第十五話 反撃の狼煙
「……何か言い残すことはあるか」
「ごめんなさい」
玉座の間に入った途端、王様は頭を地面にこすりつけた。王の威光とかそういう諸々を全て捨てた見事な姿勢。日本で言う土下座というやつだ。
「ふむ、自ら首を差しだすとは殊勝なことだ、望み通りここで引導を渡してやろう」
「いやあ、望みを伝えるって難しいなあ」
剣を振りかぶるホークに、慌てて立ち上がる王様。これを見て主従関係を問われたら十人中十人が誤解するだろう。
「ホーク卿、申し訳ありませんが時間がありません。魔術師の死体が出ました」
レナさんがそう言うと、ホークのおっさんは剣をしまった。それを見てほっとしたような顔をする王様。ようやく玉座に戻ると、いつものように偉そうに座る。
「ふむ、高等弁務官殿。事態を報告してくれたまえ」
「この期に及んでまだそのキャラが通ると思ってるんですか」
鬼丸が若干呆れたように王様を見上げるが、それ以外の人間は慣れたように受け流す。
「ここ最近皇国軍の魔術師が相次いで不可解な状態で死亡しているのが発見されています。加えて一昨日にはオーガの死体が発見され、巨大なシンも出現。本日も一名の死体が発見されました」
レナさんの長い報告が玉座に響いた。皇国軍の魔術師がなくなっているなんて。そんなこと知らなかった。やっぱり俺はよそ者なんだろうか。
「考えられるのはやはり儀式魔法か。レナ君はどう思う?」
「おそらくはそうでしょう。それにシンが出現したことを考えると、儀式は完成に近づいているのではないかと考えられます」
つまり、昨日の巨大なあの魔物も、儀式魔法によって生み出された可能性が高いということだろうか。
「具体的な術式の特定は?」
ホークさんが口を開いた。確か儀式魔法の特定は難しいとレナさんは言っていたっけ。
「難しいんだとさ、系統魔法の埒外だしなあ」
王様が返した。この辺りは先ほどレナさんの言っていた情報の共有に近いだろう。ホークさん自身も自分の考えとのすり合わせをしているようだった。
「やはり祭壇を見つけないことには効果の特定も妨害も難しいだろうな、今警備隊は王都の復旧で手一杯だ。軍部の協力も期待できない今、我々で行うしかない」
「あの、軍部の協力が期待できないっていうのは……」
俺の疑問にホークさんは少し考え込むようなしぐさを見せた。王様の方をちらりと見るが王様が頷く。それを見てから、ホークさんは口を開いた。
「軍部の重鎮であるレスター卿は我々にあまり良い感情を抱いていない。それ故軍部全体が教会に靡いているのが現状だ」
「それと人を割けないことがどういう……」
王都の危機に主義主張っていうのはあんまり関係ない気がするのだが。
「人間、君が思ってるほど善人ばっかりでもないのさ」
王様がしれっととんでもないことを言う。何じゃそら、気に入らないから手伝わないって。幼稚園児かよ。
「というより今回の件でホークの責任とか、あわよくば俺の首を取るつもりなんだろうな」
「何ですかそら。王都滅んだら政治もへったくれもないでしょう」
「田舎貴族ならそうでもないのさ。首都を替えっちまえば回るとか思ってるんだろうなあ」
いくらなんでもそこまで頭空っぽなことは言い出さないだろうけど、これに乗じて何かを企んでいる可能性は捨てきれないということか。
「やれやれ、人間というのはこんなときでも内輪もめか」
「ホント困っちゃいますよねえ」
アルシエルの横やりに、俺は深く頷いた。
……ん?アルシエル?
「おわああっ!」
見ると、アルシエルが玉座へと向かって歩いている。一体いつ入って来たんだ。お供気配もなかったのに。
「随分な言い草だけど、全く返せないのが辛いところだなあ」
王様が苦笑いするが、ホークさんは険しい表情だ。王都警備隊隊長としては、敵ではなくとも、玉座へ侵入されたことに思うところがあるんだろう。
「わざわざ何の用です、今立て込んでいるのですが」
レナさんが素っ気なく返すが、アルシエルの方は不敵に笑ったままだ。
「なに、昨日の異変はこちらでも観測済みだ。だからこそ来た」
「シンのことか」
「それもあるが……」
アルシエルは俺の方を見る。え、何?俺何かした?
