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プロローグ3 帰り道

――忘れてた。

俺は地元と高校の距離がそこそこ離れているため、通学には電車を利用している。毎朝混雑する車両に乗るのはかなりのストレスだが、まあ慣れればどうってことはない。ほんの少しの図々しささえあれば、そこまで苦労はしないのだ。あと、座ることにこだわらない方がいい。椅子の争奪戦はかなり激しいので、深く突っ込むと、ひどい目に遭うからだ。

まあ、そんなことは置いといて。

もうひとつ。俺は公立の中学に通っていた。ご存知の通り、公立の中学は、住所によって学区を分ける。ご近所さんは皆同じ中学に通っているという訳だ。俺と杉崎はご近所とまではいかなくても、お互いの家に歩いて行けるぐらいの距離ではある。まあ、そんなことが俺に可能なわけないが。

まあ、何が言いたいのかというと、だ。

「……杉崎」

「あ……」


最寄り駅で、俺と彼女は再会してしまったのだ。



どうすんだよ、これ。

俺は途方にくれつつも、しかし無視することもできずに、結局杉崎と一緒に帰ることになった。何だこれ。どうしてこうなった。

本来なら、両手を上げて喜ぶべきところなのだが、先ほどの別れ方は明らかにこんな早い再会を考えていた訳ではなかったはずだ。俺もちょっと上手くまとめたつもりだったのに。何だよ。すごく恥ずかしい。そして気まずい。

駅から俺たちは、離れるでもなく、かといって近づくでもなく、一定の距離をとりながら歩いていた。ヘタレを自称する俺としては彼女の顔を時折覗きこむことぐらいしかできないのだが。折角の下校だというのに、このまま何の会話もないというのはさすがに気まずい。駅から俺や彼女の住む住宅街までは一本道。たとえさっき「もう会話は当分無いから」みたいな別れ方をしたとしても、やはり世間話程度はするべきなんじゃないだろうか。いやいやしかし世間話って言っても一体どんな……。

「「あ、あの」」

「「……」」

「杉崎どうぞ」

「緋村君が先に……」

「「……」」

いかん。世間話以前に会話が成立しねえ。謙虚は美徳なんて言うが、お互いに一歩下がっちまったら、ただ距離が延びただけで、何の意味もないようだ。

「本当に、さっきはありがとう。 嬉しかった」

杉崎が小さい声で、何か言っている。いや、聞こえてますけどね。普通に恥ずかしいですよ、あんな台詞。俺主人公みたいじゃん。何なの、何で俺は帰宅途中に青春してるの?一体いつそんなフラグが?まさか最近は「ごく普通の」って言った瞬間にフラグが立つ時代になったの?何それ、怖い。テレビのドッキリ臭がして超怖い。

なんて俺が戦々恐々としていると、杉崎はくすり、と笑った。え、何、俺笑われた?笑われたの、今?

「緋村君が来てくれなかったら私、断り切れなかった」

どうやら、地雷を踏んだ訳じゃなさそうだ。

だったら何かを言わなければ。言いたいことがたくさんあるんだ。

「え、あ、い、いやあ……まあ、たまたま近くを通って」

本当は君の声が聞こえたから、探しに来たんだ。

「あ、そうなんだ。 誰も来てくれなくて……緋村君の動き、迷いがなかったよね」

違う。迷った。沢山迷ったんだ。

「はは、ま、まあね」

嘘をつくな。一瞬見なかったふりをしようとしたじゃないか。

「緋村君って世話焼きタイプなのかな?」

「え、お、俺は……」

違う。君じゃなきゃ、俺はきっと……。

俺は黙りこんだ。話す度に今の俺が本当の自分から遠ざかっていく気がした。

「……俺は君が思ってるほど善人じゃないさ」

ようやく紡げたのは、そんな自虐的な台詞だけだった。

「緋村君……」

今度は杉崎の方が黙り込んでしまう。俺はそれを横目で見ながら、前方の景色を確認する。もうそろそろ家に着くだろう。

どうやら、ここまでだな。

自宅に近づくということは中学の同級生たちに会う確率が大きくなる。俺はどうってことないが、杉崎は俺と一緒にいるところを見られるとまずいだろう。そろそろ離れないとあらぬ誤解を受ける。

