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プロローグ2 まもりたいひと

「なあ、今のって……」

「似てたな。 お前行ってこい」

「は? お前、何言って……」

「馬鹿かお前。 今行かなくてどうすんだよ」

寺内に押し切られ、俺はおろおろと廊下を歩きだす。声が聞こえたということは、そんなに遠くにはいないはずだ。探せばきっと……。いやしかし見つけて俺にどうしろと……。

廊下の真ん中あたり、階段のそばで俺は足を止めた。

そっと様子を窺うと、踊り場のあたりで、男女二人組が立っていた。俺のいる階とその上の階の間であるから、ちょうど俺が二人を見上げる格好になる。

男の方は壁に手をつき、女の退路を断つように立っている。俗に言う壁ドンってやつだ。

男の方は茶髪で、いかにもなアクセサリーを身につけ、制服を大きく着崩している。俺はこいつを知っていた。園田そのだ。うちの高校でも有名なナンパ野郎だ。強引な誘いで、女の子を口説こうとし、失敗すれば、配下を利用し脅迫まで行うというとんでもない奴だ。うちの高校は、とにかく園田に気をつけろ、と教え込まれるほどに、皆から恐れらている。先生たちも手を焼いているようだ。

対する女子の方は、困惑気味な様子で、必死に男の腕の間から、助けを求めるように、あちこちに視線を走らせている。その少女を俺は知っていた。

「杉崎……」

肩で切り揃えられた髪に線の細い体。傍から見れば華奢に思えるが、その実テニス部のエースだ。そのお淑やかな言動や、美しい容姿から、校内の男子からひそかに人気を集めているらしい。まあ、寺内のストライクゾーンからは大きく外れているようだが。

ともあれ、状況を見るに杉崎に園田が迫っている、それも無理やりにだ。許し難いが、だからどうしろというのか。いまどきのラノベ主人公だったら「女の子が困ってるなんて、許せない」なんて言ってつっこんでいく場面なのだが、残念なことに俺は武術を幼いころに習っていたり、実は昔暗殺者を育成するところで育てられたりしたわけではないので、そう簡単につっかかるわけにもいかない。

相手はあの園田だ。ここで下手を打てばいきなり殴りあいが始まるかもしれない。というわけで、話し合いを行わず、風のように現れ、さっさと彼女を連れ去るのがベストだ。誰だかばれる前にさっさといなくなってしまうのが良いだろう。

だがそんなことが俺にできるだろうか。

できるかもしれない。でも、できないかもしれない。

絶対なんていえない。もしかしたら、余計なお世話で、杉崎本人にも迷惑をかけてしまうかもしれない。だったら、始めから何もしない方が――

「――あ」

不意に杉崎と目が合う。どうやら、物陰に隠れたつもりが、かな~り体を乗り出していたらしい。杉崎の視線を追い、園田も顔をこちらに向ける。やめろ、こっち見ないでください。なんか、視線で殺されそうになってんですけど。

……仕方ない、か。

俺はラノベ主人公程のイケメンフェミニストじゃないが、かといって、頼ってきた子を無下にするような冷血漢でもない。なによりも相手が相手だ。頼りにされるというのはある意味、大義名分、ゴーサインを得たことと同値だ。俺の心にあったどっちつかずで中途半端な迷いを無理やり押し殺す。廊下の物陰から、一歩踏み出してみた。

「……なぜ見ているんです?」

物陰からわずかに顔を出す俺にいきなり敬語で話して来る園田。ヤンキーなのに。ていうか今のあれはあれかな?オンドゥル語を意識していたのかな?特撮ファンだとしたらもしかしたら話が合うかもしれな――

「チッ、さっさと失せろ。 殺すぞ?」

――いと思ったがごめんなさいやっぱり無理ですわ。私、あなたとはちょっと同じ言語でお話してても恐怖以外の感情は特にありませんね。ええ、会話したくないです。

「い、いや……あのお、実はそこの杉崎って人に話が……」

頑張ったよ、俺。いやでもこれ以上は無理。どんなに頑張ってもこれが、精一杯だよ。でもまだ敬語じゃないから。オラオラ系だから。心には余裕があるって証拠だよね、うん。

「ああ?」

「ありますです。ハイ」

余裕?何それおいしいの?

