ドラキュラが笑ってる・4
あたしがミツナリくんに誘われたのは、ある日の午後。学校の帰り道だった。
学校では有名な男前で、ちょっと不良そうな風貌が人気だった。
なんであたしに声をかけたのか、あたし自身にも分からなかった。
「松本って、いつもまっすぐ家に帰るから、誘いたかったんだけど、誘いづらくて」
ミツナリくんがそう言ってにっこり笑う顔があまりにカッコ良すぎて、あたしが好きになってしまうのに、そう時間はかからなかった。
ところが、問題は、ミツナリくんが学校でもかなり人気の男の子だったことだった。
ヤンキーっぽい女の子達がいつも話題にしていた。
そして、一応、彼女らしい人もいるらしいってこと。
つまり、ミツナリくんは、遊びであたしみたいな真面目っぽい子に手を出そうとしただけだったってことだ。
あたしは、でも、ミツナリくんの言葉と顔で、すっかり騙されてしまっていた。
誰もいない教室で、あたしはミツナリくんに抱きしめられた。
「フミカ、悪い噂は色々聞いてるかもしれないけど、俺、お前のことは本気なんだ・・・」
あたしはもうドキドキしながら、その言葉を信じきってしまっていた。
ミツナリくんの顔があたしに近づき、唇を重ねる。
初めてのキス。
頭がクラクラして、胸がドキドキして、もう訳が分からない状態で。
ミツナリくんの手が、あたしの身体に触れて、そして、制服の中に手が入って。
あたしは全く異性と経験がなかったので、いっぱいいっぱいで、でも、別にいいやって気分になってしまっていた。
なんか体が熱くなってしまって、ぼーっとしてしまって。
制服を脱がされていくのも、さっぱり覚えていないぐらい。
でも、その瞬間までは、あたしは結局ミツナリくんのことが好きだったんだと思う。
あの叫び声を聞くまでは。
「ミツナリっ!」
はっとして、我に返った。
声の主は、いかにも私はヤンキーですと言わんばかりの、自己主張の激しい風貌の女。
クラスの隅っこにいる地味なあたしとは正反対の、クラスの中心的人物。
アキコっていう名前と、顔は、あたしも知っていた。
気が付くと、脱いだブラウスが床に敷かれていて、下着がはだけていることに気付いて、慌ててあたしは胸を隠した。
「あんた・・・!また・・・!」
ずかずかとその女があたし達に近づいてくると。
信じられない光景が、あたしを襲った。
「ち、違うんだって!これは・・・」
慌てた様子で、ミツナリくんは、言い訳を始めたのだ。
「何が違うのよ!この浮気者!」
「違う、違うって・・・!これは・・・」
ミツナリくんはあたしを見やることもなく、立ち上がって、アキコをなだめるのかと思ったら。
「これは・・・コイツに騙されたんだよ!」
なんと、あたしはあっさりと裏切られてしまった。
呆然として、そして唖然としている間に、ミツナリくんは間髪いれず言葉を続ける。
「コイツが俺を誘ってきたんだ。誘惑されちゃって・・・本当だよ!信じてくれ!俺はイヤだって言ったけど、いきなり服脱いで、キスされて・・・」
なにをバカな。
あたしはそう言いたかったのに、とっさに声が出なかった。
そんなあたしを一瞥し、沈黙のあたしが肯定していると思ったのか。
「テメー、人の男に手を出すなんて・・・」
その目は、もはや、確信に満ちていた。
違う。
あたしはそんなことしていない。
手を出してきたのは、ミツナリの方なのに!
あたしはアキコにぶん殴られ、何回も蹴られた。
あたしは、ただ何も言えずに、ブラウスを手に取ると、逃げるようにその場を立ち去った。
次の日。状況は、あたしの予想通りの展開になっていた。
クラスの中心人物であるアキコは、あっという間にあたしの悪評をクラス全員に言いふらしていた。
朝、学校に着いて、教室に入るとき、すでに雰囲気はいつもとあまりに違いすぎていた。
「フミカ、お前、なにミツナリくんに手出してるのよ!」
いきなりアキコがたてついてきた。
周りには、アキコの取り巻きがズラリと揃う。
アホそうな顔のアキコが、熱くなって怒る様は、さらにアホそうに見えるな。
最初は、そう思っていられるほど、意外とあたしは冷静だった。いや、冷静なつもりでいた。
「ミツナリくん言ってたじゃない、あんたから誘われて、断れなかったって!」
「サイテー!あんた、人としてやっていい事と悪い事が分からないのかね?」
アキコの取り巻きが、すかさず次々と言ってくる。
10人くらいに囲まれて、罵声を浴びまくる。
当のミツナリくんは・・・。
まだ、あたしは、一縷の望みを捨てていなかったのだ。
もしかしたら、ミツナリくんは、とりあえずあの場ではあんなことを言ってただけなのかもしれないっていう、今となってはありえないとしか思えない望み。
いきり立つ女どもを無視して、あたしは教室の中を目で追っていった。
簡単に見つかったミツナリくんはというと。
その様子を、他の男子と一緒に、ニヤニヤ笑っているのが見えた。
「女ってコエーよな」
そう聞こえたような気がした。
完全に裏切られた。とあたしが自覚した瞬間。
あたしは、ボロボロに泣いてしまった。
強く言い返すつもりで、学校に来ていた。
・・・悪いのは、ミツナリの方だっての!あんたらもアイツにとってはアソビに過ぎないんだっての!
