第三十五話 賢者
――合格。
その言葉とともに二人の精霊は跪き、頭を垂れる。その光景に俺たち三人はぽかんと立ち尽くす。
「勇者に肝要なのは、仲間とその可能性を信じること。一人一人の力は小さくとも、皆の力を合わせれば、ときにそれは神を超える」
こつり、と杖をつく音がする。それと同時に二体の精霊の体にひびが入り、砕ける。
「なっ……」
あれだけ強かった精霊たちが一斉にガラスのように砕ける。一体何が起こっているんだ。
「ようこそ幼きものよ、我が名はバロン。賢者と、世間では呼ばれているらしいがただの死にぞこないじゃよ」
そう言って、鳥居から老人が顔を出す。豊かに口ひげを生やし、白いローブに杖を持っている。よく物語で読む賢者の恰好にそっくりだ。
「えっと……その合格って……」
「何じゃ、解説が欲しいのか?」
「私たちはあの精霊に勝ってはいませんが」
レナさんが悔しそうに言う。確かに二人とも攻撃は効いていなかったようだし、終始押されっぱなしだった。それで合格だというのだから、納得がいかないのも道理だろう。
「ワシが知りたかったのは、勇者とその仲間が果たして命を預け合うほどの絆を結んでいるのかどうか。あの風雷兄弟に勝てることなんぞ、端から期待しとらん。ぽっと出に負けるような鈍らではないのでな」
その台詞にレナさんとシルヴィアがむすりと顔をしかめた。ぽっと出呼ばわりされてしまえば確かに色々と言いたくもなるだろう。何せ彼女たちは二人とも人間の中じゃかなり強い部類なのだ。
「まあここでは難じゃ、積もる話もあるし、取りあえず中へ入ろうかの」
そう言うと賢者は鳥居の中へと戻っていく。俺たちも慌ててそれに続いた。
「では師匠、我々はこれで」
「ああ、気を付けろよ」
シルヴィアがガルルに頭を下げる。ガルルも手を上げてそれに応えた。神秘にはむやみに触れないのがウチの戒律。ガルルはそう言っていた。故にここまで。少し寂しい気持ちもあるが、きっとまた会えるだろう。
「ありがとうございました」
俺はそう言って頭を下げて、鳥居をくぐった。
ちらりと振り返ったとき、ガルルは腕を横に大きく振っていた。
山の中は奇妙な空間だった。鳥居を抜けた瞬間、急に周りの景色が広がったように空が現れた。そして、何本もの大樹がまるで柱のように連なっている。
そしてその空は、
「オロオロオロ……」
「吐くなら他所でやって下さ……って臭!」
「仕方ねえだろ、あの空見ると何だかふらふらしてオロオロ……」
「おぬしらワシの家に汚物まき散らしに来たのか」
賢者さまが白い目でこちらを見ている。いかん。このままではやたらゲロを吐くヒーロー、通称ゲーローと勘違いされてしまう。俺は吐き気をこらえ、賢者を見た。
「すいません賢者さオロオロオロ……」
「人の名前呼びながら吐くななんか腹立つ」
賢者さまはやれやれと首を振りながら適当に手を振った。一瞬にして地面の汚物が消え、ついでに吐き気も収まった。これも魔法の一種なのだろうか。うちの爆弾魔と違って何て実用的なのだろう。
「今何か失礼なことを考えませんでしたか」
「気のせいですよ」
「お主ら本当に何しに来たんじゃ……」
賢者さまが呆れた顔でこっちを見ている。いかん。このままでは老人の家に椅子懸けてゲロ吐いただけの迷惑なやつだと勘違いされてしまう。
「まあお主らがここに何をしに来たのかは見当がつく。ワシに話を聞きに来たということは、つまりは勇者の何たるかを知りに来たのじゃろう?」
「まあ、今後どうすればいいのか、とか……そもそもコレが本当に聖剣なのかも分かりませんし……」
一体なぜこんな世界に来てしまったのかも分からないままだ。何をするにしても、このままでは動きようがない。
「フム、事情は相分かった」
賢者は静かに頷くと、指をぱちんと鳴らした。そるとその場に椅子が現れる。
「少しばかり長くなる……かけたらどうじゃ」
「さて、何から話したものか……」
こちらの事情を一通り話すと、賢者さま髭を撫でながら、考え込んでいた。
「では私の方から質問をしてもよろしいでしょうか」