俺は彼女の方を向き、ちょっと口角を上げた。無理やり。

「もうそろそろ中学近いしさ、ここでいいよ」

頑張れ、俺。

「え……」

「やっぱ俺と一緒にいて勘違いされたら困るだろ? 変な噂が立ったら……嫌だろうしさ」

あと、少しだ。

杉崎はわずかに目を開き、そして、そっと顔を伏せた。こいうときは妙に気を使わない方がいい。言いたいことははっきり言わないと、きちんと伝わらないことがある。

だが、杉崎は俺の遠回しな拒絶に対して、何の反応も示さなかった。むしろ歩みはさっきより遅い。どうしたんだろう。

彼女の歩幅も同じように小さくなり、速度も少しづつ落ちていく。やがて彼女の歩みは完全に止まった。

訝しげに見つめる俺に、杉崎はただ、ぽつりとつぶやいた。

「分かってない……分かってないよ」

「え」

思わず俺が口を開いたとき――

「お前が緋村かあ?」

「はい?」

――突然、誰かに声をかけられた。



相手は立派な巨漢だった。

その巨大すぎる体のせいか、着ている学ランのボタンは一つも付いておらず、下には赤いティシャツを着ていた。見れば彼の後ろには大勢の学ラン組が立っている。人によっては金属バットまで持ってきているようだ。なかなかに個性的なお友達をお持ちらしい。

「……一応聞いときますけど、初対面ですよね?」

俺はとりあえず、相手と杉崎の間に自分の体を滑り込ませた。対して相手はにやにやという笑いをやめない。数からして、俺が逃げ切れないと分かっているんだろう。悔しいがその通りだ。俺は元サッカー部として、足には自信があるが、杉崎と一緒に逃げ切れるかどうか分からない。

男はポケットから携帯を取り出す。そして、それをこちらに見せつけるかのように、ちらちらと振って見せた。

「俺とテメエはな。 だが、園田さんは知ってんだろ?」

やっぱりそっち関係か。誘いを断ると女に不良を差し向けるって噂は本当だったんだな。

「まあ、今日少し立ち話をしましたね」

俺はじりじりと後退した。そもそも俺は喧嘩なんてしたことがない。ここは引き下がるしかないだろう。

「そうか。 なら分かるだろ?」

だが、俺は残らないといけない。彼女を逃がすことが今は最優先。園田を怒らせたのは俺だ。この咎は俺にのみあり、彼女にそれを求めてはいけない。多少痛むだろうが、これが最良の策だろう。

「勝手に転んだのはあの人なんですがね」

「反省の色なし、か……ならっ!」

言うが早いか、男は地を勢いよく蹴る。それが合図になったかのように、後ろの男達もこちらに駆けだした。予想どおりだ。後は……。

俺は杉崎を突き飛ばし、久しぶりに大声で叫んだ。

「走れ!」

「で、でも――」

「いいからっ!」

言ってるそばから相手の拳が顔にのめりこむ。痛い。おまけに、涙が流れたのか、視界も妙にぼやけている。全く、やってくれちゃって。

その後もどんどん衝撃が襲ってくるが、俺は、早くこれが終わればいいのに、ということしか考えていなかった。もう、杉崎は逃げたんだろうか。耳だって男達の罵声ばかりが集まって来て、彼女がどこにいるのかも、何かを言っているのかも分からない。

これでいい。俺が傷つくのはいつものことだ。別に死ぬまで殴られるわけじゃないだろう。夏休みが入院生活でつぶれるだけだ。予定なんか元からないしな。

痛みはもうない。自分の体であるはずなのに、どうも他人のもののように感じる。ひどく、決定的な違和感。一体これは……。

「おい、なんだよ、こいつ……」

「光ってんぞ……」

男達はひどく驚いている。一体誰に?ああ、俺か。本当だ。俺の体が妙に光っている。あれ、どうなってんだこれ。一体何が……。

「に逃げろ!」

男達の戸惑う声も、今はひどく遠くに聞こえる。それだけじゃない。体にあった痛みも徐々に消え、視界もはっきりしてきた。

「一体こいつは……」

正直分からないことが多すぎるが、折角のチャンスだ。一方的に殴られっぱなしというのも気に入らない。一発ぐらい殴ってやらねば気が済まない。

「くらええっ」

素人同然の構えから、逃げる相手の背中に、拳を突き出す。良く見ればあいつらならよけることなんて簡単だろうが、今のあいつらは平静を失っていた。きっと当たる、そういう確信が俺にはあった。

その瞬間妙なことが起こった。

俺の視界がいきなり、ぐにゃりとまがったのだ。そして、一瞬で歪みは消えた。

それだけなら、俺は気のせいだと思っただろう。だがそうはいかなかった。

歪みが消えた後、俺の目に映る景色は大きく様変わりしていたのだ。

アスファルトで舗装された地面は赤い絨毯に。

逃げまどう不良たちは鎧を身に付けた兵士たちに。

しかし、俺の拳はそのような変化の中でも変わらず、まっすぐに、ぐんぐんと伸びていく。

さらに問題はもう一つあった。

俺の目の前には、身分の高そうな格好をしたおっさんがいた。赤いローブに身を包み、大きく見開かれた目でこちらを見つめている。

そして――

「……マジかよ」

――おっさんの顔面には思いっきり俺の拳がのめりこんでいた。

プロローグ、これにてお終いです。次回から緋村始のモテモテ異世界無双が始まります。

きっと、多分、そのうちに……。

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