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第二十五話 いくさのあと

今回は少しグロいシーンがあるので、苦手な方は要注意です。

「おのれおのれおのれ!」

オムはだん、とテーブルを叩いた。置いてあったゴブレットが倒れ、酒が零れ落ちる。長年持っていた秘蔵の品だったが、そんなことは気にしていられなかった。

「あの堅物め、しくじりおって!」

オムが激高しているのはそれだった。アンドリューの王都襲撃は失敗した。故に、王の兵はこちらへ来るだろう。あの男が王位に就いて二十年。長年かけた計画が一瞬にして泡へ消える。覆水盆に返らず。オムにとっては反省を懸けたものが、まさに目の前で壊されたのだ。

「いや、まだだ……」

オムは素早く思考する。この男がこれまで生き残ってきたのはつまるところ、これが理由だった。あらゆるコネを使い、切り捨て、失敗したとしてもすぐさま次へと移行する。プライドが高いだけの貴族とは違い、オムにはある種適度な卑しさがあったのだ。

今回の計画には第二の手段がある。付近には旧帝国の連中が待機している。今王の陣営は少なからず疲弊しているだろう。国境警備隊が駆けつけるよりも前に王都を掌握すれば周辺他国からの介入により警備隊の囲い込みも成功するはずだ。オムは素早くそう考えた、皇国という概念が崩壊しようが、オムの知ったことではない。ただこの大地で贅の限りを尽くすことができればオムは満足なのだ。そのためには全ての金を集めようとする、あの王さえ死ねば良い――

「相変わらず謀が好きなようだな、神父」

「……」

オムは自分の背中が凍るのを感じた。見張りの私兵の声ではない。氷のように冷たく、無感動な声は、底知れぬ恐怖を感じさせた。

「誰だっ……見張りは何をやって」

「殺したよ、分からないか?」

だから何だ、と言わんばかりの声にオムは叫び声を上げそうになった。殺される。少なくともこの男にとって自分はいつでも殺せる存在。庭の虫と変わらぬのだから。叫ばずに済んだのは黙っていれば少しは生き残れるだろうというオムの打算が故だった。

「大司教オムよ、お前は罪を犯した。先の王都で用いられた術式は、わが教会に伝わりし秘術。お前はそれを不用意に衆目へと晒し、神の威光を穢した。異議申し立てはあるか」

「待ってくれ、それは」

口を開くがすぐに異変に気付く。自らの腕からぐきりという音が鳴り、

「ぎゃあああっ」

痛みでたまらず声を上げるが、それ以上に戸惑いが大きかった。なぜ。どうして。一体何が起きたというのか。

「おやおやァ、これはいたそうですねェ、大丈夫ですかァ?」

隣から聞こえてくるのは甲高い男の声。面白がるようにケタケタと笑っている。

「どうれ、反対側に曲げれば治るかな……っと!」

「あああッ!」

ごきりというおと共に体の中で何かが砕ける音がした。痛い。痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイッ……!

「駄目。異端で遊ぶのは。後で怒られる」

上の方から少女の声がした。あどけなさを残しつつも、その声に感情らしいものは皆無だった。

「ったく、こんな屑に遠慮する必要があるとは思えないけどな」

「そう言うな。要は首さえ持ち帰れば良いのだ。それより下は……まあどうにでもなる」

剣呑とした会話の中身すら、最早オムにはどうでも良いことだった。痛みの中、ただ一言が頭の中によぎる。

「異……端?」

「コイツ、もしかして自分の立場が分かってないんじゃないスか?」

「無能」

「二人とも、それまでだ」

男の声が響くと、二人の声はぴたりとやんだ。痛みと恐怖の中で、オムはただ歯をかみしめることしかできない。

「大司教オムよ、お前の罪状は既に述べた。神秘を外へ漏らすことは重罪だ。それ故に我らは貴様を罰する。オムよ、お前は異端審問会執行官たる我々によって裁かれるのだ」

異端。即ち教会からの永久追放。法の保護も、人としての扱いも、何もかもが奪われる。そんな屈辱にオムが耐えられようはずもない。

しかし、オムが口を開く前に異変は起きる。

まず、青き炎が地面を走り、オムを囲んだ。それによって、声の主たちの姿が明らかになる。

「ああ……」

炎に豪し出されたのは黒い僧服だった。真ん中にいるのは長髪の男。その色は白かった。その左隣にいるのは道化のような恰好をしている。そして右隣にはフードを被った幼い少女が立っていた。

「神の名の許に汝に永遠の死を与える」

「待ってくれ、金なら出す!だから」

「また何か言ってますよ」

「黙って」

男の口上と共に、青い炎はますます大きくなっていく。このままでは死ぬ。何とか持てるすべてを捧げてでもここは生き残らなければ。生きていれば必ず、

「あの小僧を殺しさえすれば教会の影響力を取り戻せる!そうすれば中央にも協力できるんだ、だから」

手を伸ばし、青木炎の向こうへと呼びかける。だが、その声は途中で止まった。赤い血が噴き出し、ぼとりと何かが落ちる。それを見て、オムは悲鳴を上げた。

「ああっ……腕が……腕がァッ!」

「お前がどう考えているかの見当はつく」

長髪のとこは少しだけ怒りを見せて言った。

「だが無駄なことだ。確かにあの王の存在は許しがたい。いずれ殺す。だがそこに貴様の助力は必要ない」

そう言って男は腕を払った。同時に手元で何かがきらりと光る。短刀だ。血のせいかてかてかと光っており、さらに地面には飛び散った血の滴がついていた。

「故にお前はここで殺す。魔王の降臨の対価を、今ここで払うが良い」

「ヒ、ヒィィィィッ!」

オムは逃げ出した。駄目だ。この男にはどんな財も役に立たない。説得なんて無意味だ。死ぬ。殺される。一刻も早く立ち去らなければ死んでしまう。それは大司教としてではなく、一つの生物として、打算もなく、ただ原始的な恐怖に従った結果だった。

だが、そんな安易な逃走を許すほど、彼らも甘くはない。

「やれやれ……」

そう言うと男は乱雑に短刀を投げつけた。少しオムの足をかする。オムはすぐに転んだ。

「今までさんざん謀略を働いてきただろう。時流は既に貴様にはない。潔く死を受け容れろ」

「私は死なない!ここで、こんなところで……ッ」

オムは初めて怒りを見せた。交渉も逃走も意味をなさぬ今、その位しか彼にできることはなかった。

つかつかと男が歩み寄る。その手には新たな短刀が握られていた。

「屑が、人の法で死ねるとは思うなよ。人は人の、魔は魔の、そして外道は」

「やめっ」

オムの言葉が終わるより早く、男の担当が横に払われた。首に線が走り、オムの体が崩れ落ちる。壁にびしゃりと血がはねた。

「外道は外道の刃で死んで逝け」

転がるオムの首を見下ろして、男はそっと囁いた。

お久しぶりです。覚えてますか。遅くなりましたが更新しました。オムさんもついに退場です。物語も一区切りが近づいてきました。このまま一気に駆け抜けたいですが、果たして可能なんだろうか……。

宣伝用のツイッター垢とかあった方がいいのかなあとか思ったりする今日この頃です。

それでは次回。

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