レナさんが手を上げると、賢者さまはうっくりと頷いた。
「聖剣はかつて勇者様が振るっていたときは、一振りで山をも砕いた名剣だと聞いています。その力は失われてしまったのでしょうか」
「随分と核心を……」
それって俺が本当に勇者なのかって疑ってるってことですよね。まあ俺もあんまり信じられないけど。
「成程、道理じゃな。じゃが、そう決めつけるものでもない。あれを抜こうとした者は数多くあれど、実際に抜いて見せたのはこやつだけなのだから。何かしらの縁があると考えるのが自然じゃろうて」
「では一体どうして聖剣は力を発揮しないのでしょう?」
「フム、そうじゃな……ではまず、聖剣とは何か、ということから話すとしようかの」
「聖剣とは魔を斬り結ぶ剣じゃ」
賢者さまは、そう言って口を開いた。
「万物を斬ると呼ばれるその強さ、そして持つものを守護する絶対的な結界。全てがその副産物に過ぎん。魔王と、その眷属を打ち滅ぼすための剣。言ってしまえば聖剣と勇者の役割はただそれだけなのじゃ」
「魔王……」
アルシエルもかつては魔王の部下だったという。存在は聞いていたけど、やはり戦うことになるんだろうか。
「とはいえ、聖剣の力が巨大であることもまた事実。その力は当然各国にとって無視できないものでもあるし、何より勇者本人への負担も大きい。そこで、聖剣にはいくつかの安全策が講じてあるのじゃよ」
「聖痕のことですね」
「セイコン?」
レナさんの言葉に俺は首をかしげた。どこかで聞いたことがあるような、無いような……。
「その通り。勇者の仲間たちが持つ術式じゃが、持つものに強大な力を与えるが、それだけではない。聖痕は勇者の力の封印を解く鍵になっておるのじゃ」
「あ……」
あの時。聖剣の力を引き出した、レナさんの腕にあった赤い紋様。あれが聖痕なのだろうか。
「その表情から察するに、既に封印を一つ解いたようじゃな」
「ええ、多分……」
「私の聖痕で封印を一つ解きました。そのときは確かに疑似魔王を斬れましたが……」
「それ以来、聖剣は錆びたままだと?」
「ええ」
それを聞くと賢者さまは再び考え込んだ。普通はそこで聖剣が覚醒するものなんだろうか。
「今回は事情が事情じゃ。聖剣は長らく勇者と離れておった。力を取り戻すのにはまだ時間がかかるのかもしれぬ」
「勇者と離れていたって……」
皆先代がどうこうと言っていたけど。俺はまだ具体的な話を聞けていなかった。
「ふむ。通常、聖剣は勇者とともに生まれる。言ってしまえば勇者と聖剣は一心同体なのじゃ。勇者の死と共に聖剣は失われ、生涯別れることはない」
じゃが、と賢者さまは息を継いだ。
「先代は自ら聖剣を捨てた。それから五十年、聖剣はリヒテンブルクの聖剣広場に突き刺さったままだったのじゃ。以来、祓われるべきだったシンは大地を跋扈し、人々に災いをもたらしている」
「それが、先代のせいだと?」
賢者さまは頷く。
「先代は自らの務めを放棄した。本来撃ち滅ぼすべき魔王を討たず、いずこかへ去った。それによって教会からは神の敵、神敵として追われることとなったのだ。シンがこうして現れるようになったのは、先代が去ってからじゃからな」
アルシエルの言葉がよぎる。
――先代が良い例だ。あいつは生きながらにして勇者を止めた。そしてあいつは全てを失った。
勇者としての務め。それがどれだけ辛いものだったのかは分からない。でも、世界を敵に回してまで彼がやりたかったことは、一体何だったんだろう。
「……話が逸れたな。まあともかく、聖痕によって勇者の力は復活する。今のままでは、魔王に挑んだところで勝ち目はあるまい。ひとまずは聖痕を持つ者を探し出すのが吉じゃろう」
「探し出すと言っても、手がかりはあるのか?」
「ああ、それは……」
シルヴィアの疑問に賢者さまが答えようとしたその時。
「なっ――」
「これは……」
地面が大きく揺れた。
お久しぶりです、そんなこんなで説明回になります。ちょっと長い台詞が多くなってしまいましたが、今後の旅の方針も少しはっきりした感じですね。次回は多分戦闘です。お楽しみに。




