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第七話 再びアルシエル城へ

「またアルシエル城へ?」

例によって王様から呼び出された俺とレナさんはホークのおっさんから説明を受けた。先の魔物の死体について、アルシエルに確認を取るとのことだ。俺ってば異世界来てからほぼ毎日魔王軍の元幹部の城と王様の城を往復してるな、城暮らしなんて言えば聞こえはいいが、やってることと言えば王様のパシリだ。勇者だなんて言われちゃいるが、明らかに体よくつかわれてるだけだ。何だろう、考えたら涙が……。

「何一人で泣いてるんですか、気持ち悪い」

「いえ、何かつい……」

「話を戻すが」

ホークさんが遮るようにして、少し大きい声を出したので、俺たちは黙った。静かになったことを確認すると、ホークさんは静かに頷いた。

「そう言う訳で魔物の死体についてアルシエルに問いただすことになり、陛下自らアルシエル城へと向かうこととなった。当然この会談は非公式なものだ」

「非公式?」

俺が首を傾げると、レナさんがそっと耳打ちしてくれた。

「教会に気を遣っているのでしょう。彼らは人以外の種族に対してかなりの差別意識がありますから。ばれると何かと面倒です」

「いや、王様が出かけたら流石にばれるだろ」

「だから非公式なんですよ、書類に残さなければ後でいくらでも良い訳が利きますから」

ホークのおっさんが静かに頷く。

「そういうことだ。非公式なものである以上、大仰に護衛をぞろぞろと引き連れる訳にもいかん。故にこちらで信頼できる者を選び、少数でアルシエル城に向かう」

「それで私たちに陛下の護衛をしろ、と?」

「アルシエルも昨日訪れた者がいればこちらに無用な警戒を抱くこともないだろう。それに高等弁務官殿の実力は折り紙付きだ」

そこまで聞くと、例によってレナさんの顔が若干綻んだ。相変わらず分かり易いなあ。

「そして、当方としては極めて遺憾だが、勇者にも同行してもらうことにした」

そして突然表明されましたよ遺憾の意。

「……一応伺いますが、まさか護衛は私一人だけですか」

そしてあっさりと戦力外通告喰らったんですけど。

レナさんの問いにホークさんは顔を少し歪めた。

「……いや、それは……」

「私も行くぞ」

凛とした声にホークさんは頭を抱え、レナさんはうんざりとした表情を浮かべた。

その声の主は、

「皇女殿下……」

俺たちの後ろの馬鹿デカい扉を勢いよく開き、入ってきたのは皇女シルヴィア。煌びやかなドレスではなく、動きやすい服に着替えている。鎧は胸のあたりを守る程度の軽度なもので、防御力というよりは、俊敏性に重点を置いているような装備だ。そして鎧の上から見ても、胸部の防御力は何とも残念――

「おい貴様どこを見ている」

ホークのおっさんがいつの間にか俺の真後ろに立っていた。そして背中にちくりと何かが刺さる感触。これは間違いなく剣ではなかろうか。

「どうした二人とも」

シルヴィアがきょとんとして尋ねると、ホークは素早く剣を引っ込め、にこにことした笑顔を浮かべる。怖かった。死ぬかと思った。あれが殺気か……。

「おいおい勇者君、どうした死にそうな顔をして」

「いえ、別に」

おっさんが機嫌の良さそうな声を出すので、うんざりしながら返す。何ていうか、どうしてこの人はシルヴィアが絡むと残念なんだろう。

「姫様、何故わざわざまたあんな所へ行くのです、もうあの城の者たちは粗方倒したと仰っていたではありませんか」

おっさんはシルヴィアに噛みつく。どうやらおっさん個人としては今回のシルヴィアの同行については承知していないようだ。あんだけ強いから全然心配要らないと思うけど、幼いころから母親代わりとして過ごしていると、そんな理屈は関係ないのだろう。

「ホーク、何を心配しているのだ、今回はきちんと父上に同行するのだから問題ないだろう」

「そこではありません、姫様はご自身の立場というものを……」

「その辺にしといてくれや、ホーク」

開かれた扉からひょっこりと王様が姿を現した。こちらはこちらでくたびれたローブを身につけている。この人は動きやすさというよりも、単純にお忍びだからあまり目立たない恰好を選んだのだろう。

