第九話 忍び寄る闇
始がアルシエル城を出る二時間ほど前。鬼丸の曳くリアカーは、王都に到着した。
「いんやー、乗り心地はともかく速いねえこれ」
お尻をさすりながらアルフレッドがリアカーから降りる。それにレナが続く。
「全く、こんな荒っぽい運転なら姫様を乗せなくて正解だったな」
「まあ私なら走ればすぐだしな」
「いえそう言うことではなく」
そう言いつつ後からシルヴィアとホークが続く。二人とも息一つ乱れていない。速さには自信がある鬼丸だったが、この二人はそれに特に驚くことなくついてきたことにわずかに驚きを覚えていた。
「あのお嬢、この人ら一体何なんですか」
鬼丸が訝しげにレナに問いかけると、レナはああ、と思い出したように言った。
「国王陛下と王都警備隊隊長ですよ、言ってませんでしたっけ」
「いや聞いてないっす」
「でも昨日皇女殿下にはお会いしたでしょう?」
だからこの二人もやんごとなき身の上なのであろうと推察くらいはするものの、まさか国王だとは思うまい。鬼丸はあんぐりと口を開け目をぱちくりとさせた。しかしそんなことはお構いなしに四人は一様に門に向かって歩き出す。
「やっぱりアルシエルは無関係だったか……まあ予想通りと言えばその通りなんだけど」
「協力を取り付けたのだから良しとすべきだろう。実害がない以上、大げさに騒げば無用に民を煽ることになる」
「ですが、現状でも十分に大事になっていると思うのですが……」
「心配するな、いざとなったら私が下手人をぶっ飛ばしてやる」
「いやそういうことではなく」
「姫様ぁ!どこでそんな汚い言葉を覚えてきたんですか!」
「ホーク、お前ちょい黙っといて」
あれが、王様と軍隊のトップなのか。鬼丸は一瞬、レナの職場について一抹の不安を抱いた……。
と、そのとき。
「おや、これはこれは陛下。それにホーク卿ではございませんか」
「オム殿……」
四人に向かってにやにやと下卑た笑みを浮かべて、太った男が近づいてきた。大司教、オム。しかしその目は全く笑っていない。
「聞きましたよ、何でも場内に魔物が現れたとか。警備隊の警護をすり抜けるとは全く恐ろしいことですなあ」
オムはそう言いながらホークを舐めるように見つめた。暗にホークの能力が不足しているのではないかと挑発しているのだ。
対するホークは表情を変えることなくオムを見据え、
「正確には魔物の死体が運び込まれただけです。近いうちに下手人を突き止めます」
「下手人とは穏やかではありませんねえ、まるでこれが人の手によって成されたことのようですが……」
「その可能性は否定できません」
オムは少し驚いたような顔をして、しかしすぐににこやかな笑みを浮かべて言った。
「……成程、あらゆる可能性を検討すると。流石ですね」
ホークはそれには答えずに、静かに一礼すると、城の中へと入っていった。
「では、私はこれで」
オムはそういうと、アルフレッドに頭を下げ、そのままどこかへと去っていった。おそらくは教会へと戻ったのだろう。
オムの姿が消えたのを見届けると、鬼丸が顔をしかめた。
「何でいあの野郎、お嬢には挨拶もなしかよ」
「仕方ありませんね、彼は教会の人間です。魔術師は不倶戴天の敵ですから」
「魔術師って、教会と戦争でもしてましたっけ?」
それを聞くとレナが深くため息をつく。
「やれやれ、本当に無教養ですね、これでは勇者様を笑えませんよ」
言いつつレナは言葉をつづける。
「要は教会は魔術は本来自分たちだけのもので、そうでないものは神から奇跡を盗んだ異端だと言ってるんです。魔女狩りとか聞いたことありませんか?」
「ああ、よく芝居でやってますね。村一つを丸ごと燃やしたとか……」
「ええ、まあ噂ですが、魔術師を殺すための専門機関があるらしいですし――ともかく、教会からすれば魔術師は存在自体が認められない異端なんですよ。そして、当然魔術師側も彼らに好意を抱くはずがありませんしね」
しっかし、とアルフレッドが口を挟んだ。
「昔ならいざ知らず、今じゃ軍隊でも当たり前のように魔術を教えてるからね。彼らも時流が読めない無能じゃない。まあ黙認はするんじゃないか」
「それでも姿勢は変えられないのが国家の面倒なところですが、ね」
そういうと、レナは鬼丸の方を見た。
「ところで、鬼丸、そろそろアルシエル城へ戻ってくれませんか?」
「……へ?」
鬼丸の動きが、凍った。
「いや、そろそろ勇者様が帰ってくるかもしれませんから。夜道に放っておいたら、確実に死にますからね、アレ」
「いや、しかしですねお嬢」
アルシエルはかつての魔王軍幹部である。ホイホイ迎えに行けるようなお手軽な観光名所ではないのだが……。
「大丈夫ですよ、アルシエルも無用に人間に手を出すような真似はしないでしょうから」
「は、はあ……」
半分涙目になりながら、鬼丸は城門へと向かった。
「……なあ、本当にいいのか、あれ」
