第三十九話 獣
「始!」
「勇者様!」
賢者の見せる窓にノイズが走り、始めの姿が完全になくなった。二人は思わず身を乗り出す。あの斬撃はおそらくはジークの切り札。威力だけならレナの魔術にも劣らないだろう。まさかそれを身に受けたというのか。
「巨大な魔力のせいで周囲の術式がかき消されておる。これでは中の様子が見えんな」
賢者が歯噛みした様子をみせる。精密な機械程、過剰な電流に弱い。賢者の術式もしかり。複雑な術式であるがゆえに、わずかな乱れでその効果を失ってしまう。
「しかしあの斬撃は?禍々しい魔力でしたが……」
「リベレイト。即ち神器の力の解放じゃ」
「リベレイト?」
「神器は通常出力を抑えている。そうでないと周りだけでなく、術者も傷つけかねんからな。だが、その封印を解除すれば……」
完全なる力を戻した神器に、対抗できる手段など皆無。持ち主すらも食いかねないその牙に、抗える者など、誰もいない。
「じゃあ、そんな一撃を受けたら……」
「おそらく、ひとたまりもないじゃろう」
同時に、結界がとけ、周囲に土埃が舞う。もう結界は必要ないということか。それは、つまり、始が……。
「……」
レナは静かに土埃を見つめる。聖剣の加護があるとはいえ、解放された神器の一撃。五体満足とはいかないだろう。何とかして相手の隙を窺い、始を救出しなければ……。
景色が晴れる。レナは覚悟を決めた。手元に魔力を集中させ、静かに寝体を定めようとして、
「なっ」
動きを止めた。倒れている影と立っている影。そこまでは予想していた通り。だが、そこに倒れていたのは、
「ジーク……?」
ジークが全身に深い傷を負って倒れていた。あの状況で必殺の一撃を放っていたのは間違いなくジークだった。それなのに、一体どうしてそのジークが倒れているのか。
「何だ、あれは……」
シルヴィアが声を震わせる。レナもそれを追うようにして立っている影に目をこらした。初めは一体どうやってあの一撃を凌いだのだろう。
だが、そこにいたのは始ではなかった。いや、というよりも人間ですらない。
全身は黒い、岩のような肌。肩とおぼしき部分からはこぶのようなものが突き出ており、さらにその肉体は過剰と言っても良い筋肉でコーティングされている。身長はニメートルほど。おまけにその口からは牙のようなものまで見えている。
「グル……」
ソレは目の前の獲物が倒れているのを見て、悦ぶように目を細める。
「グオオオオオオオオオオオオオッ!」
まるで勝鬨のように、それの低い唸り声が、森に響く。
獣がそこに、立っていた。
「あれが、始だというのか……」
シルヴィアが呻いた。ありえない。しかし、状況から見てそう考えるしかない。始はあの、ジークの必殺の一撃を、あの姿によってねじ伏せたのだ。
ならばあれは聖剣の力だと言うのか。あれほどに禍々しく、暴力的な力が、聖剣の本質だというのか。
――違う。
レナは、自身の聖痕を始に託した。そのとき、ほんの一瞬ではあるが聖剣の力というものを感じたのだ。だから感じた。あれは聖剣の力ではない。何かよくないものが、始を呑みこみ、その体を弄んでいるのだ。
「……行くぞ」
そして、シルヴィアも考えているのは同じようなことだったのだろう。故に二人が動いたのは、ほとんど同時だった。
「グルオオオッ」
獣が吠え、その爪をジークに向かって振り下ろす。倒れたまま動かないジークの胴に、それが突き立てられようと言う、まさにその瞬間。
「ぐうっ」
シルヴィアが、それを真っ向から受け止める。踏ん張る足が、地面に沈む。腕を震わせながらも、シルヴィアは獣の攻撃を受けきったうえで、
「おい、起きているんだろう。提案がある」
獣を見据えたまま、ジークに呼びかけた。
「こいつを止める。力を貸せ。どうせお前も隠し玉があるんだろう」
「……俺が貴様らに協力するだと?」
倒れたまま、ジークが応えた。
「馬鹿な、敵に助けを求めるなど正気か」
「どうせ拒否すれば、お前も私も仲良くお陀仏だ。否応もあるまい」
獣が吠える。シルヴィアの体が吹き飛ばされる。しかしそれと同時に火矢が獣の側頭部で爆発した。
「お話しは終わりましたか?だったらさっさと立ってほしいのですが」
レナ・ストラウス。彼女の遠方からの狙撃が、見事に獣を捕らえたのだ。
「フン、怪我人を当てにするとはとんでもない人でなし共だ」
不敵に笑うと、ジークは立ち上がる。その手には先ほどまで握られていた、大剣があった。
「せいぜい足を引っ張るなよ、馬鹿ども」
ここに臨時の同盟が、結成された。
そんなこんなで最新話でございます。主人公の暴走、個人的には結構好きです。まあ読み合いみたいなのも楽しいんですが。感想をくれると喜びます。ください。それでは次回。




