第十話 動乱
王都警備隊屯所。
普段は王都警備隊の兵士たちが鍛錬を行いつつ有事に備えている場所だが、今日はどこか趣が違っていた。
「相変わらずひどいねえ……」
「これで四件目だ」
目の前にあるのは死体。それも干からびているものだ。昨日三人がアルシエル城へと向かっている間に、運ばせたものである。
アルフレッドは死体を見下ろしていた。隣にはホークが控えている。アンドリューの釈放の手続きの前に、確認に来たのだ。
「皇国軍の魔術師ばかりがこうして悲惨な目に遭っている。オーガが少々異質だが、同一犯と見るべきだろうな」
ホークの言葉にアルフレッドは頷く。魔術師を殺されることは痛手だ。しかしそれ以上に奇怪なのはその死に方である。謀略であるなら、こんな回りくどいことをする必要はない。
「どこの誰だか知らないが、趣味の悪いことだ」
「趣味ならばよいがな」
ホークが死体に寄って言う。
「そらどういうこった」
「この死体、見たところ失血死だろうが奇妙なことにあからさまな切り傷がない。傷がないわけではないがな」
「つまり、斬られも噛まれもしないのに。こいつはホトケさんになっちまったと」
斬られたならそういう傷があってしかるべきだ。吸血種であるならば、噛み傷があるはずで、それがないということはつまり、死体の血は物理的に抜かれたわけではないということである。
となると考えられることは少ない。
「魔法か」
「おそらくは儀式だろうな。それも人数を考えればかなり大規模なものだ」
アルフレッドは顎に指を当ててふむと呟く。
「魔物の死体はこの儀式によると考えていいかね」
「専門家ではないから断言はできん。高等弁務官殿にお伺いを立てるのだな」
「お前の意見を聞かせてもらいたい」
ホークはため息をついた。
「……おそらくはそうだろう。オーガの死体もすぐに崩れるほど脆かった。この人間たちと同様の方法で殺されたと考えるのが自然だ」
儀式魔法によってもたらされるのは古の悪魔や、地脈の暴走など、個人の術式とは規模も威力も比べ物にならないものばかりだ。故に発動までに時間のかかるものが多い。
「あの連中にそんな腕利きの魔術師がいるなんて聞いてないがな」
「予断は禁物だぞ、他国の介入かもしれん」
「もちっと真剣に言ってくれないかね」
ホークはすました顔で無視した。それを見てアルフレッドがにやりと笑う。
「いずれにせよ明日貴族連中には会うんだ、何かしら探りを入れてみれば、しっぽを出すかもな」
「お前にそんな芸達者なことができるとは思えんが」
「お前なあ……」
アルフレッドが口を開く。言ったところで無駄ではあろうが、騎士の在り方というものを一度問うておかねば……。
「陛下、隊長!」
今度は兵士が乱入してきた。少々というかかなりタイミングが悪い。ここは一つビシッと
「空に魔物の大群が現れました!」
「ンだとォ?」
突如地面が揺れた。ぱらぱらと天井から埃が落ちる。
「退屈しないねえ全く」
王都は混乱に包まれていた。
所々で炎がちろちろとまたたき、道にはがれきが散乱していた。
「落ち着いて避難してください!」
城の衛兵が声を上げているが、パニックになっている人々にはあまり効果がないようだった。我先にと皆が城門へと駆けこんでいく。
「……一体、何が」
「お嬢ぉぉ!ご無事ですかお嬢ぉぉ!」
鬼丸は門に着いた途端リアカーを放り出して城の中へと駆けこもうとしている。何というか、ブレないな、お前。
「……うぷ」
俺の方はと言えば、リアカーの中で転がっていたせいか、いまだにふらふらとしている。くっそう、あの野郎少しは加減というものをだな……。
「あいつ、あとで覚えてろよ……」
ぶつぶつと言いながら歩いていると、どん、と何かにぶつかった。まるで壁のような、しかしこれは明らかに人の背中で……。
「あ、すみませ」
「何だ、貴様もさっさと城に――」
紅い鎧に銀髪。間違いなくホークさんだ。どうやら城への避難の誘導を行っているらしい。
「何だお前か」
俺を見た途端に残念そうな顔するのやめてもらっていいですか。そう言えば俺をアルシエルに引き渡すとき、いやに嬉しそうでしたね。何を期待してたんですか。
しかしそんなことを言っていても始まらない。ホークさんもため息を一つこぼして口を開く。
「シンだ――気づけば地面から魔物が湧いていた」
「シン?」
「魔物の急な出現のことだ。ここ最近はあまり見られなかったのだが……」
ホークさんは苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「おそらくは聖剣が抜かれたことで地脈に乱れが起こったのだろう。いずれにしろさっさと収束させねば厄介だ」
「収束って。でも肝心の魔物は一体どこに……」
破壊の痕自体は見て取れるものの、肝心の魔物はどこにもいないように見える。
「上だ」
「へ?」
上を見上げると、目の前にあるのは黒。あまりにも巨大なそれは、一瞬暗闇と勘違いしてしまいそうだ。
しかし視界を上へとやると、上には双眸と言えるかどうかも怪しい白い穴が見えた。その姿はまるで――
「人間……?」
魔物は低い唸り声をあげなら、手を乱雑に横に払った。周囲の建物のレンガを吹き飛ばし、辺りに瓦礫が落ちてくる。
「どわっ」
「……あまり時間がないな」
ホークさんが天を睨む。
「オオオオオオオッ」
魔物の唸り声が、燃え盛る夜空に響いていた。
十話まで来ました。ひとまず第一目標は達成です。何かやろうかなあ。アイデアがあれば宜しくです。
次回はいよいよ戦闘が始まると思います!




