ドラキュラが笑ってる・6
誰も助けてくれなかった。
あの時、あたしを奇異の目で見ている人たちは、あたしを取り巻くだけで、誰も助けてくれなかった。
心の中で、たった一人だけ、少しだけ信じている人もいたけれど。
だけど、その人も、他と同じ。
うすら笑いで、あたしのその状況を見ているだけだった。
誰かに助けて欲しかった。
あたし一人では、どうしようもなかった。
あたしがもう少し気が強かったら、一人でも反発出来ていたかもしれない。
もっと気が強かったら、むしろあの男に平手打ちなんかをくれてやれたかもしれない。
何でもいいから、何か出来たはずなんだ。
でも。
でも。
あたしは、ただ、逃げ出しただけ。
少なくとも、今のマサキみたいに。
立ち向かうことなんて。
絶対に、出来っこない。
そう思えるから、あたしの目は、激しく動き回るマサキを追いかけるのに、必死になりすぎて。
二人きりになったって分かったのは、マサキが優しくあたしに語り掛けてくれてからだ。
「・・・ドラキュラの真祖っていうのは、基本的に処女の血しか吸えないんだよねー」
口調はいつものマサキだけど、表情がやけに真面目で、あたしはまた目を背けた。
・・・なんでコイツはこんなに格好いいのよ。
あれだけ大勢の化け物に囲まれていたのに、今はあたし達以外誰もいない。
全部マサキがやっつけてしまった。
それなのに、なんとまあ、涼しげな声だ。
あたしのドキマギなんかどうでもいいかのように、マサキは続ける。
「・・・で、特に処女の中でも、色々な条件が実はあったりするんだけど、フミカはその条件の中で最高条件を満たしてる」
「最高の、条件・・・?」
「まあ、イロイロあるんだけどさ。俺がフミカの血を吸うと、多分、さらにパワーアップしちゃうんだよねー」
「自分のことなのに、ずいぶん他人事だね」
マサキの表情が和らいでいくのが、声で分かってくる。
「うーん、俺自身はあんまり興味湧かない話だからな」
「・・・?」
やっと、あたしはマサキの方に顔を向けることができた。
「ま、とりあえず、たまには今のままでも敵わないってことを思い知らせてやらねーとな」
ニヤリと笑う、少年の顔をしたドラキュラ。
「というワケで、フミカを連れてくると、多分こうなるんじゃないかって思ってたからさ、まあー・・・その、なんだ、驚かせて悪かったな」
そっか。マサキは、一応、あたしに理由を説明してくれてたんだ。
しかも。珍しい、マサキがあたしに謝ってくれるなんて。
でも、あたしにとっては、そんなことよりも。
自分が学校で受けたことと、マサキがたった一人で大勢に向かっていく姿を重ね合わせていたのだ。
そっちの方が、あたしにとっては、よっぽど重要になっていた。
「・・・いつから?」
あたしは、ふと、呟くように尋ねた。
「ん?」
「・・・いつから、マサキはあんな化け物と戦ってるの?」
なんでだろう。あたしが真面目な表情になっている。
「んー・・・分かんないけど・・・」
大して興味もないかのように、髪の毛をくしゃくしゃといじるマサキ。
「大まかに言うと、200年くらいかな?」
そんな、大したことのない、と言わんばかりに。
とんでもない年数を言ってのけるから、あたしは相当驚いた顔になっていたと思う。
「に・・・にひゃく、ねん・・・?」
唖然とする、という言葉が、これほど今のあたしを表現するのに相応しいものはない。
「まあ、そんなもんだけど・・・」
「・・・アンタ、200年も生きてるの・・・?」
「まーな」
あたしにとっては当然の疑問だったのに。
軽く受け流されてしまった。
「200年も、アンタは一人で、辛くなかったの・・・?」
これもあたしにとっては、当然の疑問だった。
だけど。
「・・・まあ、人間の女は、みんなそう言ってきたよ」
・・・マサキがこんな悲しそうな表情をするとは、思ってもいなかったので、そっちに驚いてしまった。
悲しそうに、うつむきな瞳。
つくづく、見た目とはこれほど重要だったのかと再認識する。
マサキのような美少年がこんな表情をしたら、女なら誰だって・・・!
って、あたしも女なのに、そう思ってしまうほど、憂いの表情が麗しい。
「そう言って、俺に協力するとか言って、首筋を俺に向けてきてね」
悲しくなりすぎて笑う、っていうのが、こういう話をするときなのか。
「人間で言えば死ぬっていうことが分かっているのに、俺に血を吸ってくれってお願いしてくるんだよね」
ドラキュラでも、人間と同じように、こういう表情になるんだ・・・。
哀愁の漂う美少年。
なんて言えば、すごくクサイ台詞だけど。
「・・・ま、俺も血吸わないと力が抜けていくだけだから、しょーがないんだけどね」
いつもと笑い方が違うだけで、マサキの思っていることが分かってしまうような感覚に陥る。
「マサキはさ、その女の人たち、好きだったの・・・?」
ぼんやりとした声しか出せないあたし。
「・・・そうだな・・・そうだったのかもな・・・」
そのまま、マサキはうつむいてしまって、顔が見えなくなる。
あの明るさだけが取り柄のような少年が、そんな弱そうなところを見せるなんて。
でも、好きな人を、自分のために殺すなんて、どんな気持ちになるだろう?
