第二十九話 旅立ち
「しっかし本当に大丈夫かい?」
「ええ、何とか」
次の日。俺はレナさんと二人、王様のもとに来ていた。旅に出ることを報告するためだ。色々世話になったし、レナさんが旅に出るにはやはり王様に話を通す必要があるだろう。
「レナ君がいるしあまり心配はしてないが……まあ何かあったら相談してくれ、力になれるかもしれない」
王様はそう言って俺に手を差しだした。俺もそれに応えた。
「まあ餞別と言うには少しなんだが……」
王様はそう言って俺に何かを手渡した。見ると紙みたいだ。奇妙な紋様とともに、何か文字が書いてある。
「通行許可証だ、まあ何かの役には立つだろうさ」
「それって……」
「王家の紋章つきだ、失くすなよ」
王様は俺をびしりと指さすと、にやりと笑った。どこへ行くにしても、これがあれば苦労はしないだろう。
「ありがとうございました」
そう言って頭を下げる。多分、俺はずっとこの人には頭が上がらないだろうなと思いながら。
「ンな畏まんなくてもいいさ……ほら師匠からは何かないのか?」
王様が後ろを振り向くと、控えていたホークが顔をしかめて出てくる。
「俺は師匠じゃない、一週間面倒を見ただけだ」
面倒見たって言うか、むしろ殺されかけてたんですけどね。まあお陰で死なずにすんだんだけど。
「一週間だろうが師匠は師匠だろ?免許皆伝の奥義とか……」
「一週間で身につく奥義があってたまるか」
ホークさんはそう言いつつもこちらを見て、息を継いだ。
「相変わらず未熟だが、腐らず励むことだ。モノにはならんがマシにはなる」
「褒めてんだか貶してんだか……まあいいや」
王様は苦笑いをすると、こちらに手を挙げた。
「世界は広い。気の済むまで歩き回ればいいさ――良い旅を」
「はい」
そう言って、俺は再び頭を下げた。いつか再びこの城に戻ったとき、今よりも多少はマシになっていえばいいなと、そう思いながら。
「……しかし本当によかったのか?」
去っていく二人の姿を見ながら、ホークはアルフレッドに問いかける。勇者である緋村始は今後周辺国から様々なアプローチを受けるだろう。今回はじめを手放したことが果たして正解だったのかと、ホークは問うた。
「一応レナ君もいるし、心配はしてないさ……それに」
「それに?」
「多分彼にここに居ろって言っても聞かなかったんじゃない?目が誰かさんにそっくりだったぜ?」
「……言いたいことがあるならはっきり言え」
「おや、聞きたいのか?」
アルフレッドがニヤニヤしながらホークを見る。ホークは顔をしかめた。アルフレッドの返答を無視しつつ、ホークは話題を切り替える。
「しかし姫様が何も言わないのは意外だったな。絶対について行きたがると思ったが」
「あれももう大人だ。運動不足の解消で出かけるこてゃあっても今回みたいな先の見えない旅に出るほど、子供じゃないさ」
普通は運動不足で魔王軍幹部の城へ殴り込んだりはしないものなのだが。相手がシルヴィアなので二人とも特に引っかかることなく会話を続ける。
「ともあれこれで一件落着だ。すこしは休めるかね」
「お前は仕事をサボってただろう」
「俺結構頑張ってたんだよ?勇者君励ましたりしてさあ」
「知らん――それに今後の方が地獄だぞ。反乱分子の取り締まりと事態の収拾はまだ終わっていないんだからな」
アルフレッドの動きがとまる。錆びたブリキのようにギギギと音を立てながらホークの方を向いた。
「つまり……俺はまだ寝られないの?」
何も言わずホークがにやりと笑った。アルフレッドは慌てて立ち上がるが、その肩をホークががっちりとつかんだ。
「そういうな……あとちょおっと頑張るだけだ……得意だろう?」
「得意でも好きでもねえよ!話しやがれ!死刑にすんぞ!」
