第二十一話 王都防衛線2
ホークは魔物を切り伏せた。既にかなりの数に敵を屠った。それでも群れの勢いが衰える気配がない。
「……このままでは厳しいか」
ホーク個人の戦闘能力はまあ問題ないが、衛兵たちには少々骨が折れるだろう。このままでは押し負ける。レナの大規模魔術があれば何とかなるかもしれないが、当の本人が姿を現さない。ここに儀式の効果が発動すれば、少し厄介なことになるだろう。
「……と、こちらは少し不利な訳だが、お前たちはどうだ?」
目の前に相対する魔物に声をかける。オーガだろうか。額にこぶがある。更に奇妙なことに、その魔物は武器を持っていた。獣のように己の爪や牙で襲い掛かってくる魔物とは一味違うようだ。
「フン、他の雑魚は知らんが俺一人でテメエらなんざ一捻りだ」
「ほう、会話が出来るのか……貴様魔族か?」
ホークの知る限り、人間と会話できる魔物は存在しない。凶暴な獣に近く、気づけばあちらこちらに湧いてくる。彼らを理性ある生命体だと思ったことは一度もない。
だが魔族は違う。彼らは人間と会話ができるし、魔術も使える。おまけに魔物のように膂力も桁違いだ。まるで人間の上位種のように。そんな彼らが何故か人間社会に干渉せず、ああして城に引きこもっているのかは理解できないが。
「ああ、魔族だと?俺をあんな腑抜けと一緒にするなよ」
だが、当の魔物はホークの疑問に不快感を隠そうともしない。
「俺は魔物の中でも選ばれた上位種、悪魔だ」
そう言いつつ悪魔は槍を構える。
「相手がテメエみてえな死に損ないじゃあ役不足だぜ」
そう言いつつ悪魔は殺気を飛ばした。ホークもそれに応えるように剣を構える。
「……へえ」
悪魔はニヤリと笑う。今までの人間とは一味違うと、そう感じさせるだけの力があった。
「俺は名前ってモンがなくてなあ。殺した人間の中で一番強いやつの名前を貰うことにしてンだ。今はサントス、テメエは?」
「生憎と俺は武人ではない。知りたければ吐かせてみろ」
それを聞くとサントスはニヤリと笑う。
「いいねええ、テメエも俺らと同類ってわけだ。そっちの方が俺好みだぜ」
「喚くな小僧」
「抜かせ新人」
最早言葉は不要。元より殺し合い。道理も誇りもそこには不要だ。
二人が同時に足を蹴る。一瞬でその距離はゼロになり、激しい剣戟の音が鳴り響く。
――さあ、殺し合おう。
「何だ、今の揺れは?」
鬼丸が辺りを見回す。魔物たちも驚いて身を固めていた。
「儀式が完成したか」
アルシエルが空を仰いだ。つられて俺たちも天を見る。
すると、
「聞け、愚かな王に仕えるものたちよ」
空から男の声が響いた。あの声には聞き覚えがある。初めてこの世界に来たとき俺を襲ったやつだ。名前は確か、アンドリューだとか……・。
「本日、我々は偉大なるユリウス殿下の御遺志に従い、この国をあるべき姿に正す」
「ユリウス?」
「確か王様の兄貴じゃなかったか」
鬼丸の言葉により、オムの言葉が頭に蘇る。
――実の兄を殺めたあなたが。
「我々は旧帝国陸軍司令、レスター閣下に従い、この国に新たな秩序をもたらす」
その途端、また大きな振動が俺たちを襲った。
「だっ」
「ンだこれ……」
「祭壇の顕現だ」
アルシエルは顔を歪める。
「馬鹿が、人間の分際で……」
「へ?」
見ると、天に山がそびえ立っていた。いや、違う。地面がせり上がったのだ。
そしてその頂上には。
「お嬢……」
鬼丸の声が震えている。上にいるのは間違いなくレナさんだ。いつもとは違う白い装束に身を包み、ぐったりとしている。意識を失っているのだろうか。しかし何故だ、あのときレナさんはアンドリュー相手に圧倒していたのに。
「括目するが良い、皇国の終焉を」
そう言うと、アンドリューは短刀を取り出した。
「今宵、王は死ぬ」
そう言うと、アンドリューはレナさんの手に短刀を立てた。つうと血が垂れ、地に落ちる。
途端。空に雲が集まる。空が暗くなり、雷鳴が轟く。そして、雲の中心には穴のように隙間ができた。だが、そこに太陽は無い。あるのは純粋な黒。深い闇が空があった場所を満たしている。
そして。
闇から巨大な腕が出てきて、二人を押しつぶした。
「お嬢ッ!」
「待て」
飛び出そうとする鬼丸を、アルシエルが呼び止める。
「アレには勝てんよ。突っ込めば死ぬぞ」
「何言ってんだ、お嬢が!」
「よく見ろ、あの二人は死んでいない」
「ンだと?」
見ると、二人を押しつぶしたはずの腕は、徐々に小さくなっている。まるで、何かに吸い込まれていくかのように。そして、どんどんと小さくなっていく闇の塊は、一つの異変を見せていた。
「あれは……人か?」
小さくなっていく闇は人の形をつくっていた。うにょうにょと蠢きながら、二本足で立っている生物の姿へと近づいていく。
そして、闇が完全に人と同じ大きさになったとき。
「ウオオオオオオオオっ!」
大きな咆哮が、空に響いた。そこにいたのは、サソリのような甲殻を持った怪物と、透明な繭のようなものに包まれたレナさんだ。とすると、あの化け物は
「まさか、あいつが……」
「儀式によって一部とはいえ魔王の力を体に宿したんだ。おそらく、あの魔術師の血によって霊的に地脈と接続したのだろう。今のあいつは疑似的ではあるが魔王と同じだ」
「つまり」
アルシエルは深く頷いた。
「あれを斬れるのは勇者だけだ」
アンドリュー、と言って良いのだろうか。怪物は手を大きく広げた。そこから太い光線が発射される。爆発と振動が俺たちを襲う。
「あれが魔王の力かよっ」
「あんなものではないわ、馬鹿者」
突然アルシエルが不機嫌な声を出す。いや、今あんたの主自慢はいいから。
「魔王だろうが何だろうが知ったことかよ」
鬼丸がそう言って刀を引き抜く。静かな声だが、震えを隠せていない。明らかにキレている。
俺は無意識のうちに奴の肩を掴んでいた。
「……その手を退けろ、斬りおとすぞ」
「少し落ち着けよ、あれを斬るのは俺だって話だろうが。何勝手に熱くなってんだ」
「これが落ち着いていられるか!」
鬼丸が、肩の切っ先を俺に向けた。以前とは違い、そこに俺を試すような余裕はない。
「俺はお嬢を守るためにいる!他の連中がそうなろうと知ったことじゃねえ。だが、あの化け物はお嬢に手を出した。あいつは俺が殺す」
鬼丸の瞳は本気だった。だけど、それを認めるわけにはいかない。あいつは今魔王の力を持っている。そんなやつに一人で突っ込んで行ったら自殺と変わらない。
だけど、そんな正論であいつが止まるはずがない。だったらここで俺が言うべきことは……。
「……分かった。だけど、一度だけ俺にチャンスをくれないか?駄目だったら俺ごとあいつを始末してくれても構わない」
「……本気か?」
鬼丸は信じられないという顔で俺を見る。まあ当然だろう。俺があの化け物を倒すなんて普通に考えれば無茶だ。でも、俺が勇者であいつが魔王。だったら配役としてはこちらが妥当だろう。俺にしかあいつを倒せないというのなら、ここはまず俺が先に戦うべきだ。
「レナさんの足を引っ張るんなら斬るんだろ?丁度いいじゃねえか、今なら斬ってもバレねえぞ」
「ケっ、オメエも中々言うようになったじゃねえの」
鬼丸はそう言うと、俺の横に立った。
「仕方ねえ、分の悪い賭けには違いないが乗ってやる。勇者様らしくビシッと決めて来い」
「ああ、ありがとう」
「話はまとまったようだな」
アルシエルさんが声をかける。その手には既に魔方陣が展開されている。
「ならば行くとしよう、魔王を倒す面子としては少々イロモノ揃いだが」
「まあ悪くはないだろ、元々コイツ自体が勇者っぽくねえし」
おい何だテメエ、話がまとまった途端悪口かこの野郎。
「違いない。人間の中でもかなり脆弱な部類だな」
アルシエルはアルシエルでなんか失礼な事言ってるし。
だけどまあ、これで何とか反撃開始だ。
「よっしゃ行くぜええっ」
俺たちは一斉に地面を蹴った。
お待たせしました、二十一話です!
王都の魔物戦もいよいよクライマックスに突入しそうですね。個人的にはサントスとホークの煽り合いが楽しかったのですが、如何だったでしょうか……。戦闘シーンは残念ながらありませんが、次回はありますよー、お楽しみに!




