第十四話 決意の朝
一方その頃。俺――緋村始は、城門の上に座っていた。
「うおお、お外って怖ええ……」
行き交う人々を見下ろしつつ、時々吹く風に首をすくめる。
「……」
本当はレナさんと一緒に魔物――シンと言ったか――その出現場所を探すはずだった。だけど俺は今こうして二人とは別行動をとっている。別に大した理由があるわけじゃない。ただ、俺の役割はもう終わったのだと、何となくそう思ったのだ。
――お嬢の足を引っ張るようなら、この俺が叩き斬る。
鬼丸の言葉を思い出す。
「やっぱ普通そうだよなあ……」
元々俺には関係のない話だし。いたって役に立つこともねえ。
おまけに……。
「錆びっちまったまんまだしな」
俺は腰から聖剣を引き抜く。あのときも、聖剣は何の反応もしなかった。敵に遭ったら光るとか、延びるとかそういうのもないのか。
こんな俺が首を突っ込んでどうにかなるはずもない。やっぱり大人しくしておいた方が……
「……って、あれ?」
気が付いたら、手から聖剣がなくなっている。まさか落としたんじゃ……。
「どれどれ、コレが聖剣か」
見ると王様が俺の聖剣をぶんぶんと振り回していた。いや振り回していたじゃねえよ何普通に座ってんだ。
「あっ、あんた何して……」
「何って仕事サボってんの」
「……」
そこまで堂々と言われるとはあそうですかとしか言えない。いつもながらこの人よく王様やれてんな。
呆れる俺をよそに、王様は聖剣を握りしめたまま首をひねっていた。
「うーむ、魔力をこめても特に何も起こらないし……」
しばらく聖剣を眺めていた王様だが、やがて興味を失ったのかまあいいやと言って聖剣を放った。
「なっ、ちょっ……」
これがオンボロの鈍器じゃなかったら危なかったぞ。いや鈍器でも十分危ないんだけどさ。
あたふたとする俺を他所に、王様は空を眺めながらぽつりと言った。
「今朝、来なかったろ」
それは何でもないような口調で。だからこそ、無視することはできなくて。
「行ったって仕方ないじゃないですか……」
俺は、そんな本音を口にしてしまっていた。
「それは君が昨日何もしてないから?」
「俺は強くない。皆みたいに武器だって扱えないし、、戦い方だって知らない……」
「なるほど、もっともだ」
王様はそう言ったあと、こちらを見て方をすくめた。
「しかしこうは思わないか、自分はあのときどうすべきだったんだろうか、と。知らないことに出くわすなんて、よくあることじゃないか」
「俺は……」
うつむく俺に対して、王様はぽつりと呟く。
「強く在るってのは結構難しいよなあ」
「強く?」
そう、と頷くと王様は空を仰いだ。
「強いってのが何なのかは分からないが……世の中には天才ってやつがいて、そんでもってそいつらに敵わないってのは確かだ」
でも、と王様は続ける。
「俺は一人知ってる。天才を超えた凡人をな」
「その人は一体どうやって……」
もしかしたら、俺にも何か役立つことがあるかもしれない。そんなことを期待しながら俺は王様の方を見た。
王様は少し笑うと、
「クソったれって言ってたな」
「……へ?」
何ていうか……それだけ?