じたばたと暴れるアルフレッドが無理矢理に押さえつけた。そこへ衛兵がやってきて
「陛下、手紙をお預かりして――ってええ⁉」
「案ずるな、陛下は少しお疲れになっているだけだ」
「そうだよだから休ませろって言ってんだ!」
「こらこら。王たるもの、週百時間労働も辞さぬといつも言っておるだろうが……ほれ、まずはこの手紙でも読んでみろ」
「はっ、放しやがれええええっ!」
城に男の断末魔が響いた。
「それで、行先は決まってるんですか?」
歩きながらレナさんが聞いてきた。珍しく俺が先頭を歩いている。
「どこかって訳じゃないんだけど……賢者の山って知ってる?」
「賢者の山、ですか……確か北の森に大賢者が住んでいるという噂を聞いたことがありますが……」
レナさんが顎に手を当てて考え込んだ。夢の中の話だから本当にあるのかどうかも怪しいが、今のところ手がかりはそれしかない。
「それじゃ取りあえず北に行きますか」
「そうですね、まあ街道を歩くので少しばかり遠回りになりますが」
「アルシエル城のときそんなまどろっこしい道通ってましたっけ?」
「あのときは鬼丸がいましたからね。今回は徒歩ですから安全策で行きましょう」
「お呼びですかお嬢」
いきなり現れたのは鬼丸だ。何ていうか今どうやって出てきたんだよ。全く隠れる場所なかったんだけど?
「相変わらずゴキブリみたいに湧いてきますね……一体何の用です?」
「いや、用っていうか運び屋の仕事が一段落ついたんでお嬢の様子でもと……」
「ああそれなら、私は勇者様と旅に出ますから、しばらく帰ってきませんよ」
「あああハイハイ勇者とね……へ?」
鬼丸は俺を見た後ぽん、と手を叩くと、
「ちょっとどういうことかね緋村くうん?」
そのまま刀を俺ののどもとに当てた。ご丁寧に刃をこちらに立ててきている。
「あの、取りあえずそれどけてくれません?」
「オイオイ冗談止せよ、これから死刑って時にわざわざ罪人を遊ばせる刑吏がどこにいる」
「最早隠す気もねえ!」
死刑が確定すんの早くない?ここ最近俺の命軽んじられ過ぎだと思うんだけど。
「テメエ、お嬢と旅することをいいことに何しようとしてんだ……返答次第じゃあテメエの死に様をちょいと派手にすんぞ」
どう答えても死ぬの確定じゃねえか、選択肢あるみたいに言ってんじゃねえよ。
「それで、実際何の用で来たんです?」
「いや、俺はお嬢の……」
「街道で油を売りながら、ですか。貴方にしては随分と呑気な旅ですね」
レナさんはそう言いながら腕を組んだ。心なしかその表情は不機嫌だ。
「待ち伏せでしょう、誰の指示ですか」
「私だ」
すると待っていたかのように人影が飛び出した。何ていうか皆隠れるの好きすぎだろ。最早楽しんでないか。
姿を現したのは、シルヴィアだった。腕を組んでふんぞり返っている。そしていつも通り動きやすそうな服で槍を担いでいた。
「……何してんの」
「いや、あの後お前たちのことだからどうせ旅に出るとか言い出すに違いないと思ってな……私もついて行くことにした」
しれっととんでもないことを言い出す皇女殿下。流石は一人で魔王軍幹部の城に突っ込んで行く女。フットワークの軽さが尋常じゃない。
「そんなこと言っていたらまたホーク卿が心配するでしょう、いいからさっさと帰りなさい」
「その点なら心配要らない、手紙を置いてきたからな」
「いや手紙って……」
一体何書いてきたんだ。絶対にホークさんの心臓に悪い内容しか書かれていないだろう。
「勇者にどうしてもと頼まれたので、旅に出ることにしたと書いたからな……これであいつも仕方がないと諦めるだろう」
「何してくれてんだァァッ!」
それ完全に矛先こっちに向く奴じゃねえか、ホークさんがそんなんで諦めるわけないだろ、むしろ地の果てまで追ってくるわ、俺を殺しに。