シルヴィアが、若干申し訳なさそうな顔でレナを見る。
「これくらいで死ぬほど、柔じゃありませんから」
「ふ、ふむ。そうか……」
あまりよく知っている仲というわけでもないので、シルヴィアもそれっきり黙り込んだ。本人が納得しているのなら何も言うまい。本当に納得しているかどうか分からないが。
「さて、僕らは僕らの仕事をしますかね」
アルフレッドは見計らったかのように、手をぱんと叩いて声を張った。
「仕事、ですか?」
シルヴィアが首を傾げる。
「シルヴィア、お前は謹慎だからな。勝手に城を抜け出した罰がまだだったろ」
ぴきり、とシルヴィアが動きを止める。
「しかしアルシエルの協力が引き出せたとはいえ、まだ手がかりはゼロです、一体何をするんですか?」
シルヴィアのことを無視しつつ、レナが尋ねた。
「今警備隊に色々探らせている。細かい動きはそこからだな。ただ大まかな動きは決めておきたいし、それに……」
「それに?」
「アンドリュー卿の処分に関してもまだ仕事が残ってるんだ。教会側とのゴタゴタも処理しなきゃならんしなあ……」
アルフレッドはちらりとホークを見る。
「俺、働き過ぎじゃね?」
「安心しろ、お前が働かなければ俺が内乱を起こしてでも働きたくさせてやる」
ホークはしずかに目を閉じたまま、物騒な事を口走った。それを聞いてアルフレッドは深いため息をつく。
「ハイハイ分かりましたよっと……愚痴ぐらいつかせてくれよな、全く」
ぶつぶつと言いながらアルフレッドも城へと入っていった。
「……」
レナは空を見る。日の傾いた空は少し赤かった。
「……なぜ、死体だったんでしょうか」
「どういうことだ?」
隣のシルヴィアが尋ねる。
「魔物の死体を持ち込んだことで、確かに民に混乱がありましたが、それだけが目的ならもっと安全な手だってあったはずです。一体なぜ魔物の死体を持ち込む必要があったのでしょうか?」
「そりゃあ死体があった方が効果があるからじゃないのか?」
「本当にそれだけなのでしょうか?」
「どういう意味だ」
レナは顎に手をあてて、考え込むようなしぐさを見せた。
「オーガのような魔物だったら捕獲も拘束もそこまで困難ではありません。はっきりと言ってしまえば、生きたオーガを放った方がより効果的だっと思うのです」
「死体の方が運びやすかったから、とか」
「それはそうなのですが……」
レナはまだ納得がいっていないようだった。運び込む際のリスクに対して、得られる効果はそこまで高くない。その違和感がどうにも拭えないのだ。
「お前の心配も分かるが、ここの警備は万端だ。そう心配することでもないだろう。お前もいるし、私だっている」
「……ええ、まあ」
よし、とシルヴィアが頷いた。
「だったらさっさと城に戻ろう。今後のことはそこで決めればいいさ」
そう言ってシルヴィアも城へと足を向ける。
「……女の勘なんて、らしくないですね、全く」
レナもそう言いつつ、城門に向かっていく。
地面に延びる影は、すっかり伸びていた。
「うおおおお、お嬢ぉぉぉぉぉぉッ!」
「だっ、テメッそんなに飛ばすな!死ぬだろうが!」
荒野を駆けるリアカーの中で、転がりながら俺は天に向かって怒鳴り続けていた。
「うるせえ!お嬢の命の前にはオメエなんざ些事よ。舌でも噛んで死んでろや」
「おい、それ運び屋の言っていいセリフじゃねえだろ!」
「馬鹿野郎、いつでもどこでも時間通りがウチのモットーなんだ。荷の状態なんざ関知してねえよ」
「しとけよ!それが一番大事なんだろうが!」
「うるせえ、荷が喋んな」
「んだと、うわっ」
文句を言おうとしたら、またリアカーが揺れて、俺は中で転げまわった。慌てて縁を掴み、呼吸を整える。
「大体、レナさんが魔物なんかに負ける訳ないだろ!」
「馬鹿野郎、そういう問題じゃねえだろ!」
「じゃあどういう問題なんだよ!」
「男のプライドの問題だ!」
そのプライドで無辜の民の命が一つ失われようとしてるんですけど。
しかし鬼丸はそんなことは気にせずぶつぶつと呟いている。
「くっそう、こいつさえいなければもうちょいスピードが出せるんだが……しかしお嬢の命令だし……」
「さらっと人の命とスピードを天秤にかけてんじゃねえ!」
「なあに心配すんな、目的地までは届けるさ。目的地まではな」
その含みのある言い方はなんだ。
しかし、鬼丸のリアカーの速さは凄まじく、目の前に王都が迫っていた。
そして目に映る城門には、
「おい、燃えてないか、あれ」
「お嬢ぉぉぉぉ!」
鬼丸は悲鳴に近い声を上げながら、ますますスピードを上げる。
「おい死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ」
猛スピードで鬼丸は王都へと突っ込んでいったのだった。
遅くなってすみません。第九話です。サブタイトルのネタがいよいよ枯渇しそう。頑張るぞい。
それでは。




