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第八話 砂漠の夜

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

俺は荒野を一人で走っていた。もう夜もどっぷりと更けていて、はっきり言って視界はあってないようなもの。何とかアルシエルから貰った光り続けるという石のお陰で前が見えちゃいるが、そんなに大きくもないので、照らせる範囲は大したことなかった。おまけに寒い。なぜか風がびゅうびゅうと吹き、ただでさえ寒いところを、更に俺から熱を奪っていくのだ。

「許さねえぞあの愚王、今度こそこいつで叩き切ってやるっ」

ともあれ急がなければならない。こんなところで魔物にでも出くわしたら大変だ。俺の戦闘能力は皆無。今風に言えばレベル1、スキルなしみたいな状態。ここで魔物に遭遇するのは全裸で富士山の頂上にたどり着くよりも無茶だ。一刻も早く身を隠せるような場所を探さなくては。どんな化け物に出くわすか分かったもんじゃない。

「ちょい待ち」

何だ俺は忙しいんだ。このままじゃ魔物が

「待てっつってんだコラ」

「だから何の用だって――」

振り向くと、闇にぬぽっと顔が浮かんでいる。禿げた頭に、瞳の無い顔、それはまるで

「ぎゃあああああああああああああ!」

「うわあああああああああああああああああ!」

汚い野郎二人の悲鳴が、荒野にこだました。



「……」

「ったく、人の顔見て悲鳴を上げるなんて失礼な奴だな、おい」

揺れるリアカーの中で、俺はふてくされていた。先ほどの顔はやはりというか、当然と言うか、鬼丸のもので鬼丸の曳くリアカーに俺は乗せてもらっていた。そんな俺のことを気にすることなく、鬼丸は走り続ける。

鬼丸によれば、レナさんがどうせ俺が一人で帰るのは無理だろうからと迎えを寄越したらしい。ありがたいことだけど、そもそも俺を置いていっている時点で帳消しだ。

「仕方あるめえ、王様が長いこと王宮を空けちゃ流石にまずいんだろ、お嬢はお忙しいんだ、お前さんなんぞに構ってる暇はないんだよ」

「いやそれはそうかもしれないけどさ……」

にしたって皆勇者の扱いがぞんざいじゃないだろうか。そら確かにこの国の皆さんは化け物ぞろいだから、勇者の力なんて当てにしてはいないんだろうけど。

「つーか何でお前来たんだよ、何?また俺のことヤりに来たの?」

「ンな事すっか、人が真面目な話しに来たのに……死ね」

最後になんかとんでもなく物騒な言葉が聞こえて来たんですけど。

からからとリアカーが音を立てる。時折小石を引っ掛けて、突き上げるように箱が跳ねた。

「そんで、真面目な話って一体何なんだよ」

俺が切り出すと、鬼丸は大げさにため息をついた。

「お前、お嬢のこと知ってるか」

「確か皇国一の魔法使いだとか……」

「そっちじゃねえ、お嬢が平民の出だってことだ」

そっちのことか。そう言えばあの暗殺者も下賤な身の上だとか何とか言っていたっけ。

鬼丸はふん、と鼻を鳴らしてつづけた。

「お嬢はよ、昔から頭が良くて……オズって人の弟子になって、そんで高等弁務官にまでなったんだ」

それがどれだけ大変な事なのかなんて、わざわざ言うまでもないことだろう。たった一人しか合格者が出なかった試験だと王様も言っていた。生来の才能だけでなく、並外れた努力なしには成し遂げられるようなことじゃない。