「……もう王都に帰れる気がしねえ」
「まあ時間を置けばホークも忘れるさ、心配するな」
「他人事だと思って……」
だがまああの皇女の戦闘能力については折り紙付きだ。仲間になれば心強い。
「……まさか連れていく気じゃありませんよね?」
「いやだって近接で戦える奴いないし……」
「自然に自分を戦力から外さないでください」
とはいえあんな化け物みたいな連中と戦えるような力が俺にあるわけないし。できてせいぜい後ろから応援するぐらいだと思うんだけど。
「ったく、このヒモ野郎が」
鬼丸が後ろからとんでもなく失礼なことを言い出しているが、気にしない。俺は断じてヒモではない。
「まあ、そういうわけだ。お前だって男と二人で旅に出るのは嫌だろう?」
「爆弾持ち歩くよりはマシです」
「なら問題ないな」
天然入っている皇女にレナさんお得意の嫌味は通じないらしい。あるいは知ってて無視してるのか。いずれにしてもこの人を連れていくのは確定事項になりそうだ。
「強敵に出会えると思うと心躍るな!」
「言っておきますけど、行く先々で喧嘩を売るような真似は慎んでくださいね」
「何を言ってるんだ、私は喧嘩なんてしない、決闘をするだけだ」
女衆が後ろでやいのやいのと言っているが、中身がえげつない。もっと女子らしい会話をしなさいよ。
「オイ」
とか思っていると鬼丸が背後から声をかけてきた。一体何事かと振り返ると、
「っと」
何かを放り投げられる。見ると笛のようだ。動物の骨で作ったような形をしている。
「……何だよ、これ」
「呼び笛だ、そいつが鳴れば俺に聞こえる。困ったらそれを吹け。暇だったら助けてやる」
よく分からないけど、つまり
「勘違いするなよ」
鬼丸は畳みかけるようにこちらにずい、と近寄った。
「テメエを認めた訳じゃねえ。だがテメエしかいねえのも事実だ。お嬢に何かあったらぶっ殺すからな、死んでも守れ」
「死んでもって……」
「そういう気概で行けって話だ――それ、さっさと失せろ、俺の気が変わらないうちにな」
それだけ言うと、鬼丸はそのまま立ち去る。あれは鬼丸なりの励まし、なんだろうか。
「これはちょっとばかし荷が重いかもなあ……」
そんな風に思いながら、頭を掻いていると、
「いつまで突っ立ってるんですか」
「さっさと行くぞ」
いつの間にか二人は喧嘩を止めていたらしい。いつの間にか俺が待たせていたことになっている。
「全く、気遣い出来ない男はこれだから」
「諦めろ、所詮は童貞だ」
「ちょっとそこはまだ確定して無くね?」
慌てて駆けつける。この二人を放置していたら、あっちこっちに何を吹聴されるか、分かったもんじゃない。
「あんたら好き放題言ってるんじゃないよ、名誉棄損で訴えますよ」
「皇女相手に何を言っている、不敬罪で斬るぞ」
「職権濫用なら私の管轄ですね」
ぎゃあぎゃあと喚きながら、俺たちは北へと進んでいくのだった。
人は与えられた役割を生きている。だから俺たちに世界は救えない。たとえ俺たちがそう願っても。たとえ俺たちがそうできるとしても。俺たちはどこまでも馬鹿で、残酷だ。
だけどそれでも。
目の前の一人を救いたいと、そう願って手を伸ばすことくらいならできるって、俺は信じる。自分に出来ることが何か一つくらいあるんじゃないかって、俺は信じる。
だから俺たちに世界は救えなくても。
俺たちはどこまでも馬鹿に抗い続けるのだ。
うおお!第一章、これにて完結でございます!ここまで読んでいただいた皆様、どうもありがとうございました!
……と、終わったみたいな空気出しておいて申し訳ありませんが、彼らの話はもう少しばかり続きます。新章も近いうちにお届けしたいと思いますので、お楽しみに!