「おっ、皆揃ってる。偉いねえ、感心感心」

人を呼び出しといてちゃっかり遅刻してきた王様はうんうんと嬉しそうに頷いた。何というか、明らかにテンションが外交の会議というより完全に遠足のそれなのだが。

「まあ説明はホークがしてくれた通りで、今からアルシエルと話をしに行く。非公式だから正式な命令は出せないんだけど、一応拒否権は無しってことで」

そして自然に偉そうなことを言い出している。

「構いませんよ、要するにいつも通りってことでしょ?」

「言いつつ何で手から炎出してるんですか、いつも通りって何?」

外交で炎出すってどんな状況なの。

「腕が鳴るな!」

そう言いながらシルヴィアはどこからか槍を、出し、ブンブンと振り回す。

「だから外交で行くんですよね⁉戦争じゃないですよね⁉」

そしてホークのおっさんは、

「王女に手を出す奴は……殺す!」

 この人駄目だ!本音隠しきれてないよ!

「よし、じゃあ俺も王家に伝わるハンマーでも」

「乗るなよ!ツッコめよ!そして止めろ!アンタ王だろ⁉」

何というか、俺は今更ながら心配になってきた。王様は王様でぐうたらだし、その娘はバトル狂だし、レナさんはすぐ魔法ぶち込むし、ホークのおっさんはシルヴィアが近くにいるとポンコツだ。

……本当に、大丈夫なんだろうか。



「……そちらの言い分は理解した」

アルシエルは静かにそう応えた。

通された部屋は広く、そして暗かった。おまけにインテリアはどれもデザインが刺々しく、城の外観のように、岩をくり抜き、適当に加工して作ったかのような素朴な逸品だ。それにしてもこの椅子何であっちこっちがギザギザなんだ。椅子に攻撃力なんて要らないだろう。それにテーブルにちょっと寄るとギザギザが腹に刺さって痛いんですけど。

「キョロキョロしない」

こちらを一瞥もせず、レナさんがびしりと言い放つ。確かに、この部屋の空気は異質だった。異質というか気まずいよ。何で皆何も言わないの?

「なら分かっているでしょう、あなた方魔族には疑いがかかっている。国民が暴徒化すればここに攻め入ってくる可能性もある」

アルシエルに相対しているのは王様だ。二人は机で向かい合ったまま、静かに言葉を交わす。俺たち取り巻きは、椅子には座ってはいるものの、特に何かを言うこともなく座っていた。尤も何か口を挟むなんて、余程肝っ玉が大きくなければ不可能だろう。俺には無理だ。こんな空気で何か言うのは新学期の自己紹介で一発芸やる以上に危険だ。沈黙は金。取りあえず黙っとこう。

アルシエルは王をじっと見つめていたが、ふと思いついたように目を細め、口を開いた。

「何だ、脅しか。安心しろ、人間ごときに後れは取らん。近づくものは叩き伏せるだけだ」

途端。

二人を取り囲む空気が一変した。

「戦争する気ですか」

王様が静かに問う。

「そっちがその気なら」

アルシエルはにやりと笑って答える。

「面白え……」

王様が静かに立ち上がる。先ほどのきまずい沈黙とは打って変わって、今度は明確な悪意が飛び交う。形ばかりのやり取りではなく、お互い生身でそのまま取っ組み合いに発展しかねない勢いだ。ホークのおっさんや、レナさん、それにシルヴィアも少し腰を浮かせている。まずいこのままだと――

