第三十話 殺意の影
「へいへい毎度あり」
鬼丸は金貨を受け取ると、手にしていた品を相手に手渡した。
「流石は韋駄天、仕事が速いね」
「おだてたって安くはしねえからな」
「そりゃ残念だ」
「この野郎……」
目の前は親父は常連だった。急な荷物があると必ず連絡を寄越してくれる。鬼丸も出来るだけ親父の依頼を優先してきた。だからこその軽口なわけだが、
「この前は悪かったな、仕事断っちまって」
「なあに気にすんな、こっちも急だったしな、驚きはしたが。王都はえらい騒ぎだったそうじゃねえか」
「ああ、何でも貴族派の残党が反乱を起こしたとか……」
戦いに参加したことは話すと面倒なので黙っておく。
「貴族派ねえ。俺たち庶民からすりゃあ王様も貴族も大して変わらねえけどな」
親父はそう言いつつ受け取った荷物を隣へ置いた。そのままこっそりと鬼丸へ耳打ちする。
「ところであの噂は本当なのかい?」
「噂あ?」
「勇者様が現れたって話だよ、なんでもあのアルシエルを従えてたって……」
鬼丸は吹き出しそうになった。あの緋村始がアルシエルを従える?天地がひっくり返ってもそんなことがあるはずがない。
「ンな訳あるか、あのアホはそんな器じゃねえよ」
「てことは勇者様が現れたってのは本当なのか……かぁーっ、こりゃあ面倒になるな」
親父は頭を抱えていた。鬼丸は首をかしげる。勇者が現れたぐらいで世界情勢がそこまで変化するものだろうか。
「お前さんは若いから知らんかもしれんが、先代のときはとんでもなかったんだぞ、勇者が現れるたびにあちこちで怪物が出てきて……今はシンって言うんだっけか?」
親父はまた戦が始まらなきゃいいが……と嘆いていた。
「そう心配しなくても大丈夫だろ、別に今世界の危機って訳でも無ェんだしよ」
「だと良いんだがねえ……」
親父はそういうと、荷物を担いで去っていった。それを見て鬼丸もその場を後にする。
――勇者が現れるたびにあちこで怪物が出て来て……
親父の言葉が脳裏をよぎる。勇者の行く先々に魔物が現れるのは予想がつくことだ。しかし、今の口ぶりではまるで勇者が現れたせいで魔物が現れたようではないか。
「んまあ、考え過ぎか」
先代がどうだったのかは知らないが、あの人畜無害そうな男が世界を相手に何かを為せるとも思えない。人々の中の勇者のイメージがどんなものであれ、あれは明らかに予想の下だ。勇者をめぐる戦争なんて起こるはずがない。
鬼丸は峠にさしかかった。ここを登ればあとは一本道。つまりトップスピードを出せる。明日も早い。さっさと帰って次の仕事に備えなければ。
――と、そのとき。
「……誰だテメエ」
峠に見えるのは人影。それが仁王立ちで鬼丸を見下ろしている。そしてその影から放たれるのは、
(殺気……)
鞘に手をかける。既に臨戦態勢だ。相手が動く様子はない。試されているのか。
「嘗めた真似を……」
斬りかかるか。この距離ならば一歩で足りる。先手必勝。狙うなら一瞬だ。幸い、鬼丸の目に瞳は無い。表情を読むことは不可能だろう。鬼丸はそのまま一歩を踏み出し、
「貴様、勇者を知っているか」
止まった。
「……どう意味だ」
「言葉通りの意味だ、この前聖剣を抜いた男を探している」
「探してどうする」
「殺す」
淡々と答える男の声に揺らぎはない。本気だ。この男は間違いなく始を殺すだろう。
そしておそらく一緒にいるレナも……。
「その口ぶりからして知り合いか。ならば重畳、王都を出たものは必ずここを通ると聞いたのでな。張り込んだ甲斐があったというもの」
男の手にはいつのまにか剣が握られていた。長さは男の身長はあろうかという大剣。それを肩に担ぐと、男は一歩を踏み出す。
「行くぞ」
「――ッ」
避けられたのはただの勘だった。咄嗟に体を捻ると、刀を抜きつつ相手の剣に這わせる。同時にとんでもない衝撃が鬼丸を襲った。何とか受け流しつつ、手を地面について後退。間合いを取ると、鬼丸は男の顔を見た。
「……」
男は長髪だった。黒髪が風に揺れている。そして男の顔には大きな切り傷があった。その形はまるで三日月だ。
「ほう、今のを躱すか。多少は覚えがあるようだな」
「そうかい、こっちもようやっと覚悟が決まったところだ」
この男は敵だ。あの馬鹿がどうなろうと知ったことではないが、レナに危害が及ぶのなら話は別。この男は鬼丸の敵。
「吐く気にはなったか」
「やってみろや」
鬼丸の瞳が黒く染まる。顔に傷が浮き彫りになっていく。
それは鬼丸が本気で戦うという証だった。先ほどとは比べ物にならない魔力が体から放出され、周囲の草を揺らす。
「……」
それを見て男はわずかに目を見開いた。鬼丸はにやりと笑う。隙をみせるのは致命的だ。力を解放した以上、狙うは首。加減はなしの全力だ。
「行くぜぇぇっ!」
鬼丸は駆ける。運び屋である鬼丸の強み。その速さを十分に見せつけながら、鬼丸は刀を払う。
「月牙の――」
「この程度か」
え、という間もなく、鬼丸の体が崩れ落ちる。体に何かが染みる。これは血だろうか。
「所詮は猛犬。戦いのイロハも知らん阿呆が粋がるな」
男はゆっくりと近づき、鬼丸の体を踏みつけた。
「がっ――」
「勇者はどこだ」
「……誰が言うかよ」
今度は鬼丸の胴を蹴った。
「ごっ……」
「次は剣だ、さっさとしろ」
鬼丸は痛みの中で懸命に思考した。先日、別れ際の三人の会話を思い返す。
そして、
「……南だ」
小さな声で、しかしはっきりとそう言った。
それを聞いた男は剣を手放した。光の粒となり、剣が消える。
「北か」
「……」
沈黙を守る鬼丸を見下ろして、男はフンと鼻を鳴らした。
「瞳がないからと慢心したな……鬼喰いよ」
それだけ言うと、男は去っていった。
「クソが……」
去りゆく背中に悪態をつく。だが、鬼丸の意識は次第に遠ざかっていった。気のせいか、寒気すら覚えている。
(お嬢……すいやせん)
そんなことを思いながら、鬼丸は意識を手放した。
さあ、そんな訳で新章開幕です。開幕から鬼丸がかませになっていますが……。どうか謎の男と始の戦いをお楽しみに。
何かやるって言ってたんですが、今のところホークさんの過去書こうかなとか思ってます。ネタが思いつかないので、何かくれると喜びます。宜しくお願いします。
長くなってしまいましたが、このへんで。それでは。




