第二十八話 目覚め
闇の中。俺は何も見えない中で揺蕩っていた。
一体ここはどこなんだろう。確か俺はアンドリューを斬って意識を失って――。
――助けて。
頭に直接声が響く。女の声だ。一体どこから聞こえてくるんだろう。
そんな風に考えていると、遠くにぽう、と光が灯った。思わず目を細める。光はゆっくりとこちらへ近づいてきた。
「あなたは……」
――あなたが勇者ね。私は……。
途端に声にノイズが混じった。光もそれに合わせて揺らぐ。
――どうやらまだ通信が安定してないみたいね、なら単刀直入に言うわ。
光りは強い輝きを放った後、すぐに消えそうになってしまう。慌てて手を伸ばすが、体が思うように動かない。
――彼を助けて欲しいの。私では、彼を救えない。だから、
「待ってくれ、彼って一体」
――賢者の山に行って。彼は何も語りたがらないでしょうけど、それでも……。
「いや、だから人の話を」
だが光はそれ以上何かを語ることなく、すうっと消えていった。
「……」
一体あれは何だったのだろう。だけど、彼女の声はどこまでも真剣だった。
「彼を助けて、か」
自分では彼を救えないと、彼女は言っていた。
それを認めるのは、どれだけ辛いことなんだろうかと思いながら、俺は目を閉じる。
闇が明けることはなく、俺は再び眠りに落ちていった。
目が覚めると、俺はベッドで横になっていた。
「フム、起きたか」
声の方に目をやると、シルヴィアが腕を組んでこちらを見下ろしていた。
「あれ……俺……」
「三日は寝ていたぞ、アルシエル曰く、勇者の力を使った反動だそうだ」
言われてみれば体中がだるい。鈍い痛みと筋肉痛のせいで、起き上がるのにも一苦労だ。
「っと」
シルヴィアが背中に手を回して、支えてくれている。反射的にこんなことできちゃう辺りモテそうだ、女に。
「あの女はつきっきりだったから寝かせたんだ……待て、今呼んで来る」
そう言うとシルヴィアが席を立った。扉がばたんと閉じるのを見ると俺は天井を見る。
あれは夢だったんだろうか。そうではないと分かる。あれは現実だ。根拠なんてないけれど、彼女の声が幻だったなんて俺には思えなかった。
なら、俺はどうするべきなんだろう。ここ数日で色んなことがありすぎて考えられなかったけど、いつまでも皇国にいるわけにもいかない。帰る方法を探すなら、外に出ないと始まらないだろう。
そんなことを考えていると、がちゃりと扉が開いた。シルヴィアにつられてレナさんが入ってきた。その目にはクマが付いていた。
「ど、どうも」
「生きてたんですか、残念です」
開幕から生きていたことへの駄目だしを頂いてしまった。相変わらずの毒舌だが、その言葉が安堵の裏返しであることを、俺は知っている。
「そらすんませんね……そっちも随分と眠そうだけど」
「何です、燃やされたいんですか」
「こらこら二人ともそうキリキリするな」
「黙っててくださいこの胸無し」
「そうか斬られたいなら素直にそう言え」
言いつつシルヴィアが槍を取り出す。何であんたらは出合い頭に喧嘩するんですかね。一応怪我人いるんですけど。
「斬るのは取りあえずあとにして……アンドリューはどうなったんだよ?」
「ああ、その件ですが……」
そう言ってレナさんは事件のその後を語り始めた。
「……そうですか、オムが」
レナさんから事情を聴き終えて、俺は一息ついた。シルヴィアはレナさんが事情を話し始めると、そのうちに席を外していた。
「実に残念です、私が直々に裁きを下してやりたかったのですが」
取りあえず物騒な物言いをするレナさんは無視する。彼女は高等弁務官だ。聞こえないふりをしといた方がいいだろう。
「アンドリュー卿は命はあるようですが……魔王の力を体に宿したんです、まあ無事と言える状況ではないですね」
当然の報いだ、とは言えないだろう。俺が斬らなければ、もしかしたら助かったかもしれないのだから。
「それは間違いです」
レナさんが俺の顔を見て言った。
「元々人間の手には余る事態です。その力を手にすることを選んだのは彼自身です」
「いや、そうは言うけど……」
レナさんは深くため息をついたあと、俺の目を見て言った。
「私は別に理不尽な暴力を認めるつもりはありません。ですが降りかかる火の粉を払うのは別です、あなたは私たちを救いました。少なくともその点については、胸を張ったらどうです」
本当にそうなんだろうか、俺は皆を守れたんだろうか。
「救ったなんて……俺にはそんな力はないよ」
「救ってくれたでしょう?私を」
レナさんの声は小さかったが、しかし確かに耳に届いた。
「自分を貶めるのは止めることです。それはあなたに関わってきた多くの人たちへの侮辱となる」
それは初めて彼女に会った時、かけてくれた言葉だった。あのときはただの慰めだとしか思えなかった。けれど、これが彼女の生き方なんだ。
「……何です、ニヤニヤして」
「別に」
そんな彼女を守れたことを良かったなあなんて考えて。
「俺、旅に出ようと思うんだ」
俺はごく自然に、思ったことを口にしていた。
「元の世界に帰りたいかって言われると正直分からない。けど、俺がこの世界に呼ばれた理由があるなら……俺はそれを知りたい」
レナさんは俺の話を黙って聞いていた。それが拒絶じゃないことを何となく察しながら、俺は再び口を開く。
「だけどそれは俺一人じゃ難しくて……だから……」
口の中は渇いていた。だけど、このままじゃ駄目だ。ちゃんと、言葉にしないと。唾を飲み込み、俺はレナさんの顔を見る。
「……俺と一緒にいてほしい」
何とか振り絞った言葉は少しばかり足りなかったかもしれない。現にレナさんは目の前で目を大きく見開いたあと、しばらく辺りを困った顔で見回していた。それから顔を真っ赤にして俯く。どうしたんだろう。具合でも悪いんだろうか。
レナさんは指を何度も交差させる。しかし大きく息を吸うと、顔を上げにっこりと笑った。
「……はい」
それは、彼女が初めて見せた、心からの笑顔かもしれなかった。
どうもお久しぶりです。そんなこんなでレナさんがデレました。可愛く書けてればいいなあ。感想お待ちしております。まあでもこの二人ですから、すぐこじれると思います。うん。
お陰様で累計PVが800を超えました。ありがとうございます。キリの良いところで何かやりたいと思っておりますんで、どうかこれからも始たちをよろしくお願いします。