「とは言え、今回の件に我々は無関係だと言っておかねばなるまい」

アルシエルの言葉に、王様は、

「信じろとでも?」

「いや。だが私がもし本当にお前たちの国を落とそうと思っているなら、昨日の時点で、その娘の首は落ちている」

アルシエルの言葉にシルヴィアはむっとしたような顔をした。

「そうだな、まあウチの娘じゃあなあ……」

「それはどう意味ですか父上」

「良いんですよ姫様、姫様は弱くていいんです、姫様はもっとお淑やかにですね」

「ホークさん空気読んでください」

良かった。ようやくツッコめた。どうやら風向きは変わったらしい。先ほどまでの息も詰まるような殺気は嘘のように消え失せている。

「まあ、そういう訳だ。無実を証明しろと言われても困るがな、代わりと言っては難だが、お前たちの調査に協力してやってもいい」

「え……」

「静かになさい殺されたいんですか」

思わず声が漏れてしまったが、レナさんに即座にたしなめられる。確かに大事な会議ではあるが流石に大げさすぎなんじゃないだろうか。

「……見返りは?」

王様は座りなおすと、静かにそう尋ねる。確かに魔王の片腕だった人が俺たちに協力するなんて何か裏があるに違いない。一体どんな要求をする気なんだ……。

アルシエルは静かに口を開いた。

「少しで良い、勇者を貸せ」

「よし、良いだろう」

「は」

さっと手を上げる王様。途端、俺の首筋に鈍い光が押し当てられる。剣だ。

「はいはいブツはこちらにィッ!」

「ブツって何⁉」

やられた。すっかり忘れてたけど、アルシエルはかつての魔王の仲間。そんな奴がこんな弱そうな勇者を見て、何も思わないはずがなかったのだ。このままでは殺される。

「ほら、さっさと歩け」

ホークのおっさんがぐいぐいと俺の体を押してくるが、必死に抵抗する。何とか後ろを向いて手を伸ばしながら王様に叫んだ。

「ちょっと待って!私は何⁉外交カードとして連れてこられたの⁉」

「頑張れよー」

呑気に手なんか振ってるんじゃねえよこの暴君!

「待って!拒否権!拒否権とか無いの⁉」

しかし反応はない。皆仕事は終わったとばかりに席を立ち始める。まだだよ終わってねえよ善良な一市民が目の前で命の危機だよ。

「せめて手紙書かせ――」

ごつごつとした逞しい手が、がしりと俺の方を叩いた。

「――て」

横を見るとアルシエルがこちらに顔を近づけている。

「じゃあ帰るか」

「お疲れさまでーす」

「飲みに行きましょうよ」

「良いっすね」

そう言いながら部屋から出ていく一行。いや終わってねえよ、何仕事終わりのサラリーマンみたいになってんのキャラ変わってんだろうが。

「ちょっ、待っ」

慌てて手を伸ばすが、時すでに遅し。

「て」

ばたんと扉の閉まる音がした。わいわいがやがやと言った声は次第に遠ざかり、とうとう聞こえなくなる。結果として俺はアルシエルと二人きりで部屋に残された。

「……」

「……」

見つめ合う二人。浮かぶ愛想笑い。交じり合う視線。しかしそんな睨めっこは長くは続かず、

「それじゃあ僕も失礼しまーす」

俺は早々に退場することにした。だって無理だもの。一対一で俺が生き残れるはずがない。ここは逃げるの一手だ。さあさっさとフライアウェ――

「まあ待て」

がしりと肩を掴まれる。駄目だった。流石は魔王軍幹部。大魔王からは逃げられないというのはやはり本当のようだ。

「あのホントマジであれなんで。俺は別に魔王と喧嘩したいとかそういうの無いんで。ホントこの世界の片隅でひっそりちゃかり生きていくんで、あのもう帰っていいですか、作戦はいのちだいじになんで、ホントもう帰っていいですか」

震えながら俺がそう言うとアルシエルは納得したような顔をして、

「何も獲って食おうって訳じゃない」

そう言いながらアルシエルは俺の腰にある錆びた剣を指さした。

「お前の剣、覚醒させる手立てがあるかもしれんぞ」

「……」

今、こいつは何て言ったのか。

聖剣を、覚醒させる?