「必死になったやつは一瞬にせよ超えるんだよ、手前の周りの奴を」
そう言って王様は俺の肩をぽんと叩いた。
「少しくらい、ヤケになってみろや」
ヤケになる。そのくらいで、本当に俺は皆の隣に立てるのだろうか。
いや、違う。立てるかどうかじゃない。立つんだ。初めから諦めていたら、成せるものなど何もないのだから……。
そのために、俺は何をするべきなんだろう。一体、俺にできることって何なのだろうか。
「俺は……」
「陛下!大変です!」
衛兵が慌てて駆けつける。その鬼気迫る表情に王様も表情を硬くした。
「何があった」
「聖剣広場にまた死体が――」
それを聞くと、すぐに王様が立ち上がる。
「悪いね勇者君、話はここまでだ。君はどうする?」
俺は息を吸った。
できることなんて分からない。けど、何ができるのか、できないのかなんてやってみなくちゃ分からないんだ。
「――俺も行きます」
俺の返事を聞いて、王様はにやりと笑った。
広場に着くと、レナさんと鬼丸、それにシルヴィアが死体を見下ろしていた。
「父上、ホークが探していましたよ」
「その話はあとだ、怖いからな」
「理由が子供すぎる……」
悪戯のバレた子供じゃあるまいし、もっと堂々としていればいいと思うのだが。
「そんなことよりも、高等法務官殿、今回の死体についてはどう思う?」
王様は突如話題をすり替えた。レナさんも特に突っ込むこともなく死体を見て、応える。
「服装から見て宮廷魔術師でしょうが、ごらんの有様ですからそれ以上のことは……」
それを聞いて王様が死体の方に近づく。俺もそれに続いた。
「しっかし、これは……」
「一体どうしたんで――」
王様の背中からのぞき込む。そこにあったのは
「ミイ、ラ……?」
死体は干からびていた。ローブのようなものを着こんではいるものの、それ以外に生前を思わせるものはない。髪も抜け落ちていて、頭皮がむき出しだった。
「一体どうしてこんなことを……」
俺の疑問にレナさんが応えた。
「おそらくは儀式魔法でしょうね、死体は生贄でしょう。何の痕跡もありませんが」
レナさんはそう言って首を横に振った。
「あの、儀式魔法って?」
「大規模な魔術を行使する際に用いる術式です。祭壇に生贄を捧げ、何日も長い詠唱を唱え続けたうえに決められた手順で舞を奉納などして起こす魔術です。発動条件が厳しい代わりに、成功した時の効果は大きいですが、いかんせん失敗した時のリスクが大きすぎるので、誰も使いたがらないものなのですが……」
今回、それを使っているやつがいる。つまり敵にとって、この魔術によって得られる恩恵は、これだけの危険を冒す価値のあるものだということだ。
「しっかし生贄が必要だってんなら、何で死体があるんですかね、持って行った方が安全なんじゃないですか?」
鬼丸が口を挟む。確かにそうだ。こうして騒ぎになるくらいなら、死体を持ち去る方が、儀式を隠蔽できるし、敵にとっては安全なんじゃないだろうか。
レナさんはした愛を見下ろしながら答えた。
「おそらくは儀式の条件なのでしょう。衆人に死体を認識させるか、或いは一定時間放置するのか……いずれにせよ、何の目的もなくここに放置するとは考えにくいですね」
つまり、死体をこうして俺たちに見せること自体、儀式の一環というわけか。そこまでして得られる恩恵とはいったいどんなものなんだろう。
「残念ながらまだ儀式魔法の系統化はまだされていません。研究が進んでいない以上、これだけを見て何の魔法なのか特定することは不可能でしょう。せめて祭壇を見れば多少は絞れるかもしれませんが……」
「祭壇?」
先ほども言っていたが、一体何のことだろう。
「おおざっぱに言えば、儀式の中心となる場所です。そこで呪文の詠唱や、魔方陣の展開などを行うので、見つければどんな儀式かくらいは分かるかと思います。見つけられればの話ですが」
まあ確かに敵も全力で隠しているだろうし、すぐに祭壇を発見するのは難しいだろう。
「ひとまずは地脈の乱れを調べるしかなさそうですね。儀式の影響がありそうな痕跡を探すしかなさそうです」
レナさんはそう言うと立ち上がった。
「ひとまず死体はいつも通り屯所にお願いします。細かい倹分はそこで」
「了解しました」
衛兵はそう言って敬礼すると、死体を抱えて去っていった。それを見て、周りの人々も少しずつ自分の店へと帰っていく。
辺りが落ち着いたところで、レナさんが再び口を開いた。
