜなら今まで自分たちにしかできなかったはずのことが、自分より下だと思っていた者たちによってごく当然のように上手くいったら、貴族のメンツは丸つぶれだろう。

「まあ会計は結果を出したから黙らせることはできたんだけど、こんどは大法官とかいういい加減な裁判ばっかりやってた連中をこき下ろそうとしたらこっちは中々上手くいかなくてさあ……向こうが試験に受かったやつなら入れてやってもいいって折れたかと思ったら、これがえげつない問題ばっかりでねえ」

きっと落とすための問題をたくさん作ったのだろう。それこそ、自分たちも覚えきれていないような重箱の隅をつつくような問題ばかりを。

「こちらとしても参ったなあとか思ったんだけど、たった一人、あいつらの無理難題を真正面から叩き潰しちゃった奴がいたのよ、王立魔術学院主席で、そこで研究員を務めていたまさにエリート中のエリート、それが彼女ってわけさ」

それを聞くとレナさんが少しうつむいて体を震わせていた。確かに、まあこんな風におだてられれば居心地も悪くなるだろう。

「つまり、貴族派っていうのは、昔みたいに貴族が政治を行うべきだって考えの人たちのことで、王様は貴族派と喧嘩してるってことか」

「まあざっくり要約すればそういうことさ」

王様はそういうと、自分の顎をさすった。だが腫れた頬に手が当たったのか、すぐにいててと顔をしかめる。

「ともかく、あの場で君が聖剣を抜いたのを目撃してる奴は多い。幸か不幸か君の何の面白味もない顔なら二、三日は安全かもしれないが――」

おい、何で今顔のことに触れた。お前ら揃いも揃って俺に何か恨みでもあるのか。

「――それもそんなに長くは隠せない。というよりも、もうばれていると思った方がいいだろうな」

王様は顔の中央で指を組み、むうと唸った。あれこれと考えを巡らせているのだろう。目が細かく左右に揺れる。

「やはり君を一人にしておくのは危険だ。護衛を置いても寝首を掻かれる危険性があるし、レナ君、こいつと同禽しろと言われたらどうする?」

「殺します」

「分かったやめよう、ごめん悪かった冗談だって」

レナさんはそれを聞くと、ふむ、と一回頷いて、

「……」

なぜかこちらを睨んだ。俺今何もしてないのに。おかしい。今これいじめられてない?ひょっとしても俺って今いじめられてない?

「と、いうわけでこうして実力行使してくる輩が出てきてしまった以上、下手に動くのは危険だ。基本外に出るときはレナ君と一緒に出ること。それから城に泊まること。いいね?」

「それは分かったけど……」

俺は隣のレナさんを見た。なぜかこの上なく不機嫌な顔をしている。俺何もしてないのに。

「護衛、この人なの?」

「それどういう意味ですか」

「いやだって俺のこと嫌いなんでしょ?」

「そこまで言ってません」

「じゃあさっきから何でこっち睨んでくるんだよ」

「それは――」

「ともかく」

王様は俺たち二人に割って入るようにのんびりとした声を響かせた。

「これ、俺の決定だから。勇者君はともかく、レナ君、君は拒否したら死刑ね」

「なっ」

先ほどまで平民がどうとか、平等だとか言ってた人間のものとはとても思えない台詞だ。

「この暴君め」

王様は聞こえているのかいないのか、とにかくニヤニヤしながら、玉座で揺れていた。ホークのおっさんは、どこか遠くを見つめている。こりゃ駄目だ。頼りにならん。

「えっと……」

どうやらこの不機嫌なお嬢さんが護衛になるのは確定らしい。彼女に拒否権はなく、俺にはそもそも発言権もない。殺すだとか、殺されるだとか、そんなことにいきなり巻き込まれるなんて、全く今日はどれだけついていないんだろう。

「まあお互い納得してもらったってことで、レナ君、客間にご案内して。今の彼には多分十分な休息が必要だ」

「かしこまりました」

そう言ってレナさんはお辞儀をしつつ後ろへと下がる。

「あ、あと勇者君」

「はい?」

一緒に下がろうとしたら、呼び止められた。はて、まだ何かあるんだろうか。

「国賓とはいえ、一応殴った分は働いてもらうから、よろしくね」

「は」

この王様、俺まで手玉に取る気かよ。

もしかしたら、俺はとんでもないことをしてしまったのかもしれないと、そんな考えが初めて頭をよぎった。



城の廊下に出ると、レナさんは大きく息を一つついた。

「ではご案内します、付いてきてください」

「あ、はい……」

これが俺じゃなくて、もうちょっと対人関係に明るい奴だったらなにか気の利いた冗談でも言うところなのだろうが、生憎、俺の話し相手なんて、あの寺内ぐらいしかいなかったんだから、仕方ないだろう。いかにも他人ですというような返しをしてしまった。まだ碌に話もしていないのに。何か、話題、話題を探さなくては。

「あの、さっきは、その、ありがとうございました」

「え?ああ、そんなことですか。いいですよ別に。仕事ですから」

「……」

「……」

いかん。何でだ、何でここまで会話が広がらないんだ。やっぱり俺一人じゃ駄目だ。せめてあと一人くらい潤滑油になるような人間が欲しい。ちょっとこの子俺には荷が重すぎるよ。