「やっぱりこれ昔から錆びてた訳じゃないんだな」

「少なくとも、私の上司はそんな鈍らで斬られる程やわじゃなかったな」

ふっと笑うと、アルシエルは続けた。

「聖剣とは本来持ち主の内側から生まれるものだ。先代が死ねば聖剣は消え、新たな勇者と共に、聖剣もまた現れる。聖剣が今なお消えていないのは、先代がまだ生きているからだ」

「先代……?」

そういえば王様も言ってたっけ。先代があの剣を広場に突き刺して行方をくらましたとか。つまりこれは本来俺のものではなく、先代のもので、これを使いこなせるのも先代だけということだろうか。

「何とも言えんな」

俺が疑問を口にすると、アルシエルは渋い顔でそう答えた。

「聖剣は本来常人には触れることすらできないだろう。広場に突き刺してあったそれが誰にも抜かれなかったことが何よりの証拠だ。お前に扱えるかどうかは別にしても、聖剣とお前に何かしらの縁があることは間違いあるまい」

だから、とアルシエルは懐から何かを取り出した。

「これを使う」

アルシエルの手元を見ると、何か光るものが見えた。いくつかの石ころのようだが、それは一つずつが輝いていて、

「強力な魔術が編み込まれている宝石だ。これを使えば剣を目覚めさせることができるかもしれん」

「使うって……どうやって使うんだよ」

ゲームみたいにボタンを押せば良いって訳でもなさそうだ。

「教えてやってもいいが、その前にここで決めろ」

アルシエルはそう言って、俺の前に立った。

「そいつが本気になっちまったらもう戻れなくなる。先代が良い例だ。あいつは生きながらにして勇者を止めた。そしてあいつは全てを失った」

アルシエルの口調はとても落ち着いていた。だけど、俺はあいつの言葉を聞き流すことができなかった。

「お前が決められるのは進むか進まないかだけ。その先は運命がお前を死ぬまでこき使うことになる――お前はどうする」

どれだけ周りが強いからと言って、俺が聖剣を抜いたという事実は変わらない。俺が戦わなければいけないという事実は変わらないのだ。

だから、俺は決めなくちゃならない。

「進むか――」

これから先どうするのか。

「止まるか」

これから先、どう在りたいのか。

正直、参っていた。だって俺には何の力もないし、状況だって呑みこめているいる訳じゃないのだ。何より、あのとき一緒にいた杉崎がどうなったかのかさえも分からないのだ。この世界から帰る方法を探すにしたって、今の俺一人じゃ何をすればいいのかなんて分かるはずもない。情報なんて碌にない中で、正しい判断何て出来るはずがない。

だけど、俺の中での答えは決まっていた。

「俺は、さ……こっちに来てからレナさんに助けてもらいっぱなしなんだ」

言いながら、俺は握りしめた手を静かに見つめる。

「あの人がいなかったら俺は死んでいただろうし……ここにいることもなかった」

今回のことだってきっと彼女はなんとかするだろう。伝わりにくいけど、彼女は何だかんだで面倒くさがりながらも困っている人を放っておけないようなどうしようもないお人よしなのだ。

「俺はあの人に恩返しをしなくちゃならないんだ――世話になりっぱなしなのは、性に合わないんでね」

にやりと笑って見せるが、これが正しいのかなんてわからない。もしかしたら、俺はとんでもなく間違った答えを選んでしまったのかもしれない。それでも今は。俺は立ち止まるわけにはいかないんだ。

アルシエルは俺を見て、少しだけ目を細めると、

「……そうか」

それだけ言って、手に持っていた宝石を適当に放った。慌ててそれに駆け寄るが、当然のように間に合わず、俺はそれを腰をかがめて拾い集める。人に物を渡すときはちゃんと手渡ししろよ。何だよあの悪魔。

「ならばせいぜい死なないようにすることだ。勇者は魔王を倒すもの。それ以外で死ぬことなどあるまいがな」

そこまで言うと、アルシエルはさっさと扉の方へと寄った。

「さっさと帰れ。日が暮れるぞ」

「あ、あの」

宝石をポケットにねじ込むと、慌てて立ち上がる。どうしても聞いておかなくちゃいけないことがある。

「どうしてここまでしてくれるんだ?勇者と魔王ってのは敵同士なんじゃあ……」

敵の幹部が何の見返りもなく、敵の武器を覚醒させるなんてことがあるはずがない。きっと、向こうにも何か考えがあるはずなんだ。

だがアルシエルはふっと笑って、

「さあな……それよりも良いのか?お前、一人じゃ帰れんだろう?」

「あ」

少し遅くなりましたが第七話です。始もようやく本気出してきたのでいよいよ戦闘が始まりそうな予感です。それでは次回。

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