第三十二話 北の将軍
「よお、シルヴィ、相変わらず小っぇえな!」
「大きなお世話だ」
森にたどり着いた俺たちを出迎えたのは、毛皮を着こんだ男だった。背はホークさんより低いくらいだが、隙間から覗く筋肉はがっちりとしている。
「紹介しよう、北方国境警備隊隊長の――」
「ガルル・ローズだ。好きに呼びな」
「ちなみに彼の傭兵としての名は」
「喋りすぎだ」
ガルルさんはそう言ってシルヴィアを小突いた。シルヴィアの方も頬を膨らませるが、それ以上何かを言う様子はない。
それにしてもシルヴィアがこんな子供っぽい真似をするなんて、何か意外だ。
「師匠だから頭が上がらないってことかな」
「どっちかというと幼児退行してるだけだと思うんですが」
「おい聞こえてるぞ」
シルヴィアがそう言うと、たまりかねたようにガルルさんがぷっと吹きだした。
「いやあ悪い、シルヴィが同年代と話し込んでるのが珍しくてな……こいつ親父に似て方々に喧嘩を売りまくってるから、むさい男とばっか一緒にいるイメージしかなくてよ」
「はあ、親父に」
あの面倒くさがり屋の王様が方々に喧嘩を売っていたというのはあまり信じがたいが。
「ああ、お前らは知らねえのか。あいつは結構なワルだったんだぜ、今じゃ丸くなってるけどな」
ホークさんにあんなにやり込められてる王様が結構なワルだったとは。全く人生何が起こるか分かったもんじゃない。一体何がどうなってあんなに無気力になってしまったんだろう。
「――ぶへぇっくしょい!」
「書類に鼻水を吹き飛ばすんじゃない、殺されたいのか」
「いや、いい加減休もうや、俺もう疲れちゃったよ」
「五分前に休んだばっかりだろうが!」
「まあ、あいつの話はいい。んで?シルヴィがわざわざこんな辺鄙な場所に来るとは珍しい。また家出か?」
「いや、違う。今日は影の森の主に話をしに来た」
途端、ガルルさんの纏っていた空気が一変する。先ほどまであった軽薄な笑みは消え、真剣な目でこちらを睨む。
「……生憎と冗談じゃ済まないぜ、シルヴィよ。分かってるんだろうな」
「冗談でこういうことを言うほど、私も命知らずじゃない」
シルヴィアは静かにガルルさんを見る。
「ここにいるのは勇者だ、私たちは賢者の山を探しに来た」
「勇者ねえ……そこの女が?」
「いや、その荷物持ちだ」
ガルルさんは俺を見る。目をぱちくりとする。俺は黙って腰に提げていた聖剣を引き抜いた。
「……マジで?」
「泣きますよ」
ガルルさん、もといガルルは俺を見てとんでもなく失礼なことを言っている。ていうか会う人皆俺のこと見て一目で勇者だと気づいてくれないんだけど。何これ。俺が悪いの?パッと見て勇者って分かんない俺が悪いの?
「成程。賢者の山か。勇者だってんなら確かに来るのは道理だが……しかし」
「信じられんと?」
「まあ、ぶっちゃけ」
相も変わらず失礼な物言いをしているが、とりあえず気にしない。気にしてたら涙出そうだし。取りあえずさっさと賢者の山にでも行こう。行って賢者に慰めてもらおう。
「……何で泣いてるんですか」
「何でもないです」
ここ最近、涙もろくなったなあ……。
「まあ、先代勇者もここにやって来たとき俺たちに案内されてたらしいからな。ひとまず案内することに異存はないが……」
「何か問題があるのか?」
「いや、ちょいと筋を通さなくっちゃならなくてな」
そう言うとガルルは手元に槍を引き寄せる。
「俺は確かに影の国の頭を張ってる。だが厳密には俺はナンバーツーなんだよ、言っちまえば影の森の軍部のトップってだけだ」
「影の森の主は別にいる、というわけですか」
「んまあそう言う訳だ。大抵のことは俺の一存でどうにでもなるが、ことこういう面倒ごとは一度くらい話を通さないとな、根に持たれたら困る」
ガルルはそういうと奥へと引っ込んでいった。成程。ガルルも結構苦労人なのかもしれない。姿を現さない上司に代わり、色々と雑用をこなしていたということだろうか。
「……警備隊の隊長ってのも大変なんだな」
「影の国。伝説によれば神を殺した女戦士が君臨すると聞きましたが……」
「私は会ったことがないが……しかし伝説の戦士ならば一度手合わせ願いたいものだ」
ホント姫様はぶれませんね。神を殺したとか訳の分からない女とサシでやりあいたいんですか。
「やれやれ、本当に戦うことしか頭にないんですね……やること終わってからにしてください」
レナさんは子供を宥めるような口調で物騒なことを言っている。俺の感覚がおかしいのかな。戦いってそんなホイホイやるもんじゃないと思うんだけど……。
「よう、待たせたな。許可は貰ったぜ。さっさと賢者の山に行こうや」
ガルルが戻ってきた。いよいよ森の奥へと入るのか。
「ところで師匠、その主とは強いのか?」
シルヴィアはガルルに何か言っている。どうやら本気でその主とやらと戦いたいらしい。
「ん?まあ確かに強いが……戦うのは止めておけ。あの人基本的に手加減とかしないから。手合わせでうっかり山が消えるなんてしょっちゅうだぞ」
だぞ、じゃねえよ。何だそれ。人間じゃねえだろうが。
「まあそのうち会う機会もあるさ、向こうが気に入れば声をかけてくるだろ」
それに、とガルルは続ける。
「多分賢者の山行ってもそれなりに楽しめると思うぜ」
そんなこんなで本編です。ガルルさんは残念ながら今回は戦いませんが、またそのうちに。次回は賢者の山で色々やります。過去編も近いうちに更新するのでお楽しみに。それでは。