「お嬢はあの通り、聡明な方だからな、ご自分の立場をよおく理解していらっしゃる。有ること無いこと言われても、お嬢は戦ってる、戦おうって決めてんだ」

「……何が言いたいんだよ」

からからという音は、いつの間にか止んでいた。そして目の前には鬼丸の顔。瞳のないその目は、しかしこちらをしっかりと見つめている。

「いいか、今の内に言っておく――」

鬼丸の口調はいつになく静かだったが、なぜか聞き逃すことはできなくて、

「――テメエがお嬢の足を引っ張るってんなら、俺がテメエを叩き斬る」

唸るように鬼丸が呟く。それはある種の覚悟をにじませたものだったのかもしれない、

「お嬢が何と言おうと、俺は躊躇わねえ」

一瞬、鬼丸の目に、瞳が浮かんだ気がした。黒き瞳、黄色い虹彩、そしてその周りはどす黒く染まっていて……。

「……」

俺の視線に気づいたのか、鬼丸は慌てて目を閉じた。そうすると鬼丸の瞳はいつも通り、真っ白なそれに戻る。

「ともかく、せいぜい死なねえように努力するこったな」

再び後ろを向くと、鬼丸はぼそりと呟いた。

「……お嬢は俺が、何とかするからよ」

……成程。つまりこいつは、

「報われない幼馴染ポジションか」

「オイ」

しまった、つい心の声が。

「テメエ、ついさっきまでのシリアスぶち壊しじゃねえか、どうしてくれるんだこの野郎」

「いやゴメン。初めからハゲだし、何となくそんな感じかなって思ってたんだけどつい」

「好き勝手言ってくれるじゃねえか。いいだろう、お嬢の足なんざ関係ねえ。今だ。今手前を斬ってやる」

そう言って鬼丸は腰にある刀を勢いよく引っこ抜いた。慌てて取り押さえようとするが、リアカーがぐらぐらと揺れて上手く動けない。

「おまっ、そんなもん引っこ抜いてただで済むと思って……」

「安心しろ、目撃者はいなくなる……今、ここでな」

「ふざけんな、このハゲっ」

「ハゲじゃねえ、スキンヘッドだ」

「同じじゃねえか」

「同じじゃねえ、スキンヘッドは生き様じゃああああ!」

「うるせええええええええええっ!」

その瞬間だった。

遠くからの爆音。そして吹く突風に、俺の体は見事にリアカーから放り出された。

「どおおおおおおおおっ⁉」

「な、何だあ?」

二人で、風の吹いてきた方に目をやるが、闇が深くて何も見えない。

「……嘘だろ」

鬼丸が横で唸るようにして呟く。

「見えるのか?」

「……まあ、商売柄な」

忘れがちだが鬼丸の職業は運び屋だ。危険な場所に行くことも珍しくはないのだろう。

「だが、こりゃあ正直まずいぞ」

「何だよ」

鬼丸が目を細めて応える。

「魔物の大群だ。おまけにこのままだと王都にぶつかる」

「なっ」

目をこらしたところで何かが見えるようになるわけじゃない。だが、俺も一つの違和感を抱いた。

――月が、見えない。

夜道を照らしていた月を覆っているのは雲などではなく、空を飛ぶ魑魅魍魎だというのか。

「……お嬢」

「え?」

鬼丸は何も言わずに俺をリアカーに放り込んだ。腰をしたたかに打ち付けてしまい、思わず声が漏れる。

「テメエ何すん」

文句を言い終わる前に、俺は横へ勢いよく押されるようにリアカーの中で転がった。鬼丸がリアカーを勢いよく漕ぎ出したのだ。慌てて縁をつかむ。風が容赦なく吹き付け、目も開けていられない。今口を開けば間違いなく喉に穴が開くだろう。

「お嬢ォォォォォッ!今お側にいいいいいい」

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬつーか酔う……うぷ」

頭を低くしつつ、地面に向かって誰にも届かない突っ込みを入れるが、当然スピードが落ちる気配はない。

「お嬢ォォォォォッ!どうかご無事でえええええ!」

……取りあえず、遠くを見よう。

俺は、揺れるリアカーの中で、そんなことを考えるしかなかった。

今回はちょっと少なめです。魔物が出てきたし、いよいよ戦闘が始まりそうです。

鬼丸と始のシーンは書いてて楽しいなあ。

それでは。

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