第十七話 魔術師
レナ・ストラウスは街道を歩いていた。
祭壇の特定は不可能だと言っても何もしないわけにはいかない。それに、これからまた犠牲者が出るかもしれないのだ。それを防ぐためにも、こうして王都のあちこちを歩き回るのは間違いではないだろう。本来なら鬼丸を連れて行こうかと思ったが、ここ数日鬼丸は修行に明け暮れている。意外ではあったが、きっと得るものがあったのだろう。四日も修行をしているのがその証拠である。いつもの鬼丸ならさっさと帰っていてもおかしくない。
「まあ、あれは意外に裏でコツコツやるのが好きなタイプですからね」
より正確に言えば努力しているのを誰かに見られるのが嫌だというのが正しいのだが、レナには努力家というようにしか映らかったようである。鬼丸本人としてはレナにこそ努力を見られたくなかったのだろうが……。
「しかしまさか勇者様が戦うだなんて……」
レナにとっては一番の誤算はそれだった。緋村始という男に剣の才はない。それどころか戦いに向いていないのは、出会ってすぐに分かり切っていたことだった。きっと戦いのない世界で育ったのだろう。それはきっと幸せなことなのだ。だが、ここではそれは通じない。非道になるか、卓越した才能がなければ、勇者という役割は果たせないだろう。
だが緋村始は選んだ。己が戦う道を。
それは、短い期間ではあっても、レナが見てきた緋村始の行動からは少しずれているように見えた。争いを避け、面倒ごとを避けたがる。そんな姿から考えると、修行なんて緋村始らしくない。
「まあ私も人のことを言えませんか……」
こうして出歩くのも本来ならばあまり意味はない。アルシエルの言が正しければ、儀式は完了しているのだ。ならば自分に出来ることなんてないはずなのに、自分はこうして街を歩いている。
奇妙。全くもって奇妙。
「無駄なことはしたくないつもりだったのですが……」
あるいはこれが勇者が訪れたことによる変化なのかもしれない。だが、レナにとってその変化は決して心地の悪いものではなかった。
レナは自分の頬が緩んでいるのを感じた。いよいよ自分もヤキが回ったかと笑う。
「随分とご機嫌だな、高等弁務官殿」
レナは声に振り向かなかった。表情を引き締めて、手元に魔力を集中させる。
「……釈放おめでとうございます、アンドリュー卿」
「ご丁寧にどうも。そちらも元気そうだな」
ゆっくりと振り向く。アンドリューは黒頭巾ではなく、鎧を身につけていた。
「旧帝国陸軍の軍服ですか。最早反逆の意志は隠す気はないのですね」
「人聞きの悪いことは言わないでくれ、私は国に忠誠を誓った身だ」
「国に、ですか。随分と含みのある言い方ですね」
「何とでも言えばいいさ。じきにこの国はあるべき姿を取り戻すのだから」
それを聞いてレナは手をアンドリューに向けた。
「言葉には気を付けることです、あなたの発言は国家反逆罪に抵触するおそれがあります」
しかしそれを聞いてもアンドリューはにやりと笑うだけだった。怪訝そうな表情をみせるレナにアンドリューは静かに言い放つ。
「レナ・ストラウス高等弁務官、貴公を拘束する」
まあそうだろう、とレナは特に驚く風でもなく応えた。
「あのときの焼き直しがお望みですか、あなたも懲りませんね」
魔力を込めると、レナの足元から熱風とともにちろりと炎が走る。両者の間で殺気が高まる。
先に仕掛けたのはアンドリューだった。短刀を投げつけると、その間に距離を詰める。
「同じ手ですか」
レナが乱雑に手を薙ぐ。炎の柱が横からアンドリューを襲う。
「やはり焼き直しですね」
「否だ」
「っ」
炎の中から手が伸びる。それがレナの首を掴んだ。
「ぐっ」