「ひとまず玉座に行きましょう。ここでは人の目もありますし……」
「そうだな、ホークもどうせ戻ってるだろうしな――面倒くせえなあ……」
この人はどうしてこう最後に余計なことを言うんだろう。とはいえ、流石に皆これ以上何かに反応するでもなく、その場をあとにしようとした。
と、その時、
「おやおや、これはこれは皆さんお揃いで」
「げっ」
遠くから、男の声が聞こえてきた。振り向いてみると、中々のおデブだ。
「えーと、誰スカ、この人」
「おや、あなたが勇者殿ですか。お初にお目にかかります、教会の大司教を務めております、オムでございます。以後、お見知りおきを」
「は、はあ」
オムと名乗った男は大げさに一礼すると、死体の方に寄った。
「何と痛ましい。異端とは言え、このような最期を迎えるなど……それも五人も!」
「五人?」
「おやご存じないのですか」
オムとかいう男はにやりと笑った。何というか、死体を前にしてよくそんなに笑えるな。
「このところ魔術師の方々が相次いで亡くなっているのですよ、それもこのように干からびてねえ」
五人も。それにこの前の魔物のことを考えると、王都ではやはり不穏な動きがあるらしい。
「しかしこれは明らかに魔術によるものですなあ、しかも高度な。皇国広しと言えどもこのような魔術を使える人間は限られてくるでしょう」
オムはそう言いつつレナさんをじろじろと見た。レナさんは不快感を隠そうともしない。大仰にため息をついてから、
「……言いたいことがあるならはっきりとおっしゃってはいかがです、大司教殿」
「いえいえ、流石に私も本人を前にしては」
つまりオムはこう言っているのだ。この殺人の犯人はレナさんなのではないかと。
「それは流石にあり得ないだろう、皇国軍の魔術師は彼女のかつての同僚だ、冗談としてはいささか不出来だな、オム神父」
王様がにこりともせずに返すが、オムは相変わらずにやにやと笑ったままだ。
「あなたが言いますか、同僚どころか、実の兄を手にかけたあなたが」
その一言に王様は何も反応しなかった。
「まあ、いずれにせよ王都警備隊の方々には是非、事態の収拾にご尽力頂きたいですねえ。場合によっては彼らの能力について疑問符がつきかねませんから」
では、と言ってオムは去っていった。
「……お嬢斬っていいスか」
鬼丸が刀を引き抜きつつ、オムの背中を睨み据える。まあ鬼丸にしてはよく耐えた方だろう。レナさんが犯人じゃないかとか言われたときに飛び出さなかっただけマシだと言えるかもしれない。
「背中に切り傷……武人にゃ恥だぜ、葬式が楽しみだなァ……」
駄目だ、全然我慢できてねえ……。
「何言ってるんです。あれは私が然るべき手段で懲罰を与えます。あなたが介入する余地はありません」
レナさんがあまり褒められないような台詞で鬼丸を制止する。いや、あんた高等弁務官なんでしょ、そんなんでいいんですか。
「取りあえず城に戻るべきだろう、今後の方針についても話し合うべきだしな」
シルヴィアがそういうと、皆がぞろぞろと色へと向かって歩き始める。
「……そういえばさ」
王様が不意に口を開いた。皆が振り向くと、王様は何気なくシルヴィアを見る。
「……何です、父上?」
「いや、お前謹慎って言わなかったっけ?」
「あ」
シルヴィアの動きが止まる。それを見て王様がやれやれとため息をついた。
「ホークにはちゃんと説明しろよな、俺は殺されるのは御免だからな」
「……申し訳、ありません」
情けないことを言いつつ釘をさす王様に、シルヴィアも固まるしかないようだった。
「全く、身の程知らずとはこのことですね」
「お嬢、皇女相手に身の程なんて言っても……」
三人もそれに続くが、俺は何となく立ち止まっていた。
――実の兄さえ手にかけたあなたが。
オムの言葉が耳に残っている。あの王様が何の理由もなく人を殺すとは思えない。だが、戦うとはきっとそういうことなのだ。理由があれば、どんなことがあっても、どんなに大切な人でも、対峙しなければならないときがきっと来る。俺に、そんなことができるのだろうか。
「おーい勇者君、どうしたんだよ?」
「い、今行きます!」
どうやら少し考え込んでしまったようだ。皆を追いかけて俺は駆けだした。
今はそんなことを考えたって仕方がない。自分に出来ることをやるだけだ。
第十四話になりました。書き溜めた分がどんどん無くなっていく……。
ついに始君が脱ヘタレ主人公です。多分。物語もちょいちょい盛り上がってきます。お楽しみに