しかも、それを、好きな人に望まれてしまったら?
・・・マサキの心境は、あたしには理解出来ないものだ。
「マサキ・・・」
あたしは、おそるおそる、声をかけて、彼の顔を下から覗き込んだ。
「・・・なーんてね」
その顔は、悲哀の涙でも浮かべられているかと思ってたのに。
「って話になれば、フミカも俺に血を吸わせようっていう気になるだろ?」
イタズラっぽく、ニヤリとまた笑うマサキ。
・・・この・・・コイツは!!
あたしはあっさり引っかかったのか!!
「ちょっと・・・アンタね!」
思わず引っぱたいてやろうと右手があがる。
「あはは、それだけ元気があれば、もう家で引きこもってる必要もねーな」
上がった右手を振り下ろそうとして、ピタリと止まってしまった。
「・・・アンタね・・・」
心配してくれていたのか?
やっぱり、この少年のようなドラキュラは、何を考えているのか、さっぱり分からない。
「よし、じゃあ、さらにサービスしてやるか」
分からないついでに、さらにマサキは分からないことを言い出すと。
あたしの上がったままの右手の手首を、軽く掴んで下ろして。
そっとあたしの肩を抱くと。
「ちょ・・・」
何かあたしが言おうとした、はずなんだけど。
何も言えはしなかった。
いきなり、マサキの唇が、あたしの唇に、そっと重ねられてしまった。
そうして。
マサキの唇が、あたしの唇から少しずつ離れて。
あたしは、どんな顔をしているのか、自分では分からなかったけど。
「・・・お?やっと、俺様に血を吸わせる気になった?」
ニヤリと笑うマサキは、やっぱり、そんな軽口を言ってきたので。
「・・・アンタねえ」
一呼吸おいて。
あたしも、やっぱり、こう言う。
「アンタに吸わせる血なんかないの!」
ぺし、と頭を軽く叩いてから。
はあ、とため息をついて。猛烈な自覚と共に、ぼそっと呟く。
「・・・だって、もう死にたくなくなっちゃったもん」
くそ。
コイツ。
顔が真っ赤になるっていうのは、マンガの世界の事だと思っていたけれど。
どうやら、本当にこういう時はなってしまうものらしい。
強烈に自覚するほど、あたしの顔は、今真っ赤になってしまっているんだろう。
どうやら。
あたしは、マサキが好きだ。
あー、もう、認めたくない。
認めたくないけど、認めないといけない。
自分に嘘はつけないから。
・・・なんでよりにもよって、ドラキュラなんかを好きにならなきゃならないのよ!
とは思うのだけれど。
好きなものは好き。これは、いかんともしがたい事実な訳で。
でも。
だからって、身を滅ぼしても構わないなんていう、今までのマサキの恋人達?とは訳が違う。
まあ、あんな嘘か本当か分からない話なんて、どうでもいいけど。
あたしはあたしの人生を、頑張って変えていかないと。
で、大好きなマサキに、それを認めてもらうまでは、とても死ねたものではない。
さしあたっては、学校にもずっと行かないわけにはいかない。
障害があっても、立ち向かうしかないのだ。
あんなどうでもいい事で、あたしの人生が暗いままでは、マサキに好きなどと言えたものではない。
だって、マサキは。
少なくとも、あたしよりずっと暗い世界で、たった一人で、それでも明るく元気にやってきているのだ。
「・・・ふうん」
マサキは、あたしの心を読むのが得意だ。
どこまであたしを理解してるだろ?
なんて思っていると。
「・・・!」
少年のように、イタズラっぽく、まるでそれは人間のように。
突然、もう一度、あたしにキスしてきた。
「・・・なんだよ、フミカ、隙だらけだぞ」
ニヤリと笑うマサキ。
そんなことをおっしゃられても。
もう、あたしは、不意打ちを2回も食らって、暴発寸前です。
ドラキュラが、笑ってる。
「そんなに隙だらけだと、いつでも血、吸えちゃうなあ。それじゃ面白くないんだけど」
いつものように、ニヤニヤ笑う、少年のようなドラキュラ。
でも、あたしは。
こんなヤツを好きになってしまったのが、どうやら簡単に認めたくないようなので。
すこーん!
とマサキの頭を叩いた。
覗きをされて以来のグーパンチは、我ながら完璧なクリーン・ヒット。
「・・・ちょっと待て、さっきから・・・人の頭をなんだと思ってるんだ!?」
涙目になって頭をさするマサキ。
本当は大して痛くなんかないくせに、なんと大げさな。
だから、いつものように仁王立ちで、はっきりと言ってやる。
「アンタは人じゃないでしょ!」