廊下を歩きながら、すれ違う窓の数を数える。ちらちらとレナさんの背中を盗み見るが、気にせずずんずんと進んでいく。俺よりも小さい背中なのに、いやに頼もしく感じる。さっきのように、下賤な身の上だとか、色々と酷いことを言われてきたんだろう。それでもこうしてここで働いているのだ。俺とはえらい違いだ。俺はこんな風には強くはなかった。俺はいつも逃げてばっかりだったから。

「凄いなあ」

「は、何ですかいきなり気持ち悪い」

「いや、何となくそう思って。言うぐらいいいじゃない、ただなんだから」

「はあ、いやまあ確かにそうかもしれませんが」

「俺なんて今日は色々ありすぎてもう何が何やらですよ。いきなり勇者だって言われても正直まだ受け止めきれてないっていうか、よく分からないんですよねえ」

なるべく軽く言ってみたつもりだったけど、やっぱり手に力が入った。思えば俺がこの訳の分からない状況に巻き込まれて、まだ一日しか経っていないのだ。運よく皆いい人たちだったけど、これが荒野に一人ほっぽり出されてたりしてたら、どうなっていたんだろうとぞっとする。俺は本当に運が良かっただけなのだ。

「どうやって帰ったらいいのかも分からないし、そもそも自分がこれからどうしたらいいのかも分からないし。ホント、格好悪いですよね」

ひきつったような笑いを浮かべてみる。この三年近くで随分と作り笑いも上手くなったもんだと、そう思いながら。

いつの間にか、レナさんは歩みを止めて、こちらを真っすぐに視た。その目には先ほどまであった呆れだとか、無関心だとか、そういう色は一切なかった。

「自分を貶めることはやめることです、それはあなたにかかわってきた多くの人たちへの侮辱となる」

レナさんの声はとても静かで、そしてとても暖かった。

「私も、よく、その、誤解、されるのですが」

「ん?」

「私は、昔から攻撃的というか、毎度毎度貴族との腹の探り合いに辟易としていたので少し、というか、かなり言動が攻撃的に見えがちなのですが……」

そこまで言うとレナさんは少し息を吸った。すうと吸って、そして静かに吐く。そのままこちらを静かに見つめて、

「私は、あなたのことを嫌いだとは思っていません。そりゃあ、最初は少し期待してたというか、憧れみたいなものもあって、ちょっとびっくりしましたけど、それでも私は貴方のこと、嫌いじゃないです」

それだけ言うと、彼女はまた歩き出した。慌ててついていくが、その歩幅がさっきよりも若干大きくなっていたのか、いやに動作が大げさだった。

しばらく歩いていると、レナさんが立ち止まった。さっきの部屋に比べると少し小さな扉。どうやらここが俺にあてがわれた部屋らしい。

「――ここが、客間です。明日の朝になりましたら、迎えに来ますから。着替えは部屋の中にあると思います。何かあったら、王宮の方々に聞いてください」

扉をあけながら、レナさんがそんなことを言った。恐る恐る中に入ってみると、部屋自体はきちんと手入れされているようだった。ベッドの方もきちんと整えられているうえに、デカい。これならぐっすり眠れそうだ。

「何だか一気に疲れた気がするよ」

「明日も早いですから、今日はさっさと寝た方がいいでしょう。あなたをどうするか、今後話し合わなければなりませんし」

「了解。そんじゃあ俺はさっさと寝ようかねえ」

ふらふらとベッドに向かう。その前に、と俺は一度後ろを振り返った。きょとんとしているレナさんに向かって、一言。

「ありがとう」

それを聞いて、レナさんは少し驚いたような顔をして、

「ええ……おやすみなさい」

そう言って、扉を閉めた。

「あ~、疲れたあ」

そのまま勢いよくベッドに飛び込んだ。ぼふんと体が一度宙に浮く。

今日は本当にいろんなことがあった。久しぶりに杉崎と話せたかと思えば、不良に絡まれるし、気が付けば王様殴ってるし、おまけに殺されるところを女の子に助けられるし。一生分くらいの珍事を既に経験してしまったような気がする。

「レナ・ストラウスさん、か」

俺を助けてくれた、無愛想で、刺々しくて、そして分かりづらいけど、優しくて、寂しがり屋な少女。あまりにも大きな借りだ。いつか彼女に恩返しできる日は来るのだろうか。

「まあ、細かいことは明日になってから、か……」

この世界のことも勇者のことも、俺にはまだよく分かっていない。勇者は何をすればいいのかとか、杉崎はどうしているんだとか、思うことは沢山あるけれど今日はもう疲れた。明日王様から話を聞いてから考えても遅くはないだろう。

全ては明日になってから。そう思いながら俺は深い眠りに落ちていった。

レナさんの罵倒だけ書いてるときのテンションがおかしい。そして、そのときの誤字率がおかしい。

デレっぽいシーンを書きましたが、罵倒してる方がレナさんらしくて良いよね?

次回も新キャラ出ます(予定)。それでは

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