あっさりと俺は無意識下で降伏する。オラオラ系とか無理だったわ。だってキャラじゃねえし?別に怖かったわけじゃねえし?

「大体お前誰? 俺は今この子とお話し中なんだけど?」

お話し中ねえ。まあ、それでもいいさ。俺は名乗る気なんかさらさらない。だってばれたら怖いし。そうですよ。怖いですとも!正直でいいでしょう?

というわけで、俺は先ほど失ってしまった心の余裕を取り戻すため、お得意の決め台詞を口にした。

「俺は通りすがりの――」

「……緋村君」

何でいっちゃうのかね、杉崎さん。

「緋村?」

「あ、はい」

やべえ、つい返事しちまったよ。

もうこうなったらヤケだ。少々強引だが、予定通り彼女を拉致るしかない。

「まあ、そういうことなんで」

言った俺すら何がどいうことなのかさっぱり分からないが、階段をすたこらさっさと登り、がしっと彼女の腕をつかむ。そして、半ば引っ張る様にして階段を下りる。

「おい、てめえっ!」

案の定、園田は俺に突っかかってきた。だがその程度の攻撃――

「ひやいっ」

――びびってもかわせるくらいには読めている!

とっさに脇でしゃがみこむ俺。園田は少々張り切りすぎたのか、俺の真上を飛ぶように通り過ぎ、階段をころがり落ちた。へ、ざまあ。き、貴様の動きなんてすでに見切っているぜ(震え声)。

したたかに顔を打ち付けた園田は床で悶えている。ここはこれ以上厄介になる前にトンズラをこくとしよう。俺は唸る園田を横目で見ながら、あいつの横をさっさと通り過ぎた。もちろん杉崎の腕はつかんだままだ(手を握っていないのは決して俺がヘタレだからじゃないんだからねっ)。

園田の横を通り過ぎたとき、あいつがぼそりと呟くのが聞こえた。

「緋村ぁ……忘れねえ、忘れねえぞ……」

ありゃあ。刻まれちゃったよ俺の名を。始という名を。あ、でも下の名前は教えていないからセーフなのかな?いや、やっぱアウトだよなあ。せめて顔を覚えられる前に、ここから消えたい。

杉崎は逆らうことなく俺についてくる。俺達の間に言葉はない。必要がないのか。あるいはそんなことを望んでいないだけなのか。まあ、正直俺にとってそれはどうでもいいことだった。

俺はただ歩きながら、自分に何ともいえない思いを抱いていた。

結局俺にはこんなことしかできない。

困ったことを先延ばしにして、うやむやにして、なかったことにする。そんな逃げでしか、俺は彼女を守れなかった。

無力で、ちっぽけな今の俺には。



下駄箱のあたりまで来たところで俺はようやく歩みを止め、後ろを向いた。杉崎は口を固く結び、下を向いている。いや、もっとよく見れば俺の手元を見ている。

「あ」

よく見れば、俺は彼女の腕を握ったままだった。やべえ。これってもしかして公然わいせつ罪になるんじゃ……。

「ごごごごごごめんなさい」

「いや、こちらこそ、その……」

お互いにさっと間合いをとり、わざとらしく口笛をふいてみる。まあ、失敗しましたけどね。

「あ、ありがとう」

「う、うん」

他にあるだろうがよお、俺。なんか言えよお、俺。

とは言え、元来俺の頭には女の子にかける名言集なんて引き出しは存在しない。困った時はググる。まさかこの習慣があだになる日が来ようとは。くう、辞書を引いておけばこんなことにはっ。

だが今日はそう簡単に諦めるわけにはいかない。せっかく掴んだチャンスだ。今を逃せば次はいつ来るか分からない。そもそも二度と来ないかもしれないのだ。

俺は一気に口の中が渇くのを感じた。胸の内側から何かが俺の全身を叩く。俺はゆっくりと口を開いた。

「あのさ、杉崎――」

「じゃあ、さよなら」

「え」

杉崎は勢いよく頭を下げた後、走って校舎を出て行った。いつの間に靴を履いたんだろう。

一人廊下に残された俺は、ため息をついた後、少し高めの声で呟いた。

「……帰るか」

まあ、人生そううまくはいかないということだ。


おまたせしました。次回でプロローグは完結(予定)です。いよいよ始君が異世界無双します。

た、多分。

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