第十九話 矜持
「……始まったか」
空に響く鬨の声に、アンドリューは無感動に空を眺めた。全ては予定通り。何も驚くに値しない。
アンドリューがいるのは教会の地下に造られた、地下墓所だった。もっとも墓所というのは建前で、実際はオムの私財が山ほど押し込んであったのだが。
だが、今はその財産はほとんどない。あるのは血で描かれた奇怪な魔方陣。そしてそれを囲む五つの柱。
そして――
「随分と余裕ですね。魔物は真っ先にこちらへ向かうと思いますが」
レナ・ストラウス。彼女の服装はいつもの文官としてのものではなく、白い礼装だった。そして彼女の腕には縄が巻かれていた。それを見ながら、アンドリューは鼻を鳴らす。
「安心しろ、貴様の命を奪う気はない。少なくとも儀式が終わるまではな」
「儀式、ですか。平民の私にそんな重要な役目を頂けるとは光栄です」
レナの言葉をアンドリューは無視した。魔物が来るというレナの言葉は確かに真実だ。故に、あまり悠長に構えている暇もない。
「後学のために一つお聞きしたいのですが」
「……何だ」
だからレナの言葉に反応したのはただの気まぐれだった。立ち上がりつつ、魔方陣に渡された聖水を振りまきながら。ただ、ふと一瞬彼女の声が耳に入ったというだけのことだ。
「私を拘束した方法が未だに分からないのです。たとえばどうやって檻獄を破った
のかとか」
レナの表情は穏やかなものだった。だが自分の切り札があっさりと破られたことに納得がいかないらしい。
「単純なことだ。貴様が左右から瞬角を受けていた状況で、広い場所で的になることよりもあの場で範囲魔術によって機先を制する方を選ぶだろうと予測した」
つまりは誘導。左右から遠距離魔術を喰らい、このままではジリ貧になると判断すれば絶対にレナは動きを止め、威力の高い範囲魔法を発動する。全てはそのための布石だったのだとアンドリューは言う。
「そしてどんな範囲魔術にも共通するルールがある。それは術者本人にはその効果が及ばないようにしなければならないということだ。そして、そのとき最も多く用いられるのが、術者からある一定距離以内には魔術の効果を発動させないようにするという方法だ」
例えば毒を撒き散らす術式があるとする。これを術者自身が受けてしまっては当然意味がない。それを避けるにはいくつかの方法がある。例えば術式を発動してから効果が表れるまでにタイムラグをつくり、その隙に離脱する『時限爆弾術式』は術者が離脱することに成功しさえうればこれ以上ない方法だろう。しかし、当然あの状況でレナが追っ手を振り切ることは難しく、この手を打つことはまずなかた。
一方、術者から半径何メートルかより内側には魔術が発動しないように設定すれば術者への影響を最小限にしつつ、効果的に範囲魔術を使用できるというわけだ。
「貴様をそこまで誘導すればあとは簡単だ。透明化し、お前に張り付いていればその檻獄とやらを喰らうことはない。凌いだと思えば隙ができる。あとはそこを衝くだけだ」
「成程、始めから私はあなたの思う通りに動かされていたというわけですか」
「恥じることはない。戦とは敵を知り、己を知ることから始まる。こちらは貴様の切るカードをある程度調べ、誘導したのだ。何も知らない貴様が負けるのは道理。何もおかしなことはない」
「いちいち癇に障る人ですね……それで、私を気絶させた術式は何なのですか?」
「やれやれ、学者様というのは質問狂だな……あれは術式なんて大したものではない。単なる魔力の塊だ」
「魔力の塊?」
レナは怪訝そうな顔をする。魔術師として、自分がそんなものにやられたということに納得がいかないのだろう。
「……お前たち魔術師はどうにも見落としているようだが、常人に魔力を知覚することは非常に困難だ。だがお前たちは違う。魔力を知覚できるお前たちが至近距離で大量の魔力を浴びれば、頭蓋を揺さぶられるような衝撃だろう。要は大きな音で鼓膜が破れたり、強い光で目がやられるのと同じ理屈だ」
「それっであなたはどうして無事だったんです?」
「仕掛ける側なんだから、多少の対策はしている。それに、俺には魔術の才能が無くてな、詠唱しなければ魔術も使えん二流だ。貴様のように魔力に敏感ではないのだよ」
自信の弱みを利用し、強者を討ち取る。まさに王道。アンドリューを貴族たちが必死になって取り返そうとしたのにはそれなりの理由があったのである。
しかしそれを聞いてもレナは怪訝な表情を崩さない。
「それだけの能力があるのに、どうして……」
「王に仕えないのかと?分かり切っていることだろう」
途端、アンドリューの顔に憎悪の色が走る。初めて会って以来、アンドリューが初めて見せる感情であったように思われた。
「ユリウス殿下は知っているか」
「確か陛下のお兄様で……」
「そうだ、軍部をまとめ上げていた実力者だった。王位継承権は一位。誰もがあの方は次の王になると信じて疑わなかった」
だが、とアンドリューは続ける。
「王位継承権を賭けた戦争であの方は捕らえられた。本来こちらの陣営であったはずのホーク・バーンズの裏切りにより、こちらの戦線が崩壊したのだ」
「ホーク卿が……裏切り?」
レナは驚愕する。あの二人のまとう雰囲気は長年の戦友といったものだった。それは思い違いということなのか。
「王の言う平民の参加は元々殿下が考えておられたことだ。奴はそれを自らの志であるかのように振る舞い、のうのうと玉座に居座っている……」
「そんなことのために、あなたは王都の民を危険に晒すのですか⁉」
「そんなこと……そんなことだとッ!」
アンドリューがレナの胸倉を掴んだ。その手は大きく震えている。
「あの方の最期を知っているのか?あいつは殿下に自害の機会すら与えなかった。自らの手で斬殺したのだ。実の、兄を!」
「それは……」
「俺は、俺の忠義とあの方の最期を穢した、あいつだけは許さん。許すわけにはいかないんだ」
その瞳を見てレナは理解した。最早この男にとって、主の抱いていた志など重要ではないのだ。ただ、自らの主を奪われた。その犯人への復讐に駆られているだけなのだと。
「貴族連中は愚鈍だが、こうして準備を整えるぶんには多少は役立った。あとは貴様の血で儀式は完成だ。それを以って我らの忠義は完成する」
「……」
最早レナは何も言えなかった。富のためでも、名誉のためでもない。この男は、失ったもののために剣を振ることしかできない。それは未来を見ていない、あまりにも悲しいことに見えたから。
「……可哀想な人」
静かに、そう呟くことしかできなかった。
というわけでアンドリュー卿のネタバラし回でした。レナさんのくっ殺回だったはずなのに明らかにレナさんより目立ってんな……。
実は昨日まで旅行に行っていたので昨日一昨日は予約更新をしていましたが、予約だと来てくれる人が少ないですね。まあこれからもボチボチやっていきます。
それでは。




