第二十二話 王都防衛戦3
「あれがアンドリュー卿だというのか……」
ホークは、空を見て呻いた。あれは最早人間ではない。変わり果てたアンドリューの姿は、かつて見た魔物そのものだ。
敵とは言え、見知った顔が変わり果てるというのはあまり気分のよいものではなかった。これが儀式の効果だというのか。だとしたら何て残酷な……
「よそ見してる余裕があるのかい?」
「ッ」
サントスが槍を払う。咄嗟にそれを盾で受け止めるが、衝撃を殺しきることができず、ずずと後ろへ下がってしまう。
「くっ」
「ハッハア、人間にしちゃあやるじゃねえか」
サントスが吠える。魔物――本人は悪魔と自称していたが――と人間では膂力の差が大きすぎる。ホークは盾で耐え、カウンターを仕掛ける典型的な近接剣士だが、魔物相手にそれは悪手だ。耐えるという点において、人間相手と魔物相手ではその難易度は文字通り、桁が違う。
だが、ホークは。
「シッ」
素早く剣を突き出す。上半身を捻ることで、まるでバネのように勢いをつける。剣術の域を出ない技だが、それでもサントスの虚を衝くには十分だったようだ。硬い魔物の皮膚から、血が流れている。
「……へえ」
にやりとサントスは笑い、
「嘗めてんのか」
ぎょろりとホークを睨み付けた。
「さっきからテメエ、魔法をちっとも使わねェ……普通の戦士なら身体強化なりなんなりに魔法を使わなきゃおかしいぜ」
サントスの言葉は正しい。実際、魔物を相手にする兵士たちにタンクと呼ばれる、重装備の戦士はいないわけではない。盾で耐えるというホークの戦い方自体はそこまで珍しくはないのだ。
だが、そんな彼らは当然魔物との身体能力の差を認識している。故に、彼らは自らの筋力や、防御力を底上げするために魔術を用いるのである。そうすることで初めて、彼らは魔物と対等に戦うことができるようになるのだ。
ところがホークはその強化魔術を全く用いていなかった。かと言って、スピードによって相手を翻弄したり、妨害の術式を展開したりするわけでもない。セオリーからとことん外れているくせに、立ち回りは基本に忠実。酷くちぐはぐなその様からサントスが出した結論は一つだった。
「テメエ……手加減してんのか?」
魔力の節約でも考えているのか、あるいはこちらに魔術を使う必要もないと考えているのか。どちらにしても、その選択は命取りだ。
サントスのその目を見て、ホークはにやりと笑った。
「貴様相手には使う必要性を感じないだけだ」
「ほーおーう」
サントスは目を細める。槍を地面に突き刺した。今までサントスを相手に手加減をした人間はいなかった。そして、この男と他の人間に差があるとは思えない。
「じゃあ使えるようにしてやるよ!」
そう叫ぶと、サントスは口から光線を吐く。加減はなしだ。まともな人間なら一瞬で黒こげになる。
だが、それをホークは横に跳躍して避けた。素早く視線をサントスに戻し、
「ッ」
剣を振り上げる。がきんという音がし、何かがくるくると回りがらサントスの方へと飛んでいく。
サントスはそれをぱしりと掴んだ。先ほど突き刺した槍だ。光線により回避を選択することを読んでいたということか。
ホークの頬から血が垂れる。わずかではあるが掠ったらしい。
「ほう……」
にやりと笑うが、瞬時に顔を引き締める。
サントスが、いない――
咄嗟に体を曲げる。殆ど直観と言って良かった。結果、盾に強い衝撃が襲いホークは後方へと吹き飛ぶ。
そして、サントスはその隙を逃さない。
「ハハッ、どうしたよ!」
槍をホークの盾に向かって叩きつける。最早ホークは攻撃を受け流すこともできず、衝撃を直接体で受け止めている。
「さっさと強化しねえと、本当に死んじまうぜ!」
カウンターを繰り出す余裕もない。サントスの言葉は真実だ。このままではホークは盾ごと真っ二つにされるだろう。
だが、ホークは笑っていた。それはまるで戦いそのものを楽しんでいるかのような笑みで、
「この程度の相手に使う必要は、ない」
「……そうかよ」
サントスの声は怒りと言うよりも失望に満ちていた。己の力量すらも把握できぬ愚図であるならば最早加減は不要。
「じゃあ死ね」
そのまま、全力で槍を振り下ろした。
そのとき。
ホークが何かを、呟いた。
「――」
「あ?」
同時にサントスの右目に鋭い痛みが走る。ホークの剣が、目を斬りつけたのだ。
「ぐおおおおおおおおおおおおお!」
サントスは呻いた。馬鹿な。あり得ない。どういうことだ。魔法も使わなかった男が、自分に傷をつけるなんて、そんなことがあるはずがない。
「……やってくれるじゃねえか」
だが、そうだというならそれでも良い。あの男の最期が、当初の予定よりも少しばかり惨たらしくなるだけだ。
「イレクトしちまったじゃねえか、この野郎ォッ!」
ホークへと踏み込む。この男は殺す。斬られた怒りと、屈辱によりサントスは完全に理性を失っていた。
「テメエは殺す、絶対殺す、この、俺が」
槍を大きく振りあげる。どのみちこの男の筋力では防げないし、避ける体力も残っちゃいないだろう。殺意に囚われたサントスにそんなことを考えられていたかは疑問だが。
「殺す!」
振り下ろした。しかしホークの表情から余裕は消えない。二人の視線が交錯する。
「――クソったれ」
瞬間、サントスの顔から股間にかけて、一本の線がつう、と走った。え、とサントスが口を開いた瞬間、ごぽり、と血が噴き出した。
斬られたのだ、と理解した瞬間、サントスは崩れ落ちる。血の池からホークを見上げれば、剣についた血を払っている。
「へへ、こりゃとんでもない奴に喧嘩を売っちまったな。手も足もまるで動かねえ……」
人間であれば即死であろうが、サントスは辛うじて意識があったようだった。ホークはそのまま剣を鞘に納めた。
「……斬らねえのか?」
「見れば分かる、お前はどうせ死ぬ」
「ヘヘ、違いない」
沈黙はほんの一瞬。そしてホークはそのまま立ち去ろうと一歩を踏み出した。
「なあ」
後ろから聞こえる声に足を止める。振り返ることなく応える。
「何だ」
「アンタの名前、聞かせちゃくれねえか」
殺した人間の名前を奪う悪魔。その悪魔が今、最も求めている名を告げてくれと、そう言った。
ホークはしばらく沈黙していたが、ゆっくりと口を開いた。
「ホーク・バーンズ。軍人だ」
「ホーク、か。悪魔にしちゃひょろっちい名前だな」
でも、とサントスは息を継ぐ。ゆっくりと、噛みしめるように。最期の言葉を紡いだ。
「良い勝負だったぜ、サー」
ホークは口を開いたが、止まった。聞こえていた荒い息の音が、止んでいる。
「……ああ、そうだな」
それだけ言うと、ホークは歩き出した。
歩きながらホークが振り返ることは、一度もなかった。
二十二話まで来ました。王様の言ってた凡人というのはホークだったんですね。分からない方は王様と始が語っているシーンをおさらいしてみて下さい。
それでは