「対策の一つや二つは講じているさ、我々は隠密行動部隊、つまるところは対魔術師戦闘部隊だ」
「一回目は随分と情けなく負けてましたが」
「相手が錆びた剣を持った餓鬼一人だと聞いていたのでな、お陰で随分と窮屈な思いをしたものだ」
「それは良かったですね」
不敵に笑ってみせるが、首にかかる力はますます強まっている。このままでは長くはもたない。
「それよりも熱くはありませんか?」
「黙って死ね」
レナは素早く魔方陣を展開する。勢いよく水が放射された。アンドリューが吹き飛ぶ。制御しきれず、レナも地面に腰を打ち付けた。
「耐火装備とは、器用なことですね」
術式を打ち消す方法は基本的には一つしかない。それはあ対抗する属性の術式をぶつけることだ。故に魔術戦において重要なのは敵の放とうとする魔術を素早く特定する能力なのだが……。
(今回アンドリュー卿はカウンタースペルを撃って来なかった)
つまり魔術そのものを無効化したわけではない。おそらくは耐火装備を身につけているのだろう。要は燃えにくい服を着ているに過ぎないというわけだ。
「ならば打てる手はまだありますね」
魔術そのものを無効化できないのなら、やりようはいくらでもある。要は彼が無効化できない属性の魔法を撃てばいいだけの話だ。
「ひとまずは、っと」
術式を素早く展開。煙幕を張り、素早く路地裏へと逃げ込む。今は分が悪い。伏兵を考えると一対一の状況に持ち込まなければ。
「それにしても儀式が完成した途端随分と強気ですね……」
こんなことをすれば戦になることは確実だ。そして、王には王位継承の戦争の際に共に戦った側近たちがいる。彼らは戦で負け知らず。要は戦になれば王が負ける可能性はとても低い。そんなことが分からないほど貴族たちも愚かではないはず。だからこそ、彼らは回りくどいやり方でこちらの邪魔をしてきたのだ。
それがこんな強硬な態度になったということは、
「パトロンを見つけた、ということでしょうか」
相手は傭兵か、あるいは隣国。それに教会本部のある聖王国の可能性もある。いずれにせよ、外部の手を借りれば戦いのあとに面倒なことになることくらい分かりそうなものだが。
「やれやれ、救いようのない阿呆ですね」
「同感だな」
壁から光の矢が飛び出す。どうやら隣の道から貫通してきたらしい。破壊された壁の隙間からアンドリューがにやりと笑う。
「形勢不利ならば敵を分断し各個撃破。なるほど王道だな」
だが、とアンドリューは続ける。
「それを我々が読めないと思ったか」
左右から光の矢が飛んできた。やはり街に兵を伏せていたらしい。術式により加速する。姿勢を低くし、まるで獣のように駆ける。
「このままではジリ貧ですね……」
敵の攻撃が見えない以上、こちらが不利だ。認めがたいが、どうやら事態は敵の思うように進んでいるらしい。
「広い場所に出て囲まれてはそれこそ思う壺でしょうし……」
有体に言えば積みだ。このまま光の矢で貫かれるか、広い場所で的になるか。二つに一つならば、攻勢に転じるべきだろう。騒ぎを聞きつけた援軍もあてにできるかもしれない。
「これはあまり使いたくなかったのですが……」
レナの扱う術式はどれも高威力だが、それ故に周囲を巻き込みやすい。高等弁務官を名乗る以上、あまり王都を破壊するのは気が進まなかったのだが……。
「余裕が通じる相手ではありませんか」
加速を止める。一時にせよ、敵の目は鈍るだろう。その隙をつき、素早く魔方陣を組み立てる。
「どうかお願い、触らないで」
言葉と共に魔方陣の輝きが増し、ちりちりと火の粉が舞う。
「我、古の盟約に従い、焔の精霊の嘆きを宿す」