「この辺りにあった地脈の歪みが消えた。故に時間がない。敵の儀式はほぼ完了したと言って良い」
「⁉」
全員の顔が一斉に強張った。儀式が完了している。それはつまり敵はいつでも王都を攻撃できるということだ。
「歪み?一体何だ、そりゃ」
王様が冷静に切り返す。歪みというのは皆が知っている言葉ではないらしい。
「端的に言えば魔力の密度が極端に異なる場所だな。放っておけばシンが湧き出て破壊の限りを尽くす。聖剣を抜いてしばらく歪みが発生していたのに、それが突然消えてな」
「それと儀式に何の関係が?」
「単純な話だ。歪みとは言ってしまえば巨大なエネルギーだ、それが突然消えるということは、自然にはありえない。消えたということはつまり、敵がそれを奪ったということに他ならない」
アルシエルはそう言うと再び俺の方を見た。
「儀式を妨害することは最早得策ではない。儀式が失敗すれば貯めこまれていたエネルギーが暴発する。王都は確実に吹き飛ぶだろうな」
故に、とアルシエルは息を継いだ。
「勇者を使う」
使うって完全に兵器あつかいじゃねえか。アルシエルさん俺のこと貸せだの使うだの、人間のこと嘗め腐ってませんか、それとも俺のことだけですかそうですか。
「……何泣いてんだ、オメエ」
「いや、何でもねえ」
涙をぬぐうが、俺に儀式を止めることなんてできるんだろうか。自分で言うのもなんだが、俺にそんな能力があるとは思えない。
「……正気か?勇者を使うなんて」
「聖剣も使えないんですよ?」
レナさんやシルヴィアも戸惑いを隠せていない。確かに今までの俺では事態を解決することなんて不可能に見えるだろう。
「歪みを操るのは最高位の魔術だ。私でも不可能だろう。それを人間が儀式なんぞでどうにかできるはずがない。となれば考えられるのはただ一つ」
アルシエルは、ぴっと指を立てた。
「――奴らは、魔王の遺物を儀式に用いている」
「魔王の遺物だと?」
「一体何でい、そりゃあ」
ホークさんと鬼丸が疑問を口にする。
「魔王の遺体の一部や縁のある品のことだ。それ自体が強力な魔術のような働きをするし、今回のように、一部ではあるが魔王の御業を再現することができる」
「成程、からくりが読めてきたぜ」
王様がふっと笑った。
「敵さんは魔王の一部。だから素人には手が出せないってわけか」
「然り。魔王を斬ることが――殺すことができるのは勇者だけだ。今回の戦、勇者なくして貴様らの勝利はあり得ない」
アルシエルの言葉はここで途切れた。皆の視線が俺に集まる。これが俺にしかできないことだというなら答えは決まっている。
「俺は……」
「反対だ」
突如口を挟んだのは鬼丸だった。その表情は真剣で、砂漠で話したときと同じ。断固とした意志を持ったもののようだった。
「鬼丸……」
「勇者だか何だか知らねえが、こいつは素人だ。徒に戦場へ放り出せば死ぬぜ」
それは多分、ここにいる全員が感じていたことだ。俺自身、戦うことがどういうことなのか、分からずにいる。
「無駄に死に急ぐ理由はねえ――違うかよ?」
鬼丸の言う通りだ。
俺は戦いの仕方も知らない素人だ。本来なら俺は前に出るべきではないのだろう。事実、昨日俺に出来ることは何もなかった。俺は紛れもなく、この中で足手まといだ。
それでも、
「俺は決めたんだ。ヤケになるって」
王様がにやりと笑った。うるっせ、ンな顔するな。恥ずかしいだろうが。
アルシエルの方を向く。
「それは俺にしかできないんでしょ?」
「うむ」
「やらせてくれ、俺に」
鬼丸はこちらを静かに見つめる。
――お嬢の足を引っ張るってんなら、俺がテメエを叩き斬る。
あのときの言葉はきっと真実だ。こいつは多分斬ると決めたら誰が止めても聞かないだろう。だからこれは賭けだ。ここでこいつに斬られて死ぬようなら、戦場に行ったって生き残ることは不可能だろうから。
鬼丸が刀に手をかける。ちゃきりという音がした。レナさんが一歩踏み出すが、他の皆は固まったままだ。
静かに刀を引き抜くと、鬼丸は俺の首に刃を当てた。それでも俺は動かなかった。動くわけにはいかない。ここで動けば、間違いなく首が飛ぶ。
「……」
視線が交錯する。沈黙は一瞬。しかし流れ落ちる汗の動きがひどくゆっくりに感じられた。
「チッ」
鬼丸は舌打ちをすると刀を鞘に納めた。俺から背を向けると、こちらを見ることなく、
「お嬢の足、引っ張んじゃねえぞ」
「おうともさ」
……取りあえず賭けには勝ったらしい。危ねえ。死ぬかと思ったわ。超怖かったあ~。
「ビビッてましたね」
「ビビッてたな」
そこの女子、余計なこと言わんでよろしい。台無しでしょうが。
「取りあえずまとまったらしいな、ならば行くぞ」
突如ホークさんが俺の肩に手を回した。
「ええと、行くってどちらに?」
「決まってるだろう、剣術を鍛えるんだ。実戦で死なない程度にな」
「ええと、そのお……いつまで?」
「前日には終わらせる――儀式の発動は?」
「一週間程度だろう。前後する可能性はあるが」
「ならば五日だな」
何か俺の与り知らぬところでとんとん拍子に話が進んでるんですけど。訓練?五日?ちょっと待って。
「ヒャハハざまあねえなオイ、せいぜい苦労しろや」
鬼丸が先ほどとはうって変わって大笑いしながらこちらを指さす。テメエさっきまで俺のこと信頼してますみたいなオーラ出してたじゃねえか、この裏切者が!
そんな風に笑っている鬼丸を見て、ホークさんはきょとんとして
「何言ってる、お前も来い」
「は」
ホークさんは流れるように鬼丸も空いている腕で抱き込む。するとそのままずんずんと歩き出した。
まずい。あの人の訓練とか嫌な予感しかない。あの人の訓練なんてやったら……間違いなく死ぬ!
「嫌だァ!死ぬのは嫌だァ!レベル上げで死ぬのが嫌だァ!」
「お嬢ヘェルプ!ヘェルプ!」
隙間から何とか手を伸ばし、レナさんに助けを求める。
「あ、死ぬまでやっちゃってオーケーです」
「うむ」
「俺たちの命、すでにあいつの手の上だった!」
くっそうカッコよく決めたと思ったらコレだよ!果たして俺に明日は来るのだろうか。
「おうち帰る!」
泣き叫ぶ俺の声は、空しく響くだけだった。
頑張ろうとした途端にオチがついてしまう始。まあ始だからね、仕方ないね。
王様とホークの組み合わせが好きだったり好きじゃなかったりする。
それでは。