・・・あたしもあんたも、アイツに騙されてんだよ!
絶対に負けないと、強く思いながら、我慢して、やっとここまで来たというのに。
あたしは、結局、何も言い返すことが出来ず、ただ泣き崩れてしまった。
「泣けばいいってもんじゃないっての!」
「お前、一生そうやってろ!」
あたしは、そんな罵声から逃げるように、走って教室を出て行っていた。
誰も、あたしを信じなかった。
何も言い返すことも出来なかったけど。
言い返したところで、あたしはやっぱり信じてもらえなかっただろう。
そして、あたしは、その日以降、学校に行くのをやめた。
「あー・・・嫌な夢、見たな」
普通の学校生活を送っていたはずなのに、急転直下していった様を、全て網羅した夢だったので。
さすがに寝汗がひどかった。
体がだるくてだるくてしょうがないので、仕方なく体を起こしてみると、もうお昼を過ぎていた。
頭をポリポリ掻きながら、あたしはぼうっと時計を何秒か見つめて。
「あたし、生活がすでにドラキュラっぽいじゃん・・・」
ふと、つぶやいて。
マサキが今日も来る気がした。
あたしは、少し期待しながら、また眠りに付いた。
時計の針はあたしが寝ている間も着実に進み続け、いつの間にかあたりは真っ暗。
部屋の明かりをつけ、軽く背伸びをして、あたしはやっと目が覚めた。
深夜2時。マサキはまだ来ていない。
もうそろそろ、来てもおかしくない時間だな。
「なんか・・・まだ眠いな」
でも、とりあえず、起きよう。
そう考えて、あたしはパジャマのボタンを外しながら、タンスから服を取り出した。
「違うなー、どうも俺の好みとセレクトが合わないんだよなぁ」
目をこすりながらTシャツを取り出した瞬間、マサキの声が背中から聞こえて、反射的に身体が動いた。
「どちらかと言うと・・・ぶっ!」
あたしの取った動作は、もちろん・・・グーパンチ!
マサキの講釈は、先を聞くことなく終了した。
「このドスケベ!変態!着替え覗くなんて最っ低!」
ささっとパジャマの前を閉じたものの、それほど恥ずかしくなかったのは、マサキの子供っぽい風貌のせいだろうか?
つくづく、得な見た目しやがって。
そう思うと、なぜかむかついてしまったので、おまけにもう一発、頭をぶん殴った。
「ちょ・・・ちょっと待て、オーボーだぞ!暴力反対!」
ドラキュラの真祖であるはずの少年が、あたしに怯えて部屋の隅っこまで後ずさる。
うーん、なかなか、快感だ。
「大体なぁ、俺にとってカギなんて意味ないんだから、そりゃそのまま入るに決まってるじゃん」
相変わらず熱い紅茶をがぶ飲みしながら、マサキはふくれる。
「あんたね、バカ?女の子の部屋に勝手に入る男なんて、モテないよ?」
「フミカがおかしいって。この俺様の美貌に落ちない女なんて、どうかしてる」
「自分で言うなよ・・・」
ガキのくせに。あたしは呆れながら、コーヒーを一口飲んだ。
「じゃあ、あたしもあんたの部屋に勝手に入るよ?」
「え?俺の部屋?」
「うん。それならおあいこじゃん」
「・・・俺の部屋って言うか・・・俺、そもそも部屋なんてないからなぁ・・・」
部屋がない?
どういうこと?
「って言うか、家がない」
「家がないの!?」
「まあ、正確に言えばあると言えばあるってことなのかもしれないけど・・・」
「なにそれ?はっきりしないわね」
「うーん、あれを家と言うのかどうか、俺には自信がないなぁ」
どうも、マサキにしては、はっきりしない。
そして、それは、瞬く間に、あたしの興味に切り替わった。
そもそも、あたしはマサキのことを、ほとんど知らない。
ドラキュラの生活ってどんなんだろ?
「じゃあさ、そのあんたの家かどうかよく分からないところに連れてってよ」
「え!?」
マサキは驚いて、目を丸くする。
いつもはあたしが驚いてばっかりだったから、新鮮な感じだ。
「はい、決定〜。行こ、行こ」
「うーん、まあ、いいけど・・・」
マサキは、また、あたしをドキっとさせる、真面目な表情になった。
「ただし、ひとつだけ」
この顔が卑怯なんだよ。
あたしは内心そう思ってしまいながら、ちゃんと聞く。
「俺のテリトリーに入ったら、ちゃんと俺の言う事を聞くこと」
「テリトリーって・・・なにそれ?」
「まあ、なんて言うか、俺の家って言うかな、つまり」
どうもマサキにしては珍しく、歯切れが悪いままだ。
「ま、別にフミカならいいか、連れてっても・・・」
そうぶつぶつ言いながら、マサキは立ち上がった。
何よ。
『フミカならいいか』って何よ・・・。
そんな言い方されると、なんか嬉しいじゃないか。
「ホラ、行くの?行かないの?」
顔がどうもにやけてしまうのを抑えていると、マサキが不満そうに言ってくる。
「はいはい、行きますよぉ」
あたしはバレないように、慌てて立ち上がった。