詠唱。それは術式を素早く展開し、威力を向上させるために用いられる技法だ。熟練した魔術師ほど、詠唱なしに強力な術式を使える。詠唱がなくなればそれだけで用いている術式の効果が発動するまで分からず、魔術戦においては有利だ。しかし詠唱によって威力、展開速度が向上するのは事実であり、術式を秘匿するか、相手に露見してでも詠唱による威力増加を取るかの駆け引きが魔術戦の肝となる。今回、レナは詠唱することを選択した。それはレナクラスの魔術師でも、詠唱を用いなければ成功の難しい術式であり、
「バレても何とかなるということです!」
術式により周囲に炎の渦が出来、それらが合わさっていく。合わさった渦はドームのようにレナを覆う。
「エンシェントリリック――檻獄ッ!」
それは炎の結界。近づくものを焼き尽くす、大古の力。
「そう長くは保てないとは思いますがね」
「嘗めるなよ、平民!」
大気の燃えるの音に紛れ、男の吠える声が聞こえる。ようやくおでましか。レナはほっと一息をつく。
「さて、反撃開始といきましょうか」
男は空中で魔方陣を描く。
「我、古の盟約に従い、星獣の角を放つ」
言い終えると、魔方陣に拳を叩き込んだ。
「瞬角ッ!」
同時に勢いよく先ほどの光の槍が放たれる。槍は一瞬にして結界、『檻獄』に接する。槍は結界を貫くかと思われたが、
「何」
炎の渦び搦めとられ、ぐるぐると結界の周りを廻った。同時にその渦から炎が男の方に伸びたかと思うと、
「ぐおっ」
炎は男を掴み、渦を巻くように回ると、結界へと引き寄せられる。そして男は炎の壁に当たり、
「ぎゃあっ」
焼かれる。対流により炎から抜け出すことはできない。檻とは結界の内側でも外側でもない。境界の薄い空間こそが、炎の監獄だ。耐熱装備でも長く炎に焼かれていれば、多少は堪えるだろう。
「不用意に術式を展開するな!飲み込まれるぞ!」
仲間の魔術師が警戒に当たるよう呼びかける。敵の動きは一瞬止まる。
「流石は魔術師。対応が速いですね」
ですが、と息を引き継ぐ。
「これは魔術だけに反応するわけではありません」
声と気配で大体の座標は絞れる。加えて炎は広がるもの。敵を捕らえることはそう難しくはない。
「形勢逆転、といったところですか」
「残念ながら我らの勝利だ」
耳元で声が響く。アンドリューのものだ。素早く振り向くが、間に合わない。
「透明化?」
視界の隅にアンドリューがちらりと映った。レナは手をかざし、魔法を発動しようとする。しかし、
「しばし寝ていたまえ」
首元に短刀を突き出され、身をすくめる。が、何も起きない。気のせいか、と思った瞬間。
「がっ――」
まるで頭を殴られたかのような衝撃がレナを襲う。倒れ込もうとする彼女をアンドリューが抱き止める。
術者が意識を失ったところで炎は巻き戻しのように無数の渦へと戻り、そして消えた。それと同時に結界に捕らえられていた男がぼとりと落ちる。
「閣下、申し訳ありません」
「構わん、目的は達成された。魔封縛鎖で拘束を」
「はっ」
レナの体に小さな宝玉を置く。それと同時に宝玉から縄が体を縛った。
「拘束、完了しました」
「確認した、これより大司教に引き渡す」
アンドリューの言葉を受け、彼の部下たちはそれぞれが素早く散っていった。部下が全員去ったのを見届けて、アンドリューは呟く。
「……ようやくです、殿下」
破壊の尽くされた街道で、彼の言葉を聞いている者はいなかった。
戦闘シーン入ると長くなりますね。そして貯金がなくなっていく。何とか毎日更新したいところです。
それよりもレナさんのくっ殺展開はまだかと言われそうですが、うん、一応これコメディなんだ……済まない。
それでは次回